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◇凛ちゃんパパは相原氏 96

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-26 04:12:34

96

 身体がびくともしないところを見るに爆睡している模様。

 良かった、グッと少しの間だけでも芯から寝ると回復も

早まるというもの。

 さっ、凛ちゃんと絵本を楽しみながら凛ちゃんママを待つことに

しようっと。

 仕事と家庭の両立をこなす凛ちゃんママはすごいな、なんて思いながら

待つこと小一時間。

 しかぁ~し、凛ちゃんママがお迎えに来ることはなかった。

 20時を少し過ぎて、男性社員が凛ちゃんを迎えに来た。

 てっきりママさんが来るものと思っていた私は少し混乱した。

 私は凛ちゃんのパパの顔を知らない。

 万が一、保護者を語る偽者だった場合大変な事態になると考えた私は

すぐには凛ちゃんを渡さなかった。

 凛ちゃんをすぐに抱きかかえ

「あの、少しお待ちいただけますか」

と一言告げ、芦田さんの元へと向かった。

 凛ちゃんが何やら『あーぁ、ばぁ~』などと声を出していたが、

とにかく確認しなくちゃならない私はひたすら焦っていた。

「すみません芦田さん、凛ちゃんのお迎えはお父さんで間違いない

でしょうか?」

「ごめんなさい、うっかり伝言するの忘れてたわ。

 相原さんの娘さんなのよ。

 私が行きましょうね、掛居さんのお蔭でだいぶ身体もシャンとてきた

みたい」

 芦田さんはそう言うと立ち上がり私から凛ちゃんを受け取って

凛ちゃんの父親の元へ向かった。

 芦田さんが父親に渡すと凛ちゃんが嬉しそうに抱かれるのが見えた。

 偽者じゃなくて良かったぁ~。

 私はその後駆けつけて、背中を見せて歩き出したその男性《ひと》に

「失礼して申し訳ありませんでした」

と声を掛けた。

 その男性《ひと》は振り返ることなく左手を上げて横に振って応えた。

 私は頭を下げた。

「掛居さんは用心深くて関心したわ。保育士合格ぅ~」

「いえ、良かったでしょうか?

 凛ちゃんパパがお気を悪くされてないといいのですが……」

「掛居さんみたいな若くて可愛い女性《ひと》に娘をちゃんと守って

もらえて、きっと気を悪くというのはないと思うわ。

 それに今度話す機会があればちゃんと私のフォロー不足の所以だと

説明しておくので心配しないでね」

「はい」
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    103 目の前の女は俺の問い掛けには答えず、涙をためた目を見開いて穴の開くほどじっと俺を見ている。 ここで俺は大人げないことをしている自分の所業に気が付き、恥ずかしくなった。 そうだ、なんでこんなに彼女のことを構うんだ。 相馬の彼女だというのに。 自分の愚行にどっと疲れを覚えた。 ボタンから俺の指が離れ扉が開いた途端、スルリと彼女は俺の前からすり抜けて行った。相原清史郎《あいはらせいしろう》は周りから見られているイメージとは180℃違っていてウブで自分に自信のない人間だった。 そんな彼は女性に対しては中身重視。 好きになった相手とは絶対遊びで付き合えない。 相原は当初、相馬付のサポーターとして担当に着任した若くてそこそこ可愛い女子社員を見るにつけ、ご多分に洩れず多少の羨ましさを感じていた。 しかし、来る派遣社員、派遣社員、二人共長続きせずあれよあれよという間に辞めてしまい、女子社員と一緒に仕事をするというのは予想以上に難しいものなのだという認識を強くした。 彼女たちが辞めていった理由として周囲から漏れ伝わってきたのはモテ男相馬に恋心を抱いて玉砕したから、というものだった。 それ故、おばさん《おじさん》気質で周囲と同じようについ3番目に着任した掛居花の言動、つまり様子をそれとなく気にするようになっていた。 そんなふうに野次馬根性で気にかけていた女性《ひと》が娘の保育所に現れたものだからつい、興味を覚えたのだ。全く繋がりのなかった立場から細い糸で彼女と繋がれたのだから多少気持ちが浮ついてもしようがないだろう。  これは日常会話くらい話せるようにならなくてはと声を掛けるも、滑ってばかりのようで掛居から余り良い反応を得られず、普通に話せる間柄になるのには万里の長城(北海道から沖縄まで日本列島をぐるりと囲む距離)ほどもの距離があるのを感じ、寂しく思った。 そしてスマートに成り切れない自分に対して臍《ほぞ》を嚙む思いだった。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇セクハラ親父 102

    102    『あと1日出勤したら休みだぁ~、あと1日がんばっ、そしたらたっぷり 朝寝して過ごせる休みなのよぉ~』 と仕事帰りにも係わらす身も心も軽やかなまま、花は下へ降りる エレベーターに飛び乗った。  体制を変えて振り向くと、目の前にあとから乗って来た相原が目の前に 飛び込んで来た。 『えっ、えっ、どどっ、どうしよう』 私が押すはずだったボタンを彼が押した。 「掛居さん、何か俺のこと避けてない?」『するどい、避けてますぅ~、なんて言えないよね。  ……じゃなくって避けてたとして何が悪いの。  どんな不都合があるっていうのだ。 元々仕事だって被ってないし、凛ちゃんのことがなければ 接点などなかったのだからそんなふうに絡まれる筋合いなどないはず』 「私に絡む……の、やめてください」『それに相原さん何故にボタンから手を放さず、しかも何か威圧的な 体制になってるぅ~。 近い、近過ぎる。 箱の中で逃げ場がない場所で詰問されるのは精神的にキツイ』「君こそただ訊いただけなのに絡むとかって、なんかすごく 大事にしてない?  そういうのが男を落とす君の手管なのかな?」 「何を……もうそれっ、セクハラですよ」 花はそう言い放つもすでに涙目になっていた。「私はここへは仕事をしに来てるんです。  男を落とすとか、失礼なこと言わないで!」「あれっ、だけど掛居さん相馬と付き合ってるんでしょ?」 私は彼の言い草を聞いて目が点になってしまった。 何ですと、私は相馬さんとはよろしくやってる癖に相原さんの気を引く ためにわざともったいぶって避けてるんだろ? ってそう言いたいわけ?  マジ、最悪。 何なのだろう、この拗らせセクハラ親父め!  しかも今だエレベーターのボタン押したまま…… 私を閉じ込めたまま……。 とんでもない男だ。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇怯む 101

    101    夜間保育の手伝いを始めてから2か月めに入った頃、通常業務中に 給湯室に行こうとブース横の通路を歩いていると外回りから帰って 来たのか相原さんとすれ違う恰好になった。  私は軽く会釈をして給湯室に向かおうとしたのだけれど、相原さんに 呼び止められた。『なんだろう……』 「君さ、時々遅くに保育所にいるよね、なんで?  保育士の資格持ってるの?」 いきなり予想外の人物から無防備な状況で矢継ぎ早に質問され、 一瞬私は怯《ひる》んだ。 あまりのことで完全に私の脳はショートしたようだった。 口の中はカラカラ、いつもの明晰な思考回路は何としても作動してくれず、 立て板に水の如し……とまではいかずとも、なんとかして体裁の整う返事を したいと思うのにどうにもならないのだ。 『しようがない……』 「申し訳ありませんが上手く説明できないので芦田さんに訊いて いただけますか。スミマセン」 そう私が返事をすると相原さんが何故か困った表情をした。 そんな彼をその場に残し、私は給湯室に向かった。 私は誰もいない個室スペースに入るとドッと疲れを感じた。『やだ、なんかあの人やりづらい~』           ◇ ◇ ◇ ◇  親しみを込めたつもりで気軽に声を掛けたのにスルーされた形になり、 気落ちする相原だった。『自分は何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか』と少し ガックリときた。 普段相馬との遣り取りなんかを見た感じと初日に声を掛けてきた感じか ら、もっと話しやすい相手だと思っていたのだがそうでもなかったようだ。          ◇ ◇ ◇ ◇ それほど親しくもない相手に上手く話せそうになく、芦田さんに 訊いて下さいと言ったものの、本当は相原さんにちゃんと説明できれば 良かったのかもしれない。  ……とはいうものの後で冷静になって考えてみると、あながち間違っても なかったかなと思えた。 芦田さんが更年期であることをペラペラ自分がしゃべっていいことでは ないからだ。  相原に上手く説明できなかったことに対してモヤモヤしていたけれど この考えに行き着いたことで、花の胸の中にあったモヤモヤ があっさりと雲散霧消していくのだった。  またこの日を境に花は相原に対して苦手意識を持つように なってし

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