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◇地獄行き 55

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-08 08:47:07

55

「そうですよね。

 私、そうします。

 あんな薄情な人とはお付き合い止めます。

 私、今日、井出さんに会いに来て良かったです。

 きっとこんなふうに背中を押してくれる人を探していたんだと思います。

 ありがとうございました」

「前向きに考えられるようになってほんとに良かった。

 玲子さんにはお灸をすえておきますからね」

 若くて可愛らしい内野さんは少しの笑顔を取り戻して帰って行った。

『島本玲子……やっぱりやりやがった』

 これでお前の地獄行きが決定だ。

 井出耕造48才、島暮らし。

 ただし、ほんの1年前からの。

 作られた島での俺の設定。

 総帥からの依頼だった。

 玲子がこの島で改心して暮らせば放流してやろうとのお考えだった。

 反省もなく、異性トラブルを犯せば今度こそ直接総帥から厳しい

お沙汰がくだされるだろう。

 馬鹿な女だ。

 あれほど真面目に暮らすよう忠告してやったというのに。

 三つ子の魂百までとは昔の人はよく言ったものだな。

 見た目と中身の釣り合いが取れていない残念な女だ。

 どんな男をも虜にできるほど美しいのだから何もわざわざ人のモノに

手を出さずとも言い寄って来る男はたくさんいるだろうに。

 つくづく厄介な性《さが》を持って生まれ落ちたものだ。

 一応この話が本当か井出は証拠取りをすることにした。

 内野さんが有給を取って俺のところに来た日、その日の内に

人を使っての裏取調査を依頼した。

 内野さん自身がすでに恋人である宅麻から言質《げんち》を取っているようだし

十中八九虚言ではないと思うが、間違いを犯さないための裏取は必須だ。

 2日後、内野さんの話に虚偽はなかったことを立証する報告書が届いた。

 これでこの先俺がどう動けばいいのかが決まった。

 彼女《玲子》は最後のチャンスを失った。

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    108  「ね、真面目な話、どうして保育士の仕事してるの?」「ま、簡単に言うと芦田さんにスカウトされたから、かな」「ふ~ん、相馬から苦情来ないの?」「相馬さんにはその都度仕事の進捗状況を聞いて保育のほうに入ってるので大丈夫なんですよ~」「ね、相馬ってどう?」「どうとは?」「仕事振りとか?」「相馬さんとはバッチし上手くいってますよ」「……らしいよね、周りの話を聞いてると」「周りの話って?」「相馬ってさ、甘いマスクの高身長で癒し系だろ、掛居さんの前任者2人は相馬を好きになったけど相手にされず早々に辞めてしまったっていう噂なんだけどさ」「……みたいですね。 私もチラっと聞いたことあります。 でも1人目の女性《ひと》はどうなんだろう。 相馬さんは仕事上での相性が悪くて辞められたのかもって、話してましたけど」「相馬らしい見解だな。あいつは察知能力が低いからね」『……だって。自分はどうなのって突っ込み入れそうになる』  相原さんにお粥と林檎を出し、彼が食べている間に凛ちゃんにはお粥にだし汁と味噌、卵を投下したおじやを、そしてすりおろした林檎を食べさせる。 その後、凛ちゃんの歯磨きを終えると相原さんとは別の部屋で寝かしつけをした。 眠ってしまうまでの凛ちゃんの仕草がかわいくてほっぺをツンツンしてしまった。「あ~あ、俺も添い寝してくれる人がほしいなぁ~」「早く見つかるといいですね~」 ……って凛ちゃんのママはどこ行っちゃったんだろうってちょっと気にはなるけれど、個人情報を詮索するのは良くないものね、忘れよっと。「俺に奥さんがいないってどうしてわかった?」 そんなの知らないし、奥さんがいないなんてひと言も言ってないぃ。 なんなのよ、全く。 人が折角触れないでおいてあげようって話題を、自分から振ってくるなんて頭おかしいんじゃないの。 クールな見た目とのギャップに可笑しくなってくる。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇病気なあいつ 107

    107 相原さんのお宅は120戸ほどある8階建てのマンションだった。1階のオートロックのドアの前でインターホンを鳴らす。「こんにちは~、掛居です」インターホンを鳴らして声掛けをすると彼から『あぁ、鍵は開けてあるので部屋まで来たら勝手に入ってください』と言われる。           ********「こんにちは~、掛居ですお加減いかがでしょうか」私が挨拶をしながらドアを開けて家の中に入ると、私の訪問を待っていたかと思われる相原さんが奥の部屋から出て来た。「熱が出ちゃってね。 一人ならなんとかなるだろうけど、チビ助の面倒までとなるとちょっとキツくてね。 Help要請してしまったんだけどははっ、掛居さんが来るとは予想外だった。 なんかヘタレてるところ見られたくなかったなぁ~」『へーへー、そうですか。 私も来たくなかったけどもぉ~』と子供っぽく心の中で応戦。「芦田さんじゃなくてスミマセンね。 ま、私が来たからには小舟に乗ったつもりでいて下さいな」「プッ、大船じゃなくて小舟って言ってしまうところが掛居さんらしいよね」 何よぉー、知ったかぶりしちゃってからに。 私のこと知りもしないクセに……って、反撃は良くないわよね。 私の繰り出した寒《さ》っむ~いギャグに付き合ってくれただけなんだから。「ふふっ相原さん……ということで私、凛ちゃん見てるのでゆっくり横になります? それとも何か口に入れときます?」 今は積み木を舐めて『アウアウ』ご満悦な凛ちゃんを横目に彼に訊いてみた。「う~ん、じゃあ買ってきてもらったお粥だけ食べてから寝るわ」「林檎も剝きますね。林檎、嫌いじゃないですよね?」「好きだよン」 わざとなのか病気のせいなのか、鼻にかかったセクシーボイスで私をジトっと見つめ意味深な言い方をする相原さん。「ね、相原さん……」「ン?」「ほんとに熱あるんですかぁー? 仮病だったりしてー」「酷い言われようだなー、参った。 お粥と林檎食べたら大人しくするよ」「そうですね、病人は大人しくしてないとね。 さてと、準備しますね。少しお待ちくださぁ~い」

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