Home / 恋愛 / 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦ / ◇曖昧な立ち位置が心地よい 128

Share

◇曖昧な立ち位置が心地よい 128

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-05-12 12:16:57

128

 今週の夜間保育のあった日も、遠野のなんらかのリアクションがないとも

限らずそれを恐れて、相原が『送るよ』と言ってくれたのに大事をとって

花は電車で家に帰った。

 楽しいドライブTimeもなく、そして少し期待してしまっていた

カフェでのモーニングの誘いもなく、花は土曜の夜を迎えてしまう。

 恋人でもあるまいし、必ず1週間に一度、2人だけの時間を過ごすなんて

こと、決まってないし確約もされていない。

 それなのに新しい週が始まる前に一度彼と会わなくちゃと、焦りにも似た

気持ちになる。

 彼との会話は楽しく彼の側にいるのは心地よい。

 保育繋がりで始まった凛ちゃんを挟んだ彼との交流は

普通の独身者同士の付き合い方とは微妙に異なるのかもしれないが、

すぐに恋だの結婚だのと突っ走れない自分にはちょうど合っているような

気がする。

 それに凛ちゃんという緩衝材が2人の間にあり、同僚の延長線上の

恋人未満の関係は結婚というイベントを急いでいない自分にとっては

お風呂の温度で例えるなら、ちょうどいい按配でほどよい湯加減だ。

 このような花の想いは本心からのものだった。

 けれど、知らず知らず花は自分の心を守るための保険を掛けて

いたのかもしれない。

 仮にある日、相原の元妻だとか恋人が出現したとしても、恋人ではない

自分には詰る資格がないのだからただ傍観していればいいのだ。

 そして相原からの言い訳さえ聞く必要も聞かされる必要もない。

 だって、婚約者どころか、恋人ですらないのだから。

 普通の妙齢の女性ならこんな曖昧な立ち位置を嫌うだろう。

 だが、人と深い付き合いをするのが怖い花にはちょうど良かったのだ。

 少なくとも、この時の花にとっては。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇メールをした 129

    129   時計の時刻を見るとすでに9時を回っている。 どうしようか……。 迷った末、花は相原にメールを送った。「こんばんは。 こんなに遅い時間になってからの申し出なので都合がつけづらいかもしれませんけど、明日よろしかったら凛ちゃんと一緒に我が家のルームツアーにいらっしゃいませんか?  まだ片付けが完璧ではありませんが完璧を目指していたらきっと、いつまで経ってもお誘いできないと思うので見苦しいところは目を瞑《つぶ》っていただけたらと思います」 もう寝てるかもしれないな……。 ちょっと悲観的予測をしていたところへ、返信が届いた。「ぜひ、行きたいなぁー。凛、連れて行くね。何時頃がいいのかな」「11時頃如何ですか? お昼は天ぷらうどん作りますのでお楽しみに~」「期待してるー。じゃあ、おやすみ」「お待ちしてまーす。おやすみなさい」 きゃあ~、やったぁ~ 明日は2人に会えるぅ~。 さてと、早起きしないと……早く寝よっ。                    ◇ ◇ ◇ ◇ 公私共に充実している掛居花の夜は静かに更けていった。 街路樹も葉を落とすようになったとはいえ、迎えた朝は気持ちの良いお天気で、寒くはあるけれど凍えるほどではなくカラッとしていた。  穏やかでよいお天気だけど、それでもやっぱり肌寒くって7時に起きようと思っていたのにウダウダしちゃって布団から出た時は8時になってた。 ここからは少し頑張って動いた。 身だしなみを整えると昼食の下準備をし、それから部屋の中を再チェックっと。 相原さんと凛ちゃんが自分の家に来るなんて不思議な感じがする。 ドキドキしながら2人を待っていると『ピンポーン~ピンポーン~』下からのインターホンが鳴った。『どうぞ』 私はそう声を掛けた後、玄関に向かいドアを大きく開け放ちすぐに室内に戻り2人を待つ。 ドキドキ……。 ほどなくして相原さんがにこやかに顔を覗かせた。「やぁ、遠慮なく来させてもらったよ」 そう言いながら凛ちゃんを抱いたままドアを器用に閉めた。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇曖昧な立ち位置が心地よい 128

    128 今週の夜間保育のあった日も、遠野のなんらかのリアクションがないとも限らずそれを恐れて、相原が『送るよ』と言ってくれたのに大事をとって花は電車で家に帰った。 楽しいドライブTimeもなく、そして少し期待してしまっていたカフェでのモーニングの誘いもなく、花は土曜の夜を迎えてしまう。 恋人でもあるまいし、必ず1週間に一度、2人だけの時間を過ごすなんてこと、決まってないし確約もされていない。 それなのに新しい週が始まる前に一度彼と会わなくちゃと、焦りにも似た気持ちになる。 彼との会話は楽しく彼の側にいるのは心地よい。          保育繋がりで始まった凛ちゃんを挟んだ彼との交流は普通の独身者同士の付き合い方とは微妙に異なるのかもしれないが、すぐに恋だの結婚だのと突っ走れない自分にはちょうど合っているような気がする。 それに凛ちゃんという緩衝材が2人の間にあり、同僚の延長線上の恋人未満の関係は結婚というイベントを急いでいない自分にとってはお風呂の温度で例えるなら、ちょうどいい按配でほどよい湯加減だ。         このような花の想いは本心からのものだった。 けれど、知らず知らず花は自分の心を守るための保険を掛けていたのかもしれない。 仮にある日、相原の元妻だとか恋人が出現したとしても、恋人ではない自分には詰る資格がないのだからただ傍観していればいいのだ。 そして相原からの言い訳さえ聞く必要も聞かされる必要もない。 だって、婚約者どころか、恋人ですらないのだから。 普通の妙齢の女性ならこんな曖昧な立ち位置を嫌うだろう。 だが、人と深い付き合いをするのが怖い花にはちょうど良かったのだ。 少なくとも、この時の花にとっては。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇奇跡を見つけてしまった 127

    127以前、掛居さんと食事に出掛けた帰り道で、彼女から子相原さん子持ちでもまだまだいけますよ~みたいに言われて『なかなか出会いの場がないからねー』という反応で返した自分の会話からの流れで『ほんと仕事ばかりで出会いないですよねー。世の男女はどうやって結婚するのかしら? そうだ、一度結婚したことのある先輩、どうやって出会ったんですか?』と彼女から話を振られたことがあった。『その話はまた今度ってことで』とその日俺は彼女の質問から逃げたのだが、凛という子供のいる俺のことを彼女が1度は結婚をしたことのある既婚者だと思うのも無理はない。凛は遠野に説明した通り、姉の子だ。この話は掛居さんにも遠野さんとの間であった遣り取り上でのこととして説明はしている。だが、おそらく彼女は他人事として聞いていて、遠野への説明として便宜上俺が凛を姉の子と伝えたのか、本当に姉の子なのかは分かっていないだろう。訊かれるかもしれないと思っていたのに彼女は『凛ちゃんって本当にお姉さんの子供なの?』とは聞いてこなかったからね。チェック入れてこなかったっていうこと。まぁ、一般的なんだろうね、彼女の反応が。恋人でもなく婚約者でもない立場で、俺の子供の母親が究極誰の子なんだというところまでは踏み込んでもこれないだろうしね。認知だけはしているが、凛の実の父親は姉と凛を捨てた。……というより元々既婚者で姉はただのつまみぐい相手で、まぁ浮気相手だったってこと。元々メンヘラ気味な姉はとてもひとりで自分が主になって子供を育てるなんてできない人間だ。元々、あまり身体が丈夫じゃないっていうのも関係しているかもしれない。自分に凛の保護者になる自信が持てないのだ。俺たちの母親は脚が不自由でやっとどうにかこうにか自分のことだけはなんとかできる状態でとても孫の世話などできるような状況ではないし。父親ももう定年退職してはいるがやはりボチボチ、母親と互いに助け合って何とか毎日を過ごしているような状況で最後に姉が出した結論は凛を施設に預けて時々、会いに行くという選択肢だった。そんな情けない姉だが、小さい頃は俺の世話を焼いてくれるやさしい姉で……そして何より小さくて愛らしい凛を施設に預けるなんてことは俺にはできなかった。凛の父親になると宣言した日、姉はぽろぽろと涙を流

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇遠野の襲来 126

    126 「サーコ、悪いけど凛連れて少しの間、外出てて」「あぁ、清ちゃん、分かったわ」 沙江子がジャケットを掴み凛を連れて出る時、遠野は玄関から一旦 共用廊下に出て道を開け、凛たちがエレベーターに向かって歩き始めると また玄関の中に入り直した。  だが相原は部屋の中に案内はせず廊下に佇み、玄関で立ったままの遠野と、そのままの状態で話を済ませようとした。 「驚いたよ。家《うち》の住所、どうやって知ったの?」「いきなりですみません。  あのぉ~、いきなりついでなんですけど、先ほどの方はどなたですか?」「凛の母親です。  それより今日はどんなことでわざわざここまでいらしたのでしょう」「あの……凛ちゃんのお世話で大変なことがあれば、何かお手伝いできることがないかと思いまして、アハハ……。 でも、余計なお世話だったみたいで、お休みのところお騒がせして 申し訳ありませんでした。私、失礼します。本当にすみませんでした」 遠野はそれだけ言うと、そそくさと踵を返し帰って行った。 『はぁ~』  相原は唯一のストレスの種がこれで完全になくなったことを確認し、 安堵の吐息を吐いた。  俺は何も嘘は言ってない。 ただ遠野さんが姉のことをおそらく俺の元妻だと勘違いしただけのこと。 相原は中学の頃から姉の沙江子のことを『サーコ』と呼んでいるのだが、 今回はこれが幸いした。 いやぁ~あと少しベランダから部屋に入るのが遅れてサーコが俺の姉だと 話していたらと思うと……。 上手く事が運んで良かったと改めて胸を撫でおろすばかりの相原だった。  先週は凛を姉の沙江子に預けて掛居とのモーニングに行ったのだから 今週も預けてと思っていたのだが、今回はこちらに来たいと言う姉の希望 を断れない形になってしまった。  自分から見れば凛に会うのはどちらの家でもよいように思うのだが 今日はどうしても俺の家がいいと言った姉の沙江子。 凜とだけではなく、俺とも一緒の時間を過ごしたいと思ったのかもしれない。 異性の姉弟《きょうだい》ということもあり、細部《根掘り葉掘り》まで の話はしづらくて『同じなんだから』と沙江子の言い分を突っぱねることが できなかった。  また掛居は今のところ、一緒にいて落ち着ける意中の女性《ひと》では あるが恋人未満の存在で恋人で

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ストーカー行為を全力で 阻止 125

    125     花がそのような楽しい週末を相原と過ごした後、またまた1週間が経ち、 夜間保育の金曜を迎えることになり、また遠野の突撃があるのではないかと 怯えていたが…… それもなく、金曜の夜間保育はいつものように穏やかに過ぎていった。 ただ油断はできず、残念ではあるが、花はこの日も相原の車に 便乗させてもらうことを見送った。          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇顛末    先週に引き続き掛居をモーニングに誘いたかった相原だがこの日は 沙江子が凛に会いに来るというので誘えなかった。 沙江子の寂しさを慮るとモーニングを優先させることはできなかったのだ。 そんなことを少しグジグシ考えながら休日の朝、相原がベランダに出て 洗濯物を干している時のことだった。  相原の家のインターホンが鳴った。  来客のようだ。「どちらさまでしょうか」 インターホンを鳴らした訪問者は予想外に女性の声で出迎えられ 驚きを隠せなかった。 しかしもうここまで出向いて来たのだ、諦めて帰るわけにはいかない、 そう思い自己紹介を始める。 「相原さんと同じ会社の遠野と申します。  相原さんにお会いしたくて参りました。  少しだけでいいので-お時間いただけないでしょうか」 そう声掛けした遠野が待っていると、中から出てきたのは見知らぬ 女性《沙江子》だった。 この時ちょうどベランダにいた相原が洗濯カゴを手に部屋に入ってきた ところだった。  目の前に現れた光景はちょうど沙江子と遠野が対面している絵面だった。 相原は驚いたものの、瞬時に閃いた。 このチャンスを最大限に活かし、遠野のストーカー行為を全力で 阻止しなければ、と。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇カフェでモーニングしない? 124

    124 先週相原さんから請われて約束しちゃった私の家のルームツアー、 どうしようかなっ。 遠野さんの顔がチラついて積極的な気持ちになれないのよねぇ~。 今すぐというのではなくても、気持ちが切り替わって招待しようって なった時のために休日は整理整頓を心がけよう。  昔からストレスのある時ほどどういうわけか部屋の片づけが進むので、 ちょうどいいじゃない? と、遠野さんのことも前向きに捉え、 土曜は半日を片付けに割いて過ごした。入浴を済ませてあとはまったりとYouTubeでも視てから 寝ようかと思っていたところ、相原さんからメールが入った。 『明日、この間行ったカフェでモーニングしない?   ちなみにその時間、凜は姉に預けて行くつもり。  分厚いトーストとこんがり焼いたベーコン乗っけたオムレツが 最高なんだ。    季節のフルーツも付いてるから今だとりんごか柿なんかじゃないかな』『わぁ、どれも魅力的で……行きたぁ~い~。  何時頃行けばいいですか?』『できれば9時か9時30分頃、どうかな』『9時~9時15分の間に行きます』『オッケー、じゃあ9時頃席とっとくよ。注文もしておこうか?   それとも来てからのほうがい~い?』『一緒に注文お願いします』『オッケー。じゃぁ、明日。おやすみ』『おやすみなさい』 やったー、ついモーニングにつられて迷うことなく即答してしまう。- 明日相原さんと楽しいおしゃべりを交わしながら美味しいモーニングが 食べられるのだと思うと幸せ過ぎて、この夜私の頭からは遠野さんに対する 憂鬱はすっかりと消えてしまった。- なんてこったい。  先ほどまで遠野さんのことを憂いていたのは誰だっ!   ……なんてね。 そうだ、明日遅刻はできない、早く寝よっ寝よっ!

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ストーカーにだけはならないでくれ 123

    123    なんか、どっと疲れを感じた。 遠野さんったら、やってくれたわねぇ~。 自分の恋愛ごとに周囲の人間を、それもいきなり巻き込むなんて 由々しきことだわ。 それにしても、遠野さんの片思い、恋心を相原さんに話すというのも 何か違うと思うのでここは静観するしかないのかなぁ。 遠野さんの積極的と言えば聞こえはいいけれど、強引なところを 見せつけられ、つい島本玲子のことを思い出してしまう。 自分の想いを成就させるためには手段を選ばず、人のことは お構いなし……か。 嫌な記憶だ。           ◇ ◇ ◇ ◇  一方相原は今日の掛居を送るという口実の元、送迎デートを楽しみに していたのだが。 どうやら遠野が原因で一緒に帰るのはまずかったらしい。  残念に思いながら相原が車を発進しかけた時だった。「コンコン……」 誰かが車窓をノックするのが聞こえた。 掛居かと思いきや、見上げると現れたのは遠野の顔だった。 掛居かと思い、少し胸の内側から芽生えた喜び……がスルスルっと 萎《しぼ》んでいった。 掛居が一緒に帰れないと話していた理由らしき人物が目の前に現れ、 相原は不愉快でならなかった。 いっそこのまま、無視してアクセルを踏もうかと思うほどに。 しかし、同じ会社の人間相手にそれは流石にできず窓を開けた。「こんばんは」「何か?」「え~っと、子守が必要な時は私に連絡いただけたらすぐに飛んでいきます ので、困った時はいつでも連絡ください。それだけお伝えしたくて」 そう言って遠野は俺にメルアドを記したメモ用紙を車の窓越しに 渡してきた。 「じゃあ、失礼しました。お気をつけて」「あぁ、ありがとう。それじゃ」 俺は一言返事を返すと、脱兎のごとくその場から車を走らせた。  掛居さんの懸念は当たったってわけだ。 おそらく今夜遠野さんが保育所にいたことも、そういうことだったのだ。 過去の経験から相原には分かっていた。 ああいう手合いはややこしい。『ストーカーにだけはならないでくれ』 と相原は祈るばかりだった。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇一緒に帰れない 122

    122「ちょっと疲れてたからしばらくの間掛居さんにお願いして休憩してたのよ。いらっしゃい、遠野さん。 この間はご希望に添えなくて申し訳なかったわね」「いいえ、気にしないでください。 社内規定なら仕方ないです。 今日は私も掛居さんと同じように凛ちゃんパパに『お疲れさまです』って声掛けさせていただいてもいいですか?」「3人もの美女から声掛けされて凛ちゃんパパも少しは疲れが取れるかしらね」 芦田さんが当たり障りのない対応をしていると、ちょうど注目の的……相原さんが登場。 すると、私が抱いていた凛ちゃんを芦田さんに渡そうとしたのを遠野さんが急に横から強引にもぎ取り、驚いている芦田さんと私をよそに、まるで今日の保育を担当していたかのように振舞うのだった。「お疲れさまです。凛ちゃん、今日もいい子でしたよー」 そう言うと自ら凛ちゃんを相原さんに渡した。 驚いたものの、芦田さんと私も声を揃えて凛ちゃんパパに『お疲れさまでした』と労いの言葉を掛け見送った。 彼が部屋から出て行くと遠野さんは「勝手なことをしてしまい、すみません。次からはもうしませんので」と芦田さんに告げ、私には何も言わず帰ってしまった。「呆れた。さてと、掛居さんもお疲れさま。 また来週もお願いします」「はい。芦田さんもお疲れさまでした。お先に失礼します」 社屋の出口に向かって歩いているとスマホが鳴った。 相原さんからのメールだ。「今日も送るので駐車場で待ってる」と言ってくれている。「もしかすると遠野さんが見張っているかもしれないので、今日は電車で帰ることにします。折角なのにごめんなさい」 私は社屋《自社ビル》を出たところで返信を返した。「分かった。また連絡するよ、お疲れさま」「はい、気をつけて帰ってくださいね」

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇押しまくりの遠野 121

    121     週明け出勤後、何となく私は遠野さんのことが気になってしようがなかった。 芦田さんに直談判に行ったという遠野さんだったが、その後ニ度ほど一緒に昼食を摂った時も小暮さんがいたせいかもしれないけど相原さんや芦田さんの名前が出ることはなかった。 彼女は唯一のとっかかりを失くしてアプローチを諦めたのだろうか。 そんなふうな思いを抱いて1週間……。 また金曜の夜間保育の日がやってきた。 別段相原さんから緊急連絡は入ってないので今日も彼は20時頃凛ちゃんを迎えに来るだろうと予想し、私は19:40頃になるとなるべく早く帰れるように凛ちゃんの様子を見ながら周囲を見回して片付けを始めた。「掛居さん!」 声のする方を振り向くと作り笑いを顔に貼り付けた遠野さんの姿があった。『えっ!』 私は言葉が出なかった。「私、夜間保育は仕事としては入れなかったの。 それで一度は諦めたんだけど、よく考えてみたら相原さんにアピールするのが目的なんだから保育要員じゃなくてもいいんじゃないかって気付いたんです。 掛居さんとは同じ職場で働く者同士、知り合いなのだし……。 だから掛居さんの様子伺いに来ました」 だから? 私は彼女の意図するところがよく分からなかった。 私の様子伺い? だけど、もう少しで残業も終わるっていう今頃になって? 『ハッ!』そういうことか。 相原さんのお迎えの時間に合わせて来たっていうことなのね。 すごいぃ~、遠野さんって真正の肉食系女子だったんだ。「様子伺い……って、あともう少しで業務も終わりよ」「相原さん、20時には来ますよね?」「たぶん……ね」「私も掛居さんと一緒に見送りしたいなぁ~」「いいけど、大抵私はほとんど話すことはなくて、芦田さんの横に立って『お疲れさまでした』って言うだけなの」 私がそう言うと遠野さんは部屋の中をぐるりと見渡して探った。「でも、今日は芦田さん、いないみたいだけど」 遠野さんが私にそう言うやいなや、いつの間にか芦田さんが起きていたようでタイミングよく、私の代わりに遠野さんへの返事をしてくれた。

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status