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◇耳ダンボ 159

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-05-27 07:36:38

159

「相馬さん、付き合ってる人いらっしゃるんですか?」

 あまりに突然で露骨に直球を投げられ、相馬は目が点になった。

『いきなりすごい質問だなぁ~』

 質問してきた女子社員の横にいる女子《こ》は対照的に俯いてスプーンを

動かしていて心なしか、耳が赤く染まって見える。

 自分の返事を知りたがっているのがその彼女か、はたまた質問してきて

いる彼女か、どちらかは分からないが、どちらにしても今自分が想い人

以外他の誰とも付き合う気がないということは、ちゃんと意思表示して

おいたほうがいいだろう、そう相馬は判断した。

 本当のところは付き合うなんて決まってはいないのだが、過去気のない

女性に執拗に付きまとわれて困った経験からここは決まっていることにして

話すことにした。

 そしてこの数時間あとのこと。

 相馬から自分が振られたわけでもないのに質問した石田は自販機の前で

一緒にいた同僚に声を潜めるでなし、誰かが近くを通れば聞こえてしまう

かもしれないくらいの普通の話し声で相馬の話をしていた。

「今日、相馬さんに彼女がいるかどうか聞けたのよ~」

「やったぁ~。すごいじゃん。……で?」

「それがさぁ、ちょっと変わった返事だったのよね」

「どんな?」

「『今は付き合ってないけど、もう少し先で付き合うことになってる人がいる』って言ったの」

「どういうことなんだろ? もしかして石田さん、牽制されたとか!」

「そうなのかな、やっぱり。

 でもそれなら普通に付き合ってる人がいるって言えば済むことなんじゃ

ない?」

「それもそうよね」

「あ、そうそう忘れてた。

 確かね『自分が異動になったら付き合うことになってる』って

言ってたな」

「あっ、閃いた」

「なになに」

「異動になったら付き合うって、アレじゃないの。相手、掛居さん」

「あー、そうよね……そうかも」

「あー、こりゃあ失恋決定だわ。かわいそうに」

 さっきから話をしている女子社員は失恋したというのに

他人事のような反応をしている。

 最近の女性は強いのだなぁ~と感心して耳をダンボにして聞いていたの

は少し離れた場所《ところ》で窓の外を見ながら缶コーヒーを飲む相原

だった。
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