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◇落胆 83

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-21 09:36:10

83

 私は翌朝、独りで皆より一足先にホテルを後にした。

 星野が一緒に帰ると申し出てくれたけど、折角なのにもったいないから

宮内さんとちゃんと楽しんでから帰ってほしいと告げて自分だけで

帰路についた。

 馬鹿だなぁ~、雨宮さんとのことが知られても柳井さんに振られるなんて

ことは思ってもみなくて、私っておめでたい女だわ。笑えるー。

 こういうの過大評価? 自信過剰っていうんだったっけ?

 私は人から見ればとんでもないことをやらかしているにも係わらず、

自分の手から抜け落ちて行くのはふたつの内のひとつだけと考えていた。

 当初、柳井さんとの結婚を夢見て、雨宮さんとのことをいつ切ろうかって

考えてた。

 だけど頼みの綱の柳井さんから迷いなくいとも簡単にお別れを

言い出され、ぼーっとした頭でじゃあこのままやっぱり雨宮さんと結婚

するのだと単純に考えて帰宅した。

 柳井さんも言ってたようにまずは謝罪しないとね。

 すぐに連絡を入れて謝罪しないとと思うものの、どうしても

連絡を入れることができなかった。

 あんなに私にご執心だった柳井さんから簡単に手放すと言われ、

私はとても落胆したのだ。

 好きになった人から、好きだと言ってきた人からそんなふうに扱われ、

悲しくて惨めで……人の気持ちのなんと脆いこと。

 自分の悲しさに浸り、雨宮さんのことまで私は頭が回らなかった。

 酷いことを仕出かして傷つけた人に思い遣りも持てない自己中な人間、

それが私だった。

 私は自分の汚さもこの時知ってしまった。

 もし柳井さんが普通の一般家庭の人だったらどうだっただろうって

考えてしまったせい。

 雨宮さんとの婚約を破棄してまで付き合いたいとは思わなかっただろうと

 そう結論づけたから。
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    110 気が付くと、凛ちゃんの『あーぁー、うーぅー』まだ単語になってない 言葉で目覚めた。 ヤバイっ、つい凜ちゃんの側で眠りこけていたみたい。 私はそっと襖一枚隔てた隣室で寝ているはずの相原さんの様子を窺った。『良かったぁ~、ドンマイ。まだ寝てるよー』 私の失態は知られずに終わった。 私はなるべく音を立てないよう気をつけて凛ちゃんの子守をし、 彼が目覚めるのを待った。  しばらくして起きた気配があったので凛ちゃんを抱っこして近くに行く と、笑えるほど驚いた顔をするので困った。「えっえっ、掛居さんどーして……あっそっか、来てもらってたんだっけ。 寝ぼけてて失礼」 それから彼は外を見て言った。「もう真っ暗になっちゃったな。遅くまで引っ張ってごめん」「まだレトルト粥が2パック残ってるけど明日のこともありますし、 土鍋にお粥を炊いてから帰ろうかと思うので土鍋とお米お借りしていいですか?」「いやまぁ助かるけど、君帰るの遅くなるよ」「ある程度仕掛けて帰るので後は相原さんに火加減とか見といて いただけたらと……どうでしょ?」「わかった、そうする」  私は何だか病気の男親とまだ小さな凛ちゃんが心配でつい相原さんに 『困ったことがあれば連絡下さい』 とメルアドを残して帰った。  帰り際病み上がりの彼は凛ちゃんを抱きかかえ、笑顔で 『ありがと、助かったよ』と見送ってくれた。  私は病人と小さな子供にはめっぽう弱く、帰り道涙が零れた。  こんなお涙頂戴、相原さん本人からしても笑われるのがオチだろう。 たまたま今病気で弱っているだけなのだ。 普段は健康でモーレツに働いている成人男性なのだから泣くほど 可哀想がられていると知ったらドン引きされるだろうな。  そう思うと今度は笑いが零れた。 悲しかったり可笑しかったり、少し疲れはあるものの私の胸の中は 何故か幸せで満ち足りていた。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ギャップの激しい人 109

    109「知りませんよー。 適当に話を合わせただけなので」「酷いなー。 俺との付き合いを適当にするなんて。 雑過ぎて泣けてくるぅ」 ゲッ、付き合ってないし、これからも付き合う予定なんてないんだから適当で充分なんですぅ。「別に雑に接しているわけではなく、分別を持って接しているだけですから。 そう悲観しないで下さい」「掛居さん、俺とは分別持たなくていいから」「相原さん、私、今の仕事失いたくないので誰ともトラブル起こしたくないんです。 特に異性関係は。 ……なのでご理解下さい」「わかった。 理解はしたくないけど、取り敢えずマジしんどくなってきたから寝るわ」 私と父親が話をしていたのにいつの間にか私の隣で凛ちゃんが寝ていた。 私はそっと台所に戻ると流しに溢れている食器を片付けることにした。 それが終わると夕食用に具だくさんのコンソメスープを作り、具材は凛ちゃんが食べやすいように細かく切っておいた。 それから林檎ももう一つ剥いてカットし、タッパウェアーに入れた。 スーパーで買って食べる林檎は皮を剥いて切ってそのまま置いておくと色が変色するけれど、家から持参した無農薬・無肥料・無堆肥の自然栽培された林檎は変色せず味もフレッシュなままで美味しい。 凛ちゃんが喜んでくれるかな。 そしてそこのおじさんも……じゃなかった、相原さんも。 苦手だと思ってたけどクールな見た目とのギャップが激しく、子供っぽいキャラについ噴き出しそうになる。 芦田さんに教えてあげたいけど、変に誤解されてもあれだよねー、止めとこ~っと。  ふたりが寝た後、私は自分用に買っておいた菓子パン《クリームパン》と林檎を少し食べてから持参していた缶コーヒーでコーヒーTime. ふっと時間を調べたら15時を回っていた。 さてと、重くなった腰を上げて再度のシンク周りの片づけをしてと……。 洗い物をしながらこの後どうしようか、ということを考えた。 もうここまででいいような気もするけど相原さんから何時頃までいてほしいという点を聞き損ねてしまった。 あ~あ、私としたことが。 しようがないので彼が起きるまでいて、他に何かしてほしいことがあるかどうか聞いてから帰ることにしようと決めた。

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