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◇計略 8

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-03-06 21:45:36
8

 翌日は日曜で家《うち》で花と何か見繕ってDVD鑑賞会をする予定に

なっていた。

 二人で鑑賞前にコーヒーを淹れているとインターホンが鳴った。

 ドアがノックされ、「匠吾、お客様よ。島本さんって方」と

母親から呼ばれる。

 どうして彼女が家へ?

 自分の頭が真っ白になっていくのが分かる。

 昨夜の今朝で、相手は島本玲子。

 繋がらないけど、繋がっているのかもしれない状況に眩暈を覚えた。

 花の顔を見るとこわばっている。

 何を言えばいいのか、俺は成す術もなく言葉が出ない。

 とにかくと、玄関に向かう。

          ◇ ◇ ◇ ◇

「あぁ、良かった。向阪さんご在宅だったんですね。

 昨日メールいただいてたので直接お願いしたほうがいいかと思って

来ちゃいました。

 突然でごめんなさい。

 削除依頼のメール見ました。

 でも記念の画像持っていたいんですけど、駄目ですか?」

 この時初めて俺は彼女の異常性に気付いた。

 間の悪いことに花が部屋から出て来て俺たちの遣り取りを

聞いていたようで……震える声で島本玲子に話し掛けた。

「昨日向阪くんとどこかへ行ったんですか?」

「花、悪いけど島本さんと話があるから部屋に戻ってて」

「島本さん、その消したくないという画像見せてもらえません?

 私見たいです」

「ええっ、いいですよ」

『ちょっ、なにやってんだよ』

止めようと思って島本のスマホを奪おうとしたけど阻止できず、

島本は俺とのツーショットを花に見せてしまった。

 俺は急いで島本からスマホを奪い画像を削除した。

「なんでわざわざ家なんかに……」

「あの、すみませんでした。

 残念ですけど画像はあきらめますね。

 じゃぁ失礼します」

 そう言い残し島本玲子は帰って行った。

 火種を残して。

          ◇ ◇ ◇ ◇

「匠吾、どういうことなのかな?

 夜景のきれいなお店だったね。

 夜デートしたんだ。

 どうして?

 島本さんのほうを好きになったんだね?」

「ちっ、違う。

 好きなのは誓って花だけだ。

 彼女に明日訊いてみて、ほんとに会って問題集を渡しただけだから」

「問題集?」

「正社員になるテストに備えてどんな勉強をすればいい
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    Last Updated : 2025-03-11

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    106     「そういうことなら相原さんはやっぱり掛居さんにお願いしたいわ。 実は……掛居さんだから話すけど、私はカッコイイ男性《ひと》は緊張しちゃって駄目なのよー。 おばさんが何言ってんだーって笑われそうだけど。 そんなだからこの年になっても未だ独身なんだけどね」「芦田さん、私は笑いません。 私も相手が素敵な男性《ひと》だと同じです。 緊張しますもん」 相手に合わせて?  調子のいいことを言いながら自分自身に問いかけてみる。 私は匠吾だけを見て生きてきたので素敵な男性なんて他の人に対して思ったことがないんだよね~。 多少いたのかもしれないけど、私にとっては普通の男性《ひと》としてしか接してないと思われ、素敵な男性だと緊張するという経験は……なかったわっ。 ただ相原さんの場合は特殊というか、かみ合わなくてあまり接触したくないのよね。 だけど芦田さんの乙女チックな気持ちもよく分かるのでしようがないなぁ~。「ありがと、掛居さん。 私がいい年をしてこんな恥ずかしいこと話したの初めて。 共感してもらえてうれしいっていうか……。 じゃあ、今回の相原さんのお宅訪問の詳細はメールで送らせてもらっていいかしら」「はい、大丈夫です」「メールで説明してある項目以外は本人の意向を聞いてもらってお手伝い進めてもらえばいいです」「はい、分かりました」 電話を切り、メールをチェック。 凛ちゃんのことが気に掛かり、私は大慌てで出掛ける準備をした。 訪問する前に頼まれているモノをどこかで買わなきゃ。 さて、Let’s go.

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ 付き合ってません 105 

    105「お待たせしました、掛居です」「休日でお休みのところ、ごめんなさいね」「いえ、大丈夫です。自宅訪問の件ですが行けます。 伺う時間とサポート内容、場所、それから滞在時間の目安など教えていただけますか」「有難いわ、助かります。 詳細は後からメールで送るわね。 掛居さんに担当してもらうのは相原さんなの。 場所は……」 私は『相原』という名前を聞いた途端、頭やら耳の機能が停止してしまったようで、芦田さんの話してる言葉が何も入ってこなかった。 いゃあ~、人を差別するというか、この場合自分の好き嫌いで選別してはいけないこととは分かっているものの、先月の彼とのエレベーターでの出来事を思えば、どんな顔をしてサポートに入れるというのだ。「もしもし?」「あの、芦田さん、できれば他の人と……つまり芦田さんが訪問する予定のお宅と替わっていただけないでしょうか」「……」「掛居さんは私が受け持つ人とは面識がないし、というのもあるし、ちょっと恥ずかしいんだけど言っちゃうわね。 私、独身でしょ、だから男性のお宅へ伺ってサポートっていうのは恥ずかしくて」 それを言うなら私も独身、しかも花も恥じらう? まだ20代ですってば。「あ、掛居さんも独身だけど相馬さんとも親しくしているって聞いてるし、男性に耐性あるんじゃないかと思って」 そんなこと誰に聞いたんですかぁ~、保育所勤務なのにぃ~、噂って怖いぃ~。「付き合ってるのよね?」「いえ、付き合ってません」 えっ、私ってばそんなことになってるの、知らなかったー。 相馬さんは知ってるのかしら。「でも親しくしてるのはほんとよね?」「個人的に親しくしてないつもりですが……。 そうですね、彼の仕事を手伝ってるので職場では親しくさせてもらってます」

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