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第4話

Author: イケメン男子
翔太郎は、無意識に眉をひそめた。

「どこへ行くつもりだ」

「旅行に」

「旅行?」

彼は冗談でも聞いたように、ネクタイを緩めた。

「丸七年、一日だって家を出なかったお前が?本気で言ってるのか?

千夏、そんな手で俺を折れさせようなんて無駄だ。

お前が正しいとも思わないし、俺と愛梨に落ち度があったとも思わない。七年も面倒を見てきたんだ。いい加減、分別を持ったらどうだ」

私は何も言わなかった。反論もしなかった。

ただ、スーツケースを再びクローゼットに押し込んだ。

驚くほど軽いケースだった。

この七年間過ごしてきた、この家と同じだ。

待ち続けた七年間の結婚生活とも、同じだった。

見た目はとても綺麗だけれど、中身はもう空っぽ。

翔太郎は満足げに頷き、鼻で笑った。

「わかればいい。

この世の中で、俺以外の誰がお前に居場所をやれる。そのありがたみを、ちゃんと自覚しろ」

その言葉には確信と冷たさがあった。

空気に混じる、覚えのないストロベリーミルクの香り。心臓が、ぎゅっと痛んだ。

「忘れるな。お前はもう、かつて舞台で輝いていた頃のお前じゃない。今のお前はただの家政婦みたいな存在で、役立たずの女だ。俺に逆らわず、おとなしくしていれば、悪いようにはしない……」

彼の冷たい声、水音で途切れ途切れに聞こえる。

それでも、十分だった。

私は小さく笑い、何も返さなかった。

あのスーツケースの中に、私のマイナンバーカードと着替えが入っていたことを、彼は気づいていない。

出て行かなかったのは、未練があったからじゃない。

航空券が、明後日の便だったからだ。

翌日、翔太郎からは珍しく優しい口調で電話がかかってきた。

「会社でパーティーがある。取引先の連中が、お前に会いたがってるんだ」

向こうで、彼の笑みを含んだ声が聞こえる。

「来いよ。ちょうどいい機会だ、プロポーズしようと思ってる」

鼓動が早まり、そしてすぐに静まった。

結局、私は行くと答えた。

期待があったわけじゃない。この七年間の苦労に、ただ一つの答えがほしかっただけだ。

その夜、翔太郎からサファイアのイヤリングと、黒のロングドレスが届いた。

私の好きな色だった。サイズもぴったりだ。

胸の奥が、少しだけ熱くなった。

会場の扉がゆっくりと開き、人波の中心へ歩みを進める。

その時、不意に足が止まった。

花で飾られた壇上には、黒のラインストーンがあしらわれたドレスを着た愛梨が立っている。

その首元には、もっと大きなサファイアのネックレスが輝いていた。

そして、翔太郎が指輪を手に、片膝をついているところだった。

眩い照明が、二人を照らし出す。

カメラのシャッター音と祝福の声が、津波のように押し寄せ、私を飲み込んだ。

悲しむべき場面なのに、不思議と悲しくなかった。

ただ、やっぱりこうなったか、という、胸のつかえが下りるような感覚だけがあった。

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