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第24話

Author: 蘇南系
睦美の体が小刻みに震えた。

五年ものあいだ胸の奥に押し込め、向き合うことを避け続けた出来事――それが、とうとう目の前に姿を現してしまったのだ。できることなら、りきには永遠に知られたくなかった。ただ恨まれていればそれでよかったのだ。

「十億をこっそり返したからって、あの件をなかったことにできると思ったか?」

りきは何もかもを知っていた。ただ、知るタイミングが遅すぎたのだ。

彼の脳裏に浮かぶのは半年前、母が息を引き取る直前に告げられた言葉だった。意識が朦朧としながらも、彼女は睦美を追い払ったあの日の出来事をはっきり覚えていた。

「この五年間、あんたはずっと一人で過ごしてきたのね。恋人もいなく、結婚の話を振るといつもはぐらかして……でもわかってたわ。心の中に、あの人が居続けていたことくらい。

……りき、どうしてそこまで彼女に執着するの?」

母の前で、りきは黙り込んだ。だが、その日初めて知った――睦美が彼の前から消えた真実を。

「桜庭家はどん底に陥り、彼女の母親も命を繋ぐために金を必要としていた。私はその弱みにつけ込んだ。金を渡してあんたから離れるように迫ったら、彼女は承諾したの。金を持って去り、それっきり戻ってこなかった。

そんな女に、あんたが思いを注ぐ価値はないの。愛さえ金で量れる人間よ。聞いた話では、若い男を囲って、仲良く暮らしているそうじゃない。あんたはまだ彼女に縋っているけど、彼女はとっくにあんたを忘れてるのよ。

この数年で、あんたは人が変わったようになったのを見て、あれでよかったのかなって思う瞬間もあった。でもね、やり直せるとしても私は同じ選択をする。あんたは剣崎家の唯一の跡継ぎ。結婚など、もとから自分の意思で決められることじゃないのよ」

そのとき初めて、りきは別れの裏に隠されていた真実に気づいた。

睦美があそこまで冷酷になれるはずがない――ずっとそう信じてきた。やはり、背後で糸を引いていたのは母だったのだ。

あのとき彼女に突きつけられた言葉は、いまも耳の奥に残っている。どうしてあそこまで心を鬼にできたのか、ずっと理解できなかった。だが今ならわかる。あれもまた、母に追い詰められて選ぶしかなかった道だったのだ。

「……ただ、二年後に彼女は金を返してきた。思っていたより誠実だったのかもしれない。けれど、あんたの妻にふさわしい人間じゃないわ
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