Se connecter◇ 病院からほど近いカフェに移動した私と谷島さん。 飲み物を頼み、それを待っている間は谷島さんと世間話をして時間を潰す。 お互い注文をした飲み物が来て、私達は席に着いた。 カフェ店内は、落ち着いた雰囲気で、店内にもお客さんはぽつりぽつりと居る程度。 病院に近いカフェだからか、利用客は病院に用があって、来ている人達ばかりのような気がする。 穏やかな空気が流れる店内で、私と谷島さんは飲み物を一口飲み込んでから顔を見合わせた。 「……はは、そんなに緊張しないでください、藤堂さん」 「すみません……これから話す内容に緊張してしまって……」 「そうですよね……。我々のような仕事をしていないと、中々耳にする機会が少ないでしょうし……」 困ったように眉を下げて笑う谷島さん。 そんな彼に、私も苦笑いを返した。 「先程、病院で話した内容ですが……汚れ仕事を専門的に扱う組織がいる、と言ったでしょう?」 「──はい」 「そういった組織は、実際に存在しているんですよ。……金さえ積めば、何でもやる非人道的な組織があるにはあります」 「──っ、なんてこと……」 「ただ、藤堂さんが口にしていた、速水家との関わり……。そこは、はっきり言って盲点でした。……正直に言ってしまえば、古くから続くお家や、大企業には、そういった組織と通じている場合もあります」 まさか、そんな事があるなんて。 だけど谷島さんは警察関係者だ。 そんな人が、嘘を言う訳がない。 「古くから、国の中核を担う方々にはそんな組織と繋がっている事も珍しくはありません。悲しいけど、これは世界のどの国でも有り得る事なんです、我が国だけではなく……」 「……必要悪、があると言う事ですね」 「ええ、悲しいけどこれが現実ですから……」 谷島さんは目を伏せた後、迷うように視線を彷徨わせた後、改めて口を開いた。 「速水家が、そんな組織と繋がっている可能性はない、と無意識に除外していました。……今後は、その線も見越して捜査しますね」 「──は」 はい、と私が言おうとした瞬間。 「藤堂さん!」 カフェの店内に、慌てたような苓さんの声が響いた。 「──え、……小鳥遊、さん……?」 「良かった、見つけた!」 息を乱し、肩で息をしている苓さんが私と谷島さんに近付いてくる。 突然の苓さんの登場に呆
歩いて行く後ろ姿。 小さくなっていく藤堂さんの後ろ姿を見て、俺はその場から暫く動く事ができなかった。 藤堂さんが時折隣を歩いている谷島に話しかけられ、笑顔で言葉を返しているのが見える。 そんな藤堂さんを見て、俺の胸にはもやもやとした形容しがたい感情が溢れてくる。 「……くそっ。こんな気持ちになりたくないからあの人と距離を取っていたのに」 あの人の隣にいるのが、谷島なのが気に入らない。 どうして、藤堂さんは谷島と楽しそうにしているんだ。 藤堂さんの隣にいていいのは俺だけなのに──。 そんな事を考えてしまっていた俺は、ハッとする。 「何で……俺は、藤堂さんを知らないのに……」 どうしてこんな気持ちになるのか。 知らないのに、知っているような。 記憶なんてないのに、俺は藤堂さんの笑顔を知っている。 あんな風に藤堂さんに笑顔を向けられるのは、俺だけだったのに。 「──は?俺は、何を……」 俺だけが笑顔を向けられていたって何だ? どうしてそんな事を思うんだ。 俺は、藤堂さんを何も知らないのに──。 俺は、本来ここに来た理由が入っているスマホを入れているポケットに視線を向けた。 どうしてあの時、俺は藤堂さんに聞かなかったのだろうか、と後悔の念が込み上げてくる。 スマホにスケジュールされた、ある予定。 その予定に、どうして藤堂さんの名前が書かれていたのだろうか。 どうして、俺はその名前を見ただけで彼女だと、藤堂さんだと思ったのか──。 スマホのスケジュール。 今日の日付には、しっかりと書かれていた。 「茉莉花さんと病院」と。 「茉莉花さん──」 どうして、しっくりとくるんだろうか。 それに、どうして茉莉花と言う名前が藤堂さんだとすぐに分かったのか。 どうして、懐かしい気持ちになるのか──。 「……くそっ」 何が何だか分からなくて。 もう1度藤堂さんに会ったら、何かが分かるだろうか。 谷島と、どこに行った──? 俺はあの2人を探し出そうと思い、駆け出そうとした。 その瞬間。 ポケットに入れていたスマホが、着信を知らせた。 ぶるぶると震えるスマホに、ハッとして俺はスマホを取り出す。 すると、そこには──。 「警備会社……?どうして、俺に……?」 どうして俺に警備会社からの電話が? そう思ったが、何か
「──谷島?どうして、藤堂さんと……」 「あれ、小鳥遊?どうしてここに?」 苓さんの言葉は、谷島さんが驚いた時に上げた大きな声でかき消されてしまって。 すぐ近くに居たはずだけど、私の耳に苓さんの言葉は上手く届かなかった。 私が苓さんに顔を向けてもう1度話してもらおうと思ったけど、苓さんの表情は険しい顔に変化していて──。 まるで怒っているようにも見えるそんな苓さんの表情──。 私は、こんな風に怖い顔をしている苓さんを殆ど見た事がなくて、びくりと肩を跳ねさせてしまった。 そんな私の様子に、谷島さんが気遣うような視線を向けてくれた。 「藤堂さん、大丈夫ですか?移動できますか?」 「──あっ、そう、ですね……。お話を聞きたいですから」 移動しましょうか。と、私が告げようとした瞬間。 苓さんが視界の端で動いたのが分かった。 「──藤堂さん!」 「──えっ」 苓さんの焦った声が聞こえ、私の腕を苓さんに掴まれる。 久しぶりに感じた、苓さんの体温──。 苓さんの手のひらの温かさに、私はじわりと視界が滲んでしまった。 私の手を掴んだ苓さんが、そんな私に動揺しているように見えた。 慌てて私から手を離そうとしたけど、結局苓さんの手が私から離れる事はなくて。 「その、小鳥遊さん……?どうしましたか……?」 ここ最近は、苓さんと会う機会が殆ど無かった。 現場視察にも、苓さんはあまり同行しなかった。そんな苓さんの様子から、もしかしたら私との接触を避けているのかも──。 そんな風に思っていたりもしたけど、苓さんの手は今、私の手を掴んでいる。 それに、掴んだ手を離そうとしていなくて。 (もしかしたら、苓さんの記憶が戻りつつあるの……?そんな風に、期待してもいいの……?) 私が微かな希望を胸に抱いた瞬間、苓さんは私の手をぱっと離してしまった。 「急に触れてしまい、すみません」 「いえ、大丈夫ですよ……。お気になさらないでください。えっと、そろそろ……大丈夫ですかね?」 「谷島と、約束をされているんですか?」 私の言葉に、苓さんがちらりと谷島さんを見やりつつ、そう問いかけてくる。 特に隠す事もないだろう。 だから私は頷いて答えた。 「ええ、谷島さんとお話があって」 「ああ、今回の事件に関わる事だから、小鳥遊、お前にはあまり詳しく話
お母様の病室の前には、苓さんが手配してくれた護衛の人達が変わらず立ってくれていた。 その人達に「ご苦労さまです」と声をかけてから入室する。 病室に入ると、お母様は変わらずベッドに横になったままの姿が視界に入る。 本当に、ただただ静かに眠っているだけのような姿に、お母様は今にも目を覚ましそうな気がいつもしていた。 今日こそは、といつも思って。 そして、いつも目覚めないお母様を置いて私は家に帰る。 その時の切なさや寂しさはかなりのものだ。 「きっと、今日もお母様の病室を出る時は寂しくなってしまいますね」 私は小さく笑みを零すと、真っ白で細いお母様の手を取り、マッサージをする。 眠るお母様に話しかけつつ、マッサージをし続けていると、あっという間に時間が経った。 もうそろそろ谷島さんと約束している時間になる。 私は、病室にかけられている壁掛け時計に顔を向けた時間を確認したあと、お母様に顔を戻した。 「お母様、そろそろ私はお暇しますね。また近い内に来ます」 そう声をかけると、私は丸椅子から立ち上がった。 名残惜しい気持ちを何とか耐えて、鞄を持ち上げて病室の扉へ向かう。 部屋を出る前に、私はお母様をもう1度振り返ってから扉を開けて病室を後にした。 ◇ 茉莉花が出て行った部屋の中。 沢山の管に繋がれた茉莉花の母・羽累(はる)の指先が、ぴくりと微かに震えた。 ◇ 私は谷島さんと待ち合わせをしている病院の正面入口に向かって歩いていた。 すると、私の背後から声がかけられた。 「──藤堂、さん……?」 「え……」 どうして、ここに──。 何で、今日、この場所で苓さんの声が聞こえるの──。 私は、驚きつつ声が聞こえた背後を振り返った。 「小鳥遊、さん?」 振り向いた先に居たのは、やっぱり苓さんで。 苓さんが恋しいあまり、聞こえてしまった幻聴ではなかった。 だけど、どうして今日ここに苓さんが居るのか──。 私が不思議に思っていると、私のその様子が伝わったのだろう。 苓さんは声をかけてしまった以上、立ち止まった私を無視する事はできなくて、そのまま近付いてきてくれた。 「……藤堂さん、お体の調子が悪いんですか?」 「いえ、違いますよ。それより、小鳥遊さんこそどうされたんですか?小鳥遊さんこそ、体調不良で病院の受診を……?」
私が顔を向けた先の谷島さんは、何とも形容しがたい表情を浮かべていた。 どうしてそんな顔をしているのか分からず、私が困ったように眉を下げていると、谷島さんは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。 「──汚れ仕事を……、専門的に扱っている……組織があるには、あります」 「え……っ!?」 「ちょっと、ここで話す事は……」 ちら、と周囲を確認した谷島さんは申し訳なさそうに言葉を濁す。 確かに、こんな所で話をする内容ではない。 私はハッとすると、慌てて謝罪した。 「そう、ですよね……!こんな事を聞いて申し訳ないです谷島さん」 「いえ、もし藤堂さんが良ければ……この後お時間はありますか?どこか、場所を変えてお話をしましょうか?」 「──いいんですか?」 「ええ。藤堂さんも病院に用があってこちらに来られたんですよね?私もここで聞き込みがありますから……そうですね……」 そこでいったん言葉を切った谷島さんは、自分の腕時計で時間を確認してから私に顔を戻す。 「──2時間後。2時間後に、この病院の正面入口で待ち合わせをしませんか?」 「2時間……。分かりました、大丈夫です。詳しいお話を聞かせてください」 私が頷いたのを見た谷島さんは「分かりました」と返事をしてくれる。 そして、自分の仕事に戻る様子を見せたので、私もお母様の病室に向かう事にした。 谷島さんと軽く言葉を交わしてから私達は別れ、私は別館に向かうために一人で廊下を歩いていた。 「……谷島刑事が言っていた事。……本当にそんな組織が……?」 もし、そんな組織があるのだとしたら、それは恐ろしい事だ。 涼子のように、自分の手を汚さずとも代わりに遂行してくれる人を派遣してくれるのであれば。 「何だか……私が知ったらあまり良くない事のように思えるわね……」 もしかしたら、お父様やお祖父様はそんな組織がある事を知っているかもしれない。 藤堂家は、古くから続く家柄だ。 自分達がそう言った怖い事に手を出さずとも、過去、今回のように恨みを買って、怖い思いをした先祖は沢山いるかもしれない。 そこで、私はふと苓さんが手配してくれた護衛の人達の事を思い出す。 「そう言えば……、苓さんも護衛の人達の手配が凄く早かったわね……」 手配をしてくれる、
翌日。 私は、会社を早退してお母様のお見舞いにやって来た。 いつものように病院の駐車場に車を停め、院内に入る。 だけど、今回からはいつものように私の隣に苓さんはいない。 いつも、視線を向ければそこには苓さんが居た。 私の視線を感じると、苓さんは優しい笑みを浮かべて「どうしたの?」と言うように首を傾げてくれていたのに、今はそこに誰もいない。 私は無意識に隣を見上げてしまっていたけど、そこに何もない事を、誰もいない事を実感してしまって。 乾いた笑いを零した。 私が廊下を進んでいると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。 「藤堂さん?」 「──谷島さん?」 どうしてここに刑事の谷島さんが。 私が振り向いた先には、スーツ姿の谷島さんが居て。 私の目は驚きに見開かれる。 私の方へ近づいて来た谷島さんは、手に持っていた手帳を懐にしまうと私と顔を合わせる。 「お久しぶりですね、藤堂さん」 「──ええ」 谷島さんとは、あの日。 苓さんが事故に遭って、病院で会った時以来だ。 私と谷島さんは足を止めたが、ここが廊下の真ん中だと気付き隅に寄って話を再開する。 「小鳥遊の記憶喪失、聞きました……。藤堂さん、大丈夫ですか?」 気遣わしげな視線と、声。 谷島さんの優しさに私は笑みを浮かべると「大丈夫」と言うように頷いた。 「ええ、大丈夫です。苓さんが無事だった事が奇跡のようなものですもの。記憶は……きっとそのうち思い出してくれますから……。それより、谷島さんはどうしてここに?──何か、涼子の事について進展がありましたか?」 最後の一文は、声を潜めて谷島さんに問いかける。 すると谷島さんは、周囲を確認した後、身を屈めて私にだけ聞こえるように教えてくれた。 「藤堂 帝熾さんを車で送った人間について、この病院と提携している送迎サービスに登録していた男の話を以前お話したでしょう?……奴は複数の名前を使い分けて仕事をしていたらしく……。院内の防犯カメラ映像を確認して、当日男と接触した可能性がある人達に今、聞き込みを……」 「複数の偽名を使っていたって事ですか?」 「ええ、そうです。以前は名前まで調べがついたのですが、潜伏先が未だ分からず……。今は微かな手がかりでも欲しくて、あの男と接触があった人達に話を聞いていたんです」 「──涼子は、どうやっ
◇ 「──痛っ」 「茉莉花さん、大丈夫ですか!?」 料亭の、一室。 私たちは予約していた部屋に案内されていた。 そこで席に着くなり、私の足元に跪いた苓さんが靴を脱がせてくれたのだけど、その時に伝わった振動が捻った足首に響き、私は小さく声を上げてしまった。 私が痛みを訴えた瞬間、苓さんが慌てたように声を上げ、申し訳ないと何度も謝罪をする。 「大丈夫です、苓さん。我慢できずごめんなさい」 「我慢なんて出来るはずないですよ……こんなに赤く腫れてる……。藤堂社長、やっぱり茉莉花さんを夜間病院に連れて行きませんか?」 苓さんは傍らに立つお父様にぱっと顔を向けて提案する。 お父様も
苓さんとキスを交わしながら、私はここ最近感じていた違和感を確かめるように、自然な流れで薄っすらと唇を開いた。 だけど、苓さんはそれに気付いているはずなのに、唇を重ね合わせるだけの可愛らしいキスばかりを私に贈ってくれる。 以前、一夜を共にしてしまった時の、情熱的な、まるで食べられてしまうんじゃないかと言うくらいのキスは、お付き合いを始めてから1度もされた事が無い。 苓さんがしてくれないなら、と私からしてみようとしたその時──。 「──っ、茉莉花さん……っ」 「んっ、苓さん……?」 私が何をしようとしているのかを察したのだろう。 苓さんはがばり、と私から体を起こして離れてしまった
「と、藤堂社長!?」 「どうしてここに……!」 御影さんと涼子と一緒にいた他の男性3人が、お父様の姿を見て驚いたように声を上げる。 そして、その3人は真っ先にお父様に近付き挨拶をした。 「お久しぶりです、藤堂社長」 「こちらでお会いしたのも何かのご縁!もしよろしければ少しお話でも……」 「我々は、食事がキャンセルになってしまったのですが、もしよろしければご一緒に──……」 お父様と知り合い
病院の院長が同席した診察室は、とても重苦しい空気と、緊張感に包まれていた。 整形外科の医師に怪我の処置をしてもらい、医師が口を開いた。 「全治2週間ですね。3日ほどは絶対安静にしてください。お風呂も湯船に浸からず、シャワーで済ませてください」 「だそうだが、茉莉花。その足だと不便だろう?入院しておくか?」 「と、とんでもないです!家に戻りますお父様」 入院なんて、大袈裟だと思う。 多分松葉杖を使えば動き回る事