Chapter: 189話 ◇ 「瞬っ、瞬!酷いわ!どうして心なんかに構い続けるの!?」 心と涼真が立ち去ってから、暫し。 その場を動く様子のない清水に、焦れた麗奈はとうとう声を荒らげた。 ようやくそこで麗奈の存在を思い出したのだろう。 清水ははっとすると、麗奈に鋭い視線を向けた。 「心が大変な目に遭っているんだ……!その、知り合いとして助けようと思うのは普通だろう。それなのに、どうして麗奈はそんなに冷たい事を言って心を拒む!?」 「冷たい事って何よ!?心はもう瞬とは関係の無い人なのに!それなのに、どうして瞬は心を助けようとするの!?心にはもう滝川社長って言う婚約者がいるのよ!」 「黙れ、麗奈──」 清水の低い声に一瞬怯んだ麗奈だったが、ふんっと鼻を鳴らすと、腕を組んで清水を睨み付ける。 「それに瞬。あなた滝川社長と心が泊まったホテルに行くなんて、何を考えているの?あの2人が抱き合っていたホテルに行くなんて、凄く惨めだし、みっともないわ──」 「黙れ麗奈!心は滝川なんかと寝ていない!」 ばしん!と清水が麗奈の頬を打つ音が響く。 まさか麗奈は自分が叩かれるとは思わなかったのだろう。 叩かれた頬がじんじんと痛み、次第に赤みを帯びていく。 清水も手を上げる気はなかったのだろう。 麗奈を叩いてしまった自分の手を、信じられないと言うように唖然と見つめていた。 「す、すまない麗奈……叩くつもりは……」 どもりつつ、清水は麗奈に腕を伸ばす。 麗奈は自分に伸ばされる清水の手を見て、涙目でその手を払った。 「──信じられないっ!女性に手を上げるなんて……っ!」 「す、すまない麗奈!つい、カッとしてっ」 「もう知らないわ!そんなに心が好きなら彼女と結婚すればいいじゃない!ああ、でもそれは無理ね!心はもう滝川社長と婚約してるから!瞬、あなたなんて心に振られてしまえばいいのよ!」 「──麗奈っ!」 涙目で、涙が零れぬよう必死に耐えていた麗奈は、呼び止める清水を無視してそのまま踵を返し、パーティー会場の出口に向かって歩いて行ってしまう。 唖然とその姿を見つめる事しか出来ない清水を、パーティーに参加していた参加者達はヒソヒソと話し、時には笑われつつ、見ていた。 ◇ 「……パーティー会場で、よくあんな大喧嘩ができますね」 私は、ちょうど清水瞬と麗奈の大喧嘩が良く見
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 188話 「よくも、図々しくそんな事が言えたものだ……。あの日、心とホテルから出てきたくせに……っ」 清水瞬の拳が、強く握り込まれる。 そもそも、私が涼真さんとホテルから出て来たとしても、それこそ清水瞬には関係の無い事だ。 その証拠に、清水瞬の隣にいる麗奈は、不愉快そうに顔を顰め信じられないような表情で彼を見つめている。 だけど、麗奈の視線には気づいていないのか。 清水瞬は尚も言葉を続けようとしたけれど、その前に涼真さんがぴしゃりと跳ね除ける。 「俺や心が、誰とどこで何をしていても、君には関係の無い事だ。これ以上干渉しないでくれないか?不愉快だ」 「──なっ、お前っ」 涼真さんの言葉に、清水瞬の顔がかぁっと怒りで赤く染まった。 「それに、人のそういった事情に踏み込むのは不躾だ。清水社長が逆の立場だったら不快だと思わないか?」 そう話しつつ、涼真さんはくすりと色の含んだ笑みを浮かべると、私の腰をぐっと引き寄せた。 「心もそう思うだろ?」 壮絶な色香を放つ涼真さんに、流し目を向けられて。 私はぼっと顔を真っ赤に染めると、こくこくと何度も頷いた。 ど、どうして涼真さんはこんな態度を!? もしかして清水瞬に見せつけているのだろうか。 もう、彼が私たちに変に絡んだりしないように。 それなら、私も涼真さんの考えに乗った方がいい? ぐるぐる、と考えた私は、引き寄せられた勢いのまま、涼真さんにそっと自分の体を寄せた。 「は、恥ずかしいからそんな事言わないでください涼真さん。……もう、場所を変えましょう?」 「──心、嘘だろう?」 清水瞬が、唖然と呟く。 だけど私は彼に目を向ける事なく、そのまま涼真さんに促されてその場を後にした。 清水瞬は、それ以上私と涼真さんに絡んでくる事はなく、呆然としたままその場に立ち尽くしていた。 「──良かった、追いかけてくる気配は無さそうですね、涼真さん」 「ああ。あれだけ匂わせれば十分だろう。一般常識のある人間なら、これ以上は突っかかってこないはず。……まあ、彼に一般常識があるのかどうかは分からないが」 ひょい、と肩を竦める涼真さんに苦笑いが零れる。 確かに。涼真さんの言う通りだ。 清水瞬は意固地になっているような気がする。 「本当にもう、彼が関わってこないといいんですが……」 「俺たちの仕事も忙し
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 187話 あれから。 別室での話を終えた私たちは、会場に戻ってきた。 涼真さんと、氷室社長の提携は無事組めるだろう。 後日改めて契約を交わす予定だけど、2人はあの後固い握手を交わしたから。 「無事、話が纏まって良かったですね涼真さん」 私が話しかけると、涼真さんは私の腰に回していた腕に力を込めてぐっと引き寄せた。 「心のお陰だ。いつの間に開発していたんだ?」 「ふふふ。実は、時間がある時にちょこちょこと生地の勉強はしていたんです。昔、お世話になった工場に連絡をして、途中までは作っていたんです」 「途中まで?」 「はい。清水 瞬と婚約して……彼が麗奈と浮気をしている間、沢山時間はありましたから……。気を紛らわせたくて生地の研究を」 「そうだったのか……」 涼真さんは私の言葉に辛そうな顔をする。 だけど、それも一瞬で。 周囲には私たちに話しかけたそうにしている人々が集まっていて。 涼真さんは見せつけるように私の額に唇を1つ落とすと、ドリンクを取ってくれた。 「そろそろ、話したそうにしている彼らの相手をしてやるか……」 「ふふっ、そうですね涼真さん」 こんな触れ合いも、もう慣れたものだ。 日々の練習の成果だろうか。 私は涼真さんの行動にも真っ赤になる事もなくなったし、こうして涼真さんの胸に体を寄せる事だって自然に振る舞えるようになった。 私たちが笑いあっていると、背後から近付く足音が聞こえた。 「随分と仲が良くなったみたいだな……」 どの企業の人だろうか──。 そう思ったのも束の間。 聞こえてきた声に、私も涼真さんも眉を顰めた。 けど、振り返る時にはそんな表情を微塵も見せず、笑みを浮かべたまま彼の名前を口にした。 「ああ、こんばんは清水社長。あなたもこのパーティーに参加していたんですね」 「──はっ、白々しい。俺たちの姿が見えていたくせにな」 涼真さんの言葉に、清水 瞬が苦虫を噛み潰したような表情で答える。 彼の腕に手を回している麗奈は、私に向かって勝ち誇ったような表情を浮かべていて。 どうやら、先日私たちが麗奈が黒瀬さんと寝た事を知っているとは気づいていない様子だった。 だったら、やっぱりあのネットへの流出も、清水瞬があのホテルに居た事も、全て黒瀬さんが手を回したのだろう。 その事が分かっただけでも収穫だ。 「
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 186話 ◇ あれは、遡る事数日前。 涼真さんと、今回のパーティーに向けて「練習」をしている時。 ソファに2人並んで座りながら、まったりとしつつお話をしていた。 私は、ずっと考えていた事を涼真さんに報告した。 「──希少性を下げる、だって!?」 「はい、涼真さん」 私の話を聞いた涼真さんは、驚いたように声を上げた。 けど、それもそうだろう。 私が昔、子供の頃に清水 瞬を助けるために売ってしまった生地開発の権利。 それは、今や清水グループが独占していて、他社も開発が出来ていない。 清水グループの持つ生地を越える生地の開発は出来ていないのだ。 だったら、作ってしまえば良い。 そして、それが低価格帯で手に入るようになったら? 誰もが手に取りやすい金額で、質のいい商品に手が伸びるようになったら? 清水グループの強みであった高価格帯の希少性はガクッと落ちる。 そうすれば、私が子供の頃に売ったあの権利。 それを買った役員が、表に出てくるかもしれない。 その役員がすでに居なくなっていたとしても、彼の後を継ぐ人は必ずいるはずだから。 その人物を特定すれば──。 「だ、だが心。その生地は清水の会社の強みだ。あの生地を越える生地の開発は、未だどこの会社も──」 「ふふ、涼真さん。その生地を開発したのは誰か忘れちゃいましたか?」 私の言葉に、涼真さんは焦っていた顔から段々と自信を得たような、強者の笑みを浮かべる。 「忘れるものか。開発者は心、君だ」 にや、と格好良い笑みを浮かべた涼真さんに、私も笑みを深めた。 ◇ 時は、戻り。 パーティー会場、別室。 「そ、そんな事が可能なのですか!?」 「ええ、もちろんです」 氷室社長と話を進めていた涼真さん。 涼真さんの計画と、提案を聞いた氷室社長はにわかには信じ難い、と言うように目を剥いた。 「そ、それが実現すれば……確かに利益は計り知れません……国内のシェア率もトップとなるでしょう……だけど……」 氷室社長が悩むのも当然。 本当にそんな夢のような生地が開発できるのか──。 その迷いが、中々決断を鈍らせているようだった。 「……心」 「ええ、涼真さん」 涼真さんから話しかけられ、私は手持ちのバッグから1枚の生地を取り出した。 「──それは、まさか」 私の行動を見ていた氷室社長
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 185話 「滝川社長!ようこそおいでくださいました!」 「氷室社長。本日はお招きいただき、ありがとうございます」 にこり、とお互い笑顔を浮かべ、握手を交わす。 氷室社長の横には、彼の奥様──桜さんが立っていて、彼女は私に笑みを向けてくれたので、私も微笑み返す。 「ははっ、実は駄目元で招待状を……。まさかご参加頂けるなんて……」 「うちは今、衣料関係の新事業を始めようとしていますからね。……長い事この業界で実績を出し続けている御社に学ばせて頂く事は多いです」 「そんなそんな!ご冗談を!」 涼真さんの言葉に、嬉しそうに氷室社長が破顔した。 そして、涼真さんは私に視線を向けると、私の紹介をしてくれる。 「私のパートナーの、加納 心さんです。大切な婚約者です」 「初めまして。加納です。本日はお会いできて光栄です」 「とてもお美しい女性ですね!まあ、私の妻には負けるかもしれませんが!」 「──あなた!」 氷室さんの言葉に、奥様の桜さんがすぐさま鋭い声を上げる。 私と涼真さんは、顔を見合せて笑いあった。 氷室社長は、とても愛妻家で有名だ。 どこかの経営者のように、沢山の女性と関係を持ったり、不倫をしたりする方ではない。 奥様に一途で、とても家庭を大事にしている方。 涼真さんが調べても、氷室社長に黒い噂は見当たらず私たちは決めたのだ。 「涼真さん」 「ああ、心」 私たちの会話に、氷室社長とさくらさんが不思議そうに首を傾げた。 涼真さんはにっこりと笑みを浮かべ、氷室さんに向かって提案を口にした。 「氷室社長、ぜひ場所を変えて……ビジネスの話をしませんか?」 「──っ!!」 笑みを深めた涼真さんの言葉に、氷室社長の目が見開かれ、みるみるうちに歓喜の色が濃くなっていく。 「ぜっ、ぜひ!もちろんです!さ、さくら!お二方を別室にご案内を……っ!あっ、ああっ何か飲み物と軽く摘める物もご用意いたしますね!」 「ええ、ぜひよろしくお願いします。……多分、お話は長くなると思いますので」 涼真さんの言葉に、氷室社長の目が益々輝く。 奥様の桜さんも大慌てで人に指示を出しているのが見えた。 「こちらです、滝川社長、加納さん!」 「行こうか、心」 「はい、涼真さん」 私たちが氷室社長と別室に移動したのは、パーティーに参加している人達、大勢の目の前
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 184話 パーティー当日。 その日、私は涼真さんのエスコートの元、パーティー会場に入った。 会場に入るやいなや、涼真さんの姿を見つけた企業の重役達が真っ先に涼真さんへ集まってくる。 「滝川社長!まさか、このパーティーでお目にかかれるとは!」 「ご挨拶させてください、私は──」 「今後、ぜひ我が社の工場と提携を──!」 みんな、目の色を変えて涼真さんとどうにか取引をと声をかけてくる。 そう言ったお誘いに、涼真さんは全て笑顔を浮かべるだけで何も言葉を返さず、沈黙を守る。 何か会話の糸口を──、と冷や汗をかいた人達が、涼真さんの横にいる私に視線を向けた。 「もしや、こちらの女性は先日発表された──」 誰かが、そう言葉にすると、他の人達の視線が一斉に私に集まる。 みんなの視線が私に集まった事を確認した涼真さんは、私の腰に回していた手の力を強め、ぐっと抱き寄せた。 「ええ、婚約者の加納 心さん。今、我が社では私の秘書と、デザイナーを兼任してくれています」 「なんと!こんな素敵な女性が婚約者とは!滝川社長も隅に置けませんなぁ!」 「ご結婚されたら、家に帰るのが楽しみでは?」 「秘書とデザイナーを兼任なんて!とても優れた女性なんですね」 みな、口々に私を誉めそやす言葉を口にする。 私は全て愛想笑いを浮かべて流し、涼真さんは満足そうに頷いていた。 「ええ、本当に。私にはもったいないくらいの素晴らしい女性ですよ。ただ、実はもう一緒に暮らしていて……毎日が幸せですよ」 「なんと……!既にご一緒とは!」 「これはご結婚の報告もすぐにされそうですね!」 ははは、と笑い声が起きる。 私たちの回りには、いつの間にか沢山の人が集まっていて。 少しでも涼真さんに近づきたい人。 それと、涼真さんの婚約者である私とどうにか言葉を交わしたい人が溢れていた。 その人垣の奥に──。 見知った顔を見つけた。 清水 瞬、彼だ──。 予想していた通り、彼の隣には麗奈が立っている。 清水 瞬の視線は、真っ直ぐ私に向けられていて、隣にいる麗奈なんか視界にも入っていない。 それはそれで、どうなの……。 昔はあれだけ「麗奈、麗奈」と言っていたのに。 いざ、麗奈が手に入ったらぞんざいに扱っている。 それとも、加納家の血筋である事が分かり、私を手放した事を後悔してい
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 179話 やっぱり?それってどう言う──。 私が何かを発する前に、御影さんが口を開く。 「当初、茉莉花……お前があんな記事を出したのかと……そう思った。だから、あの記事を出した会社も何も調べなかったのだが……」 「──私が?何のために……意味が分かりません」 「──ふっ、そうだろうな」 私の言葉に、御影さんは何がおかしいのか、楽しそうに笑っている。 「だが、あの記事の発信源はお前じゃないと思い始め……隠し撮りをした者と、記事を書いた者の調査をした」 「そうですか……。でも、別に御影さんはバレても構わなかったのでは?相手は涼子でしょう?私との婚約は大々的に発表していませんでしたし、放っておいても良かったのでは」 「確かに、俺もそう思った。だからこそちゃんと調査をしなかった」 それまで黙って私たちの会話を聞いていた苓さんが、不意に口を開いた。 「なら、どうして急にそんな前の記事の調査を……?御影専務は、何かご自分の中で変化があったようですね?」 ふん、と鼻で笑う苓さん。 そんな不遜な態度を取る苓さんが珍しくて。 私が驚いていると、御影さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。 「──そうだ。確認をしたくて、調査をした。そうしたら、犯人が分かった」 「誰だったんですか、その犯人って」 「涼子だ。……涼子が、カメラマンを使い、あの写真を撮らせて、記事にさせた」 御影さんの言葉に、私は驚いて口を開けてしまう。 どうして、そんな事を──。 そんな事をしなくても、御影さんは涼子一筋なのに、どうしてわざわざ。 「なるほど……外堀を固めようとしたって事か……悪どい女が使いそうな手だ」 ぽつり、と苓さんの納得したような声が落ちる。 まさか、そんな。 私が無意識に御影さんに顔を向けると、御影さんは険しい顔をしていたけど、苓さんの言葉に一切反論しなかった。 それが、もう答えのようなものだ。 御影さんが、涼子を貶されているのに庇わない。 どころか、涼子の所業をわざわざ私に知らせるなんて。 御影さんは一体どうしたのか、と戸惑ってしまう。 「……あれが、涼子の仕業だと知ってあれから涼子を監視させていた。……涼子は普段から中央病院に通院していたんだが……茉莉花は知っていたか?」 「いえ、知らなかったです。……涼子はどこか体の調子が悪いんですか?だから
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 178話 苓さんも居ていい? どうして御影さんが条件を決めるの? 私はむっとして、腕を組みつつ御影さんに答える。 「苓さんも一緒じゃなきゃ、話は聞きません。それに、場所を変える必要はないのでは?ここで話せない内容でしたら、お断りします」 きっと、御影さんは涼子から離れたがらない。 そうしたら、こんな無駄な時間は終わる。 私は海堂社長に早く挨拶をして、お父様から預かった贈り物をして、早くパーティーから帰りたい。 御影さんは私の言葉を聞き、涼子に顔を向けた。 涼子は御影さんが助けに来てくれると思ったのだろう。 ぱっと表情を明るくしたのだけど──。 御影さんは、そんな涼子に向かって信じられない言葉を放った。 「涼子、俺は少しだけこの場を離れる。……待っていてくれ」 「そんなっ、どうして直寛……っ!」 涙を目にいっぱい溜めて御影さんを呼ぶ涼子。 御影さんが、涼子の傍を離れる──? 信じ難い光景に、私が唖然としていると御影さんが話しかけて来た。 「この場では少し話しにくい。人がいない隅の方に行っていいか」 「──……」 まさか、御影さんがこの条件を飲むなんて。 私は思わず苓さんに顔を向ける。 苓さんも驚いた表情を浮かべていたけど、私と目を合わせてこくり、と頷いた。 「……分かりました。なら、あちらに行きましょうか」 「分かった」 私が示した方向に顔を向けた御影さんが、周囲に人がいない事を確認すると頷いた。 そして頷くや否や、そちらの方向に向かって移動を始めてしまう。 そんなに話したい事があるのだろうか。 私は、苓さんが差し出してくれた腕に自分の腕を絡ませ、御影さんの後を追った。 場所を移動した私たち3人は、会場の隅っこで飲み物のグラスを持って向き合っていた。 御影さんは涼子に背を向ける形。 その対応にも私はびっくりしてしまう。 涼子の姿が視界に入らなくて大丈夫なのだろうか、と私が考えていると、御影さんが口を開く。 「──確認したい事がある。以前……俺とある女性の熱愛記事が出た事を覚えているか?」 「熱愛記事──……?」 御影さんの言葉に、眉を顰める。 そんな事、あっただろうか、と考えて私はあっと思い出した。 確か、あの記事がきっかけで、私と御影さんの婚約は破棄されたのだ。 あの記事のお陰だったのに、すっかり忘れ
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 177話 「ちょ……っ」 私は慌てて胸元を抑える。 どうして見えてしまったのか。 ドレスに隠れている場所なのに。 私の腕を掴んでいた御影さんの手を、苓さんの手が素早く掴む。 「茉莉花さんに触らないでください」 「──お前か!お前がっ」 御影さんは、苓さんをじろりと睨み付ける。 どうして御影さんがここまで苓さんに怒っているのか、本当に意味が分からない。 自分には愛して病まない涼子がいるでしょう?それなのに、どうして今更私に関わってくるのか。 「茉莉花、俺はっ」 御影さんが何かを言おうとした瞬間──。 「きゃあっ!やめてください、何をするんですか!」 その場に、涼子の声が響いた。 「離してくださいっ、わ、私には婚約者が……っ」 「その婚約者ってのは誰だよ、お姉さん。その婚約者、他の女に夢中みたいだけど」 けらけらと笑う、軽薄そうな男が涼子の腕に触れ、話している。 「また、さっきのあの人達か──」 苓さんがうんざり、と言った声を漏らす。 それもそのはず。 さっき、私と苓さんに絡んで来たあの男女4人のグループの内、1人の男性が涼子に詰め寄っているのだ。 涼子が御影さんのパートナーだと分かっている他の女性2人と、もう1人の男性は顔を真っ青にして男性を止めようとしているけど、男性はお酒に酔っているのか、赤い顔をして尚も涼子に話しかけている。 そう、男性は涼子の腕に軽く触れ、話しかけているだけなのだけど、涼子は大袈裟な程怯え、泣きだしてしまいそうな顔をしている。 昔から、涼子はそうだ。 とても弱々しく、少し声をかければおどおどとして泣いてしまいそうな姿を見せていた。 大人になった今でも、そんな様子の涼子を見て、私は呆れてしまう。 今まで、御影さんが涼子を過保護なくらい守っていたのだろう。 だから、大人になった今でも、涼子は自分に降り掛かる何かを、自分1人で対処出来ない。 私は、御影さんがいつものように涼子に駆け寄るのだろうと思ったのだけど。 御影さんはすいっと涼子に視線を向けただけで、すぐにまたふいっと視線を逸らしてしまった。 「──えっ」 「涼子、今俺は忙しいんだ。少しだけ待っていてくれ」 「なっ、直寛っ、私怖いのにっ」 あからさまに涼子の瞳に慌てたような色が映る。 御影さんの変わりように、私が驚いていると、私に視線
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 176話 「藤堂さん?どうされましたか……?」 「海堂社長。お待たせして申し訳ございません」 ちょうど良いタイミングで、海堂社長が顔を私たちを迎えに来てくれた。 だけど、海堂社長は近くにいる御影さんの姿にも気がついたようで、はっと表情を変えた。 「これはこれは……!御影専務もご参加くださっていたとは……!ご案内が行き届いておらず、大変申し訳ございません」 「いや、今回参加したのは会いたい女性がいたからです。用が済みましたら、すぐに帰らせて頂く予定です」 海堂社長に、御影さんは微笑みを浮かべたまま堂々と答える。 「会いたい女性」と御影さんが口にした瞬間、私をじっと見た事で、海堂社長は私と御影さんの姿を交互に見ている。 お互い、パートナーは別にいる。 何かを察した海堂社長は、一旦挨拶だけをする事に決めたのだろう。 軽く頭を下げ、言葉を続けた。 「そうですか、それでしたらお邪魔をしてしまう訳にもいきませんね。ご挨拶はまた後ほど……。藤堂さん、また後で」 「はい、海堂社長」 にこり、と微笑んで私が答えると、海堂社長はそそくさとその場を去ってしまった。 その場に残された私たち4人。 御影さんは、隣にいる涼子になど目もくれず、先程からじいっと私を見つめている。 その視線が何だか気持ち悪くて、私はそっと苓さんの腕を引っ張った。 「御影専務。お話は以上ですか?それでしたら、私たちはこの辺で……」 「待て、茉莉花」 私が立ち去ろうとしたのが分かったのだろう。 御影さんは、涼子が掴んでいた腕を緩く振り払い、私に近付くとぱしっと腕を掴んだ。 腕を振り払われた涼子は、まさか自分がそんな風にされるとは思わなかったのだろう。 唖然としていて。 そして、その後はっとしたように傷付いた表情を「作った」。 「な、直寛……痛いわ……急に手を払うなんて、酷い……」 涼子のか細く、泣きそうな声が響く。 これで御影さんも手を離して涼子に駆け寄るだろう。 そう思っていたのだけど、御影さんはちらりと涼子に視線を寄越しただけで、すぐに私に視線を戻した。 「ああ、すまない涼子。少し茉莉花と大事な話があるから、席を外してくれ」 「──ぇっ」 涼子が戸惑ったような声を上げる。 それでも、御影さんは涼子には一切目を向けずじっと私に視線を向けたまま。 「私には御影さ
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 175話 「た、大変お待たせして、申し訳ございません!それに、そちらは小鳥遊建設の小鳥遊部長!ようこそ起こしくださいました」 ぺこぺこと頭を下げる男性の登場に、私たちに声をかけた4人の男女は、呆気に取られている。 私は彼らを気にする事もなく、男性に向き直って微笑んだ。 「いえ、私たちも入る場所を間違えてしまったようで。声を掛けて下さって助かりました」 「とんでもこざいません。こちらの落ち度です。本日、藤堂社長からご事情は伺っております。海堂があちらでお待ちですので、御足労頂いてもよろしいでしょうか?」 「もちろんですわ」 私とその男性の会話に、さっきまで威勢の良かった男女4人は、途端に顔色を真っ青にした。 「待って、待ってよ……藤堂って言った?あの女、藤堂グループの……?」 「待て、あの男も、小鳥遊建設の部長とかって……」 「俺たちなんて足元にも及ばねえ大企業の人間……大財閥の人間じゃねえか」 「ふざけんなよ、誰だよ話しかけに行こうって言ったやつ!」 彼らは内輪揉めを始めてしまったようで、私は溜息を吐き出す。 「茉莉花さん、彼の案内に着いて行きましょうか?」 「ええ、そうね苓さん」 苦笑いを浮かべた苓さんの腕に手を通し、きゅっと抱きつくと、再び私の背後から声が聞こえた。 「──茉莉花?茉莉花じゃないか。こんな所にいたのか」 どこかで、黄色い悲鳴が上がる。 「きゃあっ!御影ホールディングスの御影専務じゃない!」 「滅多にこう言うパーティーに顔を出さないのにっ」 「お近付きになりたいわ!」 周囲がざわざわ、とざわめくのが分かる。 声を掛けられてしまった以上、返事をしなくては失礼に当たる。 私は御影さんに振り返った。 正面にいるのは、御影さんと──彼の腕に手を通している涼子の姿。 涼子は、御影さんに隠れるようにしていた。 「御影さん、こんばんは。奇遇ですね」 「──ああ。いや、お前が参加すると聞いたから今回のパーティーに参加したんだ」 「えっ、直寛!?」 御影さんの言葉に、涼子が反応する。 どうして私が参加すると聞いて、御影さんが来たのだろう。 意味が分からない。 私がそんな事を思っていると、ふと御影さんが笑った。 「いや、直接謝りたかったのと……怪我の具合を聞きたくてな。……先日の怪我は大丈夫だったか?」 どこ
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 174話 それに気付いた苓さんが、容赦なく女性の手を振り払った。 「許可もなく触ろうとしないでくれ。不愉快だ」 「──なっ!」 羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めた女性が、悔しそうに私を睨み付ける。 その女性の友人なのだろうか。 4人の内の1人の男性が、苓さんに詰め寄った。 「ちょっと顔が良いからって調子に乗らない方がいいぞ?お前がどこの会社の社長だか知らねぇが、俺は今話題のIT企業の経営者だ。舐めた口聞いてると──」 「茉莉花さん、場所を移動しましょう」 「ええ、そうね苓さん」 男性が話しているにも関わらず、苓さんは彼を無視するようにふいっと顔を逸らし、私ににこやかな笑顔を向ける。 ここまで綺麗に無視されるとは思わなかったのだろう。 彼らは一瞬呆気に取られたようにぽかんと口を開けていたが、すぐに羞恥に顔を真っ赤に染め上げた。 ──話題のIT企業の経営者だか何だか知らないけれど、初対面の人に対してこんな口調で話す人がトップなんて……先が見えるわね、と私は胸中で溜息を吐く。 それに、話題と言っているけど、彼の顔を私は見た事も無い。 という事は、本当に最近企業したばかりか……それか、それ程の会社ではない。の、どちらかだ。 けど、私と苓さんは彼らに構っている時間は無い。 お父様のご友人方や、主催者に挨拶とお詫びのお品物を渡さないと。 そう考えていた私の頭からは、既に彼らの事なんて消えていた。 だから、私をエスコートしていた苓さんの腕が取られて、歩みが止まってしまった事に、びっくりする。 「待てよ!まだ話は終わってねぇぞ!すかした面しやがって!」 「……執拗いな」 苓さんの声に、苛立ちが混じる。 ああ、もう。 私たちの事なんて放っておいてくれればいいのに──。 そう思いつつ、苓さんに振り向こうとした私の腕を、もう1人の男性が突然掴んだ。 「ねえねえ、お姉さん!顔だけのあいつなんかやめて、俺と遊ぼうぜ。満足させる自信はあるよ?」 「──っ、最低ね」 ぞぞぞっと背筋に悪寒が走る。 このようなパーティー会場で。 大企業の社長だって参加しているこの場で、程度の低いナンパをするような人達がいるなんて。 お父様には参加するパーティーをちゃんと良く考えて、と言わなくちゃ。 私がそんな事を考えていると、不躾に私の手を掴んだ男性の舐めるような
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 69話 ◇ 「かっ、奏斗……!?どうしたの!?」 「ごめん、ちょっとだけ抱きしめさせて」 寝ている時に、奏斗の声が聞こえた気がして。 それに、奏斗が動いた気がした私は、目が覚めた。 そしたら。 奏斗が辛そうな顔をしていて。 やっぱり雨に濡れたから、体調を崩してしまったのだろうか。 奏斗は昔から体調が悪くても、それを隠してしまう癖があるから。 辛そうな顔をしている奏斗に、そんな風に悲しそうな顔をして欲しくなくて。 奏斗の頬を包んだら、くしゃり、と奏斗の表情が歪んだ。 そして、奏斗に強く抱きしめられて──。 私は、辛そうにしている奏斗の背に、手を回す。 私がそうすると、奏斗の体がぴくりと反応した。 そして、更にぎゅうっと強く抱きしめられる。 それと同時に、奏斗に引き寄せられて。 奏斗の膝の上に乗っかってしまう体勢になってしまい、私は慌てて奏斗から離れようとした。 「かっ、奏斗……っ!重いからっ、降ろして……!」 「重くなんてないよ。むしろ、香月はちょっと軽すぎる……。頼むからもっとご飯を食べて、体重増やして」 「体重増やす、って……!やだよ、必死にダイエットしてるんだから……!女子大学生に言っていい言葉じゃないよ、奏斗!」 「──ふっ」 「笑い事じゃないのに……!」 「ごめんごめん。だけど、ダイエットなんてしなくていいのに。香月が減るからやめて」 「私が減るって……」 「だってそうだろう?香月の体重が減ったら、地球上から香月の体積が減っちゃう……つまり香月の成分が減るじゃないか」 「せ、成分って……!奏斗はさっきから何を意味の分からない事を言ってるの?」 奏斗に抱きしめられた体勢のまま、私はぺしりと奏斗の頭を叩く。 ちっとも痛くなんてないはずなのに、奏斗は「いてっ」なんて口にする。 そして、もそりと顔を上げると、私を見上げた。 「ごめん……ちょっと、弱気になってさ。俺が自分の気持ちに気付かずにいたら……そうしたら、こんな風に幸せな時間はなかったのかもって」 「──奏斗は、今が幸せだって思ってくれてるんだ?」 「うん、そうだよ。香月は?」 奏斗から真っ直ぐ見つめられて、私も見つめ返す。 そしてこくり、と深く頷いた。 「勿論幸せだし、毎日楽しい。こうやって奏斗と遊びに来る事もできて、嬉しいよ」 「──良かった
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 68話 「──奏斗?まだ、寝ていないの?」 「香月……」 香月のとろん、とした目が俺を捉える。 まだ、寝惚けているのだろう。 「ごめん香月。起こしちゃったな。寝てていいよ」 俺は香月から離れ、トイレに行こうとした。 自分が情けなくて。 長い間香月を苦しめていた事が本当に申し訳なくて。 俺はベッドから降りようとした。 だけど、ふ、と香月の手が俺の手のひらに触れた。 「なんか……、どうしたの奏斗……?」 「え、なにが……」 俺が香月に振り向くと、香月の腕が伸びてきて。 俺の体がぎくり、と固まった。 「何だか、奏斗……泣きそうな顔してる。嫌な事、あった……?」 「──っ」 香月に言われた言葉に、俺はくしゃりと表情を歪めた。 俺の顔を香月がそっと両手で覆い、心配そうに見つめてくれる。 眠そうにとろんとした香月の瞳が次第に意識がはっきりしてくるように焦点が合ってくるのが分かる。 「奏斗……?奏斗本当にどうしたの、どこか痛い?」 香月はすっかり目が覚めてしまったようで、おろおろとしだす。 「どうしよう、雨に濡れたから?風邪ひいちゃったのかな?」 「いや、違う……。大丈夫、大丈夫だ香月」 「ええ?本当?奏斗、熱があっても我慢して、隠す癖があるでしょ?」 「──ははっ、そんな事もあったっけ」 子供の頃の話だ。 確かに、昔から俺は体調が悪くてもそれを隠していた。 両親は忙しくて、家を長期間留守にする事も多かった。 だから、風邪をひいて体調が悪くても誰も看病なんてしてくれない。 心配もされない。 それなら、誰かと会っている方が寂しさが紛れていい。 だけど──。 そんな俺の体調の変化に、いつも気が付いてくれるのは決まって香月だった。 俺が風邪を引いて熱を出していると、すぐに香月が気付いてくれた。 それで、俺の両親が不在の時は香月の家で看病してもらった。 香月のおばさんも、おじさんも仕事をしてたから。 香月の部屋のベッドで休ませてもらって。 香月が学校に行っていても、すぐに俺の看病をしに急いで帰ってきてくれた。 昼間はしんと静かな部屋で、1人で寝ているけど、そこが香月の家だから少しも寂しくなくて。 香月が学校から帰って来ると、学校で何をしたとか、どんな宿題が出た、とか色々話してくれて。 それで、夕ご飯も香月がお粥を
Last Updated: 2026-01-10
Chapter: 67話 加湿器の音。 エアコンの音。 そして、香月の寝息──。 静かな室内に、その音だけが大きく響いている。 「寝れるわけ……無いんだよな……」 俺は、深く息を吐き出し、安心したようにすやすやと眠る香月に視線を向ける。 「もっと警戒してくれよ、頼むから……」 何でこんなに無防備で。 安心して眠れるんだ。 俺に襲われるかも、なんて微塵も考えていないように安心して眠る香月に、もやもやとしてしまう。 俺はちっとも眠れないのにな。 「香月は、俺の事ちゃんと男だって分かってる?」 寝ている香月についつい話しかけてしまう。 香月を抱きしめているから、香月の体の柔らかさも。 香月のいい匂いも。 可愛い寝顔も。 全部全部、近い。 少し顔を寄せれば簡単に香月の唇を奪えるし、簡単に組み敷く事だって、できる。 そして、柔らかそうな胸に──。 「──やばっ」 想像していたら、反応してしまい、俺は香月からそっと距離を取った。 「トイレ……トイレに行こう……」 このままじゃあ本当に香月を襲いかねない。 そんな事をして、香月に嫌われたら生きていけない。 何が悲しくて、彼女が腕の中にいるのに自分で処理しなくちゃならないのか。 だけど、怖がらせたくない。 香月も、俺が初めての彼氏だ。 ずっと見てたから、香月が誰かと付き合ったりとかはしていないのは知ってる。 学生の頃は、香月を狙う男もいたけど、その度に俺がその男を牽制してたから次第に香月を狙う男もいなくなっていった。 だけど。 俺が芸能活動を始めて。 香月は大学に進学して。 そこで始めて「ずっと一緒」だった俺と香月は過ごす時間が減っていった。 だから、香月が大学で他の男に狙われてやいないか。 ちょっかいをかけられてやいないか。 それが心配で心配で──。 そこまで考えた俺は、はっとする。 「牽制……、牽制──?」 何で俺は、そんなに昔からそんな事をしていたのか。 どうして香月の周囲に俺以外の男が近付くのが嫌だったのか。 「そんなの……」 俺は自分の手で口を覆う。 「ずっと香月を好きだったからじゃないか……」 昔から、中学の頃から。 香月に近付く男を牽制していた。 大事な妹みたいな存在だから。 大事な幼馴染だから。 そんなのは、ただの建前だ。 ただ、香月の隣に俺以
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 66話 奏斗は、私に言われた言葉にぽかんとしたけど、何を言われたのかを理解したのだろう。 じわじわと頬が赤くなってきて、慌てて叫んだ。 「な、慣れてる訳ないだろう!」 真っ赤な顔で叫ぶ奏斗。 勢いに押されてしまって、私はぐっと背を仰け反らせた。 「お、俺がどれだけ必死に平静さを装っているか……!」 「えっ、え……っ、そう、なの……?」 「当たり前だろ!?俺だってここに入るのは初めてだ!香月が初めての彼女だって言っただろ……!」 「で、でもバスローブとか……ご飯とか……」 「それは、聞いた事があるからで……」 ごにょごにょ、と呟く奏斗。 私から必死に顔を逸らしているけど、奏斗の耳は真っ赤に染まっている。 本当に? 本当に初めて来たの……? 世間では、恋人同士じゃなくても、体だけの関係でこういった場所を利用する人もいる事は知ってる。 奏斗の初めての彼女が私だったとしても。 もしかしたら、芸能のお仕事でこういった場所に来た事があるのかも……、と考えてしまった私だったけど、奏斗の反応を見ると利用した事がないと言っているのは嘘じゃない。 「一先ず、さっさと寝よう?多分寝てる間に服は乾くだろうし、寝て起きたら始発で帰ろう。連絡はしたけど、香月のおばさんもおじさんも心配してるだろうから」 「う、うん……そうだね……」 お母さんとお父さんには経緯を説明して、奏斗と泊まってくる事は伝えてある。 あの天候じゃあ、タクシーも掴まらないし、どうしようもなかった。 お母さんも、お父さんも「分かった」「気をつけて」と言ってくれたから、変な誤解はされていないと思う。 「ほら、香月。電気消すからベッド入ろう」 「う、うん……」 奏斗に促されて、ベッドに歩いて行く。 そう言えば、さっきまでは奏斗が慣れてる事に頭がいっぱいだったけど──。 これから朝まで、同じベッドで眠るの? 今までだって何度かあったけど、今は私と奏斗の関係性が以前と明確に変わっている。 私が躊躇していると、困ったような表情をした奏斗が私に声をかける。 「警戒しなくても大丈夫だよ、香月。……ちゃんと、我慢する」 「が、我慢って……!」 「我慢しなくていいなら、香月に手を出すけど……」 「だ、だめっ!我慢して!」 「はいはい、だけど、抱きしめるくらいはさせてくれよ?」 「そ
Last Updated: 2026-01-09
Chapter: 65話 戸惑う私の手を引き、奏斗が走り込んだラブホテル。 ささっと部屋を決め、奏斗は私の手を引きながら部屋へと入った──。 「香月、取り敢えずタオルで髪の毛とか拭いて」 「あ、うん……」 浴室だろうか。 浴室に姿を消した奏斗が、バスタオルを2枚手に持ち、戻ってきた。 唖然とする私の頭にバスタオルをかけ、奏斗は少し私と距離を取った場所でガシガシと乱暴に髪の毛を拭いている。 私も、のろのろとした動作で濡れた髪の毛や、服を拭いていく。 髪の毛はまだ何とかなったけど、びしょ濡れになってしまった服はタオルで拭ってもどうしようもなくて。 体温を奪う冷たさに、私はぶるりと震えた。 「寒い?……確かさっき……」 奏斗がそう告げ、再び浴室に消える。 そして、2組のバスローブを手に戻ってきた。 その内の1つを私に手渡してくれる。 「これに着替えた方がいい。その……着替えてる間は、俺、トイレにでも隠れてるから……」 「えっあ……、そのっ、浴室とかで着替えるから大丈夫だよ……?トイレなんかで着替えたら、寒いんだから……」 私は言葉につっかかりながら、浴室に向かおうとした。 だけど、慌てた奏斗が私の手を掴み、必死の形相で首を横に振る。 「だっ、駄目だ香月!浴室ガラス張りで、透けてる!!」 「──へっ、あっ!!」 奏斗の言葉につられるようにして浴室を見てみれば。 確かに奏斗の言う通り、浴室はガラス張りになっていて、あれじゃあ丸見えだ。 しかも、お風呂もガラス張りになっていて、これじゃあ何も隠せない。 「──ひぃっ」 「だ、だから言っただろ。その、俺はトイレで着替えるから、香月は部屋で着替えて」 そそくさとバスローブを持った奏斗がトイレに消えてしまう。 私はトイレなんかで着替えさせてしまうのが申し訳なくて、急いで部屋の隅に向かって服を脱いた。 焦っている時に限って、濡れた服が肌に張り付いて上手く脱ぐ事ができない。 苦戦しつつ、何とか全て脱ぎ終えると、私はバスローブを手に取った。 ふかふかで、暖かそうなそれは、肌触りも良かった。 急いで羽織り、前をしっかりと合わせてウエストにある紐をきつく縛る。 少し着替えに手間取ってしまったから、奏斗はとっくに着替え終わってるだろう。 私は急いでトイレに向かうと、扉をノックした。 「か、奏斗待たせてご
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 64話 あれから。 カラオケ店に、警察が到着した。 私に声をかけてきた男性4人組は、お酒にも寄ってたし、私にも触れた。 その様子がしっかりと防犯カメラに映っていたから、彼らは言い逃れは出来なかった。 項垂れ、連行されて行く彼等を見送ったあとは、今度は私と奏斗が事情聴取される番。 奏斗が芸能人だとバレてしまう、と私は焦ったけれど、警察は個人情報を遵守するし、この騒ぎが万が一外部に漏れたら、警察が情報を流出させた事になる。 そうなったら、奏斗の事務所が法的措置を取るだろう。 奏斗は、心配する私にそう説明してくれた。 カラオケ店の個室で、事情聴取を受ける私と奏斗。 奏斗が警察の前で帽子とマスクを外した時、警察も僅かに驚いた様子を見せたけど、それも一瞬。 すぐに事情聴取を始めた。 「ね、だから心配いらないって言っただろ、香月?」 「──うん。安心したよ」 警察の事情聴取を全て終え、私たちが解放されたのはそれから数時間も経ってから。 カラオケ店の店員は、奏斗があのKanatoだって事には気付いていない。 長くお店の部屋を借りてしまったから、そのお礼をして、私と奏斗は家に帰ろうとお店を出た。 「──えっ!!」 「嘘だろ……!?」 カラオケ店内にいる時は、全然気が付かなかったけど。 外に出た私たちは外の天気の荒れ模様に唖然としてしまった。 雷は鳴り、雨も激しく降っている。 「嘘でしょう!?今日、天気は良いって言ってたのに……!」 「天気予報はあてにならないな……」 こんな寒い冬の日に、雨に濡れたら風邪をひいてしまう。 今、奏斗は長期休暇中だけど、風邪をひかせる訳にはいかない。 だけど、カラオケ店から駅までは少し距離があるのだ。 走って向かうにも、ずぶ濡れになってしまう。 どうしよう、どうしたら──。 私がそう考えていると、隣でスマホを触っていた奏斗が「マジかよ……」と絶望感たっぷりの声を出した。 「どうしたの、奏斗……?」 これ以上、何か最悪な事でも起きたのだろうか。 そう思って私が奏斗を見上げると、奏斗は何とも言えないような気まずそうな顔で、スマホの画面を私に見せてきた。 「──香月、電車停まってる。いつ復旧するか、分からない……」 「えっ!?」 それじゃあ、電車が動くまで私たちは帰れないと言う事だろうか。 私が
Last Updated: 2026-01-08