Mag-log in今日はシスモンド様に連れられて、王都の街を一緒に散策している。
大きな通りに面して、煌びやかなたくさんのお店が立ち並んでいる。
買い物をする人々が行き交い、混雑しており、一般の民と共に貴族の姿も見受けられる。
「マリアナ、ここは人通りも多いから、僕の手を離さないようにね。」
シスモンド様が先に馬車から降りると、さりげなく手を差し出してくれる。
「わかりました。」
私は彼の手を握り、馬車から降りると、そのまま二人は手を繋いで歩き出す。
私達はもうすでに、街中を手を繋いで歩く間柄なんだわ。
繋がれた手は痛くはないけれど、彼にがっしりと掴まれていることがわかる。さりげないけれど、そんなところも彼らしいと思ってしまう。
彼には私をどんな時も離さない、そう思わせる力強さがある。彼の見た目は、スラリとしていて洗練されている。
それでも、腕を絡ませると筋肉質で、繋いだ手から強い意志を感じるのはどうしてだろう?そんなことを考えながら、なんとなく隣で微笑む彼を見上げる。
すると彼は私と目が合ったことに喜び、嬉しそうに笑うのだ。
彼は本当に私を好いてくれている。 そう思うと、私の心もさらに彼へと向かう。堂々と手を繋ぐ私達は、明らかに高位の貴族だから、王都の街の中とは言え、常に人目についてしまう。
その分、窃盗などの標的になりやすいので、シスモンド様に繋がれた手は安心感が強い。
以前、イグナス様とお付き合いしていた時は、街を歩いても手を繋ぐなど、彼からそのような気遣いをされたことがなかった。
シスモンド様のように、私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩くのではなく、私の前をスタスタと歩いて行ってしまうので、後ろを必死で追いかけていた。
こうやって、時々言葉を交わしながら、お店の窓越しに展示されている髪飾りや宝石などを眺めることもできなかった。
気がつくとまた、シスモンド様とイグナス様を比べてしまう自分に気づく。
「マリアナは、こういう繊細なネックレスが好きなのかい?
中に入ってみようか。 君が気に入ったものは買ってあげるよ。」シスモンド様は私の視線の先を見つけて、少しでも私が目に止めている商品はすべて買おうとしてくれる。
「ちょっと待って、シスモンド様。
欲しいのではなく、眺めているだけです。」「そうかい?
このお花の形に宝石が並んだネックレスは、マリアナの白い肌にとても映えると思うよ。 それに僕から贈り物をさせてほしいんだ。まだ、君にドレスしか贈っていないからね。」
「いいえ、あの時、ドレスだけじゃなく、靴も宝石も髪飾りまでいただいているわ。」
「うん、夜会で着てくれたあのドレスはとても似合っていて、素敵だったよ。
また、君に贈り物をさせて。」結局、シスモンド様は髪飾りや小物をいくつも買ってくれた。
「今度、この髪飾りをつけた君と会いたい。」と言われれば、私も断りきれない。
シスモンド様がくれた物を身につけると、彼が喜んでくれるのを、前回の夜会で知ってしまったから。
二人が並んで歩いていると、後ろから大きな荷物を抱えた男性がぶつかって来て、私の重心が崩れ、ふらつく。
「大丈夫?」
シスモンド様は慌てて私を支え、彼にしがみつく形になって、思わず下から見上げる。
「うん、ありがとう。」
私は、彼の顔がすぐそばなので、恥ずかしくて顔を赤らめる。
「前を見ずにぶつかって来るなんて、失礼なやつだ。
でも、混んでいる道ではこういうこともあるからね。 マリアナと手を繋いでいて良かった。」「そうですね。」
しがみついていたままだった私は、慌てて彼から離れた。
「ずっとそのままでいいのに。」
「そんなわけには…。」
それ以来、手を繋いでいるだけなのに、一度意識してしまうと私の心臓は早鐘を打っている。
シスモンド様はほっそりとした見た目よりも、抱きついたらガッチリしていて、爽やかないい香りはするし、どうしても意識してしまう。
街ゆく女性達もチラチラと、シスモンド様を見ている。
だって、一緒に歩いているだけで、これほどの視線を集めるほど、シスモンド様は素敵なのだ。
夕暮れ時、シスモンド様に連れられて、私達は夕食を楽しむためのお店に入った。
店内は高級感漂う落ち着いた雰囲気で、私達は二人きりでゆっくりお話できるような個室に案内された。
「今日はマリアナと一緒に王都を散策できて楽しかったよ。
君は贈り物をねだるように媚びることは一切ないんだね。」
「えっ、それは当然では?」
「宝石をねだる女性もいるんだよ。
今日の記念にと。」「そうなのですか?
私は上手に男性に甘えることが苦手で、可愛げがないと言われます。それでも、今日は私もシスモンド様と過ごせて楽しかったです。」
二人はお腹いっぱい夕食を食べて、甘味とお茶で一息ついていると、シスモンド様が突然真剣な表情で話す。
「マリアナ、君はまだ早いって言うかもしれないけど、僕は本気なんだ。
僕と結婚してほしい。
ついに、君の父上からの承諾を得たよ。」シスモンド様は私をじっと見つめて、真剣そのものの顔で手を差し出してきた。
私はまだシスモンド様と出会ってそれほど経っていないけれど、彼の誠実さはとても感じている。
第一お父様の許しもあるなら、政略結婚が一般的なこの時代において、本当は私の意思など汲み取る必要などないのだ。
それでも、私の思いを確認しようとしてくれる彼の姿勢が嬉しい。
こんなに私の気持ちを大切にしてくれるシスモンド様と私も結婚したいと思った。
「はい、よろしくお願いします。」
私はシスモンド様のその手にそっと自分の手を重ねる。
「ありがとう。」
シスモンド様は私の手を引き寄せて、手の甲に優しくキスをしながら、私を見つめる。
彼の熱い視線を受け止めて、私のドキドキは止まらないし、こんな時はどう反応すればいいの?
シスモンド様は私の手を両手で掴んだまま、さらに至近距離で、笑顔で見つめている。
私をそんなふうに愛おしそうに見つめてくれるのは、シスモンド様だけだわ。
「あの、一つだけ確認していいですか?」
「もちろん。
好きなだけ聞いて。」「シスモンド様は浮気はしないですよね?
私、この前のこともあって浮気だけは許せそうもないんです。シスモンド様がとてもモテているのは、私も知っています。
それでも、私ごときがあなたを独占するのは、おこがましいと思う反面、この前のような辛い思いを再び繰り返したくないんです。」
「もちろん、君の気持ちはよくわかるよ。
あの時、君が流していた涙を覚えているし、再びあのような思いをさせないと約束するよ。でも、実は誘惑してくる女性や、手引きする男性もたくさんいて、僕は今人間不信気味なんだよ。
だから、そうゆう状況に遭遇しても、決して性的な関係に進まないと約束するから、そこは信じてほしい。
例えば、僕に抱きついて来る女性がいたとして、その場面を無条件に信じるのではなく、僕がその女性にどう反応しているかを見てほしい。
君は泣きながらも、彼の様子をしばらく見ていたよね。
つらいかもしれないけれど、あの時のように冷静に見て判断してほしい。」「わかりました。
そうなった時、ちゃんと自分の目で判断するのですね。」「ごめんね。
頼む。」やはりモテる男性と婚約するとなると、女性から仕掛けられる場面に遭遇することもあるのだ。
私にとって素敵な人ならば、他の人にとっても魅力的な人なのだ。
良いところだけじゃなくて、嫌なことまで教えてくれるシスモンド様は、やはり誠実な人なのだろう。
それにしても、人間不信と言う言葉が気にかかる。
一体どれほどのモテ方をしているのだろう?マリアナは、昨日のイグナス様の衝撃的な告白から、ショックを引きずったまま邸に帰り、一睡も出来ずに朝を迎えた。 朝食の席で、私はお父様を問い詰める。「お父様、イグナス様から聞いたわ。 お父様が女性にお金を払って、彼を誘惑させていたって。 酷いわ。」 お父様は時々自分本位に考えることがあり、自分が正しいと思えば、お母様の助言すら聞き入れず、動いてしまうことがあった。 けれど、今回の件に関しては私も許せない。 イグナス様を思って、どれだけ涙したか。「あの男が言ったのか?」「じゃあ、本当なの?」「そうだ。」 お父様は全く表情を変えず、淡々とその事実を認める。 その顔に悔んでいる表情は一切受け見受けられない。「何て酷いことを。」「あいつが誘惑に乗らなければいい。 ただ、それだけのことだ。」 その意見は昨日、シスモンド様も言っていた。 けれども、わざわざそこまでする必要があるの?「でも、もし誘惑されなかったら、浮気しなかったかもしれないのに。」「それはないな。 あいつは遅かれか早かれ浮気していただろう。 お前と結婚すれば、我がディアス家の地位と財産を手にするんだぞ。 結婚していても、金目当ての女達はいくらでも寄ってくる。 お前の懐妊中や、療養中、年老いてもなおあいつがそういう女達を追い払うと思うか? お前がまだ若く、あの男だけを見ている時ですら、浮気するような男が。 私はただ確かめたかったんだ。 あいつが本当にお前に相応しいかどうかを。」「…。」 私はお父様の言葉に返す言葉が浮かばなかった。 だって、お父様が言うのは正しく、イグナス様は誘惑して来た女性を拒むことなく、次々と浮気を繰り返していたのだから。 それどころかモテ出したせいで、どんどんエスカレートさせたとも言っていた。「誘われたから、浮気をする。」そう言えば正当化されるかもしれないけれど、実際には誘われても浮気しない人だっている。 私だって、いつまでも若くはないし、結婚生活の中で、夫よりも子供や家族に気を取られる時もあるだろう。 その時、イグナス様は浮気しないかと問われたら、おそらく彼は浮気するだろうと答えてしまう。 だとしたら、やはりイグナス様との未来なんてなかったのだ。 遅いか早いかだけの話だと思う。 だって、私が求めてい
結婚を前に、シスモンド様の邸で華やかな婚約披露パーティーが行われた。 王族の方々から裕福な商人まで、多くの著名な方々が私達の婚約をお祝いするために駆けつけてくれていた。 私は、お父様とシスモンド様の幅広い交友関係に驚くばかりだ。 その日は、シスモンド様のグルフ家に代々伝わる紫色の宝石をふんだんに使ったネックレスなどを身につけ、シックなスミレ色のドレスを着て、彼の腕に自分の腕を絡ませながら、彼を見上げる。「今日のマリアナは一段と美しいね。 グルフ家の宝石が本当によく似合っているよ。 正直、君を一人占めして誰にも見せたくない気持ちと、僕のものだと見せびらかしたい気持ちが、混じり合っているよ。 愛してる。」「ふふ、ありがとう、私も好きよ。」 シスモンド様の甘さは日に日に増して、お母様達の話を聞いた私は、彼がどうしてこんなに好きになってくれるのか、その理由をやっと理解した。 お父様はシスモンド様のことをすぐに認めたように見えたから、私には彼を勧めていた印象が強かった。 けれども、実際にはお父様は私の思いを尊重して、イグナス様を好きでいる間は、彼からのお誘いを止めていたなんて意外だった。 もし、イグナス様とお付き合いして浮かれていた時期に、シスモンド様と出会ってお話をしたとしても、お母様達のことを懐かしく感じるだけで、それ以上の関係にはならなかっただろう。 何しろ私はイグナス様に夢中で、他の男性には目もくれなかったはずだから。 私達の出会いは、あの時のタイミングで良かったのだと思う。 パーティーも終わりに差し掛かった時、飲み物の提供をしているように見えた男性が、休憩室で休んでいた私の腕をいきなり掴み、話しかけてきた。「マリアナ、久しぶりだな。」「イグナス様、どうしてここに?」 彼はこの邸で働く人たちの制服を着ていて、どうやらこっそり忍び込んだようだ。 摘み出されるのを恐れているのか、キョロキョロと周りを見ながらも、私を射すくめる。「いいか、時間がないからよく聞くんだ。 俺はマリアナと付き合い出してから、モテるようになったんだ。 それで浮かれて有頂天になり、自分を誰だろうと受け入れてくれると勘違いして、色々な女に手出した。 だけど、マリアナと会わなくなってからは、まるでダメになった。 その意味がわかるか?」 イグナス
今日はシスモンド様と王都やその周辺を見渡せる丘の上に来ていた。 豊かなこの王都には、色とりどりの建物がひしめき合い、生命力に溢れている。 ここは、喧騒から離れたところにあり、景色が綺麗で、澄んだ空気がそよそよと流れている。 ほどよく陽も照っていて、どこまでも続く青空が広がる。「空気が気持ちいいですね。」「ああ、そうだね。」「ここはよく来るのですか?」「うん、時々ね。」 シスモンド様は王都の外れの一角を見ると、どこか遠くを見つめるような深い思いが込められているような顔つきをした。 その先を目で追うと、そこはお母様が亡くなるまで最後に過ごした施設があった。「あそこは、私の思い出の場所です。 お母様が亡くなってから、一度も行ってないですけれど。」「うん、知っているよ。」「えっ?」 私はビックリしてシスモンド様の顔を見つめる。 その施設はいわゆる看取りの施設で、治る見込みのない人のために、痛みを取る薬草を使ってくれる場所だった。 お母様がいたのは、数年も前のことだし、そこでシスモンド様と会った記憶もない。「君のお母さんがそこで一番仲が良かった人を覚えているかい?」「ええ、とても優しいお婆様だったわ。 私とお母様と三人で、よくお話をしていたの。」 そこでは、痛み止めをする以外には特に治療もなく、時間だけがゆっくりと流れていた。「どんなことを話していたか覚えているかい?」「ええ、二人はよくある政略結婚だったから、私の結婚は恋愛をしてから、結婚させたいという話だったわ。 お母様はお父様にとても愛されていたけれど、そのお婆様は愛し合うことなく、過ごされたそうで。 元々お母様は貴族なのに好きだと思った人とのお付き合いが許される家庭で育ったから、恋愛を重視していたの。 結婚はそれだけではうまくいかないと考えるお父様はその考えを苦々しく感じていたけれど、お母様の気持ちを尊重していたわ。 お母様と仲良くなったお婆様は、とても気が合ったみたいで、いつも二人でこれから出会う私の運命の人を想像していたの。 それがどんどんエスカレートして、二人の妄想では私とそのお婆様の孫が偶然出会って恋をするって、ことになっていたわ。 それがどうかしたの?」「その孫って言うのが僕なんだ。」 そう言って、シスモンド様は私を真剣な表情で見つめる。
今日はシスモンド様に連れられて、王都の街を一緒に散策している。 大きな通りに面して、煌びやかなたくさんのお店が立ち並んでいる。 買い物をする人々が行き交い、混雑しており、一般の民と共に貴族の姿も見受けられる。「マリアナ、ここは人通りも多いから、僕の手を離さないようにね。」 シスモンド様が先に馬車から降りると、さりげなく手を差し出してくれる。「わかりました。」 私は彼の手を握り、馬車から降りると、そのまま二人は手を繋いで歩き出す。 私達はもうすでに、街中を手を繋いで歩く間柄なんだわ。 繋がれた手は痛くはないけれど、彼にがっしりと掴まれていることがわかる。 さりげないけれど、そんなところも彼らしいと思ってしまう。 彼には私をどんな時も離さない、そう思わせる力強さがある。 彼の見た目は、スラリとしていて洗練されている。 それでも、腕を絡ませると筋肉質で、繋いだ手から強い意志を感じるのはどうしてだろう? そんなことを考えながら、なんとなく隣で微笑む彼を見上げる。 すると彼は私と目が合ったことに喜び、嬉しそうに笑うのだ。 彼は本当に私を好いてくれている。 そう思うと、私の心もさらに彼へと向かう。 堂々と手を繋ぐ私達は、明らかに高位の貴族だから、王都の街の中とは言え、常に人目についてしまう。 その分、窃盗などの標的になりやすいので、シスモンド様に繋がれた手は安心感が強い。 以前、イグナス様とお付き合いしていた時は、街を歩いても手を繋ぐなど、彼からそのような気遣いをされたことがなかった。 シスモンド様のように、私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩くのではなく、私の前をスタスタと歩いて行ってしまうので、後ろを必死で追いかけていた。 こうやって、時々言葉を交わしながら、お店の窓越しに展示されている髪飾りや宝石などを眺めることもできなかった。 気がつくとまた、シスモンド様とイグナス様を比べてしまう自分に気づく。「マリアナは、こういう繊細なネックレスが好きなのかい? 中に入ってみようか。 君が気に入ったものは買ってあげるよ。」 シスモンド様は私の視線の先を見つけて、少しでも私が目に止めている商品はすべて買おうとしてくれる。「ちょっと待って、シスモンド様。 欲しいのではなく、眺めているだけです。」「そうかい? こ
「シスモンド卿、私、あなたとこの後二人きりで熱い夜を過ごしたいわ。」 知人に招かれて、パーティーで楽しく食事をした後、少し時間が経つと、よくこんなことになっている。 シスモンドは一瞬で嫌気がさした。 さっきまでは、男女複数人と仕事についての会話をしていたはずが、気がつくといつの間にか女性と二人きりにさせられている。 まだ婚約者がいない独身の僕に、周囲は息抜きも必要だと、いらない気を使う。「いや、僕は仕事仲間と話をしていたつもりだったんだ。 みんなはどこへ行きましたか?」 僕は自分にしなだれかかる卑猥な笑みを浮かべた女性から、そっと離れる。 彼女は襟ぐりの深い胸を強調した真紅のドレスを身に纏い、下から媚びるように僕を見上げる。「あら、みなさんはそれぞれにお部屋に行って、誰もいなくなりましたわよ。 私達も空いているお部屋に移りましょう。 それまで待てないと言うのなら、この場でも構いませんけれど。」 そう言って、その女性はクスクス笑いながら、僕の手を握り、自分の胸へと導く。「僕にはそんなつもりはない。 離してくれ。」 僕は彼女の手を素早く振り解く。「シスモンド卿は冷たいのね。」 またか。 何故、性的な関係を抜きにして、普通の会話だけをして終わることができないんだ? 僕は一度も、そんなのを求めたことはないのに。 どうして、こうやって僕を狙う女性が毎回のように現れるんだ? そして、その話に乗らないと、まるで僕が物分かりの悪い人間になった気分にさせられるのは、どうしてなんだ? パーティーの終わりになると、主催側の意図なのか、それとも女性達の独断なのかわからないけれど、とにかく女性をあてがわれる。 そうすれば、仕事が円滑に進むとでも思っているのか、ただ女性が僕と関係したいと思っているのかは不明だけど、この手の危険な罠に囲まれているのは確かだ。 僕は自分自身でもわかるほど、昔から良くモテている。 そして、約一年ほど前から、そのモテ方が、純粋な好意から明らかな誘惑へと姿を変えていた。 物分かりの良い令嬢ならまだしも、こういうタイプの女性は本当にタチが悪い。 一夜の遊びに見せかけて、弱みを握られて、身動きが取れなくなった男の話なら腐るほどある。 おかげで酒さえも思うように飲めない生活を送っている。 酒を飲み過ぎた夜
数日後、マリアナはシスモンド様にエスコートされて、王宮での夜会に来ていた。 彼から送られたドレスは、スミレ色のふんわりとしたデザインで、彼のタキシードと対になっている。「僕の選んだドレスを着てくれたんだね、ありがとう。 スミレ色のドレスが君によく似合っていて、とても素敵だよ。」 シスモンド様は私の全身をうっとりと眺めている。 プレゼントしてくれた服を着ただけで、こんなに喜んでくれる人がいるのね。 私は恥ずかしいけれど、ちょっとくすぐったいような気分になった。「こちらこそ、ドレスをありがとうございました。 シスモンド様が選んでくださったのですね。」 先ほど、邸にシスモンド様が馬車で迎えにいらした時、二人でしばし衣装を褒めあったのだ。 しびれを切らしたユニカに「そろそろ出かけられたらいかがですか?」と言われた時は、二人で思わず笑ってしまった。 時を忘れてお互いを褒め合うなんて、初めての経験だった。 この見せびらかすかのような明確なカップル感、いかにも「私達付き合っています。」と言わんばかりだ。 正直なところ、ここまでの揃いの衣装は、二人にはまだ早い気がするが、シスモンド様が贈ってくれた初めての物だから、断るのも難しく、結局着てきている。 私達の登場に、夜会の会場全体がざわめいた。 令嬢達が口々に、「ディアス侯爵令嬢は、イグナス卿とお付き合いしていると思った。」「シスモンド卿にエスコートされて現れるなんて、どう言うこと?」など、さまざまな憶測と疑念の声が聞こえてくるけれど、直接私達に聞いて来る者はいない。「シスモンド様、やはり私達が一緒に夜会に来るのは、早過ぎたかしら?」「いいや、いずれこうなるんだ。 ちょっと皆が思うよりも、早かっただけだよ。」 シスモンド様が私の耳元で囁きながら、微笑む。 すると、彼の笑みを見た周りの令嬢達が、キャーっと一斉に悲鳴を上げる。 この光景は、私も以前遠くから見たことがある。 シスモンド様に憧れる令嬢達が、彼の笑顔を一目見ようといつも群がっている。 だからこそ、私は最初の出会いであるイグナス様の浮気現場を見ていた時、シスモンド様に声をかけられて、周りにいるはずの令嬢達の視線を気にした。 彼の周りには常に令嬢達がいるはずだから。「そう言えば、初めてお会いした時、お一人でしたよね?