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4.夜会

Author: 月山 歩
last update Huling Na-update: 2025-04-03 12:01:34

 数日後、マリアナはシスモンド様にエスコートされて、王宮での夜会に来ていた。

 彼から送られたドレスは、スミレ色のふんわりとしたデザインで、彼のタキシードと対になっている。

「僕の選んだドレスを着てくれたんだね、ありがとう。

 スミレ色のドレスが君によく似合っていて、とても素敵だよ。」

 シスモンド様は私の全身をうっとりと眺めている。

 プレゼントしてくれた服を着ただけで、こんなに喜んでくれる人がいるのね。

 私は恥ずかしいけれど、ちょっとくすぐったいような気分になった。

「こちらこそ、ドレスをありがとうございました。

 シスモンド様が選んでくださったのですね。」

 先ほど、邸にシスモンド様が馬車で迎えにいらした時、二人でしばし衣装を褒めあったのだ。

 しびれを切らしたユニカに「そろそろ出かけられたらいかがですか?」と言われた時は、二人で思わず笑ってしまった。

 時を忘れてお互いを褒め合うなんて、初めての経験だった。

 この見せびらかすかのような明確なカップル感、いかにも「私達付き合っています。」と言わんばかりだ。

 正直なところ、ここまでの揃いの衣装は、二人にはまだ早い気がするが、シスモンド様が贈ってくれた初めての物だから、断るのも難しく、結局着てきている。

 私達の登場に、夜会の会場全体がざわめいた。

 令嬢達が口々に、「ディアス侯爵令嬢は、イグナス卿とお付き合いしていると思った。」「シスモンド卿にエスコートされて現れるなんて、どう言うこと?」など、さまざまな憶測と疑念の声が聞こえてくるけれど、直接私達に聞いて来る者はいない。

「シスモンド様、やはり私達が一緒に夜会に来るのは、早過ぎたかしら?」

「いいや、いずれこうなるんだ。

 ちょっと皆が思うよりも、早かっただけだよ。」

 シスモンド様が私の耳元で囁きながら、微笑む。

 すると、彼の笑みを見た周りの令嬢達が、キャーっと一斉に悲鳴を上げる。

 この光景は、私も以前遠くから見たことがある。

 シスモンド様に憧れる令嬢達が、彼の笑顔を一目見ようといつも群がっている。

 だからこそ、私は最初の出会いであるイグナス様の浮気現場を見ていた時、シスモンド様に声をかけられて、周りにいるはずの令嬢達の視線を気にした。

 彼の周りには常に令嬢達がいるはずだから。

「そう言えば、初めてお会いした時、お一人でしたよね?

 いつも令嬢達に囲まれている姿しか見ていませんでした。」

「君は僕のことを見ていたの?

 嬉しいな。

 君は僕のことなんて、全く眼中にないと思っていたから。」

「確かに私はイグナス様にばかり気を取られていましたけれど、一応周りにも気を配りますから、シスモンド様を令嬢達がたくさん取り囲んでいるのは知っていましたよ。」

「そうなんだ。

 だったら、声をかけてくれればいいのに。」

「まさか、私はイグナス様とお付き合いしていたし、そんな私がシスモンド様にも話しかけに行っていたら、取り巻きの令嬢達に何を言われるかわからないわ。

 今ですら、ドキドキなのに。」 

「僕が君を守るから、大丈夫だよ。」

 シスモンド様はエスコートしたまま、ほんの近くで、私を見つめる。

 輝くアメジストのような紫色の瞳に見つめられて、さらにドキドキする。

 初めて出会った時は、積極的に話しかけられて、苦手だと思ったけれど、耳を塞ぎたくなるような私の失恋話をすすんで聞いてくれて、こうして今は鬱屈した日々から、助け出してくれた。

 彼から誘われなければ、別れた今もイグナス様を思い続け、彼が何度も浮気を繰り返す理由や、私以外の誰かと付き合っていれば、浮気をしなかったのかと、答えの出ない疑問を抱え続けていただろう。

 でも、今は優しく導いてくれるシスモンド様を拒むことができず、彼と夜会に来るまでの流れになっていた。

 そして、気がついたら、私に丁寧に接してくれるシスモンド様に心を開き、少しずつ惹かれている自分がいる。

 彼の優しさに触れることで、私の傷ついた心は癒され、私を大切に思ってくれる人がいることに気づき、少しずつ自尊心が回復していっていると感じる。

 私だって本当は愛されたい。

 片思いだけのお付き合いに満足できるはずなどなかったのだ。

 この状況で知り合ったのがイグナス様だったら、違う男性のことを話す私に黙ってはいないだろう。

 彼は、一見優しいが、いつも自分が中心でないと満足しない人だった。

 すぐ癖でイグナス様を思い出してしまう。

 けれどもう、彼は過去なのだから、思い出すのはやめよう。

 隣には、私を思ってくれるシスモンド様がいるのだから。

 夜会のためにタキシードを着たシスモンド様は、凛とした佇まいが素敵で、彼の存在感が一層引き立っている。

 だからこそ、話しかける勇気が出ないまま、彼を見たいと思う令嬢が集まる理由も理解できる。

 物思いに耽る私を気にすることなく、彼は話し続ける。

「君に声をかけた時、僕一人だったのは、令嬢達に少しの間、一人にしてほしいと頼んで、急いで君を追いかけて庭園へ向かったからだよ。

 そんなことを僕は滅多に言わないし、周りにいる令嬢達も悪い子達じゃなくて、話をすればみんなわかってくれるよ。

 一部に聞き分けの悪い子もいるけれど。」

 シスモンド様は笑顔でそう言い切る。

 その落ち着きぶりは、さすがにファンの子を上手く扱っているのだと感心する。

「そうなのですね。

 それなら、安心しました。」

「僕達、早く婚約したいね。

 そうすれば、皆僕達のことをわかってくれるよ。」

「そうだといいんですが。」

「あれ?

 マリアナは僕との婚約をもう受け入れてくれているの?」

「ええ…、多分。

 実は昨日、私の邸の侍女をイグナス様が誘おうとしていたと聞いてしまって、私の男性を見る目がないばかりに、侍女達にも迷惑をかけてしまっていたのです。

 そのことがショックで。」

 あんなに好きで見つめていたのに、彼の本性が何も見えていなかった。

 自分のみる目のなさに、つくづく悲しくなる。

 どうして、忠告してくれた人達の意見から、長い間、耳を塞いでいたのだろう。

 シスモンド様は、こんなにも優しくて素敵なのに、もはや比べることさえどうかしている。

「それなら改めて、婚約の誓いをするとして、僕達の婚約を揺るぎないものにしてしまおう。」

 シスモンド様はそう言うと、素早く屈んで、私の頬にキスをする。

 私はその一瞬で、シスモンド様の唇の柔らかな感触に驚き、目を見開いたまま動けなくなる。

 すると、シスモンド様は、私の目を見つめながら、いたずらっ子のようにくしゃりと笑う。

 優しいだけじゃない抜け目のなさで、どんどん彼のペースで私を引っ張っていく。

 相手から好意を向けられ、求められることが、こんなに幸せだとは知らなかった。

 周りでは、それを見た令嬢達が今日一番の悲鳴を上げている。

「これで僕達が付き合っているって、みんなわかってくれたと思うよ。

 君はもうイグナス卿ではなくて、僕の恋人なんだ。

 早く婚約したいけれど、君の父上にもう少し待ってほしいと言われているんだ。」

「えっ、お父様が?

 お父様はシスモンド様と私の婚約を、進めたがっていると思いました。」

「そうでもないんだよ。

 僕が思っているよりも、君の父上は慎重に考えているみたいだ。」

「まさか、お父様はあなたがおもてになるから、早く心を決めなさいと言っていました。

 だから、そんなことはないと思います。」

「そうだといいんだけれど。

 それに、僕は君に僕自身を好きになってほしいんだ。

 周りから勧められたからではなく。

 まぁ、君が彼を好きだったことは、この目で見て知っているから、すぐには無理だと理解しているけれど。」

 シスモンド様は少し寂しげに微笑む。

 シスモンド様に、少しずつ惹かれている自分を感じている。

 けれども、イグナス様を盲目的に恋をしていた私にとって、新しく恋をしてもいいのか、よくわからない。

 多分、失恋したばかりだから、私が好きになる人とはうまくいかないような気がして不安なのだ。

 その時の私は恋に対して臆病になっていた。

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