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第3話

Author: 希美
自宅へ戻ると、足の裏は小さな傷だらけだった。

痛みの感覚もなく、消毒液で洗い流し、何気なく部屋を見渡した。

温かみのあるこの部屋は、いつの間にか玲奈の私物で埋め尽くされていた。

「琴葉、これは安藤さんからもらったウサギのぬいぐるみだから、毎日眺められるようにソファーに置いておいて」

「琴葉、これは安藤さんが選んでくれたネクタイだ。どうだ、似合っているか?」

「これは安藤さんがここに置くように言ったアロマだ。彼女と同じ香りがして落ち着くらしい」

私が苛立つほど、彼の笑みは深くなった。私のやきもちを楽しんでいたのだ。

まるで私が苦しむことだけが、愛の証だと思っているかのようだった。

彼が口にする言い訳は、いつも同じだった。

「琴葉、俺と安藤さんはただの上司と部下だ。あまりつまらない嫉妬をするなよ」

繰り返される苦痛の中で、私は彼の望み通り、もう嫉妬もしなくなった。

和彦の妻の座ですら、手放す決心がついたくらいに。

傷口の手当てを済ませると、私は荷造りを始めて、手元に残った数少ない衣類を全てまとめた。

そして部屋を去ろうとしたその時、和彦が戻ってきた。

ひどく酒臭い体に、玲奈が寄り添うようにしている。

私と目が合うと、彼は慌てて身を離し説明しようとしたが、足元にある荷物に気づいた瞬間、愕然とした。

同時に、彼の心の中は怒号を上げていた。

[琴葉、どうして荷物をまとめているんだ?本気で俺を捨てる気なのか?

俺が悪かった。身内だけの食事会に安藤さんを同席させるべきじゃなかった。ただ、お前の気を引きたいだけだったんだ。

行かないでくれ。お前に出て行ってほしくないんだ!]

その顔を青ざめさせ、心の底からは必死の想いが漏れているというのに、口にした言葉はひときわ残酷なものだった。

「琴葉、よく考えてから行動しろ。お前が出て行っても、代わりに俺を望む女はごまんといる。だが、俺に見放されたお前のような女を、他に誰が貰ってくれるって言うんだ?」

そんな傲慢な言葉の数々に、私の中の小さな望みはすべて打ち砕かれた。

私はただ力なく微笑んだ。「わかったわ。それなら、他の女性と結婚なさるといいわ」

和彦は力任せに拳を握り、突然私の前で玲奈の腰を引き寄せた。

「だったら、本当に安藤さんと結婚するからな。

彼女は気立てもいいしお前よりずっと有能だ。何より6年経っても跡継ぎを作れないお前とは違って、可能性に満ちている」

そのひどい当てつけに、私は息を呑み、震えることしかできなかった。

子供のことは私の禁句だ。誰もが知っているはずなのに。

6年前、突然発作を起こした和彦を探すため、冷たい川へ落ちた。それが私に残した代償は、二度と母親になれないという残酷な現実だった。

それでも私は諦めきれず、どうしても我が子をこの手に抱きたかったのだ。

その一心で、毎晩欠かさず高価な漢方や体質改善のためのサプリメントを飲み続けてきた。

5回にも及ぶ過酷な不妊治療さえ耐え抜いてきたのに。

和彦が何よりもそれを一番知っているはずなのに、あえて一番深い心の傷に触れて苦しめようとしてくる。

私は目に涙をいっぱい溜めて声を震わせた。「和彦、あなたって最低よ!」

涙を見るなり、和彦の目にうろたえる色がよぎり、思わず手を伸ばそうとする。

その矢先、玲奈がすぐさま彼の腕を組み、不満げに小声でつぶやいた。「ですが奥様、和彦さんの言う通りではありませんか?

もう結婚して6年も経つのに、お腹に何の音沙汰もないなんて。本当に不思議ですね。

もし他の男だったら、とうに諦めているはずなのに、和彦さんは6年もの間ご不満すらこらえ、ずっとあなたの味方でいてくれたんですよ。

これまで和彦さんは文句も言わずに我慢されてきたのに、突然ごねて出ていこうとするなんて。あまりにも自分勝手だし、そんなお心の広さがわからないなんて気の毒です」

和彦は立ち尽くしたまま、ピタリと動きを止めた。

その瞳から動揺の色は消え、代わりに氷のような冷たさが宿った。

彼は玲奈に賛同し、私が夫を思いやれない自己中な妻であると思い込んだのだ。

「琴葉、普段からお前のことを優しくしすぎたツケが回ってきたようだ」

彼は不機嫌そうに私のスーツケースを見つめる。

驚いて身構える暇もない。

強引にスーツケースを引ったくられ、ファスナーを無理やり破壊された。

床へと散らばる衣類を、彼はまるでゴミのように靴で踏みつけていく。

さらに彼は、奥に大切にしまってあった宝石の腕輪を取り去った。

あれは亡き母が遺した、私にとって唯一の形見だ。

見下ろす彼の瞳には、冷徹な色が宿っている。

「琴葉、忘れたのか?この腕輪、元をたどれば俺がわざわざ6億円もの高値を出して買い戻した品だったよな」

私はその言葉を聞いた途端、顔からサッと青ざめて言葉を失った。

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