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第16話

Author: 小雨
その映像を見たとき、征史は、ほとんど正気を失いかけていた。

画面の中で、春音は血まみれになっていた。

口には白い布が詰められ、息も絶え絶えのように見えた。

そして――

句美子が、その横で邪悪な笑みを浮かべていた。

「驚いた?兄さん、サプライズってやつよ」

「……お前、気が狂ったのか!?」

征史は絶叫した。

しかし彼女は、薄く笑いながら返す。

「うふふ……兄さん、忘れた?私なんて、ずっと前から狂ってるのよ。あなたがそうさせたんじゃない」

ハイヒールの先が、春音の顔を容赦なく蹴り飛ばす。

顔を歪めながら、わざとらしく声を高くする。

「どう?目の前で、愛する女が死んでいくのを見るのって……悲しいでしょ?

あ、言い忘れてた。彼女、お腹にあなたの子どももいるのよ。だから――しっかりと『可愛がって』あげたわ」

その瞬間、征史の瞳は真っ赤に染まった。

「やめろ……朝菜を放せ!!俺にできることなら何でもする!条件があるなら言え!」

「なんでも?」

「……ああ、俺にあるものは全部やる。だから、頼むから朝菜を……」

だが――

句美子はけらけらと笑い、わざとらしく首を振った。

「残念。もう欲しいものなんてないのよ。

住所、送っておいたわ。一人で来て。

もし警察なんて呼んだら――遺体で彼女に会うことになるわよ」

征史は一瞬の迷いもなく、車を飛ばした。

向かうのは、メッセージに記された孤島。

気がつくと――

春音は、甲板の上に横たわっていた。

重たいまぶたをゆっくりと持ち上げる。

そこには、青く広がる海と、どこまでも続く水平線。

自分がいるのは、大型のクルーズ船。

どうやら、どこかへ向かって航行しているようだった。

「へぇ、もう目が覚めたんだ?しぶといわね」

目の前には、句美子。

彼女の周囲には、黒ずくめの屈強な男たち。

皆、銃や警棒を手にし、句美子に忠実に付き従っていた。

句美子はゆっくりと春音の前に歩み寄る。

「知ってる?あの人、昔、あんたのためにヤクザのボスと命の賭けをしていたのよ。

でもね――あのとき彼が助かったのは、私が夜通し父に頼み込んで、かろうじて病院に運ばせたから」

その表情には、冷たい決意が宿っていた。

「この船には、すでに万全の警戒網を張り巡らせたわ。今回は……絶対に、容赦なんてしない」

句美
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