ログイン海外で8年過ごした後、私は特別なオファーを受けて帰国した。ある研究会での発表を終えた後、まさか、そこで元カレの新井真司(あらい しんじ)と再会した。 真司は、よりを戻したいと言って、私にプロポーズしてきた。 その場にいた研究所の元同僚たちは一斉に囃し立てて、私が感動しながらプロポーズを受けるのを期待していた。 なぜなら彼らは皆、私がかつて真司のためなら全てを投げ出せるほど、彼のことを愛していたのを知っているから。 でも、彼らは8年前、あの新製品の発表会で、真司が冷たい顔で私のプロポーズを断ったことを忘れてしまったみたい。あの時、真司は可愛がっていた後輩に賞をとらせるために、大勢の記者の前で、私がその後輩の研究成果を盗んだと濡れ衣を着せたんだ。 私は必死で潔白を主張したけど、真司が用意した完璧な偽りの証拠のせいで、どうにもならなかった。 真司は、その後輩がメディアを操作して、私をネット中で攻撃するのを黙って見ていた。 私が何年も頑張ってきた研究は、私の黒歴史になった。そして、長年育んできた恋は、笑いものになったんだ。 あの日から、私は海外へ逃げるようにして国を離れるしかなかった。 それなのに今、私の目の前で、真司は指輪を手に片膝をついている。爽やかな笑顔で、こう言ったんだ。「もう全部、過去のことだ。俺はもう怒ってないからさ。せっかくお前も戻ってきたんだし、結婚しよう」 でも真司は知らない。私がもう、結婚しているなんて。
もっと見る聞くところによると、美咲はまた逮捕されてから、精神的におかしくなったらしい。時々、自分はすごい人間なんだから、みんなにチヤホヤされて当然だってわめき散らしてるんだと。美咲の家族も完全に見放したみたい。一度は精神病院に入れたらしいんだけど、脱走してからは、もう放置してるんだって。あちこちうろついて、真司のところにも何回か行ったみたい。真司は命の危険を感じたんでしょ。それで怖くなって、仕事も辞めて別の街に引っ越した。同僚とそんな世間話をして、私たちはそれぞれ家に帰った。それから数日は、こっちにいる親戚や友達のところに顔を出した。でも、休暇が終わるまでまだ数日あったから、他の街にも行ってみようかって話になった。この提案に、子供たちはもちろん大賛成。哲平ももともと出かけるのが好きだから、反対するはずもない。私たちは別の観光地へ移動して、数日遊んだ。だいたい見て回ったから、明日にはまた次の街へ行こうと計画していた。まさか、出発する前日に、真司と再会するなんて思ってもみなかった。最後の観光スポットに向かう途中、哲平が二人の子供を連れて前を走っていて、私は荷物を持ってその後を急いで追いかけていた。「ちょっと、哲平!私のジュースを持ってっちゃったでしょ?ひどくない?」前方から哲平の声が返ってきた。「全然ひどくないよー」もう、待て、今捕まえてやるから。私たちがバスを降りた場所は、ちょうどオフィスビルが立ち並ぶエリアで、人通りがものすごく多かった。いくら気を付けていても、案の定、誰かとぶつかってしまった。その人が抱えていた履歴書が、あたり一面に散らばってしまった。ぶつかったのは私の方だし、私は急いでしゃがんで、相手と一緒に履歴書を拾い始めた。何枚か拾ったところで、履歴書に書かれた見慣れた名前に気づいた。真司の名前だ。思わず相手の顔を見上げた。相手は少しイライラしているようだったけど、目が合った瞬間、私たちはお互いに声を上げた。履歴書を手に、忙しそうに歩いていたこの人は、まさしく真司だ。そこで私は同僚の話を思い出した。真司は、おかしくなった美咲に危害を加えられるのを恐れて、仕方なく街を離れたのだと。まさか、こんな場所に来ていたなんて。私が呆然としている間に、哲平が子供たちを連れて駆け寄ってきた。「どう
同僚は笑って言った。「便利じゃないって?谷口さんが、使ってるんだから、役に立ってるってことじゃん?」ひとしきり笑ったあと、同僚は美咲のその後の話を始めた。美咲の実家は、本人が不幸自慢してたのとは大違いで、かなりの金持ちだったんだ。だから実家が何度も弁護士を頼んで、色々手を尽くして罪を軽くしてもらったおかげで、年末にはもう仮釈放されてたんだ。でも、執念なのか何なのか分からないけど、美咲、また真司に会いに行ったらしい。真司は、彼女に刺されて死にかけるほどだった。やっとの思いで意識を取り戻したと思ったら、今度は仕事を失い、新しい仕事もうまくいかない。恨んで当然なのに、よりを戻すなんてありえない。真司に何度か断られるうちに、美咲はだんだん腹が立ってきた。それで真司に言ったんだ。「絶対見返してやるから。その時にあなたが戻りたいって泣きついてきても、もう遅いから」って。ここまで話すと、同僚は吹き出した。「でさ、新井さんがなんて言い返したと思う?」「なんて言った?」私は先を促した。同僚は咳払いを一つして、真司の口真似で冷たく笑った。「二人合わせてもういい歳なのに、まだ『これから』とか言ってんのか?そもそも、そんな甲斐性があるなら、刑務所に入るようなことにはなってないだろ?」って。これを聞いて、私も思わず笑ってしまった。同僚は話を続けた。「それから、谷口さんはあれこれ動き出したんだって。絶対に新井さんを後悔させてやるって決めたみたい。でも、谷口さんってどんな人間か、あなたも知ってるでしょ?プライドばっかり高くて、実力が全然伴わないタイプじゃない?引きこもってると、飯を食うだけの口が増えるだけ。外で頑張って稼ぐどころか、家にあるものを全部使い果たしちゃうのよ。実家はもともと裕福だったのに、彼女のせいで、すっかり貧乏になっちゃったわ。しまいには、住んでる家一軒しか財産が残らなくなって。さすがに親も我慢の限界がきて、勘当して家から追い出したんだって」私は息をのんだ。「それじゃ、刑務所にいたほうがまだマシね、家の財産も守れたのに」同僚も頷いた。「本当にそう。谷口さんのご両親、今ごろ後悔でいっぱいでしょうね。でも親に見放されて、生活できなくなったんだね。それでまた新井さんのところに押しかけて、『あなたがやれって言った
翌日、私と哲平は飛行機に乗った。良い思い出も、そして耐え難い苦しみもあったこの街に、別れを告げたんだ。あれから月日が経ち、過去はもう過去のこと。ようやく、私は全てを乗り越えることができた。真司と美咲のことを再び耳にしたのは、もう7年も経ってからのことだった。青斗と花梨がもうすぐ中学生になる。二人とも中学受験でいい成績をおさめたから、そのご褒美に、哲平と一緒に国内へ遊びに連れてきた。ついでに国内の親戚や友人にも会おうと思う。そして、昔の同僚から聞いて初めて知ったのだが、なんと真司は2年前に目を覚ましていたらしい。まさに医学の奇跡だとか。でも、真司は意識を取り戻したものの、仕事はもうとっくになくなっていた。当時、私たちが美咲を告発したことは、ちょっとした騒ぎになったから。美咲の悪事が次々と明るみに出ると、当然みんな彼女の素性を調べ始める。どうやって入社したのかとか、初めて他人の成果を盗んだ時、誰が美咲をかばったのか、とか。そうなると、美咲の入社を手引きして、試用期間中も彼女をかばって、私の成果を盗むのを手伝った真司のことも、明るみに出ちゃったわけ。真司が、会社にいられるわけがなかった。人を助けようとして重傷を負って、長いこと生死の境をさまよっていなかったら、真司の評判も地に落ちていたはず。この大怪我が、ある意味では真司の評判を守ったってこと。ただ、世間的な評判は守られても、業界内の大手企業はどこも情報が筒抜けなんだ。だから、真司のやったことは表沙汰にはならなくて、世間から袋叩きにされることはなかったが、もう同じレベルの大企業で働くのは無理だ。しかも今の技術の進歩は目まぐるしい。真司は6年もの間、意識がなかったんだから、社会とのブランクもそれだけ大きい。それに、真司は美咲に刺された時で、もう33歳だった。目を覚ました時には、38歳になっていた。会社では、もう肩を叩かれやすい年齢なのに、そこから新しい仕事を探さなきゃいけない。結果は、まあ、お察しの通り。聞いた話では、プライドが邪魔して仕事を選り好みしていたらしい。しかし、半年ほどで諦めたようで、結局は基礎的な仕事に就き、20代の新卒たちに混じって働いている、とのことだった。うまくいっているとはとても言えないらしい。この結末も、別に驚きはしない。真司は、
哲平が保証人になってくれたこともあって、私のことをすごく心配して、何度かお見舞いに来てくれたんだ。他愛もないおしゃべりをするうちに、私たちは予想外のことと話が合うことに気づいた。好きな本や映画も、すごく似ていて。そこから、私たちの距離はどんどん縮まっていった。でも、新しい仕事や恋愛が始まっても、昔受けた心の傷が完全に消えたわけではなかった。私の生活は元通りになり、以前よりもっと穏やかで幸せになった。でも、あの時の嘲笑うような言葉や、丁寧だけど疑いに満ちた態度を思い出すと、よく眠れなくなった。時々感情がフラッシュバックして、私は本当の意味であのショックから立ち直れていないんだ、と気づかされた。表向きは、濡れ衣を着せられる前と同じように見えた。一生懸命に仕事をして、同僚にも親切で、気持ちも落ち着いていて。でも一人になると、みんなの前で罪を着せられたときのことを思い出せなくて。自分からその話題に触れることもできなかった。哲平は私のそんな様子にすぐ気づいてくれた。だから、昔のことにつながる話題はなるべく避けて、私が嫌な気持ちにならないようにしてくれた。哲平と一緒に暮らす時間が長くなるにつれて、この出来事が私に与える影響も、だんだん小さくなっていった。でも、それが完全に消えることはなかった。そんな中、この間、哲平が決定的な証拠となる録音データを見つけるのを手伝ってくれたんだ。そのとき初めて、自分の潔白を証明して、悪い人たちにはそれなりの報いを受けてもらおう、という気持ちになった。そして、それは効果てきめんだった。いつの間にか、心のもやもやがすっかり晴れていた。やっぱり、やり返すことこそが、自分にとって一番の癒やしになるんだ。どんなに腕のいいカウンセラーよりもずっと効果があって、根本的な解決になった。そう思うと、心からの笑顔になって、そっと哲平を抱きしめた。「ずっとそばにいてくれて、ありがとう」哲平は笑いながら私に尋ねた。「今度は、俺のこと気持ち悪いって言わないんだ?」私は何も言わずに、ただ微笑んだ。私たちは抱き合ったまま。子供たちは庭で遊んでいて、家の中には二人きりだ。部屋の中はしんと静まり返っていて、お互いの心臓の音が聞こえてくるようだった。しばらくして、私はまた小さな声で言った。「あな
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