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last update Last Updated: 2025-07-15 07:29:17

ルネとぶつかったあの夜から、確実にぎくしゃくしていた。

そうさせたのは間違いなく自分だけど、あの程度の衝突なら今まで腐るほどしている。今さら空気が悪くなることなんてないと思うが……。

「すみません、はっきり言わせていただきます。確実に、ノーデンス様が、悪い」

久々に城から招集がかかり、武器の輸出に関する会議に参加した。テロ事件以来ランスタッドは一時的に入国規制をしており、他国との取引は大幅に減少した。規制が緩和されるのは時間の問題だと思うが、現状はノーデンスの仕事も少なくなっている。

しかし売れなくても、武器を造ることはできる。むしろ今こそ製造に力を入れて、いざという時の為に備えよう。そう思い工場へ直行し、職人達と話し合いをした。そこまでは良かったのだが、久しぶりに顔を合わせたオッドはノーデンスを諌めた。

「やっとまた二人で暮らせるようになったのに! 毎日そんなトゲトゲして、本当にルネ様に愛想を尽かされても知りませんよ!?」

仕事中の職人達の前でプライベートな話をするわけにもいかず、工場外の裏路地に入る。ノーデンスは煙草を取り出したが、瞬時に取り上げられてしまった。こいつめ。

「あのな、別に喧嘩したわけじゃないぞ。ただちょっと、前よりあいつの反応が薄いかな~……ってぐらいだ。前は夜必ず絡んできたのに、今は俺より先に寝る、とか。会話が続かないとか、それぐらいだよ」

「会話が続かない! 貴方達、出会って何年目ですか?」

「さぁ。十年以上」

「ありがとうございます。確実に避けられてますよ。原因は貴方です」

オッドは目の下にクマを浮かべ、頭を抱えた。こいつも寝てないのか。ルネじゃないけど、後で体調管理の大切さについて説いてやろう。

「私見ですけど、ルネ様はお優しいですよ。そして寛大です。ノーデンス様が何を言っても何をしても、これまでは許してきたんだと思います」

「そんなことない。夜逃げしただろ」

「まぁそれはちょっと置いといて……いやそれもひっくるめて、ノーデンス様の横暴に耐えかねたから、だとしたら?」

オッドは目を眇め、人差し指を宙に突き立てる。

「今回は怒ってるというより、傷心されているんじゃないでしょうか。貴方に拒絶されて、今まで抑え込んでいたものが弾けた……とか」

「今さらぁ?」

「だから、今さらじゃない! 今、まで、耐えてたんですよ!!」

普段と違う、鬼気迫る
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  • ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話   3

    ルネが傷を癒す特別な力を持っていたことは、彼に会う前から知っていた。だからこそ、俺から近付いた。十年以上前に原因不明の奇病が流行り、一族が窮地に陥ったとき、迷うことなくヨキートへ向かった。奇跡の力と言われる力を持つ少年に会う為に。吐き気や頭痛、意識混濁。それらの原因は調べてみると水質汚染によるもので、ちょうど一族が住んでいる東の土地が特に酷かった。一族だけに限らずルネは病に倒れた人々を看病し、事態を知ったヨキートは水と物資を運んで支援してくれた。その時に二国の交流はより一層深まり、ランスタッドはヨキートに対し友好と信頼を寄せた。ルネは現王の第二王子という立場からか、国務の合間に従者を連れ、度々ランスタッドを訪れた。広大な土地と森林、港があるランスタッドと比べ、ヨキートは建造物が多く自然が少ない。文化の最先端をいく巨帯都市の為こちらからすれば圧倒されたが、ルネは生まれ育った街の姿があまり好きではない、と話した。まだ出会って間もない頃の話だ。不思議な青年だった。三つ歳上で、何より王族である。下手に怒らせたら大変なことになるから、必要以上に関わるのはよそう……と思っていたのに、ルネはランスタッドへ訪れると必ず自分に会いに来た。時には護衛を撒いて工房へ来ることもあった為、何度も肝を冷やした。彼の身になにかあれば自分はもちろん、一族や国全体を巻き込む大事件になる。頼むから周りに了承を得てほしいと懇願したこともあった。優しくて飾らなくて、人一倍好奇心がある。立場上人脈作りは板についているのかもしれないけど、人とわいわい喋るのが苦手なノーデンスは一番に敬遠しそうな人物だった。にも関わらず、彼と過ごす時間は決して嫌いではなかった。物心ついた時から武器造りしかしていなかった為遊び相手もいない。友達と呼べる存在がいないまま十五歳を迎えた。ランスタッドでは十八歳が成人の為、あと三年で大人の括りに入る。友達がひとりもいない人生……それはそれで伝説になりそうだが、生憎そんなことで人の記憶に残りたくない。この事実は墓場まで持っていこう。黙々と着々と、武器だけ造っていればいいんだ。そうすれば誰にも文句を言われない。『僕の部屋は十五階なんだけど、窓から見えるのは建物の頭だけで、工場地帯とあまり変わらないよ。でも西の方へ回ると天気の良い日にうっすら山が見える。それがランスタッド

  • ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話   2

    ルネとぶつかったあの夜から、確実にぎくしゃくしていた。そうさせたのは間違いなく自分だけど、あの程度の衝突なら今まで腐るほどしている。今さら空気が悪くなることなんてないと思うが……。 「すみません、はっきり言わせていただきます。確実に、ノーデンス様が、悪い」久々に城から招集がかかり、武器の輸出に関する会議に参加した。テロ事件以来ランスタッドは一時的に入国規制をしており、他国との取引は大幅に減少した。規制が緩和されるのは時間の問題だと思うが、現状はノーデンスの仕事も少なくなっている。しかし売れなくても、武器を造ることはできる。むしろ今こそ製造に力を入れて、いざという時の為に備えよう。そう思い工場へ直行し、職人達と話し合いをした。そこまでは良かったのだが、久しぶりに顔を合わせたオッドはノーデンスを諌めた。「やっとまた二人で暮らせるようになったのに! 毎日そんなトゲトゲして、本当にルネ様に愛想を尽かされても知りませんよ!?」仕事中の職人達の前でプライベートな話をするわけにもいかず、工場外の裏路地に入る。ノーデンスは煙草を取り出したが、瞬時に取り上げられてしまった。こいつめ。「あのな、別に喧嘩したわけじゃないぞ。ただちょっと、前よりあいつの反応が薄いかな~……ってぐらいだ。前は夜必ず絡んできたのに、今は俺より先に寝る、とか。会話が続かないとか、それぐらいだよ」「会話が続かない! 貴方達、出会って何年目ですか?」「さぁ。十年以上」「ありがとうございます。確実に避けられてますよ。原因は貴方です」オッドは目の下にクマを浮かべ、頭を抱えた。こいつも寝てないのか。ルネじゃないけど、後で体調管理の大切さについて説いてやろう。「私見ですけど、ルネ様はお優しいですよ。そして寛大です。ノーデンス様が何を言っても何をしても、これまでは許してきたんだと思います」「そんなことない。夜逃げしただろ」「まぁそれはちょっと置いといて……いやそれもひっくるめて、ノーデンス様の横暴に耐えかねたから、だとしたら?」オッドは目を眇め、人差し指を宙に突き立てる。「今回は怒ってるというより、傷心されているんじゃないでしょうか。貴方に拒絶されて、今まで抑え込んでいたものが弾けた……とか」「今さらぁ?」「だから、今さらじゃない! 今、まで、耐えてたんですよ!!」普段と違う、鬼気迫る

  • ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話   1

    だが切れない刃と同じで、空の銃を持っていても仕方ない。ため息をついてその場にしゃがんだ。「ノース? スーツ汚れちゃうよ」「別にいい」自身の体を抱き締めるように腕を回す。今にも壊れそうな音を立てて機械が弧を描いている。中央に置かれた巨大な穴の中で、運び出された鉄が溶けていく。幼い頃からずっとこの景色を見ていた。華々しい世界なんて死ぬまで無縁だと思っていたけど、ルネと出逢ってから全てが変わった。身分も環境もまるで違う者達と関わることが増えた。望んだことではなかったが、結果としてあの経験が自分を助けている。一族を守るには武器を造るだけじゃ駄目だ。人脈が一番の武器になる。王族との距離が縮まり、外交に手を出すようになったのはルネのおかげかもしれない。父や先の長は閉鎖的な環境を好み、本当に信頼できる者としか関わりを持たなかった。交渉が難航して一部の人間にしか武器を売れない……それでは自分達の価値は半減してしまう。「また色々考えてるね」頬を人差し指で押され、慌てて立ち上がった。「わるい。帰るか」「もういいの? 急がなくてもいいよ?」「様子を見ることができれば充分だ。力を注がないといけない鋼材も今はないみたいだし」次いで周りを見る。いつもなら材質ごとに分けられた鋼材の山ができているのだが、この間の騒ぎのせいか全く集まっていなかった。爆弾でも仕掛けられたら、工場はもちろん鉱山も一巻の終わりだ。あの辺りも警備を強化した方が良いかもしれない。また熟考しそうになり、ルネの視線を感じて額を押さえた。「よし、今度こそ帰ろう」「はい」市場でもらったトマトを少し差し入れして、工場を出た。天高く聳える無数の煙突から白煙が吹いている。「皆元気そうで良かった。……それに本当に良い人達だよ。君を残してヨキートに帰った私を咎めたい気持ちがあるはずなのに」「別にそんなもんはないよ。俺さえいつも通りなら、皆の生活に何も変わりはないんだし」「いいや。皆ノースのことを大切に想ってる。そんな単純な話じゃない」ルネは落ち着いた足取りで前を向いた。「もし私が君の部下なら、子どもを連れ去って国に帰るような夫とは離婚しろって言いそう」「そう思うのに何でするんだっつーの!」「まぁそれは追追……あ、ちょっと曇ってきたね」ルネは空を見上げて歩みを速めた。さっきまで青かったのに

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    「だ、か、ら! 腰が痛いのはお前のせいだろうが!」「それとこれとは話が別。ノースは洗濯物はいつも放ったらかしだったじゃない」再出発の同居生活、記念すべき五日目。またもや新たな問題で口論が勃発した。最初の甘ったるい台詞や雰囲気はどこへ行ったのやら……自分とルネの間に喧嘩のネタは尽きない。自分としては使ったタオルを洗濯機に入れただけなのだが、……溢れそうなほど入ってるのを無視したのがいけなかったか。「一回手を拭いただけのタオルとか、大して汚れてもない服をばんばん洗濯機に入れて。それで洗ってくれるなら良いけど、そのままにしてるから洗濯物がたまって大変なことになるんだよ。大家族じゃないのに一日に何回洗濯機を回せば良いんだい? 水道代だってかさむし」「金は俺が出すよ。だからいいだろ」「お金の問題じゃない。私が言いたいのは……」「あーっ! もういい! もうやめてくれ、そういう重要度の低い話で俺を怒鳴りつけるのは!」「とっ…………ても重要な話をしてる。怒鳴ってないし、むしろ君の方が叫んでるし……とにかくちょっと座りなさい」椅子を指さされ為、ノーデンスは大人しくそこに座った。朝食後、腰の痛みもありいつもよりまったり過ごしていた。その後はリビングの模様替えもしたし、散らかった服を拾って押し入れに押し込んだりもした。個人的には働いたつもりなのだが、ルネに呼び止められ現在に至る。「昔からノースは食事の準備や物の修理はしてくれて、それは凄く凄く感謝してるよ。でも洗濯とか掃除とかは一切手をつけないよね。掃除機で掃除してくれるのも本当に有り難いんだ。でもどうせやるなら掃除機にたまったゴミまで捨ててほしい……見事に中途半端なところまでしかやらない、って言うの?」「文句言うなら何もやらない。俺はそういう人間だけど、良いのか?」「何で脅す方向にいくのか分からないけど、ちょっとずつ身に付けていこうよ。また三人で暮らした時に大変でしょ?」ルネは手元の置き時計を優しく拭き取る。「ふん! 果たしてそんな時が来るかな」結局、こいつだって俺を脅してるじゃないか。生活態度を改めないと息子を返さない、と暗に言っている。ていうかそんな責められなきゃいけないほど俺の生活態度は悪いのか。城では何も言われないから知らなかった。「洗濯物を出しすぎない、だろ。たまったら洗う。洗い終わったら

  • ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話   3

    そんなことは決してあってはならない。だから自分が上手く立ち回らないといけなかった。過去形なのは別居、という最悪な形を残しているから。吹く風が冷たい。日が暮れようとしている。さすがにもう患者は来ないだろう。柵を閉めて室内へ入ると、ルネが疲れきった様子で椅子に座っていた。その表情に昼間のような明るさは微塵もない。「自分が始めたことだからな。同情はしないぞ」「あ、お疲れ様。……何だろうね。全然思ってなかったけど、そう言われると同情してほしくなる」彼は不思議そうに首を傾げ、それから天井を仰いだ。「大丈夫だよ。使い過ぎと言うより、最近力を使う機会が全然なかったからさ。久しぶりに張り切ったせいだと思う」言われなくても何となく気付いていた。しかしひとたびこうなると、彼の方が病人のようだ。ルネの体力によるものなのか、それだけ負担がかかる力なのか……彼は人を癒すと疲弊して寝込んでしまう。いくらでも使える力ではないのに、本人は限界を決めずに治療をするからタチが悪い。自分の命にかえても人を助けることが当たり前だと思っている。一見聖人のようだが、見方を変えれば異常だ。変人だ。“本当に”赤の他人の為に死ねる人間が、現実にどれだけいるというのか。俺は無理だ。でもルネは自分が死んで誰かが助かるのなら、迷いもなく命を擲つ。そう、それこそ他人だったなら、彼の正義感を素晴らしいと賞賛していたかもしれない。でも家族となり、一番大切な人となったら、その正義感が途端に許せなくなる。強過ぎる愛情は憎しみに変わる。身勝手なエゴに近いが、そう簡単に受け入れることはできない。誰かを助ける行為は尊敬するし、なるべく尊重したい。でも自分の命を軽く見ることだけはしないでほしい。「珈琲と紅茶どっちが良い?」「ありがとう。紅茶がいいな」喉が渇いて仕方ないのは、疲れのせいかそれとも……。二つのカップに紅茶を淹れ、輪切りにしたレモンを浮かべる。ルネの元へ運び、一つ手渡した。「心配かけてごめんね」「心配なんかしてない。ムカついてるんだよ」「あはは。ごめんごめん」ルネは一口だけ飲むとカップをテーブルに置き、再び深く後ろに凭れた。反対に、ノーデンスは彼の前に佇む。「多分……この力を持って生まれたら、君も私と同じことをしたと思う。仕方ないから、可哀想だから、って理由で治療してるわけじゃないん

  • ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話   2

    どういう理屈なのか分からないが、無意識に顔を上げていた。『ノーデンス様────前と変わりましたね』。頭が痛い。目眩がするほど聞き飽きた言葉を思い出した。「でも朝から悪ふざけが過ぎたね。ごめんね、朝ご飯にしよう」ルネは申し訳なさそうに頭を下げ、ゆっくり立ち上がった。手を引かれ、簡単に抱き起こされる。「腹減ってない。から、後でいい」「腰以外も具合悪い?」ルネは心配そうにこちらを覗き込み、額に手を当ててきた。こういう時は鬱陶しいほど世話焼きな為、他の言い訳を選べば良かったと後悔した。「熱はなさそうだね。今日はゆっくり休んで」と言うやいなや、ルネはノーデンスの腰に手を回し、お姫様抱っこで歩き出した。「わわわ! ちょっと、何するんだよ!」「歩くのしんどいだろうから、寝室までは連れてくよ」階段で暴れるのは危険な為、諦めてじっとする。寝室に入るとベッドに寝かされ、ジャケットを奪われた。「ちなみに何処か出掛けるつもりだった? ……王城とか」「いいや」そっぽを向いて吐き捨てると、彼は困ったようにジャケットをハンガーに掛けた。「無理しないで寝てて。私は今日はもう家から出ないから」額を軽く指で押され、思わず口篭る。彼が突然いなくなることを不安がってる、と思われたんだろうか。屈辱だ。「じゃあお休み」バタン、とドアが閉まる。広い寝室に取り残され、しばらく思考が停止した。何だこの状況……。おかしいぞ、何でこうなった。俺は普通に朝起きて、工場に顔を出して、城にも寄ろうと思った……のに。病人扱いされた現状を理解するのに時間がかかった。結論として、全てルネの勘違いであることが分かった。一日ボーッと寝てるなんて冗談じゃない。俺はあんなことやこんなこと、やることが山ほどあるんだ!勢いのまま立ち上がり、再びジャケットを羽織った。しかしドアを開けて階段を降りることは躊躇われる。ルネに見つかれば絶対止められるだろう。「っと……」腰は痛いが、窓から出て一階へ下りるか。それぐらいは平気のはずだ。窓から身を乗り出し、ぎりぎりで配管を掴む。一階の出窓の屋根に着地できれば完璧だ。窓から飛び降り、無事に一階の屋根に片足を下ろした。そこまでは良かったのだが、「きゃあああ!」「えっ!?」突然聞こえた悲鳴に驚き、足を踏み外した。慌てて受け身をとったものの、芝生の上

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