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第6話

Author: 爽やかな男子
「じゃあ、直美のせいじゃないっていうのか?

直美が戻ってくる前は、裕也さんと千佳さん、うまくいってたじゃないか?

なあ、お前ら。もしかして、千佳さん、俺たちの話を聞いてたんじゃないか?」

すると一同は思わず当時一番囃し立てていたが、今は黙り込んでいる前田豪(まえだ ごう)に視線を向けた。

仲間たちの視線を受け、豪は顔を真っ赤にして言った。

「それが原因とも言い切れないだろ!だいたい、離婚届受理証明書があるってことは、千佳さんが離婚届をもう何日も前に出しているってことじゃないか。俺のせいにするなよ!」

すると、翔平はうつむき、か細い声で呟いた。

「でも、どう考えたって、千佳さんこそが裕也さんの人生を共に歩むべき相手だろ。それに、俺たちにもすごく良くしてくれたのに……

あんなことは……やっぱり言うべきじゃなかったんだよ」

……

その頃、裕也も離婚届受理証明書を手に、隆史の家のドアを叩いていた。

ドン、ドン、ドン。

ドン、ドン、ドン。

ほどなくして、庭の明かりがつき、隆史の妻である高木椿(たかぎ つばき)がドアを開けに出てきた。

「あら、大野課長?さあ、入って。うちの主人に何か用?」

焦った表情の裕也を見て、椿は急いで門を開けて彼を中に招き入れた。

裕也は挨拶もそこそこに、椿と一緒に部屋の中へと入って行った。

隆史はちょうどソファで新聞を読んでいたが、裕也が慌てて入ってくるのを見て眉をひそめた。

「どうしたんだ、何があった?」

裕也は強張った表情で離婚届受理証明書を隆史の前に突きつけて、尋ねた。

「これはいつのことですか?私は全く何も知らされてません!」

それを聞いて、隆史は一瞬呆気に取られたが、すぐに事の経緯を察した。

「椿、裕也くんにお茶を淹れてやってくれ」

椿は頷き、お茶を淹れに行った。

一方で、裕也は奥歯を噛み締め、答えを執拗に求めている様子だった。

それを見て、隆史はため息をつき、説明を始めた。

「五日前、千佳くんが自ら俺のところへ報告しに来てな、君とはもう離婚したとのことだ。

それに君も離婚届にサインしたから、それで合意したってことだろ?」

それを聞いて、裕也は動揺し、ふとあることを思い出したのだ。

千佳が海外から戻ったあの夜、確かに彼女からサインをするようにと言われた書類に自分はサインをしたのだ。

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