ログイン菅原青葉(すがわら あおば)と菅原拓海(すがわら たくみ)が結婚して3年目、拓海は任務中に命を落とした。 拓海の双子の兄である菅原拓真(すがわら たくま)が、血に染まったバッジを持ち帰り、かすれた声で言った。「青葉さん、拓海は……もう戻ってこない」 青葉はその場に崩れ落ち、そのまま意識を失った。 目を覚ますと、青葉は狂ったように拓海を捜しに行こうとし、それを義母の菅原沢子(すがわら さわこ)が抱き留めた。 その後、青葉は三度も自殺を図り、そのたびに助けられた。 みんなこう言っていた。「菅原隊長と奥さんは、本当に愛し合っていたんだな……」 ええ、本当に。 それほど「仲が良かった」からこそ、拓海が「死んで」3ヶ月が経った頃、ようやく青葉は真実に気づいたのだ。 死んだのが、拓海ではないということに。
もっと見る3日後、菅原家の人たちが離島へ、拓海と雪乃を迎えにやってきた。二人が腕を組んでいる様子と、雪乃の手にある婚姻届を見て、菅原家の人たちは顔を見合わせ、ほっと胸をなでおろした。船の汽笛が鳴り響き、煙突から黒い煙がモクモクと立ち上った。拓海は甲板に立ち、手の中の結婚指輪をそっとなぞりながら、辛そうな視線を落とした。かつて青葉と結婚したとき、拓海は半年分の給料をはたいて、この指輪を作ったのだ。青葉に指輪をはめてあげたとき、めったに涙を流さない拓海が、子供のように泣きじゃくった。あの頃の拓海は、青葉にたくさんの甘い言葉や約束を囁いた。けれど、最後にはその約束を、何一つ守ることができなかった。夫婦として一番大切な信頼さえ、拓海の方から壊してしまったのだ。だから、今こんなふうに惨めな思いをするのは、すべて自業自得だった。拓海はついに、指輪を海へと投げ捨てた。自分が壊してしまった結婚生活への未練も、一緒に海深くに葬るように。青葉、さようなら。もう二度と会うことはないけれど。一方の賀川家では、拓海と雪乃が結婚して離島を去ったと聞き、隆平がようやく心からの安らかな笑みを見せた。やっと拓海を追い出すことができた。これで、自分の愛しい妻を横取りする者は誰もいない。そう思うと、隆平は腕の中で気持ちよさそうに眠る青葉を愛おしく思い、何度も優しくおでこに口づけた。そのせいで目を覚ました青葉が、隆平の胸をぽんぽんと叩いて言った。「もう、急にどうしたの?」青葉が妊娠して以来、隆平は誰よりも神経質になり、いつもどこか落ち着かない様子だった。青葉に叩かれても、隆平は嬉しそうに微笑んでいる。「なんでもないよ。ただ、うるさかった蠅がやっと遠くに飛んで行っただけさ」青葉は呆れたように笑い、隆平の胸に潜り込んで再び目を閉じた。その口元には、幸せそうな笑みがこぼれていた。実のところ、隆平が何かを隠していることは、青葉もとっくに感づいていた。それも、拓海に関連したことだということも。隆平との結婚式の時、狂ったように青葉へ近づこうとした拓海の姿を覚えている。でも、すでに気持ちが冷めきっていたため、興味など微塵もなかった。隆平が、自分の目を盗んで、裏で拓海への対処をしていたことも知っている。拓海が立ち去る際、自分に宛てて書いた謝
激しい一夜が明け、お酒の切れた拓海は、割れるような頭痛に襲われていた。重い目を開けると、自分の腕の中に誰かが寝ていた。顔は長い髪で隠れていた。なめらかな肩には、真っ赤な痕がたくさん残っている。昨夜、自分が何をしたのかは一目瞭然だった。拓海はカッと目を見開いた。あまりのショックに、頭が一瞬、真っ白になる。その時、腕の中の女がかすかに声を漏らした。ゆっくりと顔を上げ、拓海に向かって微笑む。「拓海……」静かだったはずの朝は、一瞬で最悪の状況に変わった。まさか自分が、女に薬を盛られて罠にハメられるなんて、拓海は夢にも思っていなかった。激しい怒りが燃え上がると同時に、深い絶望が胸の奥から湧き出してきた。以前、雪乃と夜を共にしたのは、彼女に子供を作ってあげるためだった。なのに、青葉との関係を取り戻そうとしているこの時に、また雪乃と関係を持ってしまった。これで青葉との復縁は、完全に不可能なものになってしまった。あんなにも潔癖な青葉が、他の女と交わった自分を許すはずがない。ついに冷静さを失った拓海は、雪乃の首を掴んで、怒りに声を荒らげた。「殺されたいのか!」しかし、彼が首を強く締め上げるほど、雪乃は気がふれたように激しく笑い転げた。あまりの不快さに、拓海が雪乃を床へと突き放すと、彼女はやっと笑い声を止めた。ひどく咳き込みながらも、冷ややかな目で拓海を見上げる。「拓海、いい加減に目を覚ましたら?もう夢なんて見ないことね。拓真になりすまして私を抱いたあの瞬間から、あなたと青葉さんはもう終わりなの。それに、私のお腹にはあなたの子ができているかもしれないのよ。おとなしく婚姻届を出しに行かないなら、あのいかがわしい写真を世間にバラまいてやるわ。みんなに見せて、青葉さんにも、あなたがどんなふうに私を求めたのか教えてあげる……」「いい加減にしろ、本当に狂ってるな!」拓海は逆上し、雪乃の頬を思いきり張り飛ばした。激しい後悔が胸を刺す。こんなふうに大切な妻を失うと分かっていたなら、あのとき雪乃にいい顔をして、助けたりなどしなければよかったのだ。強烈なビンタを食らった雪乃は、口から血を吐き出した。青白い唇が赤く染まり、その表情はいっそう異様で、狂気に満ちていた。「もう一度だけ警告しておくわ。3日以内に入籍しないなら、あのい
拓海はまるまる1週間も意識を失っていた。そして、目が覚めて最初に口にしたのは、付き添ってくれていた雪乃を労う言葉ではなかった。彼は真っ先に、青葉の安否を尋ねたのだ。自分が救い出したのが青葉ではなく、彼女は既に逃げ延びていたのだと知ると、拓海は驚きで虚ろになった。力を失いベッドに崩れ落ちたが、その口元にはかすかな安堵の笑みが浮かんでいた。その笑みは、傍らにいた雪乃の胸をズタズタに引き裂いた。そして、拓海にあの薬を使う決意を固めさせた。青葉も同じ病院にいると聞き、拓海は傷だらけの体も顧みず、彼女に会いに行こうと無理やりベッドから立ち上がった。今度は、雪乃も引き留めなかった。ただ静かに、その背中を見送るだけだった。だが雪乃の脳裏には、あの火事の日の情景がはっきりと蘇っていた。拓海がたった一人で炎の中に飛び込んだと知ったとき、雪乃は誰よりも深く傷つき、苦しんだ。彼女が現場に駆けつけた時には、既に拓海は火の中へ飛び込んだ後だった。必死になった雪乃は、なりふり構わず救助隊の姿を探しまわった。しかし、少し離れた場所で見てしまったのだ。火の中にいるはずの青葉が、隆平の腕に抱かれ、熱い抱擁とキスを交わしているところを。激しい衝撃の後、雪乃の心には言いようのない怒りと、そして深い悲しみがこみ上げてきた。もし拓海がこの事実を知ったらどう思うだろう?命がけで助けようとした女が、とっくに助かっていて、別の男の腕の中で唇を重ねていたのだと知ったら……雪乃が二人のところへ近づこうとしたとき、隆平が先に気づいた。彼は青葉を優しくなだめて車に乗せると、こちらへ歩み寄ってきて、協力を持ちかけてきた。目的はただ一つ。拓海に、青葉をきっぱりと諦めさせること。そして雪乃は、その提案に乗った。作戦の第一段階。それは、青葉が拓海に対して完全に冷めきっており、もう二度とやり直すつもりはないという言葉を、拓海自身に聞かせることだった。すべては計画通りだった。車椅子を押して青葉の病室の前にたどり着き、ドアをノックしようとした拓海の耳に、部屋の中から自分について話す隆平の声が聞こえてきた。「青葉、話しておきたいことがあるんだ……菅原についてなんだけど」その瞬間、ドアの外にいた拓海は思わず胸が締め付けられるようだった。伸ばしかけた手は、そのまま空
ドン!また激しい爆発音が響き、飛び散った破片が鋭い矢のように四方へ突き刺さった。「おい!落ち着いてくれ!中は危なすぎる、入ったら死にに行くようなものだぞ!」「すでに消防には連絡した!彼らがもうすぐ来る!」周囲の人たちは、隆平が命を捨てる気で中へ飛び込もうとするのを見て、慌てて彼を力いっぱい止めた。「放してくれ!妻がまだ中にいるんだ!お腹には子供もいるんだ!」隆平は目を血走らせ、何が何でも周囲の制止を振り払おうともがいた。頭の中は真っ白だった。ただ青葉がまだ中にいる、ということだけで心がいっぱいだった。彼女に何かあってはいけない。「どけ!」隆平はどこから出たのかわからないほどの馬鹿力で周囲の人たちの手を振り払い、火の海へと突っ込もうとした。「待て!」ドカン!再び大きな爆発が起こり、そのすさまじい爆風によって集まっていた人たちが吹き飛ばされ、現場はまたパニックになった。だがまさにその時、ある影が密かに、別の隙間から猛烈な火の中に駆け込んでいた。続いてやってきた拓海は、青葉がまだ火災の中にいると知るや、一瞬の迷いもなく火の中へ飛び込んでいった。火事場での救助にはいくらか心得があったが、今回ばかりはレストランの火の回りがあまりにも激しかった。立ち込める黒煙の中、口や鼻を押さえて避難する人たちが慌ただしく動き、あちこちから咳き込む声が聞こえる。火にまかれながら必死で叫ぶ人たちが、ただ命からがら逃げ惑っていた。拓海は何の装備もなく、あっという間に燃え盛る火の壁に取り囲まれてしまった。足元では崩れ落ちた木材がくすぶり、背後には逃げ場を塞ぐ炎が迫る。灼熱の気流が容赦なく打ちつけ、ここはまさに地獄絵図だった。黒煙が口や鼻から容赦なく喉に侵入し、激しい息苦しさと涙をもたらし、そして意識を朦朧とさせた。拓海はもはや目の前の視界すら十分に確保できなくなっていた。露出した肌には次々とやけどの水ぶくれができ、神経を引き裂く痛みに襲われて、歩みも極端に遅くなった。どのくらい探しただろうか。ようやく地べたで丸くなっている、見慣れた姿を発見した。しかし相手はピクリとも動かない。安堵しかけた胸に再び強烈な不安が過る。拓海はなりふり構わずそこへ近づこうとした。そのとき、燃え盛る天井の一角が、今にもその身を