LOGIN「入ります! 入ります! で、入部届はどこですか!? あっ、部室……ですよ……ね…………」
勢い込んで入部の意思を示したものの、喉から発する声は尻すぼみになった。
だって……目の前に……バリケードがそびえているのですもの。 それは赤鬼を食い止めるためのものであり、紛れもなくわたしへの対抗策なのだ。「大丈夫……って言っていのかはわからないけど。ついて来て」
はきはきと歩く少女を追って、部室棟を出る。
歩きながら、あ、自己紹介もまだだったと名前を名乗る。「わたし、1年の
少女が立ち止まって振り返り、えくぼも眩しく微笑んだ。
「ボクは2年の
さすがに呼び捨てでいいってわけじゃないだろう。
あわてて「先輩」をつけ加える。「それで、どこ向かってるんです?」
「すぐ着くよ」部室棟を出て体育館をぐるっと周り、着いたのは体育館裏。
日当たりの悪い地面は軽く湿気を含んで少し濃い。塀に沿った花壇には、半陰性のミヤコワスレやセイヨウオダマキが色とりどりの花を咲かせ、ほのかに甘い香りを漂わせていた。その一角に、異物があった。
巨大なダンボールハウスである。 一辺が5メートルほどもあろうか。ほぼ立方体のそれには正面に二つの切り抜きがあり、どうやら出入り口のようだった。「えっとね、ダンジョン部はいまはここで練習してて……」
キリ先輩が目を伏せて言った。
「ごめん、やっぱ入部の件はなしで。こんなので練習なんかしたくないよね」
「別に気にしないですけど」 「そうだよね。急に声かけてごめん……えっ?」 「むしろ秘密基地みたいでアガるまであります」 「えっ?」ダンボールハウスなら埼玉時代に何度か作ったことがある。
不良どもの襲撃が激しくなったときに、実家から離れる必要があったのだ。 家族の身の安全を考えて……ではなく、襲撃する不良どもの安全のためだ。 うちのじいちゃんが襲撃されたら、嬉々として
「わたしの経験から言っても、すごい出来だと思います。へえ、角には細く折ったダンボールを使って柱にしているんですね。いい仕事してますね~」
「経験? う、うん。ありがとう。結構がんばったんだよね」キリ先輩のほっぺがほんのり赤く染まった。かわいい。
「それで、他の部員は……」
「ごめん。いまはわたししかいないんだよね……」 「あっ、えっ、えっと、これってどうやって使うんですか? 中がダンジョンになってるとか!?」キリ先輩の表情がまた暗くなりかけたので、慌ててフォローする。
部活っていうか、同好会なのかな? ふふふ、いいじゃないか。たった二人の弱小同好会から始まって、仲間を集めて全国大会を目指す! 青春だねえ。青春そのものだねえ。わたしが求める高校生活がここにあるっ! 暗黒の中学時代を利息付きで取り戻すのだ! もちろん複利マシマシでなあ!!「じゃあ、ちょっと中を案内するね。アカリさんはダンジョン経験はどれくらいある? 遊びでもいいんだけど」
「いえ、ないですね」わたしの返事に、キリ先輩がきょとんとした。
「えっ、まったく?」
「はい、完全未経験です! 動画でちょろっとしか見たことがありません!」 「そ、そう」胸を張るわたしに、キリ先輩は一瞬だけ珍獣を見るような視線を向けた。
まあ、いまどきまったくダンジョン経験がない子が珍しいのはわたしにだってわかっている。 うちの場合、家庭環境が特殊だったからな……主にじいちゃんが。じいちゃん曰く「ダンジョンなど女子供の軟弱な遊び」とのことで、一切やらせてもらえなかったのだ。いや、わたしはまさに女子供だったんだけどな……。じいちゃんのダンジョン嫌いは筋金入りで、テレビで大会の番宣CMが入るだけでも即座にチャンネルを変えるレベルだった。
わたしとしてもじいちゃんに逆らってまでダンジョンをやりたいという気はしなかったし、中学に入ってからはまことに迷惑なことに、血で血を洗う抗争に巻き込まれたからなあ。そんなことをしている暇はなかったのだ。
「えっと、じゃあ簡単に中を案内するね。まずはここが入口で――」
ダンボールダンジョンの通路は、まっすぐ歩くと両肩がこすりそうなほど狭かった。
「本物はこれよりは広いから安心して。いや、これくらい狭いこともなくはないんだけど」
などと言いながら、キリ先輩の背中を追ってダンボールダンジョンを進む。
右に左に曲がっていくと、ダンジョンの壁や床にはちらほらと色付きのパネルが貼られていて、「これはトラップ。緑は毒で、赤は仕掛け矢……みたいに設定して練習するの。マジックテープだから場所も変えられるよ。ほら、避けて」と説明してくれる。
なるほど、ダンジョンには罠もあるのか。
それにしてもマジックテープとは芸が細かい。ほんの5メートル四方のダンジョンだったのに、出るまでにはたっぷり10分近くかかった。説明を聞きながらというのもあったが、道のりが複雑で、トラップや他の仕掛けも盛り沢山だったのが大きい。忍者屋敷を彷彿とさせる隠し扉まであった。よくこんなものを自作したものだと心の底から感心した。
「新入生の部活勧誘会用に作ったんだけどね。怪我の功名っていうか、部室が使えなくなっちゃったから……」
「使えなくなった?」一瞬、バリケードが脳裏をよぎったが、あれができたのはついさっきのことだから関係あるまい。
キリ先輩は気まずそうな顔で口を濁した。「おいおい、今日もこんなところでサボってんのかよー」
そこに、知らない声が聞こえた。
目を向けると、金髪に黒マスクをした三白眼の女がこちらに歩いてくるところだった。服はなんと、特攻服である。昭和の暴走族やヤンキーが着ていたアレだ。やたらに裾の長い学ランを羽織り、ボンタンと言ったか、やたらとゆったりした太股の布をばさりばさりと揺らした大股だ。「ニコちゃ……
キリ先輩の顔が厳しくなった。いや、これは固くなったと言うべきか。
わたしをかばうように鬼嶋の前に立ち、小さな胸を精一杯に反らしている。「そいつは新入部員希望かあ? へへ、せっかくダンジョン部に入ろうってのに、こんな玩具で遊ぶしかないんじゃがっかりだよなあ」
「ちょっと、アカリちゃんに手を出したら承知しないから!」 「おーおー、こわいこわい。せっかく出来た後輩ちゃんの前でカッコつけちゃってさあ。ま、安心しろよ。後輩に手を出すほどオレはシャバくねーからな」鬼嶋は片頬を歪めた笑いを浮かべ、わたしを舐め回すように見ながらダンボールダンジョンの前まで歩を進めた。
そして――「よっこいしょっと」
鬼嶋の前蹴りが、ダンボールダンジョンの外壁を貫いた。「あーらら、脆いねえ。これがホンモノのダンジョンなら、壁をぶち抜いてゴールまで一直線だよ。本当にそうだったら楽チンでいいねえ」
鬼嶋がケタケタと笑う。「何してくれてんだ、コラ」
そしてわたしの手は、鬼嶋の襟首を掴んでいた。 それはほとんど無意識の行動だった。「何すんだコラ? オレは先輩だぞ!」
「頭が高いと申し訳ないんでねえ。先輩の頭の方を高くさせていただこうと思って」両手に力を込め、鬼嶋を持ち上げる。
宙に浮いた足がバタバタと暴れる。 何度も蹴られるが、文字通り地に足がついていないのでまるで効きはしない。「や、やめろっ! 離せっ! コラッ!」
「はいはい、仰せのとおりに」ぱっと手を離すと、鬼嶋はようやく地についた足でたたらを踏んだ。
尻餅をつかなかったのは大したものだと褒めてやろう。「げほっげほっ……、生意気な野郎だな! こんなダンジョンもどきにムキになりやがって!」
「もどきなもんか! キリ先輩が手塩にかけて作ったんだ。本物のダンジョンにだって負けない出来だよ」本物ダンジョンなんてこれっぽっちも知らないが、こうなれば売り言葉に買い言葉だ。
頭にくると考える前に手も口も動く。わたしはそういう人間なのである。「へえ、これが本物のダンジョンにも負けないとはねえ」
鬼嶋は馬鹿にしたようににやりと嗤った。
「じゃあ、練習とやらの成果を見てやるよ。本物のダンジョンでオレと勝負だ」
「ええ、受けて立ちますよ」 「ただ鬼嶋のこめかみに一瞬血管が浮く。
だが、それはすぐに獰猛な笑みにかき消され、唇からのぞいた八重歯が牙のように光った。取っ組み合い、である。 素手と素手との対決になったのだからわたしが優位かと思いきや、泥仕合に突入している。ブランは狙っているのか無意識なのか、間合いを詰めて掴みかかり、頭突きをメインに叩き込んでくる。 技を使って崩すなり引き剥がすなり試みてはいるのだが、純然たるパワーで撥ねつけられるのだ。圧倒的なパワーは多少の技量差など踏み倒せるという、武の身も蓋もない本質を突きつけられているような気分だ。 見様見真似の生兵法で挑んできてくれれば対応もしやすかったのだが、なりふり構わず子どものように飛びかかられてしまってはいかんともしがたい。 とはいえ。 ラフファイトならこっちだって本領である。頭突きに対しては逆に頭をねじ込んで額で顔面を受け止め、隙を見てはショートフックや肘打ちをボディにこつこつ打ち込む。腰が入らないから大した威力は出せないが、嫌がらせにはなるだろう。ボディに注意が下がったら絞め技を狙いたいところだが、半端な体勢ではパワーで引っ剥がされるだけだろう。あまり期待はしないでおく。 まあ、スタンドでの取っ組み合いになった時点で作戦の半分は達成できているのだが。 あとはその時が来るまで耐えるのみ。いや、本音はさっきのバックドロップで仕留めたかったけどさ。まだまだダメ押しが必要なようだ。「歯ァ食いしばれッ!!」 鬼嶋の絶叫。瞬間、わたしは歯を食いしばって身を固める。「ブランッ! 気をつけろ!」「Quoiッ!?」 剣城さんの絶叫。衝撃。ブランの悲鳴。 わたしはブランを掴んだまま空中にはね飛ばされる。「決めろよッ!」 くるくる回る視界の下、走りすぎていくのは一台のネイキッドバイク。 ブランの死角から、鬼嶋がアクセル全開で体当たりを仕掛けたのだ。「もちろん、これで決めさせてもらうよ!」「ッ!?」 突然の事態に混乱するブランを空中で拘束する。 腕の上から抱きしめるように両腕をロック。 足を絡めるついでに跳ね上げ、逆立ち状態に。 頭を顎の下にねじ込み、首を丸められないよう固定。「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」 ずん、と重い衝撃が頭頂から足先へと上っていく。 拘束を解いて離れると、石畳に頭を突き刺したブランが白目をむいて泡を吹いていた。これならトドメは必要あるまい。見立ては正しく、ブランの体は徐々に光の粒子となって|
わたしとブランの戦いは、正々堂々足を止めての正面からの打ち合い……とはならなかった。 ブランの攻撃は一発でも直撃をもらえばリタイア確定の大威力だ。そのため、素早く間合いを出し入れしながら。ロングレンジの打撃を差し込んでいくアウトボクシングスタイルが自然と最適解となる。「Mmmm……ちょこまかとずるいデス!」「ずるくないです~。これが戦術ってやつです~」 追いすがる巨大ハンマーをかいくぐりながらの戦い。ブランはだいぶ焦れているようだが、それに応えてやる義理などない。 だが、精神面での苛立ちとは裏腹に、体力の方はまだまだ余裕がありそうだ。ちくちく打撃を入れてはいるものの、全身金属鎧で固めているのだからそうそう有効打になどならない。捨身飼虎を封じるためだろう。基本的には前に出続け、溜めを作れる隙は与えない立ち回りだ。 ブランが警戒すればいいのは、捨身飼虎による豪打とオープンヘルムで剥き出しの顔面のみ。細かな被弾は気にせず、こちらを叩き潰すべくじわじわ進んでくる様子はさながら重戦車だ。身体は豆タンクだが、秘めたパワーは陸上戦艦級である。「いままでと一緒じゃないデスか! これでラストセットなんデスよ!」 ブランのギアがさらに上がる。 ハンマーの生み出す風圧が勢いを増す。 もはや体力を残す必要はない。 出し惜しみせず一気に潰す算段だろう。 ブランの言うとおり、このセットも含めてわたしはずっと一撃離脱に徹してきた。これがボクシングだったなら、クリーンヒットの数でわたしが判定勝ちを収めるだろう。しかし、これはボクシングではない。このまま試合が終わったら、終始押されっぱなしだったわたしの負けだと誰もが思う。なにより、わたし自身がそう考えてしまう。 だから。「うおおおおおおおッ!!」 気合一発。横薙ぎのハンマーをスウェーでかわした直後、身体を思いっきり前傾させて振り下ろし気味のロシアンフックを右拳で放つ。さながら野球のオーバースローのような打撃。顔面に直撃すれば、さしものブランも堪えるだろう。 だが。 右拳に固い手応え。ごうんと鈍い金属音が轟く。兜で受けられたのだ。「Huhumph、このくらいでは通りマセンよ!」 知ってる。 この程度のカウンターが通じるのならとっくにわたしが勝っている。 前傾させた身体をそのま
もっとも体力消耗が激しいスポーツは何か。 これについては諸説あると思われるが、格闘技全般が上位に当てはまることを否定する人はいないと思う。例えばボクシングなら1ラウンド3分で1分のインターバルを挟む。MMAなら5分3ラウンドか5ラウンドが標準的だ。極端な例を挙げると大相撲では10秒前後で決着が着くが、試合後の力士は消耗しきって全身汗まみれである。 ダンジョン道においてもそのあたりの事情は近い。 1セット10分間を延々殴り合っていることなどそうそうないが、ありえないことではない。双方が開幕からの強襲を行い、決着しなければ10分間延々殴り合いを続けるという、他競技ではなかなか見られないタフな勝負が繰り広げられるのだ。消耗するのはプラーナなので、現実の格闘技とはちょっと事情が違うところもあるのだけれど。 第一セット:【0-0】 というわけで、引き分けとなった第一セットではその10分間の殴り合いが発生した。「はあ、はあ……さ、さすがにキツイっすね」「な、なんだ。もうへばったのかよ?」「いいから喋ってないで回復に努めて」 肩で息をするわたしと鬼嶋に、キリ先輩が特濃のスポーツドリンクをくれる。いつものお手製スポドリにたっぷりのハチミツを加えたスペシャルバージョンである。とろみを帯びた冷たい液体が熱くなった身体を冷やし、糖分が全身に染み渡っていく。「向こうも交代はないみたいだね」 聖マグダレナの方でも、ブランと剣城さんが初里さんから受け取ったドリンクを飲んで呼吸を整えている。定員の3名ぴったりで戦っているうちとは違い、あちらは選手層も厚く、控え含め6名のフルメンバーが登録されている。「つっても、準決からは交代がねーから通常運転って感じだけどな」「そうだね。どうやらそれがマグダレナの本気ってことみたい」「へへっ、去年とは大違いだな。光栄なこって」 二人の言うとおり、聖マグダレナは緒戦こそ頻繁に選手交代をしていたものの、準決勝では剣城さん、ブラン、初里さんから交代していない。いつか剣城さんが口にしていたことだが、聖マグダレナは余裕があるうちは頻繁な交代で多くの選手に経験を積ませる方針で、去年の冬大会での対戦では剣城さんが早々に引っ込んだそうだ。 それがいまや交代の気配なし。 つまり、桜吹雪高校が「油断できない好敵手」として認められたとい
切光桐子は試合開始の直後に走った。 狙いは聖マグダレナの後衛、初里麻凛である。 剣城、ブランによるブロックは入らない。二人ともそれぞれ鬼嶋、朱莉の相手に集中している。 では初里はどうか。 彼女は紫の長衣を翻し、通路の一本に向けて駆けていた。前衛二人で強襲をかけてのスカウト単騎による宝箱探索。財宝争奪戦における定跡のひとつである。(なるほど、序盤の作戦はボクらとほぼ同じか) 桐子は初里の背中を追って走りながら思う。 強襲とスカウト単騎の組み合わせと、三人での強襲にじつは本質的な差異はない。どちらも正面からの力攻めを意味する。そして一人が宝箱探索に入ったならば、それを誰も追わないという選択肢はほぼない。スカウトを数分放置すれば、それだけでセットを取られてしまうからだ。 初里の進行スピードは速い。 トラップは確実に見切り、避けられない徘徊モンスターとの戦闘も手早く片付けている。使う得物は短剣。事前の偵察でわかっていたことだが、桐子と近いスタイルだ。 いくら速いと言っても、さすがに振り切られるほどではない。 桐子もまた探索を本職とするスカウトなのだ。一度誰かが通った通路など、舗装された遊歩道を散歩するようものだ。警戒すべきは先行する初里が仕掛けるトラップだが、今のところそんな素振りは見られない。トラップには基本的に消耗品である胚珠を使用する。プラーナポイントの圧迫を嫌って、トラップ用の装備をそもそも用意しない者も多い。 追いつけそうなタイミングは幾度かあったが、無理には仕掛けない。この場面で気をつけるべきは初里に一方的に解錠を許してしまう展開だ。後衛とはいえ初里は聖マグダレナのレギュラーの一角。正面戦闘で簡単に落とせるような相手ではない。 付かず離れずの追跡行の結果、宝箱が設置された広間に出た。 初里は宝箱の前に佇み、振り返る。 桐子も十分な間合いを置いて足を止めた。「これで膠着、ですね。どうします? 私たちも一騎打ちに興じますか?」 初里がフードの奥から声をかけてくる。その表情は陰に隠れて見えない。「やめておきますよ。それより、解錠はしないんです? せっかく先着したのにもったいないです
剣城勇奈は内心で舌を巻いていた。 鬼嶋虹心の実力に、である。「おらおらおらおらッ! そんな腰が引けてちゃ当たるもんも当たらねえぜッ!!」「……ッ!!」 すれ違いざまに打ち掛かる木刀をハルバードの柄で受け、その衝撃を逆用して穂を振るうのだが紙一重の差でかわされる。生き物のように動くバイクは徒歩と違って挙動の起こりがない。アクセルやクラッチレバーを操作する手を見ようにも、風防で視線が遮られる。(江ノ島のときはあんなパーツはなかったはずだよね) いつか祇園精舎ダンジョンで共闘したときのことを思い返す。あのとき、鬼嶋のネイキッドバイクは無骨そのもので、余計な装飾やパーツは一切ついていないように見えた。ダンジョンで空気抵抗や寒さが問題になることはほぼあるまい。風防はバイクの操作を隠すために新たに取り付けたパーツだろう。 いや、違う。 桜吹雪高校の準決勝の試合映像では、風防などついていなかった。この決勝になって初めて取り付けたパーツなのだ。 つまり、(私向けの対策を用意してくれてたってことだね!) 高速で繰り返される一撃離脱を、反射神経のみで捌き続ける。 石突きを跳ね上げ、穂先を突き出し、斧で切りつけ、鈎で引っ掛けようとする。 空振り、空振り、空振り、空振り。 紙一重。間一髪。毫末の差。 ほんの僅かにかすめた攻撃が、金髪を、特攻服の端切れを散らす。 あるいは皮一枚なら届いているのかもしれない。 しかし、鬼嶋は臆することなくバイクと共に突っ込んでくる。 剣城家の流派――剣心一刀流は後の先を以って奥義とする。 居合の術理を応用した斧槍捌きは、迎え撃つと言うよりも当たるべく場所に「置きにいく」という感覚が近い。その読みが、直感が、ほんのわずかな差でずらされ続けている。(すごい成長速度だ……!) 剣城の口元が、無意識に歪められていた。 悔しさではない。嫉妬でもない。それは愉悦。あるいは昂り。 この瞬間、剣城勇奈は鬼嶋虹心との戦いに、確かに胸を躍らせていた。(とはいえ) 感心してばかりではいられない。 練習試合であったなら、全力を引き出して堪能することも許されただろう。それは軽視でも侮辱でもない。剣城自身の研鑽に
なんつう圧力だ。 津波は膝までの高さでも、何かにしがみつかなければ立っていられないという。 ならば、目の前のこれはなんだ。 見上げるような大波が押し寄せているような、抗いようのないすさまじい圧力を感じる。「OuaaarrrrrrRAAAAAAHHHHHH!!」 気勢と共に振るわれる巨大ハンマーは、颶風をまとい縦横無尽に大気を引きちぎる。勢い余った打撃が石畳を砕き、破片を撒き散らす。気を抜けば風圧だけで体勢を崩しそうだ。かといって、大きく避ければ隙を生む。ぎりぎりを見極めてかわし、かわし、かわし――そして打つ!「Aïeッ!?」 下げた肘を支点に鞭のごとく腕をしならせて放つフリッカージャブ。その先端がブランの顔面に突き刺さる。だが、仰け反りはしない。微動だにしない。まるで地中深く打ち込んだ杭を叩いたような感触。なんちゅう首の強さをしてるんだ。垂れた鼻血はわずかな光の粒子に変わり、ダメージの痕跡は一瞬で消えて失くなる。「これくらい、へっちゃらデスよッ!!」 だが大波は止まらない。かするだけでも骨を持っていかれそうな致命の一撃が、横薙ぎに、袈裟懸けに、逆袈裟に、唐竹に、振り上げに、ありとあらゆる角度から押し寄せる。荒波に翻弄される木の葉のように、左に流れ、右に流れ、身を屈め、とんぼを切ってかわしきる。残機は1。当たれば終わりのオワタ式弾幕ゲーム。狭まりそうになる視界を無理やり広げ、無心になってかわす、かわす、かわす。「スタミナ切れを狙っても無駄デスよッ!」「そんなせこい作戦、最初から狙ってないってさッ!!」 左逆袈裟を倒れ込むようにくぐり抜け、地面についた右を軸にコンパスのように回転。地をなぞるようなローキックをふくらはぎの裏から叩き込む。カポエイラの蹴り技のひとつ、ハステイラだ。すね当てとすね当てがぶつかる金属音。大樹の根本を蹴ったかのような感触。身を捻って地面を転がり、降り注ぐ鉄槌をかわす。轟音と共にダンジョンが揺れる。天井から砂埃が舞い落ちる。「ったく、馬鹿みたいに体幹が強くなってない?」「Oui, bien sûr! アテクシも毎日鍛えてマス! 成長するのはアカリさんたちの特権じゃありマセン!」 ま、そりゃそうだよね。っていうか知ってた。 パラリンピック強化選手にしてインフルエンサーで