いのち短し潜れよ乙女~ダンジョン道は乙女のたしなみ~ のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

70 チャプター

第1話

 いのち短し潜れよ乙女 たかぶる血潮 さめぬ間に                       ――与謝野晶子 与謝野晶子がダンジョン道を創設して100年あまりの時が過ぎた。 オリンピック正式競技にも採用されたダンジョン道は、女子スポーツの花形としてますます隆盛を極めていた。 * * * それは葉桜の緑も初々しい4月半ばの出来事だった。 わたし――火ノ坂朱莉は、私立桜吹雪高等学校の校舎裏に立っていた。 周囲の地面には、苦痛に呻く男子高校生が五人ばかり倒れている。 一見したところ、いずれも不良あるいはヤンキーと呼ばれる人種。 白目をむいたり泡を吹いたりしているが、手加減はしたので命に別状はないはずである。 よしんば何かあったとしても、不良に人権はないので問題は生じない。 そして、呆然と立ち尽くすひとりの男子高校生がいる。 こちらは不良でもヤンキーでもない。 線の細い長身。顎のラインがしゅっとしている。 眼鏡に透ける切れ長の瞳は、常ならば穏やかな知的輝きを湛えている―― ――のだが、いまはなぜか瞳孔が小刻みに震え、視線が定まらない。なんで生まれたての子鹿みたいになってるんですかね? そんな疑問はさておき。 わたしは血に濡れた両手を胸の前でもじもじと絡み合わせながら、ほっぺたを上気させ、しなやかな柳腰を軽くくねらせて、精一杯の上目遣いに振り絞った勇気をのせて、言った。言ったのだ。「す、好きです! 入学したときから好きでした! 付き合ってください!!」「ひっ、ひぃっ、たっ、助けて!」 男子高校生は悲鳴を上げて逃げ出した―― これが、わたしの身にたったいま起きた出来事である。 なんという理不尽。吊り橋効果とは嘘だったのか、危機的な状況に置かれた男女は高鳴る鼓動を恋と勘違いするのではなかったのか。 入学時から「いいな……」と想っていた男の子が、不良に絡まれているのを助けたのである。最初は陰から見守っていたのだが、不良が男の子の襟首を掴んだところでぷっちんキレてしまった。 手刀で襟を掴んだ手を落とし、返す弧拳で顎をかち上げ、次のひとりは回し蹴り。回転の余勢を活かして次に肘打ち。うろたえて一歩下がった次の前足を払って踏みつけ、最後のひとりは山突きで顔面と
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第2話

「入ります! 入ります! で、入部届はどこですか!? あっ、部室……ですよ……ね…………」 勢い込んで入部の意思を示したものの、喉から発する声は尻すぼみになった。 だって……目の前に……バリケードがそびえているのですもの。 それは赤鬼を食い止めるためのものであり、紛れもなくわたしへの対抗策なのだ。「大丈夫……って言っていのかはわからないけど。ついて来て」 はきはきと歩く少女を追って、部室棟を出る。 歩きながら、あ、自己紹介もまだだったと名前を名乗る。「わたし、1年の火ノ坂朱莉です」 少女が立ち止まって振り返り、えくぼも眩しく微笑んだ。「ボクは2年の切光桐子。桐箪笥とかの桐だから、キリとか、キリキリとか呼ばれてるよ」「えっと、キリ……先輩」 さすがに呼び捨てでいいってわけじゃないだろう。 あわてて「先輩」をつけ加える。「それで、どこ向かってるんです?」「すぐ着くよ」 部室棟を出て体育館をぐるっと周り、着いたのは体育館裏。 日当たりの悪い地面は軽く湿気を含んで少し濃い。塀に沿った花壇には、半陰性のミヤコワスレやセイヨウオダマキが色とりどりの花を咲かせ、ほのかに甘い香りを漂わせていた。 その一角に、異物があった。 巨大なダンボールハウスである。 一辺が5メートルほどもあろうか。ほぼ立方体のそれには正面に二つの切り抜きがあり、どうやら出入り口のようだった。「えっとね、ダンジョン部はいまはここで練習してて……」 キリ先輩が目を伏せて言った。「ごめん、やっぱ入部の件はなしで。こんなので練習なんかしたくないよね」「別に気にしないですけど」「そうだよね。急に声かけてごめん……えっ?」「むしろ秘密基地みたいでアガるまであります」「えっ?」 ダンボールハウスなら埼玉時代に何度か作ったことがある。 不良どもの襲撃が激しくなったときに、実家から離れる必要があったのだ。 家族の身の安全を考えて……ではなく、襲撃する不良どもの安全のためだ。 うちのじいちゃんが襲撃されたら、嬉々として正当防衛をするだろう。 そして事故に見せかけて……やめようやめよう。怖いことを考えるのは。 結果として実家に襲撃はなく、無益な殺生も起こらなかったのだから万々歳だ。「わたしの経験から
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第3話

 バリケードを撤去してやっと入り込んだダンジョン部の部室は、もうもうと白い煙に満たされていた。 ざっと7~8人、見るからに不良って感じの男女がドアを開けた瞬間からこちらを睨みつけてくる。他校の制服や私服も混ざっており、暇を持て余した近所のヤンキーがたむろしているようだった。 なるほど、これで部室が使えなくなっていたのか……。 それはともかく、タバコ臭くてかなわない。 床に散乱する菓子の袋やペットボトルを蹴り飛ばしながらずんずん進み、窓を全開に開け放つ。換気しなくちゃやってられんわい。「てめえ、何してんだ! 煙が漏れたら先公にバレ……ぶべらっ!?」 食ってかかってきた不良の横っ面に張り手一発。窓の外に叩き出す。「てめえ、何しやがる!」「っそすぞクソアマぁ!」「てめえら、静かにしやがれ!」 立ち上がった不良どもが、鬼嶋の一喝で静かになった。「ここは禁煙だっつったろ」 ぎろりと睨むと、不良どもは慌てて手近な空き缶や中身の入ったペットボトルに吸いかけのタバコを捨てる。「オレの特攻服に臭いがついたらどうするつもりだ、バカヤローどもが」 ぶつくさ言いながら、鬼嶋は壁際にある白いシーツをかけた何かに手を掛け、ばさりと取り払った。 現れたのは姿見のような何か。 歪んでいるのか、鏡面には虹色の模様が浮かんで何を映しているのか判然としない。部室のドアを2枚並べて一回り広げたくらいの大きさで、何やら細かな意匠の刻まれた鈍色の金属素材で縁取られていた。「年季は入っちゃいるが、立派なイミテーションだ。勝負はこいつで文句はねえな?」「……いみてえしょん?」「ハア?」「えっ?」 いや、いきなり偽造品なんて言われても意味わからんでしょ。 何を当たり前のようにしゃべってやがるんだ。「ンなことすら知らねえド素人なのかよ……」鬼嶋は小声で吐き捨てつつ、「人工ダンジョンだよ、人工ダンジョン。まさか天然ダンジョンまで潜りに行くと思ったのか?」「そ、そんなわけないでしょ」 強がりを言った。 そもそも人工ダンジョンとか天然ダンジョンとか言われてもわからん。 だが、物知らずと思われるのも悔しいので見栄を張ったのだ。「ルールはボス先取でいいな? これがキーストーンだ」「うむ」「うむ?」 あ、
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第4話

「は、速すぎる……」 切光桐子は、知らず知らずに呟いていた。 その視線は人工迷宮門の鏡面に映る映像に釘付けだ。 映像は三つ。 火ノ坂朱莉、鬼嶋虹心の背後からドローンカメラが追っているような視点の映像で二つ。残りひとつは二人とボスの位置を光点で示したミニマップだ。「ったりめえだろ。鬼嶋さんナメんなよ。中学ン時は県体ベスト4なんだぜ。ほら、ボスまでもうちょっとじゃねえか」 不良の一人がさも当然といった風に言う。 ネイキッドバイクを駆る鬼嶋は、巧みに罠を避け、モンスターを翻弄し、熟練した技でなんなく探索を進めている。ルート選びにもロスはなく、ほとんど最短で、鬼嶋の現在位置を示す白い光点は、青い大きな光点で示されるボスの位置まで間近に迫っていた。 道順を知っていたわけではない。この人工ダンジョンは入場のたびにランダムで生成されるよう設定されている。これは紛れもなく、ダンジョン者としての鬼嶋の高い実力を表していた。だが――(違う。そっちじゃない) 桐子は口に出さず不良の言葉を否定した。 桐子の視線が注目していたのは、朱莉の位置を示す赤い光点だ。それは確かにボスの位置からまだまだ遠い。右手法などという子供じみた作戦を取っているのだから当然だ。効率は悪い。だが、進行速度そのものが異常に速いのだ。 中継映像では、今もまた赤髪の少女が天井から降った瓦礫を跳ね飛ばしながら突き進んでいる。跳ね飛ばした瓦礫は、行く手のモンスターに直撃し次々に頭部を砕いていく。そうする間も一切その足が緩むことはない。 視線をちらりと背後に向ける。 オフィスチェアに委ねられた火ノ坂朱莉の肉体は、まるで熟睡しているかのように落ち着いている。対照的に、隣の鬼嶋はぴくぴくと身体を動かしていた。 本当にダンジョンは初めてなのだろうか。ダンジョンに潜るのは精神体だが、肉体から完全に切り離されているわけではない。精神体が動揺すれば、その影響は少なからず――たとえばぴくぴくと震えるような動きで――現れるのだ。 つまり、肉体の反応を信じれば、火ノ坂朱莉は初めてのダンジョンで罠やモンスターと戦っているにもかかわらず、一切
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第5話

「ほわっ!?」 わたしはすっとんきょうな声を上げ、オフィスチェアの上で身を跳ねさせた。 例えるならそう、電車でうたたねして、びくっとして起きるあの感じである。 ボスらしい牛頭の化け物をぶっ飛ばしたあと、どこからともなくファンファーレが鳴り響き、視界が真っ白に染まった。そして次の瞬間には元の部室――という次第である。「ええっと、だいしょーり!! ってことでいいんだよね?」 妙に静まり返った部室の空気が気まずい。 不良たちが大人しいのはいいとして、キリ先輩までなんだか思い詰めたような表情でわたしをじっと見つめている。 基本的に全力で走ってぶん殴るということしかしていなかったので、ダンジョンをクリアしたという実感が湧いていないし、そもそもあの牛頭は本当にボスだったのだろうか? ひょっとしてわたしの勘違いで、倒しちゃったらゲームオーバーのキャラだったとか? そんなトラップに引っかかるなんてアホだなあ、これだから初心者は……って空気なのかこれはひょっとして!?「……っくしょう」 横から鬼嶋の声がした。 汗に濡れ、ほつれた金髪が幾筋か貼り付いた顔を苦々しく歪め、ふらふらと椅子から立ち上がる。 なんだ、腹でも痛いのか? 保健室連れてってやろうか?「オレの負けだよ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」 鬼島は床にどかっと腰を下ろすと、自分の負けを認めた。 よかったあ、わたしの勘違いじゃなく、ちゃんと勝ってたんだな、うんうん。 さて、どうしてくれようか……と考える。 敗者は勝者の言うことをなんでも聞くってことだったが、常識的に考えてあんまりえぐいことは言えないし、欲望に素直になればほしいのはお金だが、金銭を要求したら恐喝だし、こんな喧嘩で犯罪者になるのはさすがに嫌である。 ああでもないこうでもないと唸っていたら、キリ先輩と目が合った。 相変わらずこちらをじっと見つめていた。圧がすごい。 あっ、そうだ。こうしちゃったらどうだろう。「えっと、キリ先輩。勝者の権利ですけど、先輩に譲りますね」「えっ? ボク?」 キリ先輩の目が丸くなって、視線の圧からようやく解放される。 もともと他人の喧嘩を勝手に買ったようなものだからなあ。 賞品は本来の権利者に渡すのがスジというものだろう。「鬼嶋も文句ないよね?」「……好きにしやがれ」 ごねる
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第6話

 日曜日。「ダンジョンを始めるなら、ギアを揃えなくっちゃね」 というキリ先輩のお言葉により、奴隷1名も連れてお買い物に行くことになった。 ダンジョン用品の専門店は、市街からは少し外れた国道沿いにあった。 屋根から直角三角形が飛び出す不思議な形の店構え。朝10時、開店直後だと言うのに広々とした駐車場は7割方埋まっていて、ダンジョンという競技の人気をうかがわせる。わたしたちが自転車を停めた駐輪場にも先客が何台も並んでいた。「へえー、これがダンジョングッズのお店かあ」となんとはなしに呟くと、「グッズじゃなくて、ギアね。ダンジョンギア」 とキリ先輩に訂正される。 今日の先輩はオーバーオールにゆったりしたロンTのボーイッシュスタイルだ。Tシャツにデニムパンツという脳死コーデのわたしと違ってかわいらしい。わたしも高校生になったんだから、ファッションセンスも磨かなきゃなあ。「ハハッ、ぬいぐるみだのアクスタだのでも持ってダンジョンに潜るつもりかよ」 そして無駄に煽ってくるのが鬼嶋である。 服装は金糸の刺繍を背負った特攻服という正気を疑う時代錯誤だ。「怒根嬢」ってどこの方言だよ。こんなやつに常識を語られたくはない。「そうっすかー。ニコちゃん先輩みたいにかわいいグッズがあればよかったのになー」「バカッ! 下の名前で呼ぶなつったろうが!」「えっ、ニコちゃん先輩、どうしたんすか? ニコちゃん先輩はニコちゃん先輩っすよね? ニコちゃんにニコちゃんって言って何が悪いんですかー?」「こら、ニコちゃんもアカリちゃんも、ふたりとも喧嘩しないの」 鬼嶋虹子をからかっていたらキリ先輩に叱られてしまった。 嫌味ではなくファンシーでかわいい名前だと思うのだが、不良道を歩む鬼嶋はこの名前がお気に召さないらしい。なお、キリ先輩がニコちゃんと呼ぶのは奴隷の主人としての特権である。キリ先輩曰く、二人は幼馴染で昔からの呼び名を変えるのには違和感があるんだそうだ。「はーい、わかりました。……ちっ、鬼嶋のせいで怒られちゃったじゃん」 「このっ、呼び捨て……! はあ、もういいよ。そっちの方がマシだ」 二人してぷりぷりしながら自動ドアをくぐる。(キリ先輩はたぶん呆れ顔だろう) 今日はわたしのダンジョン用品――ギアを見繕ってもらいに来たのだ。 この前の試合では着の身着のま
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第7話

 ひとしきり地団駄を踏んだわたしは、キリ先輩の「とりあえず、靴から選ぼっか」という提案で靴売り場に移動した。「うーん、どんなのがいいんですかね?」 品揃えが思っていたよりもずっと多く、さっそくヘルプを求める。 街で履いても違和感がないおしゃれなスニーカーもあれば、足首まできっちり固める登山靴、ファンタジーアニメに出てきそうなブーツや鉄靴もある。ハイヒールや厚底サンダルは一体誰が買うんだ。ダンジョンに履いていったら足首をぐねりそう。「動きやすいのが基本なのは言うまでもないけど、とりあえず登山靴は除外かな。こういうのは山岳系のダンジョン専用だから」 山岳系ダンジョン! ほう、そんなのもあるのか。 動きやすい靴って言うと、スニーカー系がいいのかなあときょろきょろしてると、翼の飾りがついたブーツが目に入った。「空飛ぶブーツだって! こんなの履けば落とし穴もトラップもスルーできて無敵なんじゃないですか?」「うーん、便利は便利だけど、プラーナ制限を超えちゃうかな」「プラーナ制限?」「競技ダンジョンにはね、持ち込んでいいアイテムの量に制限があるんだよ。プラーナっていうのは精神力っていうか、生命力みたいなもので、ダンジョンギアはそれを消費して具現化するのね。プラーナ量には個人差があるんだけど、競技ではルールで上限が決まってる」 ほうほう、つまり重量制限みたいなことか。「で、アイテムごとに具現化に必要なプラーナ量が違うんだけど、エンチャント――特別な機能を持っていたり、性能が高いものほど多いんだ。ほら、このウイングブーツは90点もする。余分は10点しか残らなくなっちゃう」 なるほど、持ち込みアイテムは合計100点までに収めなきゃいけないのか。 空飛ぶ靴――ウイングブーツの正札には、「必要プラーナ量」という項目があり、そこにはキリ先輩の言う通り90点の記載があった。そして「おすすめポイント」として「レジャーにピッタリ! 空中散歩を楽しもう♪」と書かれていた。どうやら競技を意識した品ではないようだ。 ああでもないこうでもないと悩みつつ、相談しながら揃えた装備はこのとおりだ。・頭:鉢金つき鉢巻(10点)・胴:防刃性半袖ジャケット(30点)・腕:手甲、腕甲(15点)・足:スニーカー型安全靴、すね当て(15点) しめて70点である。まだ30点の余裕があ
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第8話

 シミュレーターの使い方はわかったので、次はわたしの番だ。 ブースに入場するが、いきなり半裸グリーン――改めゴブリンに殴りかかったりはしない。あくまで装備の調子を見るのが目的であるので、まずは飛んだり跳ねたり、ダッシュと急ブレーキを繰り返したりする。 それから呼吸を整えつつ、ゆっくりとした動作で型を確認する。これにはゴブリンがいて助かった。わたしはどうも、何もない空間に向って形稽古をすると集中が切れてしまうのだ。ブースの奥は一面に鏡が貼られているが、ああいうのもダメ。細かい部分に気が散ってしまって全体のバランスがわからなくなってしまうのだ。「おーい、ゴブリン相手に何を遊んでんだよ」  すると外野から野次である。発信元は言うまでもあるまい。 まあいい。だいたい具合はわかった。次は激しい動きでのチェックだ。 ふっと短く息を吐き、丹田に気を下ろす。下半身で練った力を背筋に伝え、肩、肘、拳と一気に流す。右の正拳を叩き込んだゴブリンの頭部が爆散。続く2体は裏拳と掌底で、最後の2体は蹴り技で仕留めた。 手足ともにいい感じだ。ほとんど動きの邪魔にはならず、拳足の威力は高まりつつも返ってくる衝撃は少ない。これなら怪我の心配も減るだろう。 防具についてはわからんけれど、こればっかりは本番で試すしかない。試用で耐久テストなんてするわけにはいかないからね。自分で小突いてみた感じではかなり丈夫そうではあるが。「……お、思ったよりはやるじゃねえか」 ブースから出ると、鬼嶋が頬をひくひくさせていた。 そういえば鬼嶋はわたしの戦いを牛頭――ミノタウロスへのワンパンしか見てないんだった。あれにしたって不意打ちみたいなものだし、まともに観察できたわけではないだろう。ふっふっふっ、要するにわたしの華麗な戦いぶりにド肝を抜かれてしまったわけだ。「Waouh! ニンジツ・ジャポーネ! アテクシ、はじめて見たですヨー!!」 そこへ、パチパチパチと情熱的な拍手とともに外国なまりの声がした。 声の主は、純白のワンピースに身を包んだ少女だった。腰まで伸びたプラチナブランドは鬼嶋の金髪と違って気品を感じさせ、ぱっちりした双眸はアクアマリンでも嵌めたように透き通っていて、現実感が乏しくなるほどに儚げで美しい。どこぞの妖精の国のお姫様と言われても信じてしまうレベルの美
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第9話

「こらこら、ブラン。他のお客様に迷惑をかけちゃいけないよ」 カーテシーを決めるブランの背後から、見知らぬ人間が声をかけてきた。 180センチくらいはあるのだろうか。 ハイネックのTシャツに襟付きのジャケットを羽織り、細身のスラックスに長い脚を包んでいる。 整った顔立ちは中性的で、骨格からすると女性かな? だとしても、女子からモテそうな王子様系の美形である。「すみません、お騒がせしました。これで失礼しますね」「ムムムッ! 剣城ぶちょー、アテクシは迷惑も失礼もしてナイですよ!」「ええっと、これは日本語のアヤでね」 ほっぺを膨らませるブランに、剣城と呼ばれた美形は苦笑いで白い歯を光らせる。 うーん、絵になるなあ。 どこぞのお姫様をエスコートする年上の王子様って感じだ。 ブチョーというのは部長のことかな? 部活の先輩後輩ってところだろうか。「よお、剣城。ひさびさだなァ……」 ほくほくと鑑賞していたら、鬼嶋がいきなり突っかかった。知り合いなんだろうか。「ひさびさ?」と剣城は形の良い眉を一瞬寄せて、「すまないが、ちょっと記憶にないな。申し訳ないけど、どこで会ったか教えてくれないか?」と申し訳なさそうに軽く頭を下げる。「記憶にねえ……だと?」 鬼島の頬が引きつり、眉間に深いしわが寄る。 復号したままの木刀を握る手に、ぎゅっと力がこもるのが見えた。 あっ、マズ――「これで思い出したかコラァァァアアア!!」 止める間もなく、鬼嶋が振り下ろした木刀が剣城に直撃し、その額を叩き割る。 やべー!? 傷害事件だよ!? 警察!? 救急!? 何番だっけ!?「どうやら私は殴られるに足る無礼をしてしまったのか。本当にすまなかったね。改めてお詫びするよ」 慌てるわたしとは裏腹に、剣城はその涼し気な表情を一切変えていなかった。 額に受けた木刀を糸くずのようにそっと払うと、先程よりも深く頭を下げる。 一体どういう手品なのか、割れたと思った額には打ち身の跡すら残っていない。「す、す、すみません! うちの部員がご迷惑をおかけして!」 そこへキリ先輩が割って入った。「部員? 君たちもダンジョン部なのかい?」「は、はい! 桜吹雪高校です。昨年の冬大会で対戦させていただいて……」「去年? 私も出場したのかな?」「ええ、前半だけ少し…
last update最終更新日 : 2026-07-13
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第10話

「それじゃ、レギュレーションは……」「『盗っ人と守護者』でどうですか?」 キリ先輩の言葉に、剣城は一瞬驚いたように目を丸くして、それから口元に微笑を浮かべた。「ははは、思った以上に油断できない相手のようだね。了解した。先手の守護者は私たちでいいかな? 2対3で盗っ人はさすがに厳しそうだ」「はい、わかりました」「それから、制限時間は10分だ。1セットで終わるかもしれないけれど、さっきも言った通り時間がなくてね」「もちろんです。胸を借りているのはこちらですので」 ルールのことはわからないが、2対3の変則マッチになったらしい。 なんか卑怯な感じもするけれども、言い出したのは相手なのだから気にしないことにしよう。2対2だと、どう考えても初心者のわたしがハブられそうだからなあ。 他校と――というか、ブランという女の子と戦えるせっかくのチャンスなのだ。これをわざわざ逃す手はなかった。ま、所詮は練習だし、堅いことは言いっこなしだ。 * * * 店に併設された試合用ダンジョンを起動すると、岩肌も荒々しい自然洞窟のような空間に瞬間移動していた。発光性の微生物でも棲んでいるのか、あるいはダンジョンならではの原理なのか、湿った岩肌はぼんやりと光って場末の町中華くらいの明るさがある。 広間の奥まったところでは、紡錘形の宝玉が台座に据えられている。 わたしとキリ先輩、そして鬼嶋は三人でそれを囲んで待機していた。 ギアを装着したキリ先輩は、つや消しのレザーのジャンプスーツで、あちこちに備えたベルトやポケットにナイフなどの小型武器をいくつも挿したスタイルだ。「えーっと、これを出口まで持っていけば勝ちなんでしたっけ?」 改めてルールを確認する。『盗っ人と守護者』は、ダンジョン最奥で奪った財宝を地上まで持ち帰る、という状況をモチーフとしているらしい。「勝ちっていうか、得点ね。えっと、ゴールの仕方で1点から3点に分かれてて……」「そんな細けえ話、どーせわかんねえよ、こいつは」 せっかくキリ先輩が詳しく説明してくれようとしたのに、鬼嶋に遮られてしまった。腹立たしいが、いまややこしい説明をされても理解が追いつかないのは確かなので口をつぐむ。 広間の反対で構えている剣城とブランの位置をちらちらと確認しながら、キリ先輩から指示された作戦を反芻していると、不意に宝玉の光
last update最終更新日 : 2026-07-13
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