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4-1【お嬢様付きのメイドさん】

Author: 蕪菁
last update Last Updated: 2025-12-23 15:50:50

 港での騒動から二日後。

 アデーレとの因縁を思い出したエスティラは、実に活き活きとしていた。

「お、お嬢様。そろそろ朝食に向かわれては……」

「ダメよ。そんなこと言ったって逃がさないんだから」

 天蓋付きのベッドや、白を基調とした二人掛けソファ。

 それに合わせたテーブルなどが置かれた、華やかな一室。

 ここはバルダート家別邸の三階にある、エスティラの寝室だ。

 エスティラはソファの真ん中に一人で腰かけ、掃除中のアデーレを眺めていた。

 当然暇だからとか、そういう理由で観察しているのではない。

 彼女はとにかく、アデーレの一挙手一投足に厳しく口を挟んでくるのだ。

「ほら、アンタの仕事は山ほどあるのよ。もっと手早く行いなさい」

 にやりと笑うエスティラ。

 本来このような掃除は、部屋の主がいないときに行うのがセオリーだ。

 なのにエスティラは頑なに部屋から出ようとせず、アデーレの監視に全力を費やしている。

 徹底的に躾けるという、港での宣言。

 あれは脅しなどではなく、有言実行のつもりで発言していたということだ。

「お嬢様。今後のご予定に差し支えますので、お戯れはほどほどにしてくださいませ」

 厳しい監視を受けるアデーレにも、助け舟は存在する。

 それは全女性使用人の上司、家政婦のアメリアだ。

 アメリアとは挨拶するくらいで、面と向かって話すことは滅多にない。

 しかし、彼女は侍女も兼任しているため、エスティラの傍に仕えるようになってからはよく顔を合わせるようになった。

 おかげで新人使用人であるアデーレも、すっかり顔を覚えられてしまった次第だ。

「遊びじゃないわよ、アメリア。あなたも出来るメイドが一人いたら助かるでしょ?」

「それは否定しません。ですが私から見て、現在のアデーレに口を挟む必要はそれほどないかと」

「もぉ。ほんっとアメリアは甘いんだからっ」

 語り合う二人の様子を、窓を拭きながら眺めるアデーレ。

 この二日で、アデーレには気付いたことがあった。

 アメリアと会話するときのエスティラは、どことなく子供のような笑顔を見せるのだ。

 貴族の育児というのは、乳母や経験豊富な使用人が行うという。

 きっと二人の関係は長く、実母よりもアメリアと共にいることの方が多かったのだろう。

「ま、あなたが言うなら仕方ないわね。アデーレ、行くわよ」

「えっ? いや、まだ掃除が……」

 てっきり二人は朝食に向かうものと思っていたアデーレが、目を丸くする。

「なんて顔してるのよ。掃除は他の子にやらせるから、アンタは付き添い。いいわね?」

 それは付き添いという名の奴隷なのだろうと、心の内で諦観ていかんするアデーレ。

 自身に向けられるエスティラの笑顔は、明らかにアメリアへのものとは違う。

 何が何でも逃がさないという強い意志を覚え、アデーレは決して表に出ることのない涙を飲む。

 主の命令には従う。それ以外の選択肢は存在しない。

 手にした布を籠に入れ、それを小脇に抱えるアデーレ。

 ソファから立ち上がるエスティラは、自分に忠実なアデーレの一挙手一投足を心から楽しんでいるようだった。

(……助けて、アンロックン)

 顔に無理矢理笑顔を張り付けながら、心の中で神様に助けを求める。

 だが神は、人に対し乗り越えられぬ試練を与えないものらしい。

 そういうわけだから、神とは人間が助けを求めたときに大抵手を差し伸べてくれないものなのだろうか。

 薄情者と心の中でつぶやき、アデーレは自分のポケットを恨めしそうに見つめる。

 案の定、中の錠前はうんともすんとも言わない。

「アデーレっ、ぼさっとしない!」

 神には見放され、主人はアデーレを追い立てる。

 魔獣を前にした時とは明らかに質の違うプレッシャーに押しつぶされそうになるアデーレ。

 こんな少女に気圧けおされるのは、変身も何もしていない生身の人間故だろうか。

 今この瞬間こそが、アデーレの人生における最大の試練なのかも知れない。

 神様と接触したことで、逆に信仰心を失いかけるアデーレなのであった。

          ◇

 一日の中でエスティラから解放されるのは、食事の時間と就寝時のみだ。

 今は昼食を済ませ、厨房の隣にある部屋でティーセットや軽食の準備をしていた。

 ここは貯蔵庫として使われている部屋だが、菓子類や保存食を作るための作業場を兼ねている。

「お疲れ様、アデーレ。新しい制服には慣れた?」

「メリナさん……これ、着ます?」

「あ、うん。ごめんね」

 隣に立つメリナが、慰めるようにアデーレの頭を撫でる。

 ワゴンの上には、これからエスティラに出される菓子類が置かれたスタンドがあった。

 ちなみにこれらを作るのがメリナの仕事。そしてここが彼女の仕事場である。

「まぁ、制服はいいものだとは思うんですけど……ね」

 自分の着る制服を、改めて眺める。

 新しい制服というのは、先日まで提供されていた一般使用人の物とは別のドレスだ。

 アデーレが正式?にエスティラ付きの使用人になってから、新たな制服が支給された。

 スカートに白いフリルが付き、エプロンドレスやキャップは各所にレースやリボンで飾られた、より華やかなものとなっている。

 メリナ曰く、これは主人に付き添う者や、執事のサポートとして来客に応対する者の為の制服。

 つまり、家にとってより重要な職務を行う者にのみ与えられるものになる。

 それを、新人であるアデーレが袖を通すことになったのだ。

 当然ながら使用人としては名誉なことである。

 これには彼女自身も驚きを隠せずにいたし、今でも違和感がぬぐえない。

 ちなみにベテランのメリナが着ているドレスも一般の使用人とは異なるものだが、それはお付きの者に与えられるものともまた違ったものだ。

「うんうん。それにほら、ちゃんと似合ってるし」

 着慣れない様子のアデーレを励ますように、メリナが背中をさすってくる。

 真剣に使用人としてキャリアを積みたい者にとって、これはあこがれの制服なのだろう。

 それでも四六時中、主の目の光るところで仕事をするのは遠慮したいはずだ。

 その為か、今のメリナのように急に出世したアデーレを労う者はいれど、妬む者はいなかった。

「私、いつか解放されるんですかね」

 アデーレがぽつりとつぶやく。

 そんな彼女に向けて、メリナは心から優しい笑みを浮かべて――。

「あー。とりあえず、その、ね」

 言葉を詰まらせながらも、アデーレを慰めるようにメリナが優しく言葉を続ける。

「……ごめんね、私の考えが甘かったせいで」

「ああ、謝らないでください。仕事がない私の為だってのは分かってますし、それに自分で決めたことですから」

「そうかもしれないけど、こうなることは予想しなきゃだったし」

 肩をすくめたメリナが、そっとアデーレの方へと肩を寄せる。

 そこから伝わる彼女のぬくもりに心地よさを覚えつつ、アデーレはメリナの方へと向き合う。

 そしてわずかにはにかみつつ、メリナはゆっくりと口を開く。

「……私も協力するから、頑張ろうか」

 二人のため息が部屋に響き渡る。

 火竜の巫女と、エスティラ付きの使用人。

 二つの責務がアデーレに重くのしかかる。

 それでも今は、ただ寄り添ってくれるメリナの優しさがアデーレの心に深く沁みるのだった。

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