LOGIN港での騒動から二日後。
アデーレとの因縁を思い出したエスティラは、実に活き活きとしていた。
「お、お嬢様。そろそろ朝食に向かわれては……」
「ダメよ。そんなこと言ったって逃がさないんだから」
天蓋付きのベッドや、白を基調とした二人掛けソファ。
それに合わせたテーブルなどが置かれた、華やかな一室。
ここはバルダート家別邸の三階にある、エスティラの寝室だ。
エスティラはソファの真ん中に一人で腰かけ、掃除中のアデーレを眺めていた。
当然暇だからとか、そういう理由で観察しているのではない。
彼女はとにかく、アデーレの一挙手一投足に厳しく口を挟んでくるのだ。
「ほら、アンタの仕事は山ほどあるのよ。もっと手早く行いなさい」
にやりと笑うエスティラ。
本来このような掃除は、部屋の主がいないときに行うのがセオリーだ。
なのにエスティラは頑なに部屋から出ようとせず、アデーレの監視に全力を費やしている。
徹底的に躾けるという、港での宣言。
あれは脅しなどではなく、有言実行のつもりで発言していたということだ。
「お嬢様。今後のご予定に差し支えますので、お戯れはほどほどにしてくださいませ」
厳しい監視を受けるアデーレにも、助け舟は存在する。
それは全女性使用人の上司、家政婦のアメリアだ。
アメリアとは挨拶するくらいで、面と向かって話すことは滅多にない。
しかし、彼女は侍女も兼任しているため、エスティラの傍に仕えるようになってからはよく顔を合わせるようになった。
おかげで新人使用人であるアデーレも、すっかり顔を覚えられてしまった次第だ。
「遊びじゃないわよ、アメリア。あなたも出来るメイドが一人いたら助かるでしょ?」
「それは否定しません。ですが私から見て、現在のアデーレに口を挟む必要はそれほどないかと」
「もぉ。ほんっとアメリアは甘いんだからっ」
語り合う二人の様子を、窓を拭きながら眺めるアデーレ。
この二日で、アデーレには気付いたことがあった。
アメリアと会話するときのエスティラは、どことなく子供のような笑顔を見せるのだ。
貴族の育児というのは、乳母や経験豊富な使用人が行うという。
きっと二人の関係は長く、実母よりもアメリアと共にいることの方が多かったのだろう。
「ま、あなたが言うなら仕方ないわね。アデーレ、行くわよ」
「えっ? いや、まだ掃除が……」
てっきり二人は朝食に向かうものと思っていたアデーレが、目を丸くする。
「なんて顔してるのよ。掃除は他の子にやらせるから、アンタは付き添い。いいわね?」
それは付き添いという名の奴隷なのだろうと、心の内で
自身に向けられるエスティラの笑顔は、明らかにアメリアへのものとは違う。
何が何でも逃がさないという強い意志を覚え、アデーレは決して表に出ることのない涙を飲む。
主の命令には従う。それ以外の選択肢は存在しない。
手にした布を籠に入れ、それを小脇に抱えるアデーレ。
ソファから立ち上がるエスティラは、自分に忠実なアデーレの一挙手一投足を心から楽しんでいるようだった。
(……助けて、アンロックン)
顔に無理矢理笑顔を張り付けながら、心の中で神様に助けを求める。
だが神は、人に対し乗り越えられぬ試練を与えないものらしい。
そういうわけだから、神とは人間が助けを求めたときに大抵手を差し伸べてくれないものなのだろうか。
薄情者と心の中でつぶやき、アデーレは自分のポケットを恨めしそうに見つめる。
案の定、中の錠前はうんともすんとも言わない。
「アデーレっ、ぼさっとしない!」
神には見放され、主人はアデーレを追い立てる。
魔獣を前にした時とは明らかに質の違うプレッシャーに押しつぶされそうになるアデーレ。
こんな少女に
今この瞬間こそが、アデーレの人生における最大の試練なのかも知れない。
神様と接触したことで、逆に信仰心を失いかけるアデーレなのであった。
◇
一日の中でエスティラから解放されるのは、食事の時間と就寝時のみだ。
今は昼食を済ませ、厨房の隣にある部屋でティーセットや軽食の準備をしていた。
ここは貯蔵庫として使われている部屋だが、菓子類や保存食を作るための作業場を兼ねている。
「お疲れ様、アデーレ。新しい制服には慣れた?」
「メリナさん……これ、着ます?」
「あ、うん。ごめんね」
隣に立つメリナが、慰めるようにアデーレの頭を撫でる。
ワゴンの上には、これからエスティラに出される菓子類が置かれたスタンドがあった。
ちなみにこれらを作るのがメリナの仕事。そしてここが彼女の仕事場である。
「まぁ、制服はいいものだとは思うんですけど……ね」
自分の着る制服を、改めて眺める。
新しい制服というのは、先日まで提供されていた一般使用人の物とは別のドレスだ。
アデーレが正式?にエスティラ付きの使用人になってから、新たな制服が支給された。
スカートに白いフリルが付き、エプロンドレスやキャップは各所にレースやリボンで飾られた、より華やかなものとなっている。
メリナ曰く、これは主人に付き添う者や、執事のサポートとして来客に応対する者の為の制服。
つまり、家にとってより重要な職務を行う者にのみ与えられるものになる。
それを、新人であるアデーレが袖を通すことになったのだ。
当然ながら使用人としては名誉なことである。
これには彼女自身も驚きを隠せずにいたし、今でも違和感がぬぐえない。
ちなみにベテランのメリナが着ているドレスも一般の使用人とは異なるものだが、それはお付きの者に与えられるものともまた違ったものだ。
「うんうん。それにほら、ちゃんと似合ってるし」
着慣れない様子のアデーレを励ますように、メリナが背中をさすってくる。
真剣に使用人としてキャリアを積みたい者にとって、これはあこがれの制服なのだろう。
それでも四六時中、主の目の光るところで仕事をするのは遠慮したいはずだ。
その為か、今のメリナのように急に出世したアデーレを労う者はいれど、妬む者はいなかった。
「私、いつか解放されるんですかね」
アデーレがぽつりとつぶやく。
そんな彼女に向けて、メリナは心から優しい笑みを浮かべて――。
「あー。とりあえず、その、ね」
言葉を詰まらせながらも、アデーレを慰めるようにメリナが優しく言葉を続ける。
「……ごめんね、私の考えが甘かったせいで」
「ああ、謝らないでください。仕事がない私の為だってのは分かってますし、それに自分で決めたことですから」
「そうかもしれないけど、こうなることは予想しなきゃだったし」
肩をすくめたメリナが、そっとアデーレの方へと肩を寄せる。
そこから伝わる彼女のぬくもりに心地よさを覚えつつ、アデーレはメリナの方へと向き合う。
そしてわずかにはにかみつつ、メリナはゆっくりと口を開く。
「……私も協力するから、頑張ろうか」
二人のため息が部屋に響き渡る。
火竜の巫女と、エスティラ付きの使用人。
二つの責務がアデーレに重くのしかかる。
それでも今は、ただ寄り添ってくれるメリナの優しさがアデーレの心に深く沁みるのだった。
エヴァと共に階段を下った先には、遺跡とも廃墟とも取れる建物群が建ち並んでいた。 岩を削って作られた大通りを挟むようにして、かつては店が並んでいたのだと想像を掻き立てる軒先が並ぶ。 元々屋根だったのだろう、朽ちた木片が所々に落ちているが、長い時を経てその原型はほぼ失われている。 灯火を頼りに、アデーレはエヴァと並んで地下都市を進む。 所々で作業員が話し合い、建物の中へと慎重に足を踏み入れる様子も見受けられる。「これで宝物とかあったら大変そうですね」 冗談交じりにエヴァがつぶやく。 だが真顔で言われると、アデーレにはそれがジョークなのかどうなのか判断に悩むところだ。 こういった場所での宝の奪い合いは、少なくともこの世界でも一般的な話らしい。 だが見る限り、外見からしてこの辺りは一般人の居住区であったことは明白だ。 こんな場所に宝物を守るためのトラップがあるとは、アデーレは一切考えていなかった。 こうなると、素人目で見ると遺跡と言ってもただの残骸だ。 決して面白いものではなく、退屈なものである。(気を緩めるわけにはいかないけど……) そう。あくまでアデーレがここにいるのは、人々を魔獣の被害から守るためだ。 万が一この場所を破壊しようと生物型の魔獣が現れた場合、安全と言える場所は多くない。 地下都市自体は広くとも、廃墟というのは意外に脆く、身を守るには不適当だ。 何より、出入口が先ほど降りてきた階段ただ一つである。 魔獣もまたそこから現れることを考えれば、今ここにいる人々は袋のネズミにならざるを得ない。 自らもそういった危機的状況に身を置いていることを考え、改めて胸を張り、気を引き締めるアデーレ。 軽く深呼吸をすると、古いほこりが舞う空気でむせ返りそうになる。 それを誤魔化すよう軽く咳払いし、念のためにと後ろを振り返り階段の安全を確認する。 そこでアデーレは、先ほど階段で起きた出来事を思い出す。「そういえば、階段降りてる最中の気配ってどう思います?」「作業員の方が気にしていたものですね。私は暗闇の中で感じた幻覚だと考えますが」 その問いに対し、エヴァの声は特段興味があるわけでもなさそうな様子だ。 アデーレ自身も気のせいだろうという気持ちが強く、何よりろくに食料もないこの場所で動き回るものがいるとは考えられなかった。
延々と地下へと続く長い階段を、人間の集団が降りていく。 ランタンの灯りは彼らの周辺しか照らすことができず、進む先には光の届かない暗闇が広がる。 先を見通すことができない彼らには、この階段が地の底まで続いているのではないかと不安を抱くことだろう。 ただ一人、異なる世界の前世を記憶するアデーレは違った。 踏み入れた地下遺跡の階段を一歩ずつ踏みしめる度、前世で見た洋画のワンシーンを思い出す。 どこかに感圧式のトラップスイッチがあり、踏み込んだ瞬間壁や天井から槍が飛び出すような。 そんなシチュエーションを思い浮かべつつ、彼女は足元を警戒しながら階段を下りていく。 とはいえアデーレは集団の中ほどを歩いているため、真っ先にトラップを踏むことになるのは最前列を進む作業員だ。 トラップは考えすぎかもしれないが、万が一の事故は起こり得る。 今この瞬間は、全員の無事を祈るばかりだ。「だいぶ進みましたね。十分ほど下っているでしょうか」「分からん。だが私はひしひしと感じているぞ。この先に偉大なる先人の造り上げた地下都市が存在すると」 何だその感覚は、と呆れつつ、エヴァとダニエレの会話に耳を傾けるアデーレ。 ほとんどの者が恐怖の表情を浮かべているというのに、随分と余裕があるようだ。 そんなことを考えていた次の瞬間、前を歩く作業員が突然その場で立ち止まる。 慌てて足を止めたアデーレだったが、間に合わず前の人の背中と接触してし
相談を受けたロベルトの手引きにより、アデーレはエスティラから数日の休みを与えられた。 外出制限がかかっていたこともあり、休養の許可は比較的簡単に取れたという。 これを好機と見たアデーレは実家に帰宅し、両親と軽く顔を合わせた後に目的地の発掘現場へと単身赴いたのだった。 アデーレの来訪を知ったダニエレは、特に何の警戒を見せることなく自身専用のテントへと彼女を招いた。「ほぉほぉ、個人的に興味があって現場を見てみたいと」「はい。故郷に関わる知識を学ぶことで、お嬢様の助力になると思いまして」 彫刻を施された柱で建てられたテントは、さながら絢爛たる高級ホテルの一室を思わせるものだった。 チェストや執務用の机と椅子、ソファやベッドは重量感のある木材が用いられ、地面には目が回るほどに細やかな模様の絨毯が敷かれている。 ちなみに内部は土足厳禁であり、ダニエレもテント内では靴を脱ぎ、執務用の机で報告書を読みながらアデーレを出迎えた。 本来ならば、ダニエレほどの貴族がアデーレのような一般人を自らのプライベート空間に招くようなことはしない。 それが常識なのだが、結局のところ予想通りダニエレは性欲の方を優先したと見ていいだろう。 その証拠に、先程からダニエレは書類に目を通す仕草をしているだけで、実際の目線はアデーレの体に向いているのが一目瞭然だ。 あのような接触を受けてもなお自らに接触してきたアデーレを、ダニエレはどう思うだろうか。 少なくとも、都合のいい女などと思われているとみて間違いないか。「まずは座りたまえよ。私が発掘状況について詳しく教えてあげるからね」 そう言ってダニエレが指差したのは、ソファではなくベッド。 卸したてのシーツが掛けられた天蓋付きのダブルベッドは、明らかに【そういう目的】を考えて置かれたものだろう。 覚悟をもってこの場に赴いたとはいえ、アデーレがダニエレに体を許そうなどという考えは微塵もない。 だがここで下手な抵抗を見せれば、作業現場に送られた島民や本島などから来た作業員を守ることができない。 さすがに戸惑い隠すことができず、愛嬌のつもりでアデーレは首をかしげる。 そんな彼女の様子が逆に扇情的に思えたのか、下劣な笑みを浮かべたダニエレが席を立つ。「緊張しているのかな? なぁに、私は紳士だからね、安心しなさい」 どの口で
悪意ある来訪を乗り越え、一応の解散を迎えた会合。 だがダニエレの言葉に対する懸念をぬぐい切ることはできず、アデーレは不安を抱えながら日々を過ごす。 そして、大きな動きもないまま五日の月日が経った頃……。 エスティラの使いで町に出ていたアデーレ。 用件を終え大通りを歩いていると、目の前に馴染み深い後ろ姿があることに気づく。 ちょうどその人物も背後を振り返り、互いに顔を合わせたところでアデーレに対し笑顔を見せる。 それは彼女の父、ヴェネリオだった。 実に二週間ぶりに顔を合わせたこともあってか、彼は嬉々とした様子でアデーレの方へ駆け寄る。「やあ、アデーレ。お嬢様の使いかい?」「うん。お父さんは買い物?」 「そうだよ」と言いながら、小脇に抱えた紙袋をアデーレに見せるヴェネリオ。 中には日用雑貨が入っており、母にお使いを頼まれたのだろうとアデーレは察する。「しかし元気そうでよかったよ。お嬢様も事件に巻き込まれたりと色々大変なんだろう?」「まあ、うん。あまり大きな声で言わないでね」「ああごめんごめん。でも正直父さん心配だよ」 ヴェネリオは子煩悩を絵に描いたような父親だ。 がっくりとうなだれるその様子からも、聞き知ったあらゆる噂話に胸を痛めてきたであろうことが伝わってくる。 たとえアデーレが一言大丈夫と告げたとしても、この不安を解消することはできないだろう。 だが、それでもヴェネリオは仕事を辞めるようアデーレに言いつけることはしなかった。 サウダーテ家の家計もあるし、彼女が今の仕事に対し真剣に向き合っていることを、言葉を交わさなくても理解しているからだろう。 とはいえ露骨に落ち込まれると、人々の往来がある中ではどうしても目立ってしまう。「お父さん、とりあえず顔上げて。ね?」 アデーレに慰められ、ようやく顔を上げるヴェネリオ。 まるでお預けを食らった子犬のような顔をした父親に対し、アデーレはただただ苦笑を返す。 それよりも、二週間ぶりになる親子の再会だ。 もっと場を和ませる明るい話題はないかと、アデーレは思案を巡らせる。 母のことや家のこと。畑の様子や友人の話題。いくらでも語り合うことができる。「そういえば、最近何か変わったこととかあった?」 アデーレに問われたヴェネリオが、首をかしげながら考え込む。 うんうんとしばらく
「ほほ、随分と微笑ましいことですなぁ」 前触れもなく向けられた言葉を聞き、立ち上がったエスティラが声の主の方を見る。 彼女の動きに合わせ、アデーレを含めた周囲の人々もそちらを振り向いた。 そこに立っていたのは、従者を従えて微笑みを浮かべるダニエレだった。 突如現れた見知らぬ老人を目の当たりにし、少女は再び母親の後ろに隠れてしまう。 対するエスティラは、気品あるお辞儀で彼を迎える。「ごきげんよう、ダニエレ教授。本日は突然どのようなご用件で?」「はは。少々急ぎの用事がありましてなぁ。門前の者に無理を言って通してもらったよ」 『突然』と付け加えたのは、エスティラなりの嫌味だろう。 なぜなら今回の会合にダニエレは招かれていない。 外部の人間かつ上流階級がこの場に現れれば、この場に集まっている者全員が委縮してしまい彼女の目的が意味を成さない。 しかしダニエレがそのようなことを気にする人物でないことくらい、アデーレでも察しがついている。 更に言えば、このような現れ方をしたのもダニエレなりの嫌がらせという可能性がある。 どちらにせよ、この場において彼はお呼びでない相手だ。 それでもこうして屋敷に入ってこれたのも、上流階級であり厚顔無恥な老人ゆえか。 こうなると、周囲の人々も彼に対しては怪訝そうに眉をひそめるばかりだ。「さてさて、どうやら島の有力者の方々が集まっているようで。これは逆に都合がいい」 周りの冷ややかな視線など気にすることなく、ダニエレは笑顔のまま辺りを見渡す。 それに反し、無表情を貫くエヴァを含む従者の面々とのギャップに、アデーレは背筋に冷たいものを感じてしまう。 考えが顔に出ると小言を言われるアデーレとしては、従者たちの態度は使用人として見習うべきところかもしれない。 しかしこんな無礼な男に仕えて、普通の人間なら反感を抱くものだ。 極めて優秀な使用人ならば、主人がこれほどまで礼儀を欠いた行為を見せようとも、嫌悪を抱かないものなのか。 これがプロフェッショナルというのならば、アデーレには一生辿り着けない境地だろう。「ふむ。我々に対し何か提案があるということですか?」「その通り。さすが若い者は話が早いねぇ」 ダニエレが先程エスティラと話していた若い跡取りに近寄り、彼の肩を軽く叩く。 そのまま跡取りの横を通り過ぎていく
手紙の一件から二日後。 久々の晴天に恵まれたこの日、屋敷前庭の一角に人だかりができていた。 その人だかりに囲まれるようにして、装飾の施された一本足が特徴の白い金属製丸テーブルがいくつか並べられている。 テーブルの上には、手に取って食べることのできる軽食が何品か用意されている。 前庭に集まった人々はこの島で有力者に位置する者やその家族。 他にも教会関係者が数名混じっており、全員が雑談に花を咲かせているところだった。「あーっ、アデーレ姉ちゃんだ!」「お姉ちゃんのお洋服、きれいだねーっ」 来客に飲み物を運ぶアデーレの周りで、小さな子供たちがせわしなく駆け回る。 島民同士が大体顔見知りであるロントゥーサ島において、アデーレは若い女性というだけで否応なく子供たちの注目を集めてしまうものだ。 しかし今は仕事の真っ最中。 基本的に雑談を許されない使用人という立場上、アデーレは子供たちに対し苦笑を向けることしかできなかった。 それでも構ってほしい子供たちは彼女の周囲を離れず、スカートに触れたり足元で飛び回ったりとやりたい放題だ。 当然このような状況では仕事も捗らない。 代わりに同僚がそつなく仕事をこなせていることを考えれば、子供たちの相手をすることがアデーレの仕事といえなくもない。 さて、このような状況下で苦言を呈することもあるエスティラだが、彼女は来客者との応対に勤しんでいる最中だった。「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」 彼女に頭を下げる優男。彼はこの島で海運業を営む家の跡取りだ。 アデーレにとっては二つ年上の顔見知りであり、若い者同士ということでそれなりの付き合いはある。 農家の娘と運送屋の息子。身分の違いはあれども狭い島。 立場による隔たりなど、ほとんど存在しないのが実情なのだ。 そんな友人も、今では跡取りとしての所作が身についているらしい。 幼少の頃よりも礼節をわきまえるようになった友人を、エスティラは温和な笑顔で応対する。「こちらこそ、本来は招かれた立場なのにこのような形になってしまって」「いえ、現状を鑑みればそれも致し方ないことです」 そう。この会合は先日の話題にあった、教会での集まりの代わりである。 本来は教会側がエスティラを招いて懇親会を開く予定だったのだが、魔獣の一件が災いしたことで予定は取り