LOGIN『画面の向こうの彼らに、夢を抱くほど憧れてしまった』 スーツアクターを夢見る佐伯 良太。 ある日良太は通り魔事件に巻き込まれてしまい、志半ばにして命を落とす。 だが彼は見知らぬ世界に暮らすアデーレという少女として、新たな命を与えられたのだった。 ここはロントゥーサ島。魔獣が現れる辺境の小島。 十六歳となったアデーレは、貴族に仕えるメイド、そして素性を隠し人々を守る『火竜の巫女』という二つの肩書を背負い、日々を懸命に生きていく。 それは、今も憧れを抱く特撮番組の主人公たちのような……そんな生活である。
View More結晶魔獣との決戦から数日後。 名目上の休暇を終え仕事に戻ったアデーレは、貯蔵室で待つメリナと落ち合っていた。 だが、勝者であるはずの二人の顔に笑顔はなく、揃って眉をひそめ向かい合う。「やっぱりアデーレの懸念通りだったよ」「そうでしたか……」 大きな戦いを終えた後とは思えないほどに、アデーレは憂鬱なため息を漏らす。「海の底も調べたみたいだけど、あの入り江に停泊してたダニエレ教授の船は見つからなかったって」 メリナの話に対し、アデーレは驚くわけでもなく静かに相槌を打つ。 人気の少ない入り江に停泊していた、ダニエレがこの島に来るために用いた大型帆船。 大学の所有物であるこの船が、件の戦いの後から行方不明になっているのだ。 エヴァが船を悪事に利用していたことは、既にメリナから説明を受けている。 それ故に、あの戦いの直後に見た沖の船に強い懸念を抱いていた。「アデーレは、船を盗んだのはダニエレ教授の助手だって考えてるんだよね」「はい……。その場合、出港の準備を配下の眷属に進ませていたってことになるけど、眷属だけで船を動かしてるってことなのかな?」「それは少し難しいかもね。ムトゥラの眷属は指示に対し忠実な分、自発的に動くことはまずあり得ないから」 傍らに浮かぶアンロックンの言葉を受け、表情を曇らせるアデーレ。 彼女が最も懸念していたことは、銀のムトゥラと化したエヴァ・アソニティスが生存していることだ。 アデーレはあの丘の頂上での戦いで、エヴァに対し致命傷といえる傷を負わせることができた。 それでも倒したという確信が持てず、その不安は小さなトゲのようにアデーレの心で残り続けていた。「つまり、銀のムトゥラは自らが戦いに赴くことで囮になって、その間眷属には船を出港させるための準備を進めていた……かもしれないわけか」 俯き気味のメリナが腕を組み、重苦しいため息をつく。 アデーレは言葉を返すことなく、静かにうなずきながら彼女の様子をうかがう。「万が一、船の奪取こそがムトゥラの目的だとしたら、今回の戦い自体僕らの目を船から遠ざけるためのものだったかもね」 すっかり反省した様子のプルトも会話に加わり、それぞれが魔女の力を得たエヴァの動向に思考を巡らせる。 島に危害を加えることが主目的でなかったという事実は、アデーレにとって衝撃的なものだ。 そ
夜の闇が辺りを包み、三日月のわずかな光が荒野を照らす。 丘の麓にはかつて結晶魔獣だったものの破片が散らばり、破壊の寸前まで追い詰められていた最後の防壁が静かに佇む。 その上に立つアデーレが、静寂に包まれた戦場を見下ろす。 動く者は何もなく、二人の戦士が全ての魔獣を撃破したことを物語っている。 彼女が軽くため息を漏らしたところで、地上で戦っていたメリナが防壁に飛び乗ってくる。「お疲れ様」「あ、はい。終わりましたね」 二人で並び、自分たちの成果を改めて確認する。 前方には戦いによって荒れた土地。 後方には無傷の港町。 暗い町から人気は消えているが、港の方に目をやると何隻もの船が明かりを灯し、沖に出ているのが確認できる。 島民全員が脱出できたというわけではないだろうが、しばらくすれば魔獣が倒されたことに気づいた人々が戻ることだろう。 彼女たちは、島の人々を守るという大切な使命をやり遂げた。 群体で攻め入った魔獣を全て倒すという困難な戦いを乗り越え、この島の平穏を取り戻したのだ。 そんな達成感を噛みしめつつ、アデーレが赤い髪をなびかせつつ、わずかに紅潮したメリナの顔を見る。 わずかに目を潤ませ遠くの海を眺めている彼女もまた、自らの戦いの成果を実感していることだろう。 アデーレがもう一度町へと視線を戻そうとしたその時。「ありがとう」 消え入りそうな声で、メリナがつぶやく。「私なんかを信じてくれて、本当に……」 静かな町を見つめたまま、彼女は再び涙をこぼす。 涙はすぐに氷の粒へと変わり、吹き付ける風に流され荒野の方へと消えていく。「お礼を言うのは私の方ですよ」「そんなこと……」 それ以上言葉は続かず、はにかみながらも静かに見つめ合う二人。 しかしこういったやり取りに慣れていないせいか、ほぼ同時に笑い出してしまう。 もう二人の間に険悪な気配は微塵もない。 互いを友と認め、味方と信じあえる仲間がそこにいた。「まあ、【私】はまだ許していませんけどね」 その時、フラムアルクスに変形したアンロックンが低めの声でつぶやく。 普段とは違う、私という一人称。 その上で一切の陽気さを感じさせない威圧的なその声色。 突然のことにアデーレが目を丸くし、顔を上げたメリナは肩を震わせる。 これは相棒であるアンロックンではなく、聖火の女
巨大結晶魔獣の体から、白い光があふれ出す。 体内からは破砕音が轟き、直後に白い閃光が胴体の反対側から突き出す。 体を射抜かれた魔獣は悶絶するように二本の触手を震わせると、結晶同士がこすれ、ぶつかり合う断末魔のような騒音が轟く。 直後に落下するメリナ目掛け触手を振り下ろすも、彼女の背中を支えるアイギスが旋回し巨大な触手を容易く回避する。 触手はそのまま小型の魔獣が集まる地面に叩きつけられ、多くの魔獣を巻き添えにしつつ巨大魔獣が地面に倒れる。 立ち上る土煙の中から、砕けた結晶の破片が周囲へと飛び散る。 やがて倒れた巨大魔獣の体から白い炎が噴き出し、内側から巨大な爆発を引き起こす。 岩や結晶、氷片……無数の破片が空中へと散乱し、それらは地上に落ちる前に霧散していく。 巨大魔獣の撃破を空中で見届けると、メリナは自らの右手に再びグラギデンドを生み出す。 その後眼下に残る魔獣の群れに視線を移すと、彼女の視線に呼応するようにアイギスが地上の向け急降下。 目の前に迫る結晶魔獣が前方へと突き出された穂先で貫かれ、直後にアイギスの翼による突進を受け真っ二つに砕ける。 その後再び上空へと舞い上がったアイギスが、足に掴んでいたメリナを魔獣の群れへと投げ込む。 慣性により前方に向け落下していくメリナは、そのまま地面を滑るようにして着地。 その間もグラギデンドを縦横無尽に振り回し、周囲に集まる魔獣をなぎ倒していく。「ここからッ!」 穂先を地面に突き立て、ブレーキをかけて強引に停止するメリナ。 その直後、氷壁の方から彼女の周囲目掛け、白い炎の矢が降り注ぐ。 矢は次から次へと魔獣を貫いていき、地面に突き刺さると同時に周囲の空気を凍り付かせながら爆散する。 メリナが氷壁の方を見上げると、フラムアルクスを構えたアデーレが壁の下に向け大量の矢を放っていた。「なんとも壮観だね」 文字通り、矢継ぎ早に放たれる炎の矢を前に、プルトがやや困惑した様子でつぶやく。 負傷により前線へ出られないと弱り果てていたアデーレだが、断続的に矢を放つその光景はそれに反する勇ましいものだ。「それがアデーレ……ヴェスティリアなんだよ」「ロントゥーサ島の守護者、か」 メリナの脳裏に、かつてアデーレに救われたときの記憶が蘇る。 自分を使用人として育て上げ、人並みの生活を与えてくれた
ひとしきり涙を流した後、目元をぬぐい立ち上がるメリナ。「ごめん……ありがとう、アデーレ」 普段とは違う、どこか刃のような鋭さもうかがわせるベルシビュラの姿。 だがアデーレに向けたその笑顔は、アデーレがよく知るメリナ・バラッツィのそれと変わらない優しいものだった。 そんな彼女に向けうなずき、満足げにほほ笑むアデーレ。 そしてもう一度、今度はメリナと共に迫り来る魔獣たちの方を睨む。 和解を果たした今、この目の前に迫る危機を共に乗り越えなければならないのだ。 落ちた槍をメリナが手に取り、続いてアデーレが突き立てていたフラムアルクスを引き抜く。 だが、その反動で彼女の体が揺れ、メリナの肩に寄りかかる形になる。 アデーレの表情はわずかにこわばり、それを目の当たりにしたメリナが眉をひそめる。「すみません。実はちょっと本調子じゃなくて」「本調子じゃないって……そっか、そうだよね。たくさん傷ついたんだから」 格好つけた手前、自らが弱っていることを誤魔化すようにアデーレが苦笑を浮かべる。 だが、それを必要以上なまでに深刻にとらえてしまったのだろうか。 寄りかかるアデーレの肩を抱き、その場に座らせるようメリナが促してくる。 しかし、アデーレはもう一度フラムアルクスを杖にしつつ、座ることを拒否。 弱っていることを隠しきることはできていないが、それでも全ての苦痛を強引に押し込める。 そんな彼女の強がりに、それでもメリナは手を差し伸べる。「無理しないで。ここは私に任せてくれていいから」「いえ、目の前のアレを倒すまで、休むわけにはいかないんで」 笑ってみせながらも、魔獣の群れへと視線を外さないアデーレ。 ここまでの激闘の末、ある程度の侵攻は抑えられていたが、もはや一部の個体は最後の防壁に到達している。 このまま巨大魔獣までもがこの場に辿り着けば、結晶魔獣たちが港町になだれ込むのを防ぐのは難しいだろう。 文字通りの正念場。アデーレの言う通り、戦士に休む暇はない。 それはメリナも分かっていることで、姿勢を立て直すアデーレの無理する姿を、彼女はただ黙って見守るのだった。 二人の眼下では、既に結晶魔獣が防壁に攻撃を仕掛けている。 それを確認したアデーレは、右腕の炎を燃え上がらせながらフラムアルクスを構える。「まずはあの巨大魔獣を倒しましょう。こ
多くの人によって育まれたアデーレの正義。 それは確かな力へと昇華され、悪意ある魔女を打倒さんと燃え上がる。 「世間知らずのクソガキめぇ!」 「そうやって見下すばかりが、お前の限界なんだッ!!」 イェキュブの魔法が、ドラゴンの黒炎が、間合いを詰めようと空を駆ける
魔獣の群れが倒された後、異様な静寂が中庭を包み込んでいた。 そんな中、ヴェスティリアの展開した結界の中にいるエスティラ。 気を失っているメリナの肩を抱きながら、彼女は破壊された屋敷の壁を静かに見つめていた。 元凶である魔女は今もなお屋根の上に鎮座しているが、今のところエスティラたちに手を出す気配はない。 ヴェスティリアの結界が、それほどまでに強力であることの証だろう。 瓦礫や魔獣の死体が邪魔となり、穴の先を見通すことはできない。 それでもエスティラはヴェスティリアの帰還を、そして人々の無事を信じて待ち続ける。「……おじょう、さま?」「っ! メリナッ!」 かすれるようなメリナ
二人の知るアメリアは、王党派と接触した魔女の悪意によって殺されていた。 少なくとも魔獣が現れ始めたこの島で、二人が本人と思って接してきたそれは皮を被った魔女だったのだ。 その事実はあまりにも残酷なもので、事実を突きつけられたエスティラの脚は今にも崩れ落ちそうなほどに震えていた。 それでも歯を食いしばるのは、魔女の前で涙は見せないとこらえているせいか。 だが気丈な姿を見せるエスティラに対し、イェキュブは力なき人間を前に鼻で笑う。「まぁ、いずれアンタにゃ話すつもりだったのさ。徹底的に絶望してもらわにゃ、私が困るんでねぇ」「ぜつ、ぼう……?」 イェキュブの言葉が理解できないといった
次の日の朝。 使用人室を訪れたアメリアの前に、アデーレとロベルトが並んで立つ。 アデーレはやや緊張した面持ちでアメリアの顔色をうかがうが、彼女の方は普段と変わらぬ鋭い表情を浮かべている。 対するロベルトは、アメリアとの付き合いも長いためか至って冷静な様子を見せていた。 「アデーレさんをあなたの補佐に、ですか」 「はい。現在は執事の補佐が不在