眠りにつこうと思ってもなかなか眠れない。
日本で兄のこと天才だと思っていたけれど、アランを見て兄は死ぬほど努力している凡人だと分かった。
私は兄が夜遅くまで勉強しているのを見てきた。
自分が中学受験で失敗し、全く失敗をしていない兄を天才だと決めつけただけだ。自分が失敗をしたことや、気遣われるのが嫌で自分から家族と距離をとった。
それを無関心だと決めつけた。私が父の病院を継がなければならないという期待を背負う兄の立場だったら、
それはそれで過干渉だと文句を言っていた気がする。たまに、勉強をさぼり漫画を読みたくて兄の部屋に忍び込みバスケ漫画を読んだ。
兄の部屋にはエロ本1冊も置いてなくて、その完璧さがより私を嫉妬させた。(エロ本があったらあったで軽蔑していた癖に⋯⋯)私の思春期ってかなり家族からしたら、迷惑だっただろう。
兄はあれだけの期待をかけられながら、まったく歪まずにすごい。元の世界に戻る手段が分からないけれど、たまらなく日本の家族に会いたくなった。
「寝ている場合じゃない!」
私は自分のやるべきことを思い出し、完徹してプレゼン資料を作成した。翌日、急いでアランの執務室に向かう、執務室の扉の前には、貴族たちが列を作っていた。
悪いが、列に並んでいる時間はない。
婚約者特権で横入りして、アランの執務室に入った。「アル! リース子爵領の件について提案があるから私の話を聞いて!」
アランに作成した資料を渡した。「びっくりした。目の下のクマすごいよ。髪もボサボサだけれど大丈夫?」
彼は私の姿に驚いたらしい。
いつも綺麗に着飾った令嬢しかみていないから仕方ないかもしれない。少しでも早くアランに提案したくて、身だしなみを整えようとするメイドたちを振り切ってきたのだ。
アーデン侯爵夫人が今の私を見たら卒倒するかもしれないが、日本の通勤電車に乗ればこれくらいクタクタな人はすぐ見られる。それに、私はエレナが6年の努力で作り上げた恋の蜃気楼の
今日は建国祭だ。昼は行事があって、夜は宴会があるらしい。各国から来賓もくるというが、エスパル国王こと三池には会えるだろうか。(国王自らは来ないか、でも、三池どうにか来てくれ!)いつも、苦手で避けていたのに彼を待っている自分が面白かった。「皇子軍は、今朝、出立しました」アランが手をあげて了解の合図をする。「え、どこに?」思わず、彼に聞いてしまった。「リース子爵領の暴動の制圧だよ」アランは私の提案をすぐに実行してくれたようだが、間に合わなかったようだ。「出立式はしないの?」自然と出て来た疑問を彼にぶつけた。「建国祭と重なってしまったからね。仕方ないよ」私たちがお祭りをしている間、ライオットは危険な場所に行かされるのだ、昨晩、突然、私を訪れたのは、本当に怖くて落ち着きたかったのかもしれない。結局、反乱だの、戦争だの起きると彼の軍が戦地に行かされる。その度に、彼はたくさん怖い目にあっているのだろう。彼が率いる皇子軍の強さは奇襲を受けた時に見たが桁違いだった。それだけ場数を踏んでいるということなのだろう。『赤い獅子』という異名も赤い髪と黄金の瞳を持つ野生的魅力のある彼らしいと感じていた。しかし、実情を知ってしまうと、皇家の飼う猛獣を揶揄した言葉に思える。私の立場で彼のためにできることは、戦争や反乱を少しでも減らして平穏な毎日を送らせることだ。(そのためにも、今日はエスパル王国との開戦を避けるために何かしないと⋯⋯)アランとのダンスを終えて、宴会場を見渡すとエスパル国王がいた。昼の式典の時は見当たらなくてハラハラしたけれどホッとした。日本にいた頃は三池が私を目で追って来たのに今は私が彼を探しているのだから不思議だ。「エスパル国王とはできるだけ接触をしない方がよい。前にもあんなことがあったんだから⋯⋯」アランに耳打ちされる。私は三池のことは彼には言わないという選
眠りにつこうと思ってもなかなか眠れない。日本で兄のこと天才だと思っていたけれど、アランを見て兄は死ぬほど努力している凡人だと分かった。私は兄が夜遅くまで勉強しているのを見てきた。自分が中学受験で失敗し、全く失敗をしていない兄を天才だと決めつけただけだ。自分が失敗をしたことや、気遣われるのが嫌で自分から家族と距離をとった。それを無関心だと決めつけた。私が父の病院を継がなければならないという期待を背負う兄の立場だったら、それはそれで過干渉だと文句を言っていた気がする。たまに、勉強をさぼり漫画を読みたくて兄の部屋に忍び込みバスケ漫画を読んだ。兄の部屋にはエロ本1冊も置いてなくて、その完璧さがより私を嫉妬させた。(エロ本があったらあったで軽蔑していた癖に⋯⋯)私の思春期ってかなり家族からしたら、迷惑だっただろう。兄はあれだけの期待をかけられながら、まったく歪まずにすごい。元の世界に戻る手段が分からないけれど、たまらなく日本の家族に会いたくなった。「寝ている場合じゃない!」私は自分のやるべきことを思い出し、完徹してプレゼン資料を作成した。翌日、急いでアランの執務室に向かう、執務室の扉の前には、貴族たちが列を作っていた。悪いが、列に並んでいる時間はない。婚約者特権で横入りして、アランの執務室に入った。「アル! リース子爵領の件について提案があるから私の話を聞いて!」アランに作成した資料を渡した。「びっくりした。目の下のクマすごいよ。髪もボサボサだけれど大丈夫?」彼は私の姿に驚いたらしい。いつも綺麗に着飾った令嬢しかみていないから仕方ないかもしれない。少しでも早くアランに提案したくて、身だしなみを整えようとするメイドたちを振り切ってきたのだ。アーデン侯爵夫人が今の私を見たら卒倒するかもしれないが、日本の通勤電車に乗ればこれくらいクタクタな人はすぐ見られる。それに、私はエレナが6年の努力で作り上げた恋の蜃気楼の
次の日から私はアランの執務室で彼の仕事を手伝うことになった。1番奥の大きな執務机にいる彼のところに来た貴族はもう8人目だ。私は執務机から離れた応接セットのソファーに座っていた。最初の貴族が来た時に席を譲ろうとしたが、必要ないと言われたのでそこに座っている。まだ、執務がはじまって15分だ。貴族が持ってくる提案やら何やらの問題点を、一瞥で見つけては鋭く指摘して突き返している。確かに、ソファーに座る必要はないわね。(どこが、凡人なのよ⋯⋯)昨日のアランの言葉を思い出しながら彼の仕事風景を眺めながら呟いた。「8人目もやり直しか⋯⋯」天才というものは、自分が天才ということに気がついてないのだろうか。確実に彼はスーパーコンピューターを搭載している。「リース子爵これは預かっておく。下がるように⋯⋯」リース子爵が下がるのを確認して、私がアランに近づこうと立ち上がると彼は一旦執務を中断することを扉の外の護衛騎士に伝えた。「やっと9人目にして!」私がそう言うと同時に彼はゴミ箱に書類を捨てた。私は驚きのあまりに固まってしまった。「アル、捨ててはまずいのでは?」その書類は承認したのではなかったのだろうか。「良いんだよ。そこに書かれている収支報告も全て虚偽だから。」私がパチクリしているのを見てアランが続けた。「レナ、周囲の人間はみんな詐欺師だと思った方が良いよ」「誰がそんなこと。」私が言葉を詰まらせると、彼が言った。「僕の最も尊敬する人、カルマン公爵だよ。僕の教育係だったんだ」なんて、恐ろしい教育をするの?それにカルマン公爵って皇帝に匹敵する権力を持つお方だ。(教育係ってもっと知性はあるけど下っ端貴族がするものなのではないの?)「公爵様が自らアランを教育したの?」カルマン公爵肝いりの皇太子ではないか。「そうだよ。公爵の有効な教育のお陰で半年後皇帝になっても問題ないんだ」
「皇后宮の侍女ですか?」アランの機転から皇宮に到着すると、すぐに豪華な部屋に通された。貴賓のような扱いを喜びつつ、明朝私を迎えに来たアランの言葉に私は固まってしまった。「婚姻の1年前くらいから花嫁修行として皇后の侍女になるのが通例なんだけれどね」未来のお姑さんのメイドをするということ?(花嫁修行というから、紅茶の入れ方とか刺繍くらいかと思っていたのに⋯⋯)しかも、アランのお母様ってアーデン侯爵夫人の姉だよ。あの人の姉のメイドって、地獄を抜けてもまた地獄じゃない。皇后宮に到着し客間に通された。皇后と思われる肖像画が飾ってある。日本にも社長が自分の商品に自分の顔を印刷したりがあるけれど、自己主張強いなと思っていた。まさか、アーデン侯爵夫人が天使に見えるくらい強いキャラだったらどうしよう。茶髪にアランそっくりのアメジストのような紫色の瞳。紫の瞳は皇室の血が濃い証って言っていたっけ、近親婚が行われているこの世界だとカルマン公爵令嬢だった皇后も家系図をたどると皇室の血がまじっているのかしら。(アーデン侯爵夫人はエレナと同じ赤い瞳をしていた気がするけれど⋯⋯)「ねえ、アル、アーデン侯爵夫人と皇后陛下は姉妹よね」「そうだよ、異母姉妹だけれどね」アーデン侯爵夫人の血筋への強烈なこだわりとライオットへの態度は自分のコンプレックスからくるものだったのね。「僕はエレナ一筋だよ」紫色の瞳を輝かせてアランが言った。一夫多妻制の帝国の皇太子だけれど、彼は側室を持つつもりがないようだ。「あらあら、もう少し遅れて来た方がよかったかしら?」振り返ると茶髪に紫色の瞳をした皇后陛下がいた。「皇后陛下にエレナ・アーデンがお目にかかります」突然の登場に驚いたが、彼女に向き直し丁寧に挨拶をした。「久しぶりねエレナ嬢、どうぞお座りになって」身構えていたのに優しそうな皇后陛下の笑みに私は気が抜けてしまった。「奇襲にあったそ
「エレナ早く来なさい」5日目の夕刻、監禁されてた部屋の扉が突然が開いた。歓喜を隠せない表情のアーデン侯爵夫人がそこにいた。自ら私を解放しに来た彼女に連れられ階段を降りる。「エレナ、全て僕が悪かった。許すか許さないかは君が決めて良い。だから話を聞いてほしい」ヨレヨレの礼服姿で、いかにも体調が悪く寝てなさそうなアランがいた。自分のことを「僕」と呼んでいるし、いつもより幼く見える。周りの使用人が顔を見合わせて驚いている。その反応を見るに、こんなことは初めてなのだろう。侯爵夫人は帝国の皇太子が自分の娘に頭を下げているのが、嬉しくてしょうがないのか表情管理もできていない。「アラン、部屋で話そう」私は彼の震える手を引いて自分の部屋へ連れていった。ニヤつく侯爵夫人が不快で仕方がなかった。人払いをして部屋の扉を閉める。「う、げぇえー」突然、アランが口元を手でおさえながら嘔吐した。「ごめん、今使用人を呼んで」彼が弱々しい声で私に言ってくる。「大丈夫だから、上着を脱いで私がなんとかするから」これ以上、彼に恥をかかせるわけにはいかない。こんなに早く侯爵邸に来るなんて、自分の日程を終えて、皇宮にも戻らず急いでここに来たんだ。明らかに寝てないし、口調もいつもと違う。こんな風に追い詰めたかったわけじゃないのに。「本当に僕が悪かった。僕やエレナのために君がどれだけ努力をしてくれたか」彼の上着をふいている私を涙で濡れた紫色の瞳が見つめる。「僕が君の立場だったら、きっとできないことを君はしてきてくれてたのに」大粒の涙が宝石のように、溢れ落ちて目がそらせなくなる。「もし、僕が君の世界で、ある日まったく違う人になったら同じようにできるか考えた。君はずっと本当の自分を殺してエレナを演じてくれたけど、僕なら急にそんな出来事がおこった理不尽さに憤り戸惑うだけで何もできないよ」胸が締め付け
パシッ!乾いた音が響き渡る。私を見下ろす般若のようなミリア・アーデン侯爵夫人の顔がそこにあった。一瞬何が起こったか分からなかった。「そこに座りなさい。皇太子殿下を置いて帰ってくるなんて何て愚かなことを」次に私の髪を鷲掴みにして引っ張られ床に座らせられた。「この髪は何? 皇太子殿下がお前の長く綺麗な髪をお褒めになったのを忘れたの?」私は大きな勘違いをしていた。アーデン侯爵夫人はエレナに無関心などではない。彼女が自分の思うように動いていたから、干渉してこなかっただけなのだ。「皇太子殿下のお気持ちが離れたら、お前には何の価値もないのよ! 第一皇子に送ってもらうなんて噂でもたって婚約がなくなりでもしたらどうするの?」侯爵夫人はアランのことは気にしているようだけど、私を送ってくれたライオットに対しては礼を尽くすどころか邪険に追い返していた。ヒステリックに騒ぎ倒している夫人を、周りの使用人たちは驚きもせず遠巻きに見ている。私は自分の親にも叩かれたことがない。どうしてこんな異世界で、叩かれなければいけないのか。やられたらやり返す主義だ。暴力には訴えないけれど、精神的ダメージをくらわしてあげる。もう一度振り上げられた侯爵夫人の手首を掴むと、侯爵夫人は驚いた表情をした。「そうやって、人に媚をうってお母様は今欲しいものを手に入れてますか?」やられっぱなしでいると思ったら大間違いだ。「お前、何を言って? お前は誰なの?」今の質問は私の正体を問うものではない、今まで反抗してこなかった娘がいったいどうしたのかということだろう。「私が、皇后になっても、お母様は皇太后にはなれませんよ?」私がわざと嘲笑するように言うと、侯爵夫人は真っ赤になってもう片方の手を振り上げた。その手首も掴んで、私はさらに続ける。「お母様は髪を何時間もとけば皇帝陛下の心が掴めると思っていたのに今こうしている、残念ですね」「エレナ・アーデン! 母