LOGIN「俺たちが弱いだって!?」
先ほどまで顔を青くしていたのとは打って変わり、少しばかり怒った様子で奏多が口を開いた。
志乃とリファはまだ動く様子は見せない。 流石は皆を率いていた勇者と言えるだろう。「俺たちは異世界で多くの修羅場を潜り抜けてきた。何度も挫け、折れそうになりながら戦い抜いた。そんな俺たちを弱いと罵るのはやめろ!」
「罵ったワケじゃないさ。俺はただ事実を述べているに過ぎない」秋雨は答える。
奏多が異世界で積み上げてきたものを否定され、躍起になっているのもあるのだろう。 何も知らない秋雨に否定され、弱いと切り捨てられる。 奏多は我慢ならなかった。「取り消せ!」
奏多は叫ぶ。
周囲の視線が集まる。 異世界の勇者・奏多――その名と姿は全国に通っている。 誰もがこの場の流れを観察している。 秋雨は「はぁ~」と溜め息を吐いてしまう。 周囲の人々に会話の内容全てを聞かれているワケではない。ただ、世の高感度を鑑みれば、秋雨が奏多に難癖をつけているようにも捉えられかねない。「取り消すも何もなぁ……」
腕を組み、秋雨は天を仰ぐ。
と、ここで静観していた遥が口を挟む。「喧嘩は程々にしなさいな。それと秋雨ちゃん。奴さんがお目覚めやね」
秋雨の足下に転がっていた男が身を捩っている。
「どうも、いい夢は見れたか?」
未だ怒り心頭の奏多を他所に、秋雨はしゃがみ込み男へと語りかける。
「……最悪な気分だ」
男は吐き捨てるように言う。
「そうか。そうだよな。じゃ、吐くもん吐いてもらおうか」
秋雨は声音を下げ、男へ問う。
「お前たちの世界の
男は射殺さんばかりの眼光を秋雨に向ける。
そんな視線を向けられたところで怯むほど秋雨も軟弱ではない。 そよ風を受けるように気にも留めない。「お前が召喚した下僕は、間違いなく封印されている
この男が使用した下僕召喚の権能。
召喚された下僕自体は随分と格の下がったものであり、異世界組は兎も角、秋雨にとっては足止めにもならない存在だった。 これがただの召喚魔法であれば、秋雨としてもどうでもいいもの。 だが、それが頂点捕食者の権能となれば話は変わる。 今は弱くとも、練度が上がれば間違いなく脅威となりえるからだ。「ふん、拷問でもするか? ルクシャ・ハーナの信仰の前に無意味だ」
「心配しなくても拷問はしないさ。ただ読み取るだけだよ。ま、死ぬほど痛いらしいけどな」秋雨は男の頭を右手で鷲掴みにすると、術を発動する。
水之業・陰型――
元来は場の水に刻まれた記憶を読み取る術であり、痕跡探しや追跡に用いることが主となるもの。
秋雨はこの術の範囲を広げ、人体の水分から対象の記憶を読み取ることを可能とした。 だが、その代償として術を掛けた対象へ激痛を与えるものとなってしまった。「ギィィォヤアァァァ⁉」
男の突然の絶叫に周囲がギョッとする。
「……それなりの人数で渡って来たのか。リーダー各は三人。男が二人、女が一人――」
男の絶叫を他所に秋雨は淡々と読み取った記憶を口にする。
そんな様子に我慢ならなかった奏多が、男の頭を鷲摑みしていた秋雨の手を引き剝がす。 すると男の絶叫は止み、白目を剥き、口から泡を吹いて男は再び意識を失う。「邪魔をするなよ、庄司」
「いいや、邪魔をさせてもらう。こんな残虐な手法は許されない」奏多は聖剣フィニステラを顕現させ、その切っ先を秋雨へと向ける。
「こちら側としては、それなりの理由があって行動をしてるんだが?」
「だとしても、こんなことは間違っている」直ぐにでも切り掛かってきそうな奏多を制止するように、志乃とリファもようやく動き出す。
「これについては奏多に賛成ね。アンタ、流石に度が過ぎるわよ」
「私も志乃と同意見です。何もここまでする必要はないと思います」さて、どうしたものか――と秋雨は遥へと視線を向ける。
遥も首を横に振って「何とかしなさいな」と目で語っていた。「俺の考えが倫理的に正しいかどうかはどうでもいい。俺たち五行神家には果たすべき使命がある。そのためなら何だってやる。敵に情けをかける気はない。いつもと変わらない日常の為にも止まるつもりもない」
聖剣の切っ先をスルーし、秋雨は再び男の頭を掴もうとした時だった。
「――っ⁉ 遥さん!」
男の身体が急に風船のように膨れ上がった。
秋雨の声と共に遥が動く。
男の身体を全て覆うように黒い岩がドーム状に顕現する。
そして、全てを覆いつくすと同時にドンという爆音が轟いた。「やられた。口封じか」
辺りに鉄のような臭いが立ち込める中、秋雨は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「完全に切り捨てたようやね」
「ああ、まったく邪魔されなければもう少し読み取れたんだけどな」 「ま、過ぎた以上は仕方ない。一先ず、中は大変なことになってるようやから、黒岩封結はこのまま維持。とりあえず手慣れた様子で事を進める秋雨と遥の二人に、奏多は眉間に皺を寄せて言う。
「何なんだよ、お前ら……」
その言葉に秋雨は突き放すように答えた。
「俺たちの見る世界はこんなもんだし、前から存在していたんだよ」
どのくらい歩いたのか。 自己嫌悪などの様々な感情が入り混じった思考の中で、いつの間にか一級河川の河川敷に設けられたサイクリングコースを歩いていた。「……馬鹿か、俺は」 奏多への八つ当たり。 幾ら気持ちに余裕がなかったとは言え、あまりにもお粗末すぎた。 日差しを避ける為、橋の下の入り、隅に座り込む。「……薄紅色の髪の女。何が目的だ?」 独りになったことで多少はクールダウンした秋雨は思考を巡らせる。 感情は依然として腹の底で逆巻いている。が、神水守家の当主としての顔がそれを押し殺そうとしている。 憎しみはある。が、冷静に状況を分析しようとする自分自身が嫌になった。「…………必ず報いは受けさせてやる」 秋雨は言い聞かせるように呟く。 日常を守る為に、秋雨は神水守家の当主になった。 封印されている異世界の頂点捕食者を抑制し、世界に知られないように事を済ませ、それによっていつも通りの日常が繰り返されるのなら、それで良い――秋雨はただそう思っていた。 だが、異世界から元クラスメイトが帰還したことで魔法の存在が公然の事実となり、小倉駅の事件で五行神家も表沙汰となった。 思い描いていた日常は変わりつつあったが、それでも身近な人たちだけでも変わらなければ、それだけで良かった。「で、結果がこれかよ」 両親は殺され、日常は崩れ去った。「はっ……庄司たちに弱いって言った奴が、何もできていないじゃないか」 両手で顔を覆い、秋雨は懺悔するように吐露する。 力は在った。 だが、守りたかったものは守れず、取り溢した。「…………必ず見つけ出す。そして、俺の手で殺す」 秋雨がそう決意をした時だった。「――へぇ? だったら、今からでも殺してみる?」 女の
水之業・陰型――水泡記視。 残された血に手を突っ込み、秋雨はその血に刻まれた情報を引き出す為に術を行使する。 昨夜の記憶、今朝の記憶、そして――殺害時の記憶。 流れ込む情報の波を咀嚼しながら、秋雨は実行犯の存在を視た。「この女……あの男の記憶の中にも……」 男の記憶上ではリーダー格と思われる三人の内の一人。 そして、秋雨は確信する。 今回に限っては既に起こっている五件の事件とのような無差別の偶然ではなく狙ってやられたと……。「秋雨、何かわかった?」「はい。小倉駅で爆殺された男の記憶で見たリーダー格の三人の内の一人が犯人です。恐らくその他の事件についても同一かと……」 血から手を放し、赤く濡れた自身の掌をジッと見つめながら秋雨は答えた。 そんな様子に玲香は何かを言いたそうにしたが、首を横に振って一つ息を吐いた。「そう。外に私が呼んだ警察が来ているわ」「……意味あるですか?」「ま、私たちが公になった以上、一応は表向きに正規の手続きは踏むべきでしょ」 下手な疑いを掛けられないようにする為にも重要よ――と、玲香に諭され、秋雨は外で待機する警察を家の中へと招き入れた。 直ぐに始まる現場検証。 同時に家の周囲に集まり出す野次馬。 訪れた警察官らは秋雨へ「遺体が見つかっていない以上、希望を捨てないように」と励ましの言葉を口にする。 しかし、水泡記視により両親の死を知っている秋雨には、励ましどころか、気休めにもならない。「…………」 秋雨は無言で玄関の扉へと向かう。「玲香さん、ちょっと外へ出てきます」「そう。こっちは任せておきなさい。ただ、何かあったら直ぐに知らせること」「わかってますよ」 秋雨は玄関の扉を開け、外へ出る。 と―――
調査をするとは言ったものの、実際どうすればよいのか――太陽が頂点に昇ったお昼時、奏多と志乃、孝也の三人は歩きながら知恵を絞っていた。 幾ら異世界帰還者とは言え、政府筋から得ることの情報にも限りがある。 それこそ、実際に五行神家についてお世話になっている政府関係者に聞いてみたが、何一つ回答を得られなかった。「ガッチリ情報統制されているみたいだし、本当に何かヤバい案件かもしれないわね」 「なら、俺たちの力は必ず必要になる。五行神家以外を除けば、いざという時に戦えるのは俺たちくらいのはずだ」 志乃の言葉に、奏多は力強く言う。 弱い――圧倒的な力を持って、その言葉を告げた秋雨に恥ずかしくも奏多は恐れを抱いた。 だが、それでも神アルデネイラを討ち、異世界を救ったという自負はある。 今は及ばなくても、仲間たちの力があれば戦える。 奏多と他の異世界帰還者はそう思っていた。「そう言えば、謎の失踪事件の話は知ってるかい?」 「あー、血痕だけ残って、遺体が見つからないってヤツだっけ?」 最近巷を騒がせている話題を孝也が口にすると、志乃は「当然でしょ?」と言わんばかりの様子で答える。 寧ろ、知らない人がいない方が問題だ。「あれ、正直一般人が起こした事件ではないと、僕は予想しているね」 「そうなのか? 現場で殺害して遺体を何処かに遺棄したって考えるのが普通じゃないか?」 「甘いよ、奏多。問題は数日――正確には二日間で札幌、仙台、東京、大阪、広島で起こっている。報道され始めたのも同時期だから、模倣犯の線は薄いかな。状況から考えると恐らく同一犯。だけど、普通に考えれば移動があまりにも無理があり過ぎる」 「ふーん。じゃあ、孝也は私たちと同じ魔法が使える奴が犯人だって考えてるわけね?」 「或いは玉水と同じような力を持っている奴ってところか?」 三人はまだ知らないが、SNS上では『魔法使いが犯人では?』と噂されている。 これは異世界人の存在は勿論、小倉駅の事件が全国で報道されたことにより、空想が現実となったことが多く反映された結果。
「――――は?」 家の鍵は開いていた。 そして、玄関の扉を開いた先に広がっていた光景を知った秋雨は、そんな声を溢した。 鼻を劈く鉄の臭い。 床に広がる血の海が玄関の側とリビングの扉の前の二ヶ所。 感情が理解を拒んだ。「…………妙な力の痕跡があるわね」 玲香は冷静に状況を分析する。 が、隣に立っている秋雨はそれどころではなかった。「――――は?」 これが現実であることを確かめるように、或いは違うことを願うように、秋雨は再び声を溢す。 しかし、目の前の光景は変わらない。変わるはずもない。「母さん! 父さん!」 秋雨は土足のまま、リビングへと走る。 バシャバシャと血の海を踏み越え、リビングへと飛び込む――が、そこに二人の姿は無い。「何だよ、これ……意味がわかんねぇよ……」「この出血量だと恐らく――」 死んでいる。 玲香はそう続けようとしたが、口を噤んだ。 覚束ない足取りでフラフラとリビングのソファへと向かい、秋雨は腰を抜かすように座り込む。「おかしいだろ。何処のどいつだよ」 ソファで天井を見上げ、右腕で両目を隠しながら、驚くほど低い声で秋雨は呟く。「ふざけんなよ。母さんと父さんが何をしたって言うんだよ!」「秋雨、落ち着きなさい」「……いや、無理です。こんな状況で落ち着けるワケがない」 玲香の言葉に、目を見開きながら秋雨は立ち上がり言う。 その声は感情の起伏を感じられないほどに冷えていた。 が、そんな声にも怯むことなく玲香は続ける。「気持ちは理解できるわ。だけど、今は冷静になりなさい。感情のまま無暗に動いたところで、決して良い結果にはならない。これは断言できるわ」「――――」 言葉にならない唸り声を漏らしながら、秋雨は
「おはようございます」 挨拶をしながら骨董品屋にやって来た秋雨に、レジカウンターに座り書類に目を通していた玲香はチラリと視線を向ける。「おはよう、秋雨。店内の掃除は終わっているから、適当に過ごしてなさい」「わかりました。でも、お金に困らないとは言え、毎日閑古鳥が鳴いているのも考え物じゃないですか?」「いいのよ。繁盛しちゃうといざという時に動けなくなるでしょ」 資料を読みながら玲香は言う。 ふと、玲香が読み進めている資料が気になり、秋雨は尋ねる。「何の資料ですか?」「ん? ああ……ここ数日間の報告書よ。どうやら奇妙な事件が起きているようなのよね」 何やら難しい顔をしながら玲香は手に持っていた資料を差し出す。 秋雨はその資料を受け取り、目を通す。 内容は『致死量の血溜まりはあるが、その要因が見当たらない』ことが記されている。「……ただの殺人事件なのでは?」「それがこの数日で五件。そして、目撃者どころか、その全てで表向きの痕跡は何も残っていない。捜査が始まったばかりとは言え、警察もお手上げみたいでね。異世界やらの情勢の兼ね合いもあるから政府から直々に調査を依頼されたのよ」 事件現場は札幌、仙台、東京、大阪、広島――地域はバラバラであり、被害者同士の関係性は皆無。 それぞれ現場間の距離も離れており、普通の人間が数日で事を起こすには少々無理があるようにも思える。 「札幌、仙台には神火守。東京には神金守。大阪、広島に神土守。それぞれの黒子が調査に入っているわ。ちなみに真っ先に調査に入った神金守から『何らかの力の痕跡』があったと報告があったわね」 その報告から警察が取り扱う普通の事件ではないことが確定する。「あれ、神木守から黒子は出さないんですか?」「それなのだけど、順当に進むなら次は九州になりそうでしょ?」 確かに――と、秋雨は頷く。 北から順に南下してきていることから考えると、次は九州で
「秋雨、本当に大丈夫なのね? お父さんも心配しているのよ?」 朝、今日も骨董品店に向かう為、秋雨が玄関で靴を履いていると背中へそんな言葉を投げかけられる。 少しだけ溜め息を吐き、秋雨は顔だけ振り替える。「何度も言うけど大丈夫だよ、母さん。俺もそれなりに強いし、玲香さんはそんあ俺よりも強い。百歩譲って怪我をすることはあっても、死ぬことはないよ」「死ぬ死なないじゃなくて、親としては怪我をしてほしくないのよ」「わかってるよ。だけど、神水守の血筋で当主になれる奴が俺しかいない以上、どうしようもないだろ?」 秋雨の返答に、母である美波子は難しい表情を浮かべる。 このやり取りも小倉駅の事件から毎日繰り返されている。 勿論、美波子だけではなく父である永礼からも同様の話をされているので、秋雨としてはうんざりしている節もある。 だが、本気で心配している事も理解しているので、無下にもできないので非常に困っていた。「お父さんはまだ寝ているけど、もうすぐ起きてくるから偶には家族みんなで出かけない?」「母さん……今日の今日は難しいよ。次に父さんが休みの日に出かけよう」 秋雨は立ち上がると、側に置いていたリュックを背負う。「じゃ、行ってくるよ。帰りはちょっと遅くなるから、晩御飯は済ませて帰るよ」「ちょっと待ちなさい、秋雨」 美波子の制止を振り切って、秋雨は玄関を開け、出掛けてしまう。 そんな息子の姿を見送った美波子は「はあ」と溜め息を吐いた。「遠縁だから半ば忘れていたし、気にもしていなかったけど、まさか今になって神水守の名前を聞くことになるなんてね」 美波子の家系図を遡ると神水守に辿り着く。 特殊な家計であり、美波子も曾祖母から力の存在は聞き及んでいた。しかし、血も薄れ、その力を引き継いでいないことから「巻き込まれることはない」はずだった。 だが、息子である秋雨はその力を持っていた。「……先祖返りってやつなのでしょうね」