LOGINどのくらい歩いたのか。
自己嫌悪などの様々な感情が入り混じった思考の中で、いつの間にか一級河川の河川敷に設けられたサイクリングコースを歩いていた。「……馬鹿か、俺は」
奏多への八つ当たり。
幾ら気持ちに余裕がなかったとは言え、あまりにもお粗末すぎた。 日差しを避ける為、橋の下の入り、隅に座り込む。「……薄紅色の髪の女。何が目的だ?」
独りになったことで多少はクールダウンした秋雨は思考を巡らせる。
感情は依然として腹の底で逆巻いている。が、神水守家の当主としての顔がそれを押し殺そうとしている。 憎しみはある。が、冷静に状況を分析しようとする自分自身が嫌になった。「…………必ず報いは受けさせてやる」
秋雨は言い聞かせるように呟く。
日常を守る為に、秋雨は神水守家の当主になった。 封印されている異世界の頂点捕食者を抑制し、世界に知られないように事を済ませ、それによっていつも通りの日常が繰り返されるのなら、それで良い――秋雨はただそう思っていた。 だが、異世界から元クラスメイトが帰還したことで魔法の存在が公然の事実となり、小倉駅の事件で五行神家も表沙汰となった。 思い描いていた日常は変わりつつあったが、それでも身近な人たちだけでも変わらなければ、それだけで良かった。「で、結果がこれかよ」
両親は殺され、日常は崩れ去った。
「はっ……庄司たちに弱いって言った奴が、何もできていないじゃないか」
両手で顔を覆い、秋雨は懺悔するように吐露する。
力は在った。 だが、守りたかったものは守れず、取り溢した。「…………必ず見つけ出す。そして、俺の手で殺す」
秋雨がそう決意をした時だった。
「――へぇ? だったら、今からでも殺してみる?」
女の声。
声のした方へと秋雨は顔を向ける。「……はあ?」
秋雨の視界に映ったのは薄紅色の髪を持つ女――アンネリーゼだった。
「どうだったぁ? 私のサプライズ。ビックリしたでしょ?」
クスクスと笑いながらアンネリーゼがゆっくりと秋雨へと向かって歩いてくる。
「はじめましてぇ、私はアンネリーゼ。君の両親を殺しちゃった女の子だよぉ?」
バシャン、と水の弾ける音が響いた。
「死ね」
秋雨の姿はアンネリーゼの背後に在った。
水之業・陰型――水鏡渡り。
そして、その手には水でできた刀が握られていた。
水之業・陽型――
全速力の振り抜きでアンネリーゼを切り捨てようとしていたのだが、刃がアンネリーゼに当たった瞬間に霧散した。
「なっ⁉」
「ダメダメだよぉ? かすり傷程度は付いちゃうけど、殺すには足りないかなぁ?」腹部への鈍い衝撃を秋雨は感じる。
視線を向けるとアンネリーゼの足が突き刺さっている。 そのままくの字に身体を曲げ、数メートル吹っ飛ばされた。「う~ん、これじゃ
咳き込みながら秋雨は立ち上がる。
「そ、
いつの間にかアンネリーゼの姿が秋雨の隣に在る。
「お人好しで、周囲を守りたい。うんうん、実に英雄らしい思考だよねぇ?」
秋雨はアンネリーゼへ蹴りを叩き込もうと足を延ばすが、空しく宙を薙ぐ。
と、背中に強烈な一撃を叩き込まれ、再び秋雨は数メートル吹っ飛ばされた。「私はねぇ、大切なものを奪われた時に見せる顔が大好きなんだぁ。だから、更なるサプライズとしてこんなものを用意しちゃいましたぁ!」
アンネリーゼの両隣にそれぞれ何かが召喚される。
痛みに顔を歪めつつも、秋雨はフラフラと立ち上がりながら、その召喚されるものを見た。 そして――、「――は?」
間の抜けた声を溢した。
「どうどう? 最高傑作なんだよねぇ。材料は~君のお父様とお母様なんだけど、気に入ってくれたかな?」
アンネリーゼの両隣に立つ化物。
その姿は映画で見たような宇宙生物を連想するようなものだった。 だが、秋雨が声を溢した理由はそこではない。「あ……あ……」
「しゅ……う……」その怪物の腹に人の顔が浮かぶ。
そして、それは紛れもなく美奈子と永礼のものだった。「感動で言葉が出ない? じゃ、改めて名乗らせてもらうねぇ?」
唖然とする秋雨を他所に、アンネリーゼは満面の笑みを浮かべて告げた。
「私は
クスクスと笑うアンネリーゼを前に、秋雨は歯を食いしばる。 握る拳は硬く、ただ殺意だけが支配していた。 アンネリーゼの両隣に立つ異形の化物。 その腹には美波子と永礼の苦悶に満ちた顔が浮かんでいる。 秋雨は地を蹴る。 バシャンという音が響く。 水之業・陰型――水鏡渡り。 アンネリーゼの背後を再び取り、秋雨は右手を突き出し、更なる術を繰り出す。 水之業・陽型――水天球・変形、水串。 小倉駅では球体からの槍を伸ばす変形だった。しかし、今回は水天球自体を一本の槍に変形させ、破壊一点に全てを注いだ一槍。「うーん、また後ろを取るのぉ? 芸がないよねぇ?」 振り返りざまにアンネリーゼは右手で払うように水串に触れる。 瞬間、槍を形成していた水が崩れ落ちる。「ほぉら、お父様が行っちゃうよぉ!」 バコォ――鈍い音。 永礼の顔が浮いた化物の触手が秋雨に突き刺さった。 貫かれてはいない。ただの殴打。 しかし、人間の身体に痛みを植え付けるには十分だ。 秋雨の腹から口へと空気が吐き出される。そして、そのまま吹っ飛ばされ地を転がった。「う~ん、良い線いっているけどぉ、まだ足りないかなぁ?」 頬に右手の人差し指を当てながら、アンネリーゼは言う。「人類は憎しみによって進化するって思うの。ほら、この世界における科学技術の進歩も戦争ありきじゃないなぁい? 何だっけ……インターネットぉ? それも元は戦争の通信技術らしいよねぇ?」 アンネリーゼの両脇に件の化物が並ぶ。「だ・か・ら、君にはとことん私を憎んでもらってぇ、人類として一つ上のフェーズに上がってほしいかなぁ?」「――何を言ってんだ、お前……」「難しい話だったかなぁ? でも、この二人のお陰で君は私に一つの感情を向けているよねぇ。それは実に好都合なんだよぉ?」 言っている言葉は理解できる。 だが、アンネリーゼの言葉の意味
どのくらい歩いたのか。 自己嫌悪などの様々な感情が入り混じった思考の中で、いつの間にか一級河川の河川敷に設けられたサイクリングコースを歩いていた。「……馬鹿か、俺は」 奏多への八つ当たり。 幾ら気持ちに余裕がなかったとは言え、あまりにもお粗末すぎた。 日差しを避ける為、橋の下の入り、隅に座り込む。「……薄紅色の髪の女。何が目的だ?」 独りになったことで多少はクールダウンした秋雨は思考を巡らせる。 感情は依然として腹の底で逆巻いている。が、神水守家の当主としての顔がそれを押し殺そうとしている。 憎しみはある。が、冷静に状況を分析しようとする自分自身が嫌になった。「…………必ず報いは受けさせてやる」 秋雨は言い聞かせるように呟く。 日常を守る為に、秋雨は神水守家の当主になった。 封印されている異世界の頂点捕食者を抑制し、世界に知られないように事を済ませ、それによっていつも通りの日常が繰り返されるのなら、それで良い――秋雨はただそう思っていた。 だが、異世界から元クラスメイトが帰還したことで魔法の存在が公然の事実となり、小倉駅の事件で五行神家も表沙汰となった。 思い描いていた日常は変わりつつあったが、それでも身近な人たちだけでも変わらなければ、それだけで良かった。「で、結果がこれかよ」 両親は殺され、日常は崩れ去った。「はっ……庄司たちに弱いって言った奴が、何もできていないじゃないか」 両手で顔を覆い、秋雨は懺悔するように吐露する。 力は在った。 だが、守りたかったものは守れず、取り溢した。「…………必ず見つけ出す。そして、俺の手で殺す」 秋雨がそう決意をした時だった。「――へぇ? だったら、今からでも殺してみる?」 女の
水之業・陰型――水泡記視。 残された血に手を突っ込み、秋雨はその血に刻まれた情報を引き出す為に術を行使する。 昨夜の記憶、今朝の記憶、そして――殺害時の記憶。 流れ込む情報の波を咀嚼しながら、秋雨は実行犯の存在を視た。「この女……あの男の記憶の中にも……」 男の記憶上ではリーダー格と思われる三人の内の一人。 そして、秋雨は確信する。 今回に限っては既に起こっている五件の事件とのような無差別の偶然ではなく狙ってやられたと……。「秋雨、何かわかった?」「はい。小倉駅で爆殺された男の記憶で見たリーダー格の三人の内の一人が犯人です。恐らくその他の事件についても同一かと……」 血から手を放し、赤く濡れた自身の掌をジッと見つめながら秋雨は答えた。 そんな様子に玲香は何かを言いたそうにしたが、首を横に振って一つ息を吐いた。「そう。外に私が呼んだ警察が来ているわ」「……意味あるですか?」「ま、私たちが公になった以上、一応は表向きに正規の手続きは踏むべきでしょ」 下手な疑いを掛けられないようにする為にも重要よ――と、玲香に諭され、秋雨は外で待機する警察を家の中へと招き入れた。 直ぐに始まる現場検証。 同時に家の周囲に集まり出す野次馬。 訪れた警察官らは秋雨へ「遺体が見つかっていない以上、希望を捨てないように」と励ましの言葉を口にする。 しかし、水泡記視により両親の死を知っている秋雨には、励ましどころか、気休めにもならない。「…………」 秋雨は無言で玄関の扉へと向かう。「玲香さん、ちょっと外へ出てきます」「そう。こっちは任せておきなさい。ただ、何かあったら直ぐに知らせること」「わかってますよ」 秋雨は玄関の扉を開け、外へ出る。 と―――
調査をするとは言ったものの、実際どうすればよいのか――太陽が頂点に昇ったお昼時、奏多と志乃、孝也の三人は歩きながら知恵を絞っていた。 幾ら異世界帰還者とは言え、政府筋から得ることの情報にも限りがある。 それこそ、実際に五行神家についてお世話になっている政府関係者に聞いてみたが、何一つ回答を得られなかった。「ガッチリ情報統制されているみたいだし、本当に何かヤバい案件かもしれないわね」 「なら、俺たちの力は必ず必要になる。五行神家以外を除けば、いざという時に戦えるのは俺たちくらいのはずだ」 志乃の言葉に、奏多は力強く言う。 弱い――圧倒的な力を持って、その言葉を告げた秋雨に恥ずかしくも奏多は恐れを抱いた。 だが、それでも神アルデネイラを討ち、異世界を救ったという自負はある。 今は及ばなくても、仲間たちの力があれば戦える。 奏多と他の異世界帰還者はそう思っていた。「そう言えば、謎の失踪事件の話は知ってるかい?」 「あー、血痕だけ残って、遺体が見つからないってヤツだっけ?」 最近巷を騒がせている話題を孝也が口にすると、志乃は「当然でしょ?」と言わんばかりの様子で答える。 寧ろ、知らない人がいない方が問題だ。「あれ、正直一般人が起こした事件ではないと、僕は予想しているね」 「そうなのか? 現場で殺害して遺体を何処かに遺棄したって考えるのが普通じゃないか?」 「甘いよ、奏多。問題は数日――正確には二日間で札幌、仙台、東京、大阪、広島で起こっている。報道され始めたのも同時期だから、模倣犯の線は薄いかな。状況から考えると恐らく同一犯。だけど、普通に考えれば移動があまりにも無理があり過ぎる」 「ふーん。じゃあ、孝也は私たちと同じ魔法が使える奴が犯人だって考えてるわけね?」 「或いは玉水と同じような力を持っている奴ってところか?」 三人はまだ知らないが、SNS上では『魔法使いが犯人では?』と噂されている。 これは異世界人の存在は勿論、小倉駅の事件が全国で報道されたことにより、空想が現実となったことが多く反映された結果。
「――――は?」 家の鍵は開いていた。 そして、玄関の扉を開いた先に広がっていた光景を知った秋雨は、そんな声を溢した。 鼻を劈く鉄の臭い。 床に広がる血の海が玄関の側とリビングの扉の前の二ヶ所。 感情が理解を拒んだ。「…………妙な力の痕跡があるわね」 玲香は冷静に状況を分析する。 が、隣に立っている秋雨はそれどころではなかった。「――――は?」 これが現実であることを確かめるように、或いは違うことを願うように、秋雨は再び声を溢す。 しかし、目の前の光景は変わらない。変わるはずもない。「母さん! 父さん!」 秋雨は土足のまま、リビングへと走る。 バシャバシャと血の海を踏み越え、リビングへと飛び込む――が、そこに二人の姿は無い。「何だよ、これ……意味がわかんねぇよ……」「この出血量だと恐らく――」 死んでいる。 玲香はそう続けようとしたが、口を噤んだ。 覚束ない足取りでフラフラとリビングのソファへと向かい、秋雨は腰を抜かすように座り込む。「おかしいだろ。何処のどいつだよ」 ソファで天井を見上げ、右腕で両目を隠しながら、驚くほど低い声で秋雨は呟く。「ふざけんなよ。母さんと父さんが何をしたって言うんだよ!」「秋雨、落ち着きなさい」「……いや、無理です。こんな状況で落ち着けるワケがない」 玲香の言葉に、目を見開きながら秋雨は立ち上がり言う。 その声は感情の起伏を感じられないほどに冷えていた。 が、そんな声にも怯むことなく玲香は続ける。「気持ちは理解できるわ。だけど、今は冷静になりなさい。感情のまま無暗に動いたところで、決して良い結果にはならない。これは断言できるわ」「――――」 言葉にならない唸り声を漏らしながら、秋雨は
「おはようございます」 挨拶をしながら骨董品屋にやって来た秋雨に、レジカウンターに座り書類に目を通していた玲香はチラリと視線を向ける。「おはよう、秋雨。店内の掃除は終わっているから、適当に過ごしてなさい」「わかりました。でも、お金に困らないとは言え、毎日閑古鳥が鳴いているのも考え物じゃないですか?」「いいのよ。繁盛しちゃうといざという時に動けなくなるでしょ」 資料を読みながら玲香は言う。 ふと、玲香が読み進めている資料が気になり、秋雨は尋ねる。「何の資料ですか?」「ん? ああ……ここ数日間の報告書よ。どうやら奇妙な事件が起きているようなのよね」 何やら難しい顔をしながら玲香は手に持っていた資料を差し出す。 秋雨はその資料を受け取り、目を通す。 内容は『致死量の血溜まりはあるが、その要因が見当たらない』ことが記されている。「……ただの殺人事件なのでは?」「それがこの数日で五件。そして、目撃者どころか、その全てで表向きの痕跡は何も残っていない。捜査が始まったばかりとは言え、警察もお手上げみたいでね。異世界やらの情勢の兼ね合いもあるから政府から直々に調査を依頼されたのよ」 事件現場は札幌、仙台、東京、大阪、広島――地域はバラバラであり、被害者同士の関係性は皆無。 それぞれ現場間の距離も離れており、普通の人間が数日で事を起こすには少々無理があるようにも思える。 「札幌、仙台には神火守。東京には神金守。大阪、広島に神土守。それぞれの黒子が調査に入っているわ。ちなみに真っ先に調査に入った神金守から『何らかの力の痕跡』があったと報告があったわね」 その報告から警察が取り扱う普通の事件ではないことが確定する。「あれ、神木守から黒子は出さないんですか?」「それなのだけど、順当に進むなら次は九州になりそうでしょ?」 確かに――と、秋雨は頷く。 北から順に南下してきていることから考えると、次は九州で