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第3話

作者: モリサマー
一睡もせず、私はひと晩中荷物を片づけ続けた。

絶え間なく動き続けることだけが、胸にぽっかり空いた穴を忘れさせてくれた。

夜が明けかける頃、私は物置を開けて、長らく眠らせていた撮影機材を引っ張り出した。

カメラを手に取り、電源ボタンを押す。

小さな起動音とともに、画面が再び明るくなった。

その瞬間、鼻の奥がつんと熱くなった。

よかった、まだ壊れていない。まだ間に合う。

カメラを抱えたままリビングに戻った。

片づけが半分ほど終わったところで、スマホが鳴った。

不動産の仲介業者からだった。

「大森鈴実様、先週ご夫婦で内見されたあの物件の件で、オーナー様からご了承をいただきました。問題がなければ、来週末には契約が可能です」

私は動きを止めた。すっかり忘れていた。

少し前、一弥が昇進して収入も大幅に増えた。

今の家は狭すぎるし、将来子供ができたら不便だからと、もっと広い家に引っ越そうと言い出したのは彼だった。

言い出したのは彼だったのに、内見も、物件選びも、業者とのやり取りも、間取りの比較も、ローンの計算も、すべて私ひとりでやっていた。

彼が付き合ってくれたのは、たった一度きり。

あの日、私は張り切って彼を子供部屋にする予定の部屋に連れて行き、どんな内装が好みかと尋ねた。

けれど彼はスマホに目を落としたまま、上の空でこう答えただけだった。

「いいんじゃない、お前が決めていいぞ」

そのとき、はっきりと見えてしまった。彼のトーク画面の相手が優花だったことを。

物件を最後まで見終わる前に、彼は優花に呼び出されて先に帰ってしまった。

そこまで思い出し、私は落ち着いた声で業者に告げた。

「あの物件、やめておきます」

「え?」

業者は面食らったようだった。

「どうしてですか?旦那様、あの物件をとても気に入っていらっしゃいましたのに」

私は手の中のカメラに目を落とした。

しばらく黙り込んだ後、そっと笑った。

「私たち、離婚するので」

電話の向こうが、一瞬で静まり返った。

それ以上の説明はせず、私はそのまま電話を切った。

荷物を整理し終えた頃には、すでに日は高く昇っていた。

私は離婚協議書と離婚届を持って、車を走らせ病院へ向かった。

5年間の結婚生活も、たった数枚の薄い紙で終わってしまう。

手に持つと驚くほど軽くて、笑ってしまうほどだった。

昼休みの時間帯で、一弥はきっと執務室にいるだろうと当たりをつけて、そのまま向かった。

手を上げてドアをノックすると、開けたのは優花だった。

彼女の顔に、一瞬戸惑いの色がよぎった。

「鈴実さん?」

私は反射的に部屋の奥を覗き込み、一弥の姿を探した。

けれど彼女は体を横にずらして私の視線を遮り、声を潜めて言った。

「先輩、昨夜すごく疲れていて、今朝も午前中ずっと診察していて、さっきようやく休めたところなんです。何かご用ですか?」

私は彼女を見つめた。

髪は少し乱れていた。

服も皺だらけだった。

そして彼女の背後には、一弥の執務室があった。

なぜか、胃の中から吐き気が込み上げてきた。

私は手の中の書類袋を強く握りしめ、無理やり視線を逸らした。

「サインをもらいに来たの」

優花は私の手の中の書類にちらりと目をやり、微笑んだ。

「先輩、本当に疲れていて、ようやく1時間だけ休めることになったところなので、起こすのは可哀想で……よろしければ私に預けてください。目が覚めたら、代わりにお渡ししておきますね」

一度は断ろうとした。

けれどふと考え直した。今の私は、一弥に一秒たりとも会いたくなかった。

だから私は、書類を彼女に手渡した。

「よろしくお願いします」

そう言って、私はきびすを返し、執務室を後にした。

頭の中で、先ほどの光景が何度も蘇る。

彼のいる執務室にいた彼女。ふたりで過ごしていた昼休み。

あまりに自然で、あまりに馴染んでいて、まるでそれが当たり前であるかのように。

胃の不快感が、さらに強くなっていく。

吐き気がした。

吐きそうなほどに。

私は急いでトイレに駆け込み、洗面台に手をついてえずいた。

胃の中は空っぽで、何も出てこなかった。

どれほど時間が経ったのか、ようやくその苦しさが治まった。

冷たい水で顔を洗った。

トイレを出た瞬間、目の前が急にぐるりと回った。

抗えないまま、私はそのまま意識を失った……

目を覚ましたとき、鼻先に消毒液の匂いが漂っていた。

ゆっくりと目を開けると、自分が病室のベッドに横たわっていることに気づいた。

そばにいた看護師が、私が目を覚ましたのを見てほっと息をついた。

「よかった、目を覚まされましたね」

私はゆっくり身を起こした。頭がまだ少しふらついていた。

「……私、どうしたんですか?」

看護師は笑いながら検査結果の用紙を差し出した。

「大きな問題はありません。ただ、睡眠と休養が足りていないだけです。それと……」

彼女は少し間を置き、笑みを浮かべた。

「おめでとうございます。妊娠されていますよ」

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