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妻の流産より愛人の出産?絶対に離婚する!

妻の流産より愛人の出産?絶対に離婚する!

Por:  ビバトCompleto
Idioma: Japanese
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私・神谷澄香(かみや すみか)が切迫流産で大量出血し、手術を受けていたその時、夫・神谷駿介(かみや しゅんすけ)は隣の分娩室で、愛人・一ノ瀬結愛(いちのせ ゆあ)が彼の息子を産むのを見守っていた。 やがて隣から、赤ん坊の産声と駿介の喜びの声が聞こえてきたが、私は泣きも喚きもせず、一人で手術を終えた。 ところがその夜、駿介のほうから病室へやって来て、私を責め立てた。「空いてる病室なんていくらでもあるのに、なんでわざわざ結愛の隣にしたんだ?嫌がらせのつもりか?」 かつて愛した人の顔を見つめ、私はそっと目を閉じ、何も言わない。 駿介はその後もしばらく私を責め続け、看護師が入ってきてようやく出ていった。 理不尽だと憤る看護師をよそに、私は笑った。 その直後、携帯に16億円の入金通知が届いた。

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Capítulo 1

第1話

銀行から届いたメッセージを開くと、画面にはその金額が表示されていた。

16億円。

振込人は義父・神谷宗一郎(かみや そういちろう)だった。

間を置かず、宗一郎からメッセージが届く。【つらい思いをさせたな。だが、神谷家の血を引く子だから、外に置いておくわけにもいかないんだ】

私は携帯を胸元に伏せ、天井の青白い照明をぼんやりと見つめた。

まだ麻酔が完全には抜けていなくて、下腹部にはぽっかりと穴が開いたような、何か大切なものをえぐり取られたような空虚さだけが残っている。

隣から、また赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。とても元気な声だった。

続いて聞こえてきたのは、男の笑い声。聞き間違えるはずもない……駿介の声。

交際して4年、結婚して2年。耳元で何度も聞いてきたあの笑い声が、今はたった一枚の壁の向こうから聞こえてくる。なのに、まるで別世界の出来事のように感じてしまう。

廊下では看護師たちが話していた。声を潜めているつもりなのだろうが、静かな病室には嫌でも届いてくる。「423号室の患者さん、かわいそう……大量出血で運ばれてきたのに、旦那さん、隣で愛人の出産に付き添ってるんだって」

もう一人の看護師も声を潜める。「神谷家の人らしいよ。ほら、あの神谷グループの……旦那さん、ずっと前から不倫してるみたいだけど、奥さんの方の家族が離婚を許してくれないんだって」

「なんで?」

「お金でしょ。あれだけの家に娘が嫁いだら、そう簡単には手放せないじゃない?」

訂正する気力もなかったし、そもそも、訂正する気にもなれない。

駿介の不倫に初めて気づいたのは、ワイシャツの襟についた口紅が原因だった。

私はそのシャツを手に、寝室の前で仕事の接待に出ている彼の帰りを待った。

午前2時、酒の臭いをまとって帰宅した駿介は、私が持っているシャツを見ると一瞬だけ動きを止め、それから笑った。

「それがどうした?付き合いの席でたまたまついただけだ」

私は言い返した。「襟の内側についてるのに?どんな付き合いなら、そんなところに口紅がつくの?」

駿介は面倒そうに手を振った。「お前が信じないなら、それでもいい」

その夜、私たちは寝室で激しく言い争った。苛立ち任せにベッドサイドのランプを床へ叩きつけた駿介。砕けた硝子が、床一面に飛び散った。

裸足の私はその真ん中に立ったまま、駿介を見ていた。しかし、彼の顔にあるのは苛立ちだけ。後ろめたさなど、微塵もなかった。

翌朝早く、義父である宗一郎から電話がかかってきた。

宗一郎はいつも通り落ち着いた声で、淡々と言った。「つらい思いをさせたな。駿介はまだ若いから、あんな馬鹿なことをした。俺からもきつく叱っておいた。でも、夫婦の問題は夫婦で片づけなさい。外にまで騒ぎを広げれば、神谷家の名にも傷がつくから」

電話が切れてから10分も経たずに、私の口座に2億円が振り込まれた。

入金通知を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。

2億円。

私が100年働いたって、稼げるかどうか分からない額。

そこで初めて、私は迷った。

看護師たちの言う通りだ。結局、私も金に負けた。

その後、母に電話をかけ、駿介が不倫していることを告げた。

数秒の沈黙の後、母は言った。「男なんて、仕事の付き合いもあるんだから、ちょっと遊ぶくらい珍しくないでしょ。澄香もいちいち目くじら立てないの。駿介さん、普段はよくしてくれてるんでしょ?それにお義父さんだって、ちゃんと間に入ってくれたんだから」

「お母さん。駿介、不倫してるんだよ?」

「だから何?お金持ちの男なんて、そんなものよ。あなたもこれくらいのことで騒がないで、ちゃんとやっていきなさい。それより、あなたの弟が来月車を買うって言ってるから、駿介に頼んで、車1台分くらいお金借りられないかしら?神谷家ならそれくらい何でもないでしょ?」

電話を切った私は、そのままベランダに立ち、夜が明けるまで冷たい風に吹かれていた。

それからも、2度目、3度目、4度目と不倫は繰り返された。

そのたびに、決まって宗一郎から電話がかかってきた。最初の言葉は、いつも同じ。「つらい思いをさせたな」そして振り込まれる金額だけが、回を重ねるごとに増えていった。

2億円、4億円、6億円と――まるで決められた処理でもこなすように、駿介が不倫をすれば、私の口座に慰謝料代わりの金が振り込まれる。

口座残高は恐ろしい勢いで増えていったが、それとは反対に、私の心は少しずつ沈んでいった。

かつて一番仲のよかった友人にも相談した。

話を聞き終えた彼女は、しばらく黙ってコーヒーをかき混ぜてから、こう言った。

「もう十分じゃない?私なんて毎日朝から晩まで働いて、満員電車に揺られて、上司に怒られても愛想笑いしてさ。給料日が来たって家賃払ったら、カフェに寄るのもためらうくらいなのに。今のあなたは豪邸に住んで、高級車に乗って、値段も見ずに買い物できるんでしょ?それで何が不満なの?」

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第1話
銀行から届いたメッセージを開くと、画面にはその金額が表示されていた。16億円。振込人は義父・神谷宗一郎(かみや そういちろう)だった。間を置かず、宗一郎からメッセージが届く。【つらい思いをさせたな。だが、神谷家の血を引く子だから、外に置いておくわけにもいかないんだ】私は携帯を胸元に伏せ、天井の青白い照明をぼんやりと見つめた。まだ麻酔が完全には抜けていなくて、下腹部にはぽっかりと穴が開いたような、何か大切なものをえぐり取られたような空虚さだけが残っている。隣から、また赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。とても元気な声だった。続いて聞こえてきたのは、男の笑い声。聞き間違えるはずもない……駿介の声。交際して4年、結婚して2年。耳元で何度も聞いてきたあの笑い声が、今はたった一枚の壁の向こうから聞こえてくる。なのに、まるで別世界の出来事のように感じてしまう。廊下では看護師たちが話していた。声を潜めているつもりなのだろうが、静かな病室には嫌でも届いてくる。「423号室の患者さん、かわいそう……大量出血で運ばれてきたのに、旦那さん、隣で愛人の出産に付き添ってるんだって」もう一人の看護師も声を潜める。「神谷家の人らしいよ。ほら、あの神谷グループの……旦那さん、ずっと前から不倫してるみたいだけど、奥さんの方の家族が離婚を許してくれないんだって」「なんで?」「お金でしょ。あれだけの家に娘が嫁いだら、そう簡単には手放せないじゃない?」訂正する気力もなかったし、そもそも、訂正する気にもなれない。駿介の不倫に初めて気づいたのは、ワイシャツの襟についた口紅が原因だった。私はそのシャツを手に、寝室の前で仕事の接待に出ている彼の帰りを待った。午前2時、酒の臭いをまとって帰宅した駿介は、私が持っているシャツを見ると一瞬だけ動きを止め、それから笑った。「それがどうした?付き合いの席でたまたまついただけだ」私は言い返した。「襟の内側についてるのに?どんな付き合いなら、そんなところに口紅がつくの?」駿介は面倒そうに手を振った。「お前が信じないなら、それでもいい」その夜、私たちは寝室で激しく言い争った。苛立ち任せにベッドサイドのランプを床へ叩きつけた駿介。砕けた硝子が、床一面に飛び散った。裸足の私はその真ん中に立ったまま、駿介を見
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第2話
私は口を開いたが、結局何も言わなかった。何を言っても、贅沢な悩みにしか聞こえない気がしたのだ。友人の言う通り、私はもう満員電車に乗る必要も、上司に怒られる必要も、月末に頭を抱えながら家計簿をつける必要もなくなった。外出には運転手がつき、ブランド物のバッグだって値札を気にせず買える。どこへ行っても丁重にもてなされた。でも、夫は不倫している。たったそれだけの言葉さえ、口にすれば誰もが「贅沢な悩みだ」と思うのだろう。だから私は、何も言わないことにし、誰の前でも完璧な笑顔を作り続けた。パーティーでは駿介の腕に手を添え、神谷家の若奥様は幸せなのだと、誰もがそう思うように品よく微笑む。でも、その笑顔の裏で何を飲み込んでいるのかは、私しか知らない。1本、また1本と、針を飲み込んでいくような毎日だった。玉の輿に乗るなら、茨の道も覚悟しなければならない、とよく言われるが、それでも昔の私は、自分だけは違うと思っていた。駿介とは大学の同級生。4年の交際を経て、卒業してすぐ結婚した。図書館で私が本を落とした時に、彼が拾ってくれた。差し込む陽光に照らされた彼の横顔が、まるでドラマのワンシーンのように眩しかったことを今でも覚えている。結婚式の日。大勢の祝福を受けながら私が駿介のもとへ歩いていくと、彼の目には涙が滲んでいた。私も泣いていた。あの日の私は、これが幸せの始まりなのだと信じて疑わなかった。母は満面の笑みを浮かべ、父は大きく出た腹を揺らしながら上機嫌で酒を酌み交わしていた。大学の友人たちは口を揃えて羨ましがった。「すごい人を捕まえて、人生大逆転だね」私自身も、本物の愛を掴んだと思っていた。けれど結婚生活は、少しずつ私を切り刻んでいった。最初の1年は、駿介もきちんと家に帰ってきたし、記念日には花を贈ってくれ、週末には私の好きな店へ連れていってくれた。それがいつからだったのだろう。帰宅時間がどんどん遅くなり、身体には知らない香水の匂いをまとわせるようになった。そして、私を見る目からも、少しずつ温度が消えていった。言い争い、泣き叫び、物を投げ、離婚を切り出したこともあった。でも、そのたびに宗一郎が間に入り、お金を積み上げて、夫婦の亀裂をなかったことにしてしまう。駿介はといえば、数日間私を無視したあと、何事もなか
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第3話
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。消毒液の匂いが鼻を突き、吐き気が込み上げたが、吐こうにも何も出てこない。「神谷さん……」蘭の声が痛々しげに揺れた。私は目を開け、彼女に笑いかける。「戻りましょう」蘭に支えられて病室まで戻ると、入口で二人の看護師が話していた。しかし、私たちには気づいていない。「422号室の人、すごいよね。男の子を産んだら、お義父さんから20億円のお祝いだってさ。もう桁が違いすぎる。私、一生働いてもそんなに稼げない」「でも423号室の人が奥さんなんでしょ?大量出血で運ばれてきた時、旦那さんは隣で愛人の出産に付き添ってたって。ひどすぎない?」「まあ、お金持ちの世界って分からないよね。奥さん、実家は普通の家らしいよ。結婚した時は玉の輿って散々羨ましがられたらしいけど、今じゃ……」蘭がわざと咳払いをすると、二人の看護師は振り返り、その表情を強張らせた。「神谷さん、中に入りましょう」蘭は私を支えて病室へ入りながら、二人をきつく睨んだ。ベッドに腰を下ろすと、蘭が温かいお茶を持ってきてくれた。私の前にしゃがみ、気遣うように顔を覗き込む。「気にしないでください。あの人たち、噂話が好きなだけですから」私は首を横に振り、お茶を一口飲んだ。温かいはずなのに、喉を通った瞬間、胃の奥まで冷えていくような感じがした。20億円。さっき聞いた言葉が頭の中をぐるぐると回り、耳鳴りだけが大きくなっていく。昨日、宗一郎が私に振り込んだのは16億円。それは慰謝料であり、口止め料。私にこれからも黙って、神谷家の飾り物でいろという金だった。そして、結愛への20億円は、報奨金。男の子を産んだこと、そして神谷家の跡取りを産んだことへの報奨金なのだ。20億円と16億円。4億円の差額。その4億円が、跡取りの「値段」。つまり、跡取りを産めなかった正妻と、男の子を産んだ愛人の差につけられた値段だった。コップをベッドサイドの台に置いた途端、なんだか無性に笑えてきた。宗一郎という人は、本当に計算高い。何にだって値段をつける。息子の不倫一回はいくら、孫一人はいくら、全部、きっちり計算している。宗一郎にとって、私もただの商品なのだ。しかも、とっくに使用期限の切れた商品。午後、ベッドにもたれながら、私は目を閉
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第4話
崇行は小さな顔をくしゃくしゃにして、気持ちよさそうに眠っていた。「先輩も、あんまり落ち込まないでくださいね」結愛が同情するように溜息をつく。「まだ若いんだし、きっとまたチャンスはありますよ。でも……」そこで言葉を切り、私の顔を窺った。「今回の大量出血で子宮がかなり傷ついて、もう妊娠できる可能性はほとんどないって聞いたんですけど……本当ですか?」私はシーツの下で、拳を強く握り締めた。「でも、不思議な縁ですよね」結愛は構わず話し続ける。「駿介は一人っ子だし、お義父さんもずっと孫を欲しがってたんです。しかも男の子だったから、もう大喜びで。盛大にお披露目をするって張り切ってるんですよ」彼女はベッドの脇に腰を下ろすと、雑談でもするように言った。「私って運がいいですよね。一人目から男の子なんて。もう跡取りの心配もしなくていいし」結愛の顔には、勝ち誇った笑みが浮かんでいた。「あ、そうでした」彼女は不意に声を潜め、私に顔を寄せてくる。「先輩、まさか私のこと恨んでませんよね?私と駿介、本当に愛し合ってるんです。実は、大学の頃から知り合いだったんですけど、あの頃はもう先輩と付き合ってたから、どうしようもなくて……先輩には分かります?本当に好きな人なのに、一緒になれない気持ち」大学の頃から?私は思わず顔を上げ、結愛を見つめた。結愛は何も知らない無邪気な後輩のように微笑んでいたが、その目は得意げに笑っていた。「先輩、大丈夫ですか?すごく顔色が悪いみたいですが」結愛は立ち上がった。「じゃあ、私は赤ちゃんに授乳しないといけないので、そろそろ戻りますね。先輩はゆっくり休んでください」そう言って結愛が背を向けた時、病室の扉が開いた。フルーツギフトを持った駿介が、入口に立っていた。結愛を見るなり、眉をひそめる。「なんでここにいるんだ?」その瞬間、結愛の表情が一変した。さっきまでの得意げな顔は消え、今にも泣き出しそうに目を潤ませる。「駿介……私、ただ先輩のお見舞いに来ただけなの。でも先輩が……先輩が……」彼女は俯き、声を震わせた。「私のこと泥棒猫だって……駿介を奪ったって……それに、この子のことまで父親のいない子……」私は結愛を見つめた。この女、女優にでもなればよかったのでは?これだけ見事に演じられるなら、さぞ向いていただ
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第5話
駿介はフルーツギフトをテーブルに置くと、その場に立ったまま、しばらく黙っていた。その顔を見ているうちに、昨日のことが脳裏に蘇る。昨日の午後、シャワーを浴びている最中、濡れた床で足を滑らせ、私はそのまま激しく床に倒れ込んでしまった。腰を浴槽の縁に打ちつけた瞬間、目の前が真っ暗になるほどの痛みが走った。必死に携帯へ手を伸ばしたものの、指が震えてうまく動かない。3度目の呼び出しでようやく駿介に繋がった。長い呼び出し音のあと、やっと電話に出た駿介。「駿介……転んじゃって……お腹が、すごく痛い……」震える声で私は精一杯伝えた。電話の向こうが一瞬沈黙した後、それから結愛の声が聞こえてきた。小さな声だったが、はっきり聞き取れた。「駿介、私さくらんぼ食べたいな。買ってきてくれない?」そして駿介は言った。「自分で救急車呼べ。結愛が果物食べたいって言ってるから、俺は今は無理」電話はそこで切れた。私は浴室の床に倒れたまま、天井の照明を見つめていた。やけに眩しくて、目の奥が痛かった。結局、使用人が私を見つけ、救急車を呼んでくれた。救急車に運び込まれる頃には、下半身が血まみれになっていた。病院に到着し、ストレッチャーで廊下を運ばれている時、意識は朦朧としていたが、それでも廊下に立つ二人の姿だけは見えた。果物の入った袋を提げた駿介と、その隣で、当然のように駿介の腕に絡みついていた結愛。ストレッチャーが二人の前を通り過ぎる時、駿介と目が合った。彼が眉をひそめ、何か言いかけるように唇を動かす。すると、結愛がいきなり腹を押さえてうずくまり、こう叫んだ。「駿介……お腹が痛い。もしかして、赤ちゃん生まれるのかな……」駿介はすぐさま結愛へ目を向けた。片腕で結愛の肩を抱き、果物の袋を持ち替えると、その身体を支えながら産婦人科へ向かっていく。私を乗せたストレッチャーは、そのまま先へ進んだ。天井の照明が一つ、また一つと後ろへ流れていく。私は目を閉じた。涙が目尻からこぼれ、こめかみを伝って髪の中へ消えていった。そして今、その駿介が何か言いたげに口を閉ざしたまま、目の前に立っている。「何?」私は静かに尋ねた。駿介はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開く。「澄香……昨日のことだけど……流産したなんて知らなかったんだ」
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第6話
私は何も答えなかった。駿介はベッドのそばまで来て腰を下ろした。珍しく、声が柔らかい。「まだ若いんだし、子供ならまたできるよ」また?私は思わず笑った。「もう無理かもしれないんだって、駿介。私、一生子供を産めないかもしれないみたい……これで満足?」駿介は黙り込んだ。視線を落とし、しばらくしてから口を開く。「今は医療も進んでるんだ。何か方法はあるだろ」駿介は真剣に言っているように見えたけれど、もう一言だって聞きたくなかった。駿介もこの話を続けたくなかったのか、すぐに話題を変えた。「腹が立つのは分かる。でも結愛は出産したばかりで身体も弱ってるんだ。今は休ませてやらないといけない。お前も結愛にいちいち突っかかるなよ」その言葉が、切れ味の悪い刃物で何度も抉られているように胸に刺さった。「私が突っかかってる?勝手にこの病室まで来たのは結愛だよ。あなたの息子を抱いて、男の子を産んだってわざわざ私に見せつけに来た。それでも悪いのは私なの?」駿介は眉をひそめた。「結愛はそんなことするような女じゃない。お前の受け取り方がおかしいんだろ」「私の勘違い?」思わず笑いが漏れた。「分かった。じゃあ、それは私の勘違いでいい。昨日、私が大量出血してストレッチャーで運ばれてた時、あなた、私のこと見たよね?私が血まみれで運ばれていくところ、ちゃんと見てたはず」駿介の表情が僅かに強張る。「それでもあなたは結愛のところに行った。あの人がお腹が痛いって言ったから」自分でも驚くほど、私の声は静かだった。「駿介、それも私の勘違い?」彼は何か言おうとしていたが、結局言葉は出てこなかった。「結愛とはいつからなの?あの人、大学の頃からあなたと知り合いだったって言ってた。その頃にはもう、私たち付き合ってたよね?二人が本当の愛なら、私は何だったの?」「澄香!」駿介が声を荒らげ、私の言葉を遮った。「お前さ、結愛のことになると、いつもそうだよな」駿介が苛立ったように立ち上がる。「俺はただ、考えすぎるなって言いに来ただけだ。今は余計なこと考えないで身体を休めろ。子供のことは、元気になってから考えればいい」感情が昂ったせいか、傷口に再び鋭い痛みが走り、冷や汗が滲む。もう言い争う気力もなかった私は、顔を背けて窓の外を眺めた。よく晴れていて、向かいの建物の
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第7話
駿介は固まった。「今、なんて言った?」「離婚」私は目を開け、真っ直ぐ駿介を見る。「離婚したいって言ったの」駿介は、意味が理解できないとでもいうように私を見つめていた。数秒後、ふっと笑う。「澄香、そんな馬鹿なこと言うな。子供が生まれたくらいで、そこまでしなくてもいいだろ?俺は結愛と結婚するなんて一言も言ってないし、あいつには何の立場もないんだ。神谷家の妻は今まで通りお前だし、この家だってお前のものだ」「私の家?」私は隣の病室との壁を指差した。「あなたの家なら、隣にあるんじゃないの?」「お前は一体どうしたいんだよ?」駿介の声が冷えた。「少しは結愛の立場を考えろよ。女一人で子供まで抱えて、大変なんだぞ。もう少し寛大になってやれ」寛大?「家庭を壊されても我慢して、愛人があなたの子供を妊娠しても黙って、挙げ句その子を抱いて病室まで見せつけに来られても笑ってればいいってこと?」私は彼を真っすぐに見つめた。「これ以上、どう寛大になればいいの?結愛を家に入れて、3人で仲良く暮らせば満足?」「結婚するつもりはないって言ってるだろ!」駿介が声を荒らげる。「何度言えば分かるんだよ。俺は結愛とは結婚しない。神谷家の妻はお前だ。それなのに、なんでそんなに話をややこしくするんだ?」「私がややこしくしてるって言った?」不思議なくらい、心は静かだった。「じゃあ、もうやめよう。離婚して、それぞれ好きに生きればいいじゃない。あなたは結愛と一緒になればいいし、私は出ていく。それで、誰も困らないでしょ?」駿介の表情が何度も変わったが、最後には鼻で笑う。「澄香、俺と離婚して、どこに行くんだ?実家か?お前の親、月に何回電話してくる?それも、毎回金の話ばっかりだ。弟だって、車を買う時も家を買う時も、お前が金を出してきた。俺と別れて、何であいつらを支えるんだ?」私は無言のまま、静かに彼を見つめ続けた。「それにお前の周りの友達もだ」と彼は続けた。「本当にお前のことを友達だと思ってるとでも?神谷家の嫁だから付き合ってるだけだろ。離婚して何もなくなったお前と、誰が今まで通り付き合うんだよ。何を使ってあの人間関係を繋ぎ止める?」言い切る頃には、駿介の呼吸は荒くなっていた。きっと、以前のように私が取り乱して泣き叫ぶのを待っているのだろう。だが、私は何もしなかっ
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第8話
退院の日、蘭が見送りに来てくれた。彼女は荷物をまとめるのを手伝いながら、そっと言う。「神谷さん……これからは、幸せになってくださいね」私は頷き、鞄から封筒を取り出して蘭に渡した。「この数日、本当にありがとうございました」蘭は最初こそ遠慮したが、最後には受け取ってくれた。病院の外へ出ると、眩しいほどの陽射しが降り注いだ。私は目を細め、大きく息を吸う。草や土の匂い、排気ガスの匂い、どこかの店から漂ってくる食べ物の匂い。ずっと忘れていた、自由の匂いだ。離婚の話は、思っていたよりもあっさり進んだ。宗一郎から電話があり、いつも通り落ち着いた口調で切り出された。「決めたのか?」「はい」「よく考えたんだな?一度離婚すれば、もう元には戻れない」「考えました」電話の向こうで数秒沈黙が続き、それから宗一郎は言った。「分かった。なら離婚しなさい。弁護士に協議書を作らせるし、渡すものもきちんと渡す」彼があまりにあっさりしていたので、少し驚いてしまった。後に分かったことだが、結愛が跡取りとなる崇行を産んだことで、宗一郎の態度は一変していたのだ。彼にとって必要なのは、孫を産んでくれる嫁だった。私がもう産めない体である以上、嫁を入れ替えたところで何の問題もないということだったのだろう。神谷家にとって、駿介の妻が誰であるかは重要ではなく、男の子を産めるかどうかが全てだった。離婚手続きは驚くほど早く済み、財産分与も揉めることなく進んだ。宗一郎から渡された金に、これまで貯めてきた分を合わせれば、どの街へ行っても十分に暮らしていけるだけの余裕があった。私が離婚すると知った母は、電話口で泣いた。「あなた正気なの?離婚なんかして、これからどうするの?一度離婚した女を、誰がもらってくれるのよ」「お母さん。私は、誰かにもらってもらわなくていいから」「弟だってまだ結婚してないのよ?あなたが離婚なんてしたら、向こうの家にどう思われるか分からないじゃない!」私は電話を切った。その後も何度かかかってきたが、出なかった。友人たちの反応も似たようなものだった。「澄香、本気?駿介さんが不倫してたって、神谷家の奥様でいられるんだよ?なりたくてもなれない人が山ほどいるのに」「そうだよ。男なんてそんなものじゃない?それに、次
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第9話
ある日、以前からの友人である森下千夏(もりした ちなつ)から電話がかかってきた。友人といっても、そこまで親しかったわけではないが、私が離婚した時、唯一責めるようなことを言わなかった人だった。電話に出るなり、千夏は興奮した声を上げる。「澄香、あの投稿もう見た?」「何のこと?」「ネットで今めちゃくちゃ拡散されてるやつ!大企業の御曹司の奥さんが流産して大量出血してるのに、旦那は隣で愛人の出産に付き添ってたって。コメント欄、大炎上してるよ!読んだ瞬間、澄香のことじゃないかって思ったんだけど。そうでしょ?」私は一瞬、言葉を失った。「誰が投稿したの?」「分かんないけど、病院の看護師が匿名で書いたっぽい。今、特定班が動いてて、もう神谷家だってバレてるよ!早く見てみて。駿介さんのことボロクソに叩いてるし、神谷グループの不祥事まで掘り返されて、株価も下がってる!」電話を切り、私はその投稿を開いた。投稿は詳しく書かれていた。正妻の私が大出血で救急搬送された時に、隣の病室で夫の駿介が愛人の結愛の出産に付き添っていたこと、私が独りで手術に耐えたこと、義父の宗一郎が結愛に20億円も渡したことまで。文章自体は決して上手くなかったが、それでも一文字一文字が刃物のようだった。薄情な男と、金ですべてを片づけようとした一族を、容赦なく切りつけている。コメント欄はすでに1万件を超えていた。【何この最低男】【奥さんが流産で大量出血してるすぐ隣で、愛人の出産に付き添ってたって?不倫とかいう次元じゃなくて、人として終わってる】【男の子産んだ愛人に20億円、正妻には16億円の口止め料?神谷グループの株なんか買いたくないわ。こんな家が経営してる会社、信用できないもん】【奥さんかわいそうすぎる。玉の輿に乗ったと思ったら、結局跡取りを産むための道具扱いじゃん】【奥さんって誰?寄付してあげたい】【いや金には困ってないだろ。足りなかったのは周りの人間の思いやりなんだから】記事は凄まじい勢いで拡散され、すぐに注目を集めた。神谷グループはすぐに、投稿内容は事実無根であり、虚偽の情報を流した人物に対して法的措置を取るという内容だったという、声明を出す。ところが、その声明が火に油を注いだ。【事実無根って、どこが?夫が不倫してないってこと?それとも、愛
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第10話
広くはないものの、細かなところまで丁寧に整えられた店だった。壁際の棚には様々な花瓶や花器が並び、隅には小さな丸テーブルと椅子が二脚。テーブルの上には開きかけの本と、半分ほど残ったコーヒーが置かれていた。壁には花の写真がいくつも貼られ、その横には手書きの付箋に、育て方や手入れの方法が書かれている。「このお店、一人でやってるんですか?」私はたずねた。「ええ。でも、忙しい時だけアルバイトに来てもらってます」男は花を包みながら答えた。「お見かけしたことがないのですが、最近引っ越してきたんですか?」「はい、2ヶ月前に」「やっぱり」包み終えた花束を脇に置き、男がこちらを見る。「どちらから?」「深津市からです」「じゃあ、盛沢市に隠居しに?」冗談めかして言われ、私も笑った。「そんなところですね」すると男も笑い、目を細める。「盛沢市は隠居には最高ですよ。僕もそのつもりで来たんで」私は思わず彼を見た。どう見ても30歳にもなっていない男が「隠居」と言っても、まるで説得力がない。私の疑問が顔に出ていたのか、男は肩を竦めた。「前はデザイナーをやって、会社も経営してたんですけど、途中で全部どうでもよくなって。それでここに来て、花屋を始めたんです」「どうでもよくなった?」「毎日忙しくしてるのに、何のために働いてるのか分からなくなってしまって」男は剪定鋏を手に取り、百合の茎を整えながら続ける。「お金を稼いでも、使いたいものがない。家を買っても、誰と住みたいのか分からない。それでようやく気づいたんです。僕に足りなかったのは、お金じゃなくて生活だったんだって」男は整えた百合を花瓶に挿し、私のほうへ向けた。「この花、綺麗でしょう?」百合はちょうど見頃だった。雪のように白い花弁の中で、黄金色の雄蕊が鮮やかに映えている。「綺麗です」「これが生活なんですよ」彼は微笑んだ。「花が咲いて、それを見て綺麗だなって思う。それだけで十分、生活してるってことです」少し変わった人だと思ったが、不思議と嫌ではなかった。むしろ、面白い人だと思った。それから私は、その花屋へよく通うようになった。最初は花を買いに行くだけだったが、そのうち、ただ花を眺め、そしていつの間にか、店の手伝いまでしていた。男の名前は有馬時生(ありま ときお)。私より
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