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第2話

Auteur: 灯り
悠斗はどうでもよさそうに言った。

「大丈夫だ。たとえ俺が追い出したって、あいつは地べたに這いつくばって泣きながら、捨てないでくれって俺にすがりついてくる。

どうせ、あの病弱な母親は俺がいなきゃ生きていけないんだからな」

私はよろめきながら何歩もあとずさった。すると、いつの間にか背後に人が立っていた。

「お姉さま、帰ってたのね」

振り返って陽菜の顔を見た瞬間、目つきがすっと冷えた。

「私に妹なんていないわ」

顔を背けて脇の扉へ向かおうとした、そのとき、陽菜がいきなり鋭い悲鳴を上げた。

「きゃっ!」

たちまち、リビングの談笑はぴたりと止んだ。

悠斗がポケットに手を突っ込んだまま歩いてきて、床に倒れている陽菜を見ると、意味ありげに私を一瞥した。

「お前が突き飛ばしたのか?」

陽菜はあわてて言い繕った。

「ち、違うの、違うの、お姉さまに突き飛ばされたんじゃないの。私が自分でうっかり……」

それから小さくすすり泣きながら言った。

「悠斗さん、お腹が少し痛いの……もしかして赤ちゃんが……」

悠斗は「ちっ」と舌打ちすると、陽菜を横抱きにし、振り返って私を見た。

「来い」

彼は陽菜を抱えたまま屋敷へ戻り、自分の膝の上に座らせた。その手つきは、まるで大切に守る宝物に触れるみたいだった。

御曹司たちは顔を見合わせ、そのまま全員部屋を出ていった。

私は黙ったまま中へ入った。すれ違いざま、彼らは面白がるように口笛を吹いた。

これまでどれだけ悠斗が女遊びにふけっていても、彼らが私の前でここまで露骨に無礼を働くことはなかった。

みな頭の切れる人間だ。悠斗にとって陽菜が、外のあの九十九人の愛人たちとは違う存在なのだと見抜いたのだ。

だから私も、あの愛人たちと同じ扱いになった。好き勝手にからかわれ、もてあそばれる側に。

それに気づいた瞬間、とっくに何も感じなくなっていたはずの胸がひりひりと痛んだ。

彼は何も尋ねなかった。ただ冷ややかに私を見て言った。

「伊織、謝れ」

私は唇をきつく噛みしめた。口の中いっぱいに鉄の味が広がるまで。

「私は突き飛ばしてない」

悠斗は口元に笑みを浮かべたまま、執事に命じた。

「伊織の猫を連れてこい」

私の瞳が揺れた。

「何をするつもり?」

悠斗は残酷に笑った。

「伊織、陽菜は外の女たちとは違う。陽菜は俺の仕事相手で、山本グループのお嬢様だ。そのうえ、俺の子まで身ごもってる。

俺は、自分の子の母親が誰かにいじめられるのを許せない。お前でも例外じゃない。

だから、お前には代償を払ってもらう。自分が何をしたのか、思い知らせるためにな」

その言葉が終わるや否や、彼は猫を煮えたぎる鍋の中へ放り込んだ。猫は凄惨な悲鳴を上げた。

私は駆け出した。だが、悠斗に腕をつかまれた。

彼は私の頭をテーブルに押しつけ、十年も私に寄り添ってくれた小さな猫が生きたまま熱湯に焼かれていくのを、無理やり見せつけた。

悠斗は私の耳元に顔を寄せ、低く囁いた。

「伊織、今回は猫で済ませてやる。これ以上陽菜に手を出すなら、次はお前の母親の命がどうなるか、よく考えることだな」

目に溜まっていた涙が、音もなく頬を伝い落ちた。

かつて彼があの愛人たちの前で私を守ってくれた光景が、今になってブーメランのように返ってきて、胸の奥に深く突き刺さった。

その直後、悠斗は一通の離婚協議書を私の前に差し出した。

「サインしろ。俺の子を隠し子にはできないからな」

私は全身を震わせながら、鍋の中に浮かぶ猫を見つめた。それは、私と母が家を追い出されたとき、たったひとつ残された慰めだった。今、その子も母と同じように、完全に私のもとからいなくなってしまった。

もう、この結婚に意味なんてなかった。

私は書類を受け取り、ためらいなく自分の名前を書いた。

私が少しも迷わなかったのを見ると、悠斗はふと眉をひそめ、鼻で笑った。

「もうお前は俺の妻じゃない。使用人部屋に移れ。今後お前の母親の治療費は、お前が働いて稼げ」

私は口元だけを引きつらせ、母が最期に残した言葉を思い出しながら、淡々と言った。

「もう必要ないわ」

そのとき、私の部屋のほうから何度も吐く音が聞こえてきた。

胸がどくりと沈み、私は部屋へ駆け込んだ。すると、母が私のために編んでくれたシーツの上が、吐瀉物でひどく汚されていた。

陽菜は立ち上がり、申し訳なさそうな顔をして私を見た。

「ごめんなさいね、お姉さま。どうしても我慢できなくて」

そう言って財布から千円札を一枚抜き取り、差し出してきた。

「このシーツもずいぶん古いみたいだし、1000円で弁償するわ」

パシッ!

私の目は真っ赤に充血していた。その頬を思いきりひっぱたいた。

「陽菜、いい加減にしなさい!」

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