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消えた妻

消えた妻

By:  吹く風Completed
Language: Japanese
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雨宮暁景(あまみや あきかげ)と結婚して七年目、彼は外で若くて生気あふれる女子大生を囲っていた。 誰もが言っていた。棣棠朝美(ていとう あさみ)は彼の唯一の愛する人で、命よりも大切にしている存在だと。 けれど彼は、その少女を腕に抱きながら、あっさりと言い放った。 「朝美?あいつはどうでもいい。結婚して七年も経てば、残るのは家族愛だけさ。いま一番愛してるのは、君だ」 それを知って、朝美は心の中で七日間のカウントダウンを始めた。 離れる日、暁景はまだ、自分の不倫が完璧に隠されていると信じて疑わず、朝美が戻ってきて自分の手作り料理を食べるのを待ちわびていた。 だがその頃、朝美はすでに人波の中へと姿を消して、静かにこの世界から身を引いていた。 それから、朝美に飽きたと言っていた暁景は、正気を失った。 すべてを投げ打ち、彼女を探して街をさまよい、すれ違う人々に必死に問いかけた。 「俺の妻を見なかったか?棣棠朝美っていうんだ。俺の一番愛する人だ!」 そして気づけば、彼は道端に座り込む浮浪者となって、彼女は誰よりも輝く存在になっていた。 それからの彼は、人生のすべてを懺悔に捧げることになった......

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Chapter 1

第1話

「棣棠先生、本当にこの極秘プロジェクトに参加されるおつもりですか?

一つだけ説明させていただきますが、参加者は全員、名前も身分も抹消され、この世界から完全に消えることになります」

棣棠朝美(ていとう あさみ)はしばし沈黙した後、静かで揺るぎない声で答えた。

「参加します」

電話の向こうで、わずかな驚きが沈黙の中に滲んだ。

「了解しました、棣棠さん。一週間後、専属のスタッフがお迎えに上がります。国のためにご尽力いただけること、心より感謝いたします」

通話が切れると、朝美の視線は再びテレビの生配信に戻った。

画面には、雨宮暁景(あまみや あきかげ)の整った顔立ちが映し出されていて、穏やかな笑みを浮かべながら司会者のインタビューに応じていた。

「雨宮さん、お仕事以外にも、視聴者の皆さんはあなたの恋愛事情に大変興味を持っています。よろしければ、少しだけでもお話しいただけませんか?」

その問いかけに、スタジオの観客席がざわめいた。

暁景は騒がしさなど意に介さず、細めた目で笑みを浮かべながら、左手薬指の指輪を右手でゆっくりと回した。

その仕草の一つ一つから、深い愛情が滲み出ている。

彼は少し自嘲気味に言った。

「恋愛事情といっても、きっと皆さんにとっては退屈ですよ。だって......」

声のトーンを変えて、続けた。

「私の人生には、女性は一人だけです。七年前に結婚した、たった一人の妻だけ」

抑えた愛情を一気に見せつけるようなその言い方に、観客からはどよめきとため息が漏れながら、生配信のコメント欄はあっという間に盛り上がった。

「羨ましい......雨宮さんと奥さん、本当におとぎ話みたいなカップル......!」

「大学の同級生でしょ?雨宮さん、プロポーズのために一年間も世界を巡って、行く先々で毎回プロポーズしてたって!」

「結婚式にはエッフェル塔をバラで飾って、パリ中を驚かせたらしいよ!」

「驚いたのがパリだけだと思ってるの?甘すぎるぞあんた!」

「この前なんて、雨宮さんが奥さんに小惑星を贈って、『あさみ』って名付けたんだって!」

「奥さんの名前は朝美(あさみ)でしょ?つまり名前の発音と一緒だよね!まさに宇宙レベルの愛だ!」

みなが口々に羨望を語る中、朝美の心は微塵も揺れなかった。

もし何か感じていたとすれば、それはただの冷笑にすぎない。

なぜなら、あの小惑星が名付けられたその日、彼女は暁景の浮気を知ったのだ。

しかもそれは、一時の過ちではなかった。一年以上も続いていた関係だった。

あの日、彼女は連絡もせず、手作りの昼食を持ってサプライズで会社を訪れた。

そして、駐車場で、暁景が他の女と抱き合って、キスしている姿を目撃した。

最初は、見間違いかと思った。

だが、すぐにその甘く耳に馴染んだ声が、彼女の幻想を打ち砕いた。

「泣かないで。小惑星一個くらいのことだろう?今夜は家に帰らないから、君のそばにいるよ」

女は嬉しそうに囁いた。

「ほんとに?」

そう言って、彼の体に飛びつき、両脚を腰に絡めて、挑発的に囁いていた。

「そう言ったからには、覚悟してよね?......どこまで耐えられるか、楽しみ」

「こっちのセリフだ」

暁景は笑いながら女を抱き寄せて、そのまま車へ乗り込んだ。

ナンバープレートは「1015」。朝美の誕生日だった。彼が自ら選んだ番号。

やがて、車体が揺れはじめて、淫靡な空気が充満していった。

朝美は雷に打たれたように、その光景をただ見つめていた。

一台の車が彼女に向かって走ってくるまで、呆然と立ち尽くしていた......

はっとして身をかわし、その場を足早に立ち去った。

後に知ったことだが、あの女の名前は桑田甘菜(くわた あまな)。暁景の七歳年下の後輩で、まだ大学生だった。

彼女をインターンの秘書として雇い、朝美の目の届かぬところでは、常に連れ歩いていた。

周囲の人間は皆、その女を「雨宮さんの恋人」だと思って、裏では「若奥さん」とさえ呼んでいた。

暁景が浮気していたことなど、誰もが知っていた。

......朝美だけが、何も知らずにいたのだ。

哀れなのは、それでもなお彼女が、暁景の作り上げた「理想の結婚」という幻想に酔いしれていたことだ。

彼女はまだ自分は「雨宮暁景の幼なじみ・初恋・ファーストキス・初婚相手」として、世間の憧れだと思っていた。

だがその裏で、暁景にとって彼女は......ただの笑い者だったか。

朝美はかすかに笑って、親友であり弁護士でもある紀伊凛子(きい りんこ)に電話をかけた。

「離婚協議書、作ってくれる?」

「......いいよ」

凛子は数秒の沈黙のあと、何も聞かずに答えた。

電話を切ると、朝美の胸にぽっかりと穴が空いたような感覚が残った。痛みは、骨の奥深くまでじんわりと染み込んできた。

そのとき、玄関の方から足音が聞こえた。

「ただいま。朝美」

いつものように走り寄って抱きつくことはなかった。朝美はソファに腰を下ろしたまま、身じろぎもせずじっとしていた。

暁景が背後から近づいて、彼女を包み込むように抱きしめた。顎を彼女の肩にすり寄せながら、甘えた声で囁いた。

「どうしたんだ、朝美ちゃん?機嫌悪いのか?無視なんて、ひどいな......」

朝美は、彼との間に距離を置くように、静かに身体を横にずらした。

「別に」

暁景はその異変に気づかず、彼女の頬を指先でつまみながら、屈託のない笑顔を見せた。

「なあ、ちょっと話があるんだ」

そう言って、スーツのポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。まるで手品のように。

「じゃーん、サプライズ!この前、君が可愛いって言ってたアクセサリー、覚えてたから買っちゃった。残念だが、リングは先に誰かに買われてて、イヤリングしかなかったんだ。でも大丈夫、指輪も手配済みだ。明日には届くよ!」

朝美は無言のまま、表情ひとつ変えずにイヤリングを傍らに置いた。

「指輪、いらない」

暁景は一瞬動揺して、慌てたように聞き返した。

「え?どうして?気に入らなかった?」

「気に入らない」

暁景はすぐにしゅんとした顔になって、素直に頷いた。

「......わかった。君がそう言うなら、やめておくよ。じゃあ、朝美ちゃんだけのために、オーダーメイドで作るね」

......違う、そうじゃない。

朝美は心の中で、静かに呟いた。

雨宮暁景、私がいらないのは......指輪じゃない。

あなたよ。
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第1話
「棣棠先生、本当にこの極秘プロジェクトに参加されるおつもりですか?一つだけ説明させていただきますが、参加者は全員、名前も身分も抹消され、この世界から完全に消えることになります」棣棠朝美(ていとう あさみ)はしばし沈黙した後、静かで揺るぎない声で答えた。「参加します」電話の向こうで、わずかな驚きが沈黙の中に滲んだ。「了解しました、棣棠さん。一週間後、専属のスタッフがお迎えに上がります。国のためにご尽力いただけること、心より感謝いたします」通話が切れると、朝美の視線は再びテレビの生配信に戻った。画面には、雨宮暁景(あまみや あきかげ)の整った顔立ちが映し出されていて、穏やかな笑みを浮かべながら司会者のインタビューに応じていた。「雨宮さん、お仕事以外にも、視聴者の皆さんはあなたの恋愛事情に大変興味を持っています。よろしければ、少しだけでもお話しいただけませんか?」その問いかけに、スタジオの観客席がざわめいた。暁景は騒がしさなど意に介さず、細めた目で笑みを浮かべながら、左手薬指の指輪を右手でゆっくりと回した。その仕草の一つ一つから、深い愛情が滲み出ている。彼は少し自嘲気味に言った。「恋愛事情といっても、きっと皆さんにとっては退屈ですよ。だって......」声のトーンを変えて、続けた。「私の人生には、女性は一人だけです。七年前に結婚した、たった一人の妻だけ」抑えた愛情を一気に見せつけるようなその言い方に、観客からはどよめきとため息が漏れながら、生配信のコメント欄はあっという間に盛り上がった。「羨ましい......雨宮さんと奥さん、本当におとぎ話みたいなカップル......!」「大学の同級生でしょ?雨宮さん、プロポーズのために一年間も世界を巡って、行く先々で毎回プロポーズしてたって!」「結婚式にはエッフェル塔をバラで飾って、パリ中を驚かせたらしいよ!」「驚いたのがパリだけだと思ってるの?甘すぎるぞあんた!」「この前なんて、雨宮さんが奥さんに小惑星を贈って、『あさみ』って名付けたんだって!」「奥さんの名前は朝美(あさみ)でしょ?つまり名前の発音と一緒だよね!まさに宇宙レベルの愛だ!」みなが口々に羨望を語る中、朝美の心は微塵も揺れなかった。もし何か感じていたとすれば、それはただの冷笑にす
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第2話
翌朝、朝美は自然に目を覚ました。結婚して七年、初めて暁景のために朝食を作らなかった。そのことに、自分でも驚いた。愛が冷めると、相手に対するすべての関心も一緒に消えてしまうのだと、初めて実感した。暁景はもう出勤しているだろうと思いながら、階下に降りると、意外にも彼はキッチンで朝食を準備していた。クリーム色のルームウェアを身に着けていて、彼女の花柄のエプロンをつけているその姿は、いつも冷徹で端正な彼とは違って、どこか滑稽で思わず笑ってしまった。朝美が裸足でいるのを見て、暁景は眉をひそめて、すぐに歩み寄って彼女を軽々と抱きかかえた。「どうして靴下も履いてないんだ?またお腹痛くなるぞ」彼女を優しく椅子に座らせると、膝をついて靴下とスリッパを丁寧にはかせてくれた。「ちょっと待ってて、朝ごはん持ってくるから」彼女は「いらない」と言いたかった。食欲なんて、全くなかったから。けれど、暁景はその言葉を待たずに、すぐに湯気を立てた朝食を運んできた。「君の好みに合わせたんだよ。牛乳は無脂肪にハチミツを少し加えて、トーストは砂糖なしの柔らかいやつ。目玉焼きの縁はわざと焦がしたし、ソーセージはイギリス風じゃなくてドイツ風で、焼いたやつだからね」彼は嬉しそうにひとつひとつ説明している。細かすぎるほどのこだわりを、誇らしげに話していた。彼女の好みを、全部覚えていた。そばで見ていた家政婦が感心して言った。「奥様、本当にお幸せですね。旦那様、奥様が珍しく寝坊していたからって、今朝は五時から起きて準備なさってたんですよ」朝美は淡々と「ありがとう」とだけ答えた。暁景は少し驚いて、不満そうに彼女の鼻先を指でつんつんした。「もう、冷たいなぁ。夫に『ありがとう』なんて言わなくていいのに」朝美は無言で、牛乳を手に取って静かに飲んだ。暁景は彼女が驚いているのだと思い込んだ。朝食を作ってあげるのは初めてだから。彼は彼女のそばに立って、まるで子犬のようにしっぽを振りながら、期待に満ちた顔をしていた。「驚かないで、好きならこれから毎日作るよ。一生ずっと、君のために」......一生か。もうそんなもの、残っていない。朝美は俯いた。暁景、あなたが浮気したその日から、私たちの「一生」は、あなた自身の手で壊されたんだ。食事が終わ
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第3話
暁景は甘菜に心が揺さぶられた。「サキュバスだな、君は......」彼はそう呟きながら振り返って、朝美の顔を見た。一目見ると、彼女の顔色が良くないことに気づいて、急にその心の波紋が静まり、緊張感が広がった。「後で話そう」「えっ、えっ、ねえ、暁景......」甘菜が言い終わっていないうちに、暁景は電話を切って、急いで朝美の元へ駆け寄った。「朝美、どうしたんだ?顔色悪いじゃないか?」彼は彼女をじっと見つめながら、眉をひそめて、心から心配している様子だった。朝美は彼を見つめて、その関心が本物かどうかを探ろうとした。「何でもない、たぶん......花粉症かも」暁景は拳を握りしめて、まるで自分の不注意を悔やむように、憤りを込めて言った。「俺が悪かった!君がアレルギー体質だって忘れてた!アレルギーが出るとすぐに熱が出るかも、行こう、急いで、車にアレルギー薬が常備してある」今の状況では、彼は朝美に歩かせることができず、すぐに横抱きにして駐車場へ向かった。車に乗ると、まず車の空気清浄モードをオンにし、それから医療キットからアレルギー薬を取り出した。朝美は実際には嘘をついていたから、仕方なく言った。「今は大丈夫だから、薬は要らない」「ダメだ!」暁景は断固として拒否した。「絶対に飲む」しかし、彼は朝美の可愛らしい顔を見て、その強硬な態度を一秒も保てず、すぐに柔らかい声で優しく言った。「朝美、薬は飲んでね、こうしよう、俺も一緒に飲むよ」そう言って、彼は薬を一緒に飲み込んだ。薬を飲み込む瞬間、朝美の胸が痛んで、頭がぼんやりした。薬も過ぎれば毒となる。この人が、薬さえも一緒に飲んでくれた。そんな人が、どうして他の人に心を分けることができるのだろう?帰り道、暁景は朝美に上着をかけて、車は速く安定して走っていた。赤信号で止まるたびに、彼は手を伸ばして朝美の体温を確かめたりして、少しでも具合が悪くなるのを心配していた。朝美は彼との接触を避けようとした。「運転に集中して、もう大丈夫だから」暁景は唇を開けて、数秒間悩んだ後、少し探るように尋ねた。「朝美、最近、ちょっと俺から距離を取ってるように感じるんだが、俺が何かつらい思いにさせちゃったか?」「ないよ」朝美はあまり話したくなかった。「ただ歩行者天国で食べたも
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第4話
スマホの画面に、暁景が江大で桑田甘菜を迎えに行く姿が映し出されていた。車に乗り込むと、甘菜は急いで彼にキスをした。暁景はそれを拒むことなく、目を閉じて、どこか楽しんでいるように見えた。二人は夢中でキスを交わし、車内には官能的な音が漂っている。その音が、彼女の胸に深く突き刺さった。体は冷え、震えが止まらなかった。彼女は指を手のひらに食い込ませて、痛みで冷静さを保とうとした。キスが終わり、甘菜は暁景に寄りかかって、指先で彼の胸を円を描くように触りながら、誘惑するように言った。「お兄ちゃん、今私があの下着をつけているかどうか、当ててみてくれる?」彼女はそう言いながら、暁景の手を自分のスカートの下に導いた。暁景の目は急に鋭くなって、薄い唇を軽く引き結んだ。「サキュバスちゃん、君にはまだどれだけの手練手管があるんだ?」甘菜は小さな顔を上げて、彼の喉仏を甘く噛んだ。「教えないよ、当ててみて」暁景は軽く笑って、彼女の唇を強く噛んだ。「口が硬いな。家に着いたら、君がどれだけ耐えられるか見ものだ」そう言うと、彼は急いでエンジンをかけて、北町の別荘に向かって車を走らせた。暁景が別の女性とイチャイチャしている様子を目の当たりにした朝美は、まるで鈍いナイフで心を突き刺されているかのように感じ、次第にその痛みが彼女を支配していった。体が冷たく、息ができず、まるで窒息しそうなようだった。彼女は体調があまり良くなくて、暁景も性行為で無理に要求したことはなかった。結婚して七年、彼女もまた罪悪感を感じていた。若い時期には体調が理由で彼を満足させられなかったことに対して、どうしても申し訳ない気持ちがあった。それでも、彼女は少しでも埋め合わせをしようと、夫婦として小さなサプライズを準備していた。しかし、暁景はどんなに深く愛しても、常に理性を保っていた。「朝美、君は何も気にしなくていい。俺が愛しているのはお前という人間だ。二人がうまくいっているかどうかなんて関係ない。たとえうまくいってなくても、俺の愛は変わらない。俺の愛は、性欲とは関係なくて、君は朝美だからだ」かつて、もし男性がベッドで女を傷つけることを避けるなら、それは本当に愛している証だと言われていた。朝美はその言葉を心から信じて、暁景の愛を信じていた。しかし、彼
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第5話
必ず傷つくと知りながら、朝美は無意識のうちに甘菜のSNSの投稿履歴を開いていた。投稿は頻繁に更新されていて、甘ったるい恋の匂いで溢れていた。一年前の投稿にはこう書かれていた。「今日はお兄ちゃんがプライベートパーティーに連れて行ってくれたの。ちゃんとみんなに紹介してくれて......もしかして、やっと私のこと認めてくれたのかな?」誕生日には、男の後ろ姿の写真と一緒にこう綴られていた。「ケーキを作れる男の人って、本当に素敵。でも彼が言ってくれたの。『ケーキより君のほうが甘いよ』って。えへへ♡」バレンタインデーには、泣き顔の猫スタンプとともに投稿があった。「バレンタインって恋人と一緒に過ごす日でしょ?どうして妻のところに帰っちゃうの?うぅぅ......あのババアにお兄ちゃん取られるなんて理不尽すぎ。愛されてない方が『本物の』浮気者じゃないの?」三ヶ月前には、こんな投稿も。「今日、初めてお風呂でお兄ちゃんと遊んじゃった。息が荒くなる声、可愛すぎて反則。顔赤くしちゃって......まさか結婚七年目の男がこんなピュアだなんて。完全に私のものって感じで、ちょっと誇らしい〜」そして、先週の投稿。「ちょっとやりすぎちゃって、病院送りに。黄体嚢胞が破裂って診断された......原因はお兄ちゃんが元気すぎるせいだって。これって『嬉しい悲鳴』ってやつ?彼氏が欲しがりすぎて困ってる〜誰かアドバイスちょうだい!」それを見ると、朝美は思い出した。ちょうど先週、自分は生理痛で熱まで出して、家政婦も休みだったため、暁景に病院まで送ってほしいと頼んだ。でも彼は「会議がある」と言い、一人でタクシーに乗って行かせたのだった。まさかその頃、彼は別の女と、黄体嚢胞が破裂するほど盛り上がっていたとは。兆しは、ずっと前からあった。ただ、自分が気づこうとしなかっただけ。......朝美は黙ってスクロールし続けた。そして、最新の投稿が更新された。「最低な男!クソ野郎!今夜は一晩一緒にいるって言ってたくせに、急に帰るとか信じらんない!あのババア、そんなにいいの!?絶対に許さない。でもまあ......ぜんぶ搾り取っておいてよかった。じゃなきゃ、あのババアに取られちゃうもんね!」暁景が目を覚ましたのは、深夜二時。雷鳴で目が覚めた。反射的に飛
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第6話
暁景の目が鋭くなって、胸の奥がざわついた。朝美が何かに気づいたのではないかと、慌てて部屋を一つずつ探し回った。やっと書斎で朝美を見つけると、ホッと胸を撫で下ろした。彼女は二週間後のアメリカ行きのチケットを見ていた。彼は深く考えず、ただの旅行計画だろうと思って、静かに彼女に腕を回して優しく言った。「こんな夜中にチケットなんて見て、どこか行きたくなった?」朝美は横目で彼を見た。その視線の先に、彼の首筋にくっきりと刻まれた無数の赤いキスマークが目に入った。濃淡さまざまな、絡み合うような跡......激しかったのだろうね。どれだけ愛し合って、どれだけ欲しがり合えば、そんな跡が残るのだろう。彼女は視線を逸らして、無表情で言った。「なんとなく、見てただけ」暁景は彼女を抱き上げて、寝室へ向かった。「夜更かしは体に悪いからさ。明日は俺が旅行先を決めるよ。今は暑いし、どこか涼しいところで避暑でもどう?」朝美は彼の首に腕を回したまま、虚ろな目で天井を見上げていた。わからない。どうしてこの男は、たったさっきまで別の女と身体を重ねていたのに、次の瞬間にはこんなに自然に、彼女を気遣うことができるのか。ひとつの心を、どうして二人に分けられるの?「どこでもいいわ」そう言って、彼女は背を向けた。暁景はただ疲れているだけだと思って、彼女を包み込むように抱きしめた。子どもを眠らせるかのように背中をやさしく撫でながら囁いた。「さあ、眠ろう、眠ろうね」こういう光景には慣れていた。不眠に悩む夜、彼はいつもこうして、朝まで眠らずに寄り添ってくれた。目が充血していても、翌日に会議があっても。朝美は目を閉じて、皮肉な笑みを浮かべた。あの頃が幸せだった分、今がこんなにも惨めだなんて。......こんな男、もういらない。翌朝、キッチンに暁景の姿はなかったが、ダイニングテーブルの上にはメモが置かれていた。「朝美へ。今日は新商品の記者発表会で、遅刻できないんだ。朝食、一緒に食べられなくてごめんね」見慣れた朝ご飯が並んでいた。以前なら、そんな心遣いに感動していたはずなのに、今ではただの噓にしか見えなかった。「佐々木さん、料理、全部捨てて」「ぜ、全部ですか?奥様、これは旦那様が心を込めて......」
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第7話
実は、今日の新商品発表会で、暁景は桑田甘菜を連れてきていた。甘菜は場に合ったセクシーな職場の服を着ていて、栗色の波状の髪で、まさに職場の魅力的な美人そのものだった。メディアは美しい女性を好むため、ライブ配信では甘菜に多くのカメラが向けられた。何度かのシーンでは、暁景と同じフレームに収められていた。ある角度では、二人がほとんどくっついているように見えた。そのライブ配信がネットにアップされると、すぐに盛大な議論を巻き起こした。ネット民たちは、イケメン社長と美女秘書がまるで小説のようだと大騒ぎだった。さらに多くの人が、そのカップリングを支持しないようなことを言って、暁景は7年間結婚しており、夫婦の愛は揺るがないと説明した。そのため、関心を持った人々は朝美の容姿を知りたがって、数日前に江大で撮った二人のツーショットが見つかった。更に、「雨宮奥さんと桑田秘書、どちらが雨宮社長とお似合い?」という変なテーマが人気を集めた。その上投票も行われ、「青陣営」が朝美を、「赤陣営」が甘菜を支持した。暁景の合法的な妻である朝美は当然、多くの支持を集めた。「世界一可愛いあまな」と名乗る人物がリプ欄に不満を表した。「お似合いかどうか、相手との雰囲気や愛情が大事なんじゃないの?なんで結婚しただけで高く評価されるの?私には桑田秘書と雨宮社長の愛情の方が何倍も強く、まさにぴったりだと思うわ!本当の愛はタイミングのせいで逃したことがいっぱいあるよ。どう言われても、私は信じる、もし桑田秘書が先に雨宮社長と出会ってたら、雨宮社長が愛したのは彼女に違いない!それに、雨宮社長は7年も結婚してるって?もしかしたら、もう雨宮奥さんには飽きているんじゃない?責任や義務に縛られて離婚できないだけかも」実際、甘菜のこうした言葉は朝美には何の影響も与えなかった。彼女は暁景をよく理解していた。彼の性格からして、責任や義務で彼女と一緒にいるはずがない。愛がもう遠くに行ってしまったとしても、彼が彼女に抱く感情はなくなったわけではない。ただ、それがもう純粋ではなくなっただけだ。ちょうどこの時、誰かが甘菜に返信をした。「この分析に賛成する」朝美はそのおなじみのIDを見た瞬間、目を見張った。それは暁景の個人用アカウントだった。これは暁景自
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第8話
「奥様、こんにちは。会社の秘書、桑田甘菜です。今晩発表会後、晩餐会がありますが、取引先の方々は家族を連れてくることになっているのです」電話を切った甘菜は、満足げに微笑んだ。SNSには、暁景が彼女にひざまずいて指輪をはめてくれる写真を投稿して、それをわざと朝美にも見せつけた。さらに、彼女と暁景が似合っているという話題も、朝美の目に入るようにしておいた。しかし驚くことに、朝美は何も反応しなかった。今度は、暁景と彼女が一緒にいることを、人目を避けずに見せつけたくなった。甘菜は確信していた。この技を仕掛ければ、朝美の心理的防衛が崩れるだろうと。朝美は暁景との関わりを避けたかった。だが、彼女は会社の最大の株主であり、創業者の一人でもある。出席すべきビジネスイベントには責任を持って参加しなければならない。ちょうどホテルにいたので、宴会場で待機することにした。しばらく待っても暁景の姿が見当たらないため、彼女はlineでメッセージを送った。「晩餐会に着いたけど、あなたはどこ?」メッセージを送った後、少し空腹を感じた。気づけば、彼女は一日中食事をしていなかったので、果物の盛り合わせを持って静かな場所で少し食べることにした。ウェイターが近づいてきて、彼女を追い出そうとした。「すみません、宴会場をずっとぶらぶら歩いているのを見かけましたが、退場してください。この晩餐会には紀行テクノロジーの社長夫婦と取引先のご家族だけが招待されているのです」朝美は冷静に言った。「私は暁景の妻です」ウェイターは嘲笑の表情を浮かべて言った。「嘘をつくなら、もっと説得力のある嘘にしてください。盗み食いして、暁景の妻だなんて、雨宮社長と雨宮奥さんはあちらにいますよ!」ウェイターの視線を追って、朝美はその方向に目を向けた。気づけば、晩餐会はすでにひっそりと始まっていた。暁景は甘菜と一緒に乾杯したり、お喋りをしていた。甘菜は彼の腕に手を回しながら、顔を暁景に寄せていた。暁景のもう片方の手は、手を回されたところに軽く重なっていて、まるで寄り添っているかのように見えた。夫婦のように。朝美は苦笑して、口に入れたチェリーの甘さすら感じなくなった。「その通り、私は嘘をついてしまいました。今すぐ出て行きます」彼女は腕で体を支えて立ち上がり、よ
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第9話
「ほらほら、暁景、恐妻家にもほどがあるぞ。俺まで恥ずかしくなるわ」「ハハハ、堂々たる雨宮社長が、実は恐妻家だったなんて。聞いた話だと、あなた、義姉さんのために足を洗って靴を履かせてあげたんだって、本当なの?」「もちろん本当だ。それに、恐妻家より俺は愛妻家だ」周りから笑い声が上がった。暁景は恥ずかしがる様子もなく、むしろ誇らしげだった。「言っとくが、もし朝美みたいな素敵な奥さんを娶ることができたら、誰だって愛妻家になるぞ!」暁景が甘ったるくなる一方、朝美は彼の演技をこれ以上見ることに耐えきれなかった。「すみません、今日はちょっと具合が悪いので、先に帰るね。みんな、楽しんで」暁景はすぐに立ち上がって、「送っていくよ」と言った。朝美は言った。「これは会社の晩餐会だから、あなたは帰れないでしょ。大丈夫、気にしないで」そして振り返ることなく、外に出て行った。暁景は追いかけながら言った。「家に帰ったら、メッセージを送ってね」彼女が出て行くのを見送ってから、ようやく暁景は宴会に戻った。車はそれほど遠くない距離を走っていたら、朝美は突然バッグを個室に忘れたことに気づいた。中には離婚契約書が入っており、まだ暁景に見せるわけにはいかないから、必ず取りに戻らなければならない。それで彼女は運転手にUターンして、宴会場のホテルに戻ってもらった。朝美が帰った後、部屋の雰囲気も変わった。桜木家の御曹司が暁景の肩を叩きながら言った。「暁景、お前、本当にすごいな、義姉さんにあんなのを見られても、うまく誤魔化せるなんて」山田家の御曹司が真面目に分析した。「結局のところ、暁景と義姉さんは仲が良いし、暁景がいつも義姉さんに優しいから。彼女は暁景を疑うことはないだろう」小林家の御曹司が言った。「学んだぞ。外にどれだけ女性がいようと、家の奥さんさえしっかり押さえておけば、自由に遊べるってことだな」暁景は黙ってワインを飲みながら、心の中で動揺していた。さっき朝美を見た瞬間、彼は心臓が飛び出るかと思うほど驚いて、恐怖に包み込こまれた。そして、彼は心の中でしっかりわかっていた。自分は絶対に朝美を失うことができないと。それは死ぬことより辛いから。彼はワイングラスを置き、静かに言った。「もし誰かが桑田のことを話して、朝美に知られ
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第10話
猛スピードで走ってきた電動バイクが、彼女を防護柵に叩きつけた。朝美は激痛に顔を歪めながら、冷や汗がにじんだ。ぶつけた箇所を押さえて、まともに息もできなかった。「ふざけんなよ!」バイクの男が怒鳴った。「死にてえなら静かなとこで首でも吊れ!道路に出てくんな、他人巻き込むんじゃねえ!」朝美はすぐに自分の非を理解した。理不尽な怒声にも言い返さず、責任はこちらにあると受け入れた。顔面蒼白のまま、申し訳なさそうに頭を下げた。「すみません......前をちゃんと見てなくて。本当に、ごめんなさい」男は彼女を一瞥し、舌打ちしてそのまま去っていった。朝美は歯を食いしばって、なんとか立ち上がった。だが一歩踏み出した瞬間、脚のあいだから生ぬるい液体がじわりと広がる感覚がした。全身が凍りついて、目が見開かれやた。そしてまるで悪夢を見るように、ゆっくりと視線を落とした。スカートの裾から、鮮血が、ぽたりぽたりと地面に落ちていた。頭の中が「ブーン」と鳴り、視界がゆらいだ。転びそうになるのを必死に堪えて、震える手でタクシーを止めようとした。涙がぽたぽたと、止まることなくこぼれ落ちた。「タクシー......お願い、病院に......赤ちゃんが......赤ちゃんが......」その頃、ホテルの個室では。暁景と桑田甘菜が、男たちと一緒に「真実か挑戦か」で盛り上がっていた。部屋は熱気と下品な笑い声に包まれていた。暁景はいつも朝美とクラシックを聴いたり、美術展を巡ったりしていたせいか、こういった軽薄な遊びには慣れていなかった。連敗を重ねるうちに、質問の内容もどんどん下品になっていった。「暁景、また負けたな。次は......一番興奮するシチュエーションは?」これはいわゆる「エロ質問」。だが、暁景はすっかりノっていて、ためらいなく答えた。「お風呂。制服プレイ」甘菜が猫なで声で訂正する。「制服っていうか......セーラー服でしょ?」暁景は彼女の腰を撫でながら、甘くささやいた。「じゃあ、次は制服着せてみるか」「CA?ナース?」「CAのあと、ナースな」甘菜は頬を赤らめながら彼の肩を叩いた。「もう......なんでそんなこと、堂々と言うのよ」暁景はくすっと笑って、彼女の唇にキスを落とした。
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