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第9話

Author: 無恙
凛河は、自分が海に浮かんでいるような感覚に囚われていた。

波が彼を押し、さらに深い海へと運び、意識はふわふわと漂い、定まらなくなっていた。

彼は長い夢を見ていた。依夜と過ごした一つ一つの瞬間が夢に現れた。

彼女の笑顔は鮮明で、まるですぐそばにいるかのようだった。

しかし、触れようとすると、それは一瞬にして泡のように消えてしまった。

彼は桜の木の下で片膝をつき、指輪を手にしている自分を見た。

「依夜、俺と結婚してくれないか?」

依夜の目には喜びと驚きがあふれ、やがて涙が目の縁に溜まった。

「依夜、わかってる。俺と一緒にいることは多くの危険を伴うことを。不法者や復讐を狙う犯罪者たちがいる……でも誓う、命をかけて君を守ると。

俺の人生で愛するものは三つだけだ。職業と、国と……そして君だ。

この一生、君を裏切らない!」

依夜が手を差し伸べた。彼は喜びで指輪をはめようとしたが、その手は引っ込められ、彼女の青ざめた顔が目に入った。

「周防、裏切り者は、必ず皆から見放され、孤独に死ぬよ」

次の瞬間、彼女は無数の破片に砕け散った。

「依夜……」

凛河は叫びながら、激しく目を覚ました。

強い消毒液の臭いが鼻を突いた。彼は病院のベッドに横たわっていた。

「凛河さん、やっと目を覚ました……」

菫は泣き出しそうな顔を浮かべながら言った。

だが凛河は布団を跳ねのけ、裸足のまま飛び起きて外に出ようとした。

「依夜……依夜を探すんだ!」

しかし二歩歩くと視界が一瞬暗くなり、ベッドの縁に掴まって倒れずに済んだ。

「隊長!上からの指示です!すぐに出動してください!」

「凛河さん、私も一緒に行きます!」

手渡された公文書を見て、彼は指が震えた。傍らの部下がすぐに言った。

「救助隊は全力で捜索中です!」

誰もその船に乗った人の生存を信じてはいなかった。ただ凛河の心を落ち着かせているだけだった。

凛河は公文書を受け取り、かすれた声で言った。

「行くぞ……」

……

「第五倉庫で人質が拘束されています。人質は重要な幹部です。上司からの指示は『いかなる犠牲を払っても人質の安全を確保せよ』です!」

凛河は大股で現れ、誰かが急いで状況を説明し、低い声で言った。

「隊長、ご愁傷さまです……」

彼は足を止め、目が一瞬冷たく光った。

「何を言ってるんだ!
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