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第4話

Author: 無恙
クルーズに乗り込んだその日は、雲ひとつない快晴だった。

凛河と菫は並んで歩きながら、楽しげに笑い合っていた。

まるで……依夜の存在なんて、初めからなかったかのように。

船内は華やかに飾りつけられ、まるでこれから盛大なイベントでも始まるような雰囲気だった。

夜になると、やはり……凛河はロマンチックなキャンドルディナーを用意していた。

依夜は彼の向かいに静かに座り、深く息を吸った。

「ちょうどいい機会ね。ちゃんと話をしたい」

凛河は穏やかに微笑んだ。

「そうだね……まずはこれを食べてみて。牛ステーキ赤ワインソースだ。君のために特別に用意したんだよ」

彼は懐かしそうな口調で続けた。

「初めてのデートも、ステーキだったよな。君、レアが苦手で、ウェルダンに焼き直してもらったっけ。あの時の店員の顔、今でも忘れられないよ、はは」

依夜は無言でナイフを動かし、肉を口に運んだ。

無理に笑顔を作りながら、静かに答えた。

「ええ、覚えてる。あなた、あの日言ったのよ……『一生、依夜を守る。どんな傷も負わせない』って」

だが、その声に滲んだ苦みには、凛河は気づかなかった。

依夜はすぐに感情を飲み込み、話を続けようとした。

「……少し話したいことが……」

その瞬間、視界がぐらついた。

目の前で、凛河が慌てて立ち上がるのが見えた。

「依夜、酔ったみたいだね」

その声は優しかった……けれど、依夜の背筋に冷たいものが走った。

ステーキに含まれていた少しのワインだけで酔うはずがない。

……まさか、何か盛られた?

そう思ったときには、すでに意識が遠のいていた。

……

ぼんやりと意識が戻ったとき、依夜の胸には、怒りが静かに、しかし確かに広がっていた。

凛河は……彼女に薬を盛ったのだ。

ここはクルーズ内の一室。

身体を起こすまでにしばらくかかったが、ふらつきながらも部屋を出た。

甲板に出ると、遠くからにぎやかな歓声が聞こえてきた。

灯りがきらめき、キャンドルがゆらめくその場所には、輪になって集まる知り合いの姿がたくさんあった。

その中心にいたのは、見覚えのある二人だった。

背後に掲げられていたのは、光り輝く大きな看板だった。

【菫、お誕生日おめでとう】

手足から、一気に血の気が引いていった。

歓声が沸き、凛河が菫にプレゼントを手渡していた。

人々がバースデーソングを歌い、グラスを交わし、笑い声が絶えなかった。

凛河の口の動きがはっきりと読めた……

「願いごとを言って。どんなことでも、俺が叶えるよ」

足元が崩れるような感覚に襲われ、依夜はふらふらと部屋に戻っていった。

……そういうことだったのか。

このクルーズは、結婚記念日のためではなく、須藤の誕生日を祝うためのものだった。

そして彼は、そのために……自分に薬を盛ることすら厭わなかった。

その夜、ようやく宴が静まったころ、ドアがノックされた。

足音だけで、依夜にはそれが凛河ではないと分かった。

顔を上げると、ケーキを手にした菫が入ってきた。

「目を覚ましてたの、知ってるわよ。さっき甲板で見かけたから」

菫は高慢な笑みを浮かべながら、ケーキをテーブルに置いた。

「どうぞ。今ごろ、心の中はぐちゃぐちゃでしょ?」

彼女は……依夜の苦しむ顔が見たかったのだ。

けれど、ベッドに腰掛けた依夜は背筋をまっすぐに伸ばし、静かで冷ややかな眼差しを返した。

「そのケーキを持って、出て行って」

菫の表情がわずかに歪んだ。

「あなたの旦那が、私の誕生日をあんなに盛大に祝ってくれたのよ?それが何を意味するか、分からないの?」

「ええ、分かってるわ」

依夜は手で退室を示しながら、静かに言った。

「だから何?私はもう、あなたたちのことに興味なんてない。わざわざ『凛河は私のもの』なんて宣言しに来る必要はないわ。

私と彼の関係なんて、もうとっくに終わってるの」

彼女の言葉に言葉を失った菫を見送りながら、依夜は静かにベッドへ戻った。

眠れないと思っていたが、薬がまだ効いていたのか、彼女はすぐに深い眠りへ落ちた。

夢の中で思い出したのは、結婚して初めて迎えた誕生日だった。

あの日、凛河は彼女の目を隠して、小さな島へ連れて行った。

「この島は、俺からのプレゼントだよ。海が枯れても、俺たちはずっと愛し合ってる」

夢の中で、依夜は静かに涙を流した。

……誓いとは、なんて軽い言葉だろう。

「ずっと愛し合ってる」なんて、なんと難しいことか。

……

翌朝、目を覚ますと、テーブルには朝食が並び、薔薇の花が添えられていた。

凛河は、申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。

「依夜、牛ステーキ赤ワインソースの一皿で酔っちゃうなんて……本当に驚いたよ」

依夜は、何も言わなかった。

笑顔すら、もう浮かべることができなかった。

帰宅後、彼女はまっすぐ人事部門へ行き、独身証明書を申請した。

そのあと家に戻って、簡単に荷物をまとめた。

持っていけるものは、ごくわずかしかなかった。

部屋に残されたほとんどの物には、二人の記憶が染みついていたから……もう、何ひとつ欲しくなかった。

引き出しを整理していると、奥から古い携帯が出てきた。

ずっと前に機種変更して放置していたものだった。

なぜかまだ使える。

彼女はふと不思議に思いながら中を確認し、そして……

送信履歴の中に、一通のメッセージを見つけた。

宛先は、何年も連絡を取っていない実の兄・仲程涼夜(なかほど りょうや)だった。

【私と凛河のことを邪魔しないで。あなたの顔を見るだけで吐き気がする】

……その瞬間、依夜の心は、音もなく凍りついた。

それは……彼女が送ったものではなかったのだから。

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