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その言葉が発せられた瞬間、コメント欄は束の間の静寂に包まれた。彼は深く息を吸い、続けた。「俺は結婚していたにもかかわらず、暁音に隠れて何度も彼女と二人で会っていました。二人きりで過ごした時間も、彼女への気遣いも、普通の付き合いの範囲をはるかに超えていました。俺は職員としての責任を果たせませんでした。ましてや、良い夫なんかじゃありませんでした」彼は数秒、沈黙した。「この件については、大学からどんな処分を受けても受け入れます。真理が俺の……元妻に対して行った誹謗中傷についても、すでに証拠を警察へ提出しました。どうか、暁音への根拠のない攻撃はやめてください」そう言うと、彼はカメラに向かって深々と頭を下げた。コメントは次々と猛烈な勢いで流れていった。それでも彼は顔を上げなかった。部屋の隅に座り、顔の半分を影に隠したまま、静かに呟く。「俺は、どうしようもないくらい間違ってた……初めて彼女に会ったとき、ただ君に似てると思ったんだ。君と同じ、何があっても負けないあの強さを見て、無意識に彼女の味方をしたくなった。君が後になって、彼女は君の父親の不倫相手の娘だと言っただろ。俺は信じなかった。あんな若い子が、君の言うほど悪い人間だなんて信じたくなかった。だからわざと君を怒らせて、ますます彼女を庇った。何をするにも、彼女を優先した。それがいつの間にか、当たり前になってた」彼は誰もいない空間に向かって、ぽつりぽつりと語り続ける。その目は虚ろだった。「今になって、全部が彼女の周到な演技だったと分かった。それでも……まだ俺にやり直すチャンスをくれるか?」ライブ配信は続いていた。私はスマホの画面を消した。真っ黒になった画面に映ったのは、穏やかな顔だった。遅すぎた愛情なんて、ただの自己満足だ。あの頃受けた傷を、私は決して許さない。大学からの処分発表は、すぐに出された。悠人は助教の職を解かれ、わずか1週間後に予定されていた正規採用の話も白紙になった。大学側は悠人と真理の件について緊急会議を開き、他の職員たちにも今回の件を教訓とするよう求めた。2年間、大学で真面目に仕事をしてきた彼の謙虚なイメージは、完全に崩れ去った。真理は故意に人を傷つけた罪により、懲役3年の判決を受けた。
それからの日々は穏やかに過ぎていった。真理の件も、すぐに進展があった。監視カメラには、彼女が私を突き飛ばした数秒間がはっきりと映っていた。それに加え、私が提出した妊娠検査の結果も証拠として認められた。学校は彼女への処分を、重大な処分を伴う厳重注意とし、1週間の謹慎処分に決めた。本人が必死に「わざとじゃなかった」と弁解しても、警察は彼女から事情聴取を行った。彼女に対する最終的な処分は、3日以内に決まることになっていた。これですべて終わる。私はそう思っていた。ところが、真理が投稿した1件の書き込みが、大学を一気に騒がせた。そこには偽造された結婚写真が1枚添えられていた。写真には、真理と悠人の名前。そして彼女は、私が彼女の結婚生活に割り込んできたと訴えた。さらには、お腹にいる「私生児」を盾に彼女を脅迫したとも。脅しが通じないと分かると、わざと彼女の目の前で転んで、世間の同情を買おうとしたのだという。今、彼女は誰にも頼れず、私の偽証のせいで刑務所に入ることになるかもしれない。彼女の言葉は断定的で、感情に満ちていた。事情を知らないネットユーザーたちは、あっという間に彼女の言葉に流されていった。【この女、最低。自分が不倫相手のくせに、大学まで巻き込むとかありえない】【顔を見てももう若くないだろ。なんでこんなことするんだよ】【妻がここまで堂々と不倫相手に宣戦布告するの、初めて見た。面白すぎる】人前では、彼女はいつだって演技がうまかった。芯の強い、か弱く可憐な女性。そんな姿を完璧に演じていた。一方、悠人は昔から仕事と私生活をきっちり分ける人だった。彼が結婚していることを知る人は、ほとんどいなかった。しかも、これまで彼自身が曖昧な態度を取り続けていたこともあり、彼と親しい人たちが次々と声を上げ始めた。【二人、確かによく一緒に大学に出入りしてたよ。先月なんて、彼女が悠人の車から降りてくるのを見た】【最初の頃、彼女が胃痛で動けなくなったとき、悠人が自分で背負って医務室まで連れて行ってたのを覚えてる】【もう大人なんだし、大学で秘密裏に結婚してても別におかしくないだろ】噂はますます広がり、真理を擁護する声はどんどん増えていった。彼女はその流れに乗って、さらに付け加えた。【この件は、私と
悠人の髪は雨に濡れて水滴が滴り、額に乱雑に張り付いていた。こんなにもみじめな彼を見るのは初めてだった。「私、約束があるの」「数分だけでいい。話が終わったら、すぐ帰るから」彼は懇願するように言った。目の下には濃い隈ができていて、何日もまともに眠っていないようだった。「民宿の宣伝動画に君が映ってるのを見て、やっと本当に君だって確信した。この数日ずっと考えてた。どうして俺は、こんなにも君のことを気にかけられなくなってたんだろうって。君が熱を出していたことも、妊娠していたことさえ知らなかった」彼の視線が私の下腹部を掠め、声が一瞬詰まった。「俺たちの、思いがけず流産してしまった子ども……」「それを言いに来たのなら、もういい。私、忙しいから」私は力いっぱい手を振りほどこうとした。けれど、彼はますます強く私の手を握りしめた。「暁音、離婚は俺の本意じゃなかった。あのときは焦っていて、何も考えずにサインしてしまったんだ。もし真理が君のせいで飛び降りたら、周りから君はどう見られる?世間の批判に押し潰されてしまうだろ」私は冷笑した。「今さら、そんな聞こえのいい理由を並べるの?サインしたのはあなた自身。真理を英雄みたいに助けたのもあなた自身。全部、自分で選んだことでしょう。本当に私のことを思っていたなら、どうしてあのとき、最低限の信頼さえ私に向けられなかったの?」彼は口を開きかけたが、何も言い返せなかった。ふと何かを思い出したように、彼はスマホを取り出した。「暁音、君がたくさん傷ついたことは分かってる。彼女が、君にだけ見えるようにSNSに投稿してた挑発的な言葉も、全部事実じゃない。ただ、彼女が一人で社会に出たばかりだったから、少し助けてあげたかった。それだけなんだ」「だから、生理痛で苦しんでた彼女のためにあなたがマッサージしてやったり、彼女から一言頼まれればすぐ駆けつけたりした。私が事故で骨折したとき、何度あなたに電話しても繋がらなかったのに、あなたは彼女のために一日だけ恋人のふりをしてた。私が子どもを失ったあの日だって、あなたは私に食ってかかって、どうして彼女を傷つけたのかって責めた。昔のことまで持ち出して私を傷つけた。私があなたを必要とした瞬間のほとんどで、あなたの中で私より真
実家に戻ると、母がすでに料理をたくさん用意してくれていた。どれも私の好物ばかり。テーブルの上にきれいに並べられている。母は何も聞かず、ただ私の手を引いて席に座らせた。「疲れたでしょう。ほら、私の料理の腕、鈍ってないか食べてみて」私は小さく返事をして、赤くなった目元を隠すように俯いた。昔、私が何の迷いもなく悠人について金川市で暮らすことを決めたとき、母は反対していた。遠く離れた土地で、私が誰にも頼れず、苦しい思いをするのではないかと心配していたのだ。それでも婚約の日、母は何も言わなかった。ただ、これまで貯めてきたお金をすべて取り出し、私の手に押し込んだ。「お母さんは、いつだってあなたの味方だから」何度も言葉を選んだ末、私は静かに口を開いた。「お母さん、私……悠人と離婚した」母の箸が一瞬止まった。「知ってるわ。昔は、あなたたち、どこへ行くにも一緒だったでしょう。電話をするたび、口を開けば悠人、悠人って……後悔してる?」私は首を横に振った。「そうよ、暁音ちゃん。あなたは誰にも悪いことなんてしてない。夫婦の片方が不誠実だったんだから、早めに離れるのは賢い選択よ。あなたはまだ若い。これからいくらでもやり直せる」母はそっと、私の額にかかった髪を払ってくれた。「お母さんの願いは一つだけ。あなたが幸せになることよ」私は母の手を握った。掌から伝わる温もりが、ゆっくりと全身へ広がっていく。母の言う通り、これは私自身が選んだ道なのだ。母が海辺で民宿を始めることになり、私は一緒に海の近くへ引っ越した。観光シーズンになると客が増え、宿泊客への案内に追われて、水を飲む暇さえない日もある。それでも、私はそんな忙しさを案外気に入っていた。昔の愛憎や、あれこれ考える暇がないほど忙しくしていられる。あの裏切りも傷つけられた記憶も、少しずつ遠いものになっていく気がした。引っ越したばかりの頃は、知らない番号から何度もメッセージが届いた。「今どこにいるのか」と尋ねてくるものや、過去を振り返る長文が送られてくることもあった。どの文章にも、焦りと気遣いが滲んでいた。私はすべての番号をブロックリストに入れ、最後にはスマホの電源まで切った。ようやく静かになった。ある日、玄関を叩く音がし
流産……?俺たちに、やっと子どもができていたのか?悠人は一瞬、喜びと動揺が入り混じった。暁音はもともと体が弱い。それなのに手術まで受けて、何も言わずに姿を消した。その事実に、悠人の心はたちまち乱れた。何度も続けて暁音に電話をかけた。けれど、何度かけても応答はなかった。それでも諦めきれず、トーク画面を開いてメッセージを送ろうとした。しかし、「既読」の表示は一向になく、おそらく彼女のブラックリストに入れられてしまったのだ。彼は過去のメッセージを遡った。何か見落としていないか。彼女が変わった理由を示すような痕跡がないか。けれど、最後に残っていたのは、あの雨の夜に彼女が「どこにいるの?」と尋ねてきたメッセージだけだった。それ以外に、彼女を気遣う言葉は一つもない。そのとき、悠人はふと気づいた。自分はもうずいぶん長いこと、暁音とまともに話をしていなかった。いつの間にか、毎日真理と一緒に食事をし、彼女から学校で起きたあれこれを聞くことが当たり前になっていた。暁音に何か聞かれるたび、「今、進捗を急いでるんだ。今日は帰らない」そんな言い訳ばかりしていた。彼女と約束していた美術展もそうだった。毎週、真理の歯医者に付き添うため、何度も先延ばしにした。昨日、暁音を探しに行ったときの、あの麻痺したように静かな表情が脳裏に浮かぶ。あのとき、彼女はどれほど傷ついていたのだろう。それなのに、自分は彼女の異変を見て見ぬふりをしていた。そのとき、知らない番号から着信が入った。彼は考えるより先に電話に出た。胸の奥には、かすかな期待があった。「暁音、どうして……」だが、聞こえてきたのは男の声。「市川さん、今月ご注文いただいた花、まだ受け取られていませんよね。こちらでお届けに上がりました」スマホを握る手に、力が入る。毎月花を贈ることは、ここ数年、彼が欠かさず続けてきた小さなロマンチックだ。花が好きな彼女は、いつも花束を受け取って帰ると、真っ先に彼へ飛びついて抱きしめてくれた。なのに、今回は受け取りに来なかった。「ああ、そういえば、ちょうど玄関に女性がいらしたので、その方にお渡ししましたよ」悠人の暗かった目が、一瞬で輝いた。彼は全速力で家へ戻った。きっと暁音は、ただ拗ねているだけだ。自分
再び目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。下腹部がひどく痙攣し、痛みだけがやけに生々しかった。――子どもは、もういない。私はしばらく静かに座ってから、母に電話をかけた。「お母さん、会いたくなった。明日の7時の飛行機で帰るね」母はすぐに応えた。「そう。私も久しぶりに悠人くんに会いたかったのよ。ちょうどいいわ。一緒にご飯を食べましょう」私が長いこと黙っていると、何かを察したのだろう。しばらくして、母が優しく口を開いた。「暁音、何があったとしても、私はあなたが決めたことを全部応援するからね」かつて私は、悠人の仕事を支えるため、迷うことなく故郷を離れ、千キロ以上も離れた土地へついていった。口に合わない料理を食べ、ぎこちない方言まで一生懸命覚えた。あの頃、彼は母の前に跪き、涙を浮かべながら誓った。一生、私を大切にすると。7年もの時間をかけて、私はあの土地に馴染もうとした。それでも最後まで気づけなかった。私は、結局ずっと異邦人だったのだ。悠人が病室に入ってきたとき、私はすでに点滴の針を抜いていた。「昨日、何も言わずに帰っただろ。真理ちゃんが、君が少し風邪を引いてたって言ってた」彼は保温容器を手にしていた。「お粥、持ってきた」――真理ちゃん。今となっては、彼は呼び方さえ取り繕う気がないらしい。私は唇を吊り上げ、皮肉な笑みを浮かべた。そして、受け取らなかった。彼は私のベッド脇に腰を下ろした。「昨日は俺も頭に血が上って、言い過ぎた。気にするなよ」「分かってる」分かっている。彼が真理を宝物のように大切にしていることも。昨日の言葉が、どれも彼の本心だったことも。長年寄り添ってきた二人だからこそ、どこを刺せば一番痛いのかを知っている。彼は明らかにほっとしたようだ。「ああ、そうだ。昨日、君、俺に何か話したいことがあったんじゃないのか?」「何でもない」私は妊娠検査の結果をバッグにしまい、立ち上がった。「そうか」彼はそう言うと、また真理の話を始めた。「真理ちゃんがどれだけ心が広いか、君だって分かってるだろ。君に怪我をさせられても、一言だって悪く言わなかった。それどころか、先に俺を病院へ来させたんだ。暁音、君も少しはあの子と仲良くできないのか?」私