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第18話

Auteur: 園子
湊の動きが止まり、目の前の翠を驚いたように見つめた。「翠……」

翠はごく淡々と彼を見つめたまま、言葉を続けた。「湊、昔私たちが一心同体だと思ってた。あなたがいなきゃ生きていけないし、私がいなきゃあなたもダメだって」

「でも、それは間違いだった」彼女はふっと笑い、どこか晴れやかな表情を浮かべた。「私たちは元々、別々の人間だった。あなたはあなただし、私は私。誰かがいなきゃ生きられないなんてこと、ないのよ。

この食事、私のおごりってことで。食べ終わったら帰りましょ」

そう言って、彼女は立ち上がり、レジへ向かった。

会計を終えると、湊がすぐに追いかけてきて、彼女の手をぐっと掴んだ。目には赤みが差し、まるで大切なおもちゃをなくした子供のようだった。彼女は、こんな彼の姿を見たのは初めてだった。

「翠、俺が悪かった、全部俺のせいだ。もう俺のそばを離れないでくれ」

彼の手からは、かすかに温もりが伝わっていた。翠が何か言おうとしたそのとき、彼女のすぐ隣に一台の車が停まった。

車からゆっくりと降りてきた人物が、二人を見てから、翠の手をそっと取り、自分のそばへと引き寄せた。

その声はどこか呆れたようで、優しかった。「一緒に食事するって約束してたよね?どうして先に食べちゃったの?」

翠はその顔を見るなり、目元を和らげ、明るい笑みを浮かべた。「お腹すいちゃって」

「まったく、ほんとに食いしん坊なんだから」

彼は手を伸ばし、彼女の鼻先を軽くつまんだ。「もうお腹いっぱい?」

翠は力強くうなずいた。

「じゃあ、行こっか」

二人が立ち去ろうとしたその瞬間、湊が慌てて翠の腕を掴み、彼女の前に立ちはだかった。その声は鋭く、怒りに満ちていた。

「誰だ!翠は俺の妻だ!彼女から手を離せ」

相手は湊を見つめ、口元をゆるめた。「冨永直哉」

その名前を聞いた瞬間、湊の表情が凍りついた。冨永直哉(とみえ なおや)は冨永家の次男、子供の頃から国外で育ち、ほとんど姿を見せない、冨永家が大切に隠し持っていた。

彼はずっと海外で活躍していて、帰国もほとんどなかったと聞いていた。何度も会ったことなどなかったのに、なぜ、彼が翠と一緒にいる?

湊の顔に怒気が広がった。「たとえお前が誰だろうと関係ない!翠は俺の妻だ!誰にも渡さない」

「妻?」

まるで冗談でも聞いたかのように、直哉は眉を上げ
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