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第2話

Author: 森と島と夏
深夜12時ちょうど。私は修正を終えた初稿を、社内のグループチャットに送る。

湊からの返信はない。

けれど、その一秒後、スマホに夏海から写真が届く。

写真の中で、夏海は湊の肩に寄りかかり、今も彼のジャケットを羽織っている。

湊は少し顔を傾けて、彼女の話に耳を傾けている。その表情には、私がもう長いこと見ていなかった優しさと忍耐が滲んでいる。

続けて、夏海からメッセージが届く。

【もう待たなくていいよ。今夜、湊はあなたのところには行かないから】

その一文を見つめていると、机の上に置かれたホテルのカードキーが、急にひどく滑稽なものに思えてくる。

翌日の会議で、湊が私の初稿を大画面に映し出す。

「青嵐プロジェクトは前田が担当する。白川はサポートに回ってくれ」

私は思わず顔を上げる。

「この企画は、私が一人で作り上げたものです」

湊の右隣に座っている夏海が、申し訳なさそうに微笑む。

「私、帰国したばかりだから、まずは市場を知るためにも一つプロジェクトを任せてもらうことになったのです。安心して。実際の進行は、白川さんの意見を中心に進めますから」

私は湊を見る。

「クライアントとの打ち合わせから初稿まで、全部私が担当しています」

「だから、お前にサポートを頼んでる」湊がテーブルを指先で軽く叩く。「前田が方向性を決めて、お前が実務を担当する。それで問題ないだろ」

「じゃあ、署名は?」

会議室に、何人かの小さな笑い声が響く。

「たかが一つのプロジェクトだろ。まさか社長の前で手柄を取り合うつもり?」

湊の表情がわずかに冷える。

「白川。会社はお前が一番になるために競う場所じゃない」

2年前。初めて私にプロジェクトを任せてくれた時、彼は言っていた――「俺は、お前のその野心が一番好きだ」

今、夏海が社内で足場を築くための機会が必要になると、私の「野心」は、途端に「空気が読めない」に変わる。

私はパソコンを閉じる。

「企画を彼女に任せることには異論ありません。でも、私の名前まで消すのはやめてください」

湊が私を見る。有無を言わせない口調だった。

「もうクライアントにはそのメンバーで伝えてある。わがままを言うな」

私はパソコンを抱えて、会議室を出ようとする。

すると湊が私の手首をつかみ、強引に机のそばへ引き戻す。

足首が椅子の脚にぶつかる。激痛に、顔から血の気が引く。

湊は反射的に少し力を緩める。それでも、手を離そうとはしない。

「みんなの前でドアを叩きつけて出ていくつもりか?笑いものになりたいのか」

夏海も立ち上がり、私の腕を取ろうとする。

「白川さん、社長を責めないで。提案会では、あなたもこの企画に関わったって私からクライアントに伝えるから」

私はその手を避ける。すると夏海がよろめいて後ろへ下がり、机の角にぶつかる。その拍子に、机の上のコーヒーが倒れた。

湊がすぐに夏海の前へ立ちはだかる。

「白川」

周囲の視線が、一斉に私へ向けられる。

夏海は慌てて弁解する。

「白川さんのせいじゃありません。私がちゃんと立っていられなかっただけです」

彼女が私を庇えば庇うほど、周囲の視線は冷たくなっていく。

「前田さん、優しすぎるよ」

「プロジェクトを横取りした挙げ句、人まで突き飛ばすなんて……会社を自分の家か何かだと思ってるんじゃない?」

湊はジャケットを脱ぎ、夏海の肩に掛ける。そして冷たい声で言う。

「謝れ」

「私は突き飛ばしてなんかいません」

「帰国初日から、たった一個のカップのことで彼女に嫌な思いをさせた。そのうえ今度は、みんなの前で恥をかかせるのか。

俺がお前を甘やかしてきたからって、何をしても許されると思うな」

鼻の奥がツンと痛む。

彼が言ったのは、「甘やかしてきた」。

けれど、ここにいる誰の目にも、彼が私だけを特別扱いしたことなんて一度もない。

「社長が……いつ私を甘やかしたんですか?」

湊は黙り込む。

深夜私を家まで送ってくれたこと、誰にも知られないように交わした抱擁、ホテルや私の部屋でしか口にできなかった「好き」という言葉……そのすべてを、ここで口にすることなんてできない。

夏海が湊の袖をつまむ。

「私のために白川さんを叱らないで」

湊は彼女を自分の後ろへ庇う。

「最後だ。謝れ」

私は数秒、彼を見つめる。

「すみません」

それを聞いて、ようやく同僚たちは満足したように散っていく。

けれど、湊の表情は緩まない。

会議が終わると、湊は資料室で私を待ち伏せする。

「昨夜、どうして来なかった?」

「だって、彼女がいないんでしょう?」

「社員が大勢いる前だったから、ああ言うしかなかった」彼の指先が、私の手首の骨を押さえる。「今、会社は資金調達の最中だ。社内恋愛のことを取締役会に知られたら、俺たち二人にとって何の得にもならない」

この言葉を、私はもう2年間聞き続けている。

「資金調達が終わったら……ちゃんと公表してくれる?」

「ああ」

「いつ終わるの?」

湊は一瞬、言葉に詰まる。

「俺を追い詰めるな」

私は小さく笑う。

私が少しでも踏み込んで聞けば、彼はいつだって「俺を追い詰めるな」と言う。

湊が一本のネックレスを私の手のひらに置く。

「昨日は俺の配慮が足りなかった。これをやる。もう怒るな」

それは、半年前に私が何気なく「こういうデザイン、好き」と話したネックレスだった。

一瞬だけ、どうしようもなく心が揺れる。

けれど、次の瞬間、資料室のドアが開く。夏海が入ってくる。

彼女は私の手の中のネックレスを見るなり、驚いたように口元を押さえる。

「湊、本当に見つけてくれたの?私が海外でなくしたの、これと同じものだよ」

湊はすぐに私の掌からネックレスを取り上げた。

「もともと、お前のために探してたものだ」

そして、自分の手で夏海の首にネックレスを掛ける。

振り返った湊が、私に言う。

「さっきのは、ちょっと見せてもらっただけだ。変な誤解をするな」

私は力なく手を下ろす。

掌には、ネックレスの留め具が食い込んでいた跡だけが、赤く残っている。

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