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第125話

Author: ルーシー
玲奈もまた、涼真が何か事件を起こすのではと不安だった。

もし万一のことが起これば、美由紀は必ずその責任をすべて自分に押しつけてくるだろう。

そう考えるだけで、心底うんざりする。

ともかく、今は探し出すことが先だ。

クラブに足を踏み入れると、耳をさすような音楽が鼓膜を打ち、フロアでは男女が腰をくねらせ、蛇のようにうごいている。

智也は前を歩きながら玲奈を気にかける。

彼の背を追いながら、玲奈は足元だけに意識を向ければよかった。

奥へ進むと、個室が並ぶ廊下に出る。

だが涼真がどの部屋にいるか、智也にも見当がつかない。

沈黙が続いた末、玲奈が提案する。

「左右に分かれて探しましょう」

「分かった」

智也は頷き、念を押すように言った。

「もし何かあったら大声で呼べ。すぐ駆けつける」

玲奈は返事をせず、数秒後には向きを変え右の廊下へと進んだ。

そこでは下品な笑い声や叫び声が飛び交っていた。

玲奈は耳を塞ぎたい思いを押し殺し、一つずつ扉を叩いていく。

開いた扉から顔を出した男は、彼女の容姿を値踏みし、顎に手を当て話し始めた。

「どこの客がよこしたんだ?暇なら俺んちに来いよ。飼い猫を見せてやるぜ」

別の部屋では罵声を浴びせられる。

「誰だお前?押し売りなんて要らねぇんだよ、頭イカれてんのか!」

ほとんどの部屋を回り終えたころ、玲奈は「ここにはいない」と結論づけようとしていた。

だがその時、廊下の奥の部屋から怒号と物音が響いた。

「てめぇ何様のつもりだ!俺に向かってその口の利き方はなんだ!」

間違いない。涼真の声だ。

続いて別の男の怒鳴り声が重なる。

「てめぇこそ何様だ!俺の女に手を出すとはいい度胸だな、ぶっ殺されてぇのか!」

今にも殴り合いになりそうな状況に、玲奈は慌てて駆け出した。

勢いよく扉を蹴り開けると、中にいた全員が動きを止め、入り口に振り向いた。

すでに涼真は袖をまくり上げ、相手の男はポケットから何かを取り出そうとしている。

それがろくな物でないことは明らかだ。

部屋の人数は多くない。

だが、涼真は一人。

相手は三人の男と女が一人。

このままいけば、涼真が劣勢になるのは目に見えていた。

玲奈は必死に冷静を装い、低く鋭い声で涼真を呼んだ。

「涼真、こっちに来なさい」

だが彼は逆に怒りを爆発させる。

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