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第205話

Author: ルーシー
玲奈は拓海が女にだらしないことは知っていたが、ここまで強引で手に負えないとは思っていなかった。

一瞬、言葉を失い、どう反応していいかわからなくなる。

その時、ふと昂輝の上着が袋に入ったまま汚れているのを思い出し、話題をそらした。

「須賀君、私これを洗ってくるわ。

あなたもそろそろ出て行って」

「洗う?」と彼の笑みがすっと消える。

「なにを洗うって?」

玲奈は眉をひそめて答えた。

「あなたに関係ないでしょ」

そう言ってソファに置いてあった昂輝の上着を手に取ろうとした。

玲奈が振り向いた途端、拓海が目の前に現れ、彼女の手から強引に服を奪い取る。

「お前の手は、くだらねぇ男の汚れ物を洗うためにあるんじゃねえ」

吐き捨てるように言い、彼はその服を床に放り投げた。

怒っているのはむしろ彼のほうだった。

玲奈は息を呑み、悔しさと戸惑いの入り混じった目で睨みつける。

「須賀君......」

言葉の続きを遮るように、拓海は真剣な眼差しを向け、独占欲むき出しに告げた。

「玲奈──これからは昂輝に腰を触らせるな。

お前は俺のものだ」

その強い視線に、玲奈は一瞬心を乱される。

けれどすぐに我に返り、口を開いた。

「須賀君、私は結婚して、子どもまでいる女なのよ」

たとえ自惚れに聞こえても、これだけははっきりと伝えておきたかった。

拓海は肩をすくめ、気にも留めない様子で問い返す。

「だから?

それがどうした?」

玲奈は視線を逸らす。

彼の真意など読み取れない。

「私はもう若い娘じゃないわ。

遊び半分でからかわないで」

拓海の周りには女が絶えない。

自分が本気で選ばれることなどないと、玲奈はわかっていた。

彼女は床に落ちた上着を拾い、浴室に持って行こうとする。

だがすれ違いざま、拓海が腕を掴んだ。

「玲奈──俺が口にしたことは、一度だって冗談じゃない」

彼はいつもの「ベイビー」ではなく、彼女の名前を呼んだ。

それがかえって玲奈の胸を揺さぶる。

信じられない。

けれど、信じる必要もない。

本気かどうかなど、彼女にとっては大した意味はなかった。

「須賀君、これ以上出て行かないなら、本当に人を呼ぶわよ」

玲奈の声に、拓海は少しだけ目を伏せ、やがて手を離した。

「わかった。

お前が眠ったら帰る」

「あなたがいるのに
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