LOGINそのころ、山頂では――五人はレジャーシートの上に並んで寝転んでいた。玲奈と心晴が真ん中にいて、その両脇をそれぞれ拓海と明が挟んでいる。空いっぱいに散らばる無数の星を見上げながら、玲奈の目はどこか焦点を結ばず、耳の奥にはただ静けさだけが満ちていた。そんな中、場を和ませるように明が口を開いた。「みんな黙っちゃってるけど、何考えてるんだ?」けれど、誰も答えなかった。全員が口をつぐんだままなのを見て、明は名指しで尋ねた。「颯真、おまえは?」颯真の声はいつもどおり淡々としていた。「あとでテントをどう分けるか考えてた」明は思わず鼻で笑った。「風情なさすぎだろ。こんないい景色を前にして、考えることがそれかよ」すると颯真は、さらりと返した。「あとで一緒に寝ようなんて言うなよ」明は「は?」とでも言いたげに顔をしかめ、それから今度は拓海へ向き直った。「須賀は?何考えてるんだ?」拓海は両手を頭の後ろに回し、星空を見たまま、しゃがれた声で答えた。「俺は俗っぽい人間だからな。頭の中、そういうのでいっぱいだ。俺も同じで、あとでテントをどう分けるか考えてた」明は額に手をやりたくなった。「……ほんと、お前たち二人がいると、こっちの立つ瀬がないよ」拓海はすかさず突っ込んだ。「何が立たないって?」明は慌てて低く怒鳴った。「心晴がいるんだから、そういうこと言うなって!」拓海はそれ以上何も言わなかった。妙な空気がひとまず引いたところで、明はまた玲奈に声をかけた。「玲奈さんは?何考えてるんだい」玲奈はひとつ深く息を吸い、笑みを作って答えた。「私は……別に何も」本当は、頭の中は一華と拓海のことでいっぱいだった。けれど今はまだ口にできない。胸の中に押し込めたままで、息が詰まりそうだった。明も、それ以上しつこく追及はしなかった。心晴にも聞いてみたかったが、気分を害したらと思うと踏み込めない。すると、本人のほうから先に口を開いた。「私はね、この先のことを考えてたの。きっと私たち、これから先、みんな幸せに、楽しく暮らしていけるんじゃないかなって」その言葉に、明もすぐに頷いた。「うん。きっとそうだ。楽しくて、幸せな日々になる」そこからは、自然と会話が続いた。
智也は愛莉の顔をじっと見つめていた。小さな顔の上を、次から次へと感情が移り変わっていく。返事がないままなので、智也は様子をうかがうように声をかけた。「愛莉?」はっと我に返った愛莉は、くりくりとした大きな目で智也を見上げ、素直に答えた。「パパ、どうしたの?」智也は辛抱強く、もう一度尋ねた。「ララちゃんに会いに行きたいか?」愛莉は首を横に振り、唇を尖らせた。「行かない」その返事に、智也は不思議そうに眉を寄せた。「ララちゃんのこと、一番好きだっただろ。どうして行きたくないんだ?」愛莉は目を伏せ、複雑な表情を浮かべた。「好きだよ。でも、雅子おばさん……」思わず、雅子にいじめられていることを話しかけた。けれど言葉はそこで途切れ、その先は飲み込んだ。もし言いつければ、雅子は沙羅に、自分を相手にしないよう仕向けるかもしれない。そう思うと怖くて、それ以上は口にできなかった。智也はその様子を見て、わずかに眉をひそめる。「どうした?」愛莉はにこっと笑って、智也の腕に抱きついた。「ううん、何でもない」智也はそれ以上追及しなかった。ただ頭をそっと撫でて言った。「まだ時間はある。おばあちゃんを呼んで、少し外で遊んでもらおう」愛莉は素直に頷いた。「うん」智也が美由紀に電話をすると、ほどなくして彼女はやって来た。美由紀は、孫娘の愛莉をことさら可愛がっているわけではなかった。本当は欲しかったのは男の子の孫だったからだ。それでも智也の娘である以上、露骨に冷たく当たることはない。だが、特別に愛情を注いでいるわけでもなかった。愛莉のほうも、この祖母にはどこかよそよそしさを感じていた。むしろ宮下のほうが、よほど親しみやすいとさえ思っていた。二人が小燕邸を出るとすぐ、美由紀は不満げに口を開いた。「愛莉、あなたのお母さんは本当に自分勝手ね。今じゃ、娘のあなたのことまで放っておくなんて」なぜだかわからない。その言葉を聞いた瞬間、愛莉は胸の奥が少しざわついた。愛莉は思わず言い返した。「おばあちゃん、ママはちゃんと面倒見てくれてたよ。前は、いつも朝ごはん作ってくれたもん」それを聞いた美由紀は、さらに顔を曇らせた。「じゃあ今は?今でもちゃんとしてく
皆の視線を一身に受けながら、拓海は玲奈のほうを振り向いた。けれど答えそのものは、背後の皆に向けて言った。「玲奈に任せるよ」この件ばかりは、自分だけで決めにくかった。山へ来る途中で、夜はカフェで話そうと約束していたからだ。最終的な判断を自分に委ねられ、玲奈は少しだけ面食らった。顔を上げると、何組もの期待に満ちた目が、自分へ向けられている。今日は皆、本当に楽しそうだった。それに天気も申し分ない。空を見上げると、もう星がぽつぽつと浮かび始めていた。みんなの気分に水を差したくなくて、玲奈は結局折れた。「……うん。今夜はここで泊まりましょう」そのひと言に、明が喜んだのはもちろん、隣の拓海まで、あからさまに顔をほころばせた。ちょうどそのとき、玲奈のスマホが鳴った。画面を見下ろすと、智也からだった。彼女はスマホを手に取り、少し離れた静かな場所へ移って電話に出た。拓海は彼女が電話に出るのを見ても、追いかけようとはしなかった。相手が智也だとわかっていたからだ。通話がつながると、智也が開口一番に訊いた。「戻ってくるのか?」玲奈は淡々と答えた。「今夜は小燕邸には戻らないわ」その返事に、智也は声を低くした。「戻らない?」よく耳を澄ませば、その声には不機嫌さが滲んでいた。だが玲奈は、彼の感情など意に介さなかった。ただ、もう一度はっきりと言う。「ええ、戻らないわ」それでも智也は食い下がった。「今どこにいる?」玲奈は逆に問い返した。「何か用なの?」智也は少し間を置いてから言った。「愛莉が、おまえの作る味噌汁を食べたいと言っている。明日の朝、作ってやってくれないか」それを聞いた瞬間、玲奈はおかしさすら覚えた。声はさらに冷えていく。「その話をするためだけに電話してきたのなら、わざわざかけてくる必要はなかったでしょ」そう言い切ると、智也が何か言うのを待たず、そのまま通話を切った。一方そのころ、智也は耳元で鳴り続ける話中音を聞きながら、そばにいた愛莉へ視線を落としていた。それからようやく、小さな声で言った。「……今の、聞いただろう。ママは今夜は帰らないそうだ」愛莉は眉を寄せた。「じゃあ、いつ帰ってくるの?」久我山へ戻ってきてもう一
手を押さえて顔をしかめる玲奈を見た瞬間、拓海は、彼女が火傷したのだと察した。すぐさまその手をつかみ、「こっちだ。冷やすぞ」と、ためらいなく言った。玲奈も逆らわず、そのまま彼に手を引かれていった。ほかの面々も心配そうに見守っていたが、拓海が連れていくのを見て、ようやく少し安堵したようだった。二人は小さな別荘の洗面所へ向かった。拓海は蛇口をひねり、玲奈の手を取ったまま、自分の手ごと一緒に水に当てる。ざあざあと水の流れる音だけが静かに響く。その音を聞いているうちに、玲奈の心は不思議なくらい落ち着いていった。一分ほど冷やしたところで、彼女はそっと腕を動かしながら言った。「もう大丈夫」だが拓海は顔を曇らせたまま、低い声で言った。「無理するなよ」玲奈は思わず言い返した。「無理してるのはあなたのほうでしょ。傷から血がにじんでるのに、それでも無理して来るなんて」さっき焼けた串を運んでいたとき、ふと彼の胸元が目に入ったのだ。服で隠してはいたものの、滲んだ血はごまかしきれていなかった。拓海は玲奈の手をつかんだまま、まだ流水から外そうとしない。そのまま彼女の横顔を睨むように見つめて言った。「こうでもしなきゃ、おまえは俺を心配してくれないだろ」玲奈は振り向き、腹立たしげに言った。「あなた……」拓海はそのまま甘い笑みを浮かべた。「認めろよ。おまえ、俺のこと気にしてる」玲奈は顔をそむけた。「気にしてない」その返事を聞くと、拓海は突然、「痛っ」と大げさに声を上げた。胸元を押さえ、いかにも苦しそうな顔をする。玲奈は反射的に彼を見て、思わず支えるように手を伸ばした。「どうしたの?」その心配そうな顔を見て、拓海は堪えきれずに笑った。その勢いで、また彼女の手を握った。「ほらな。やっぱり気にしてるじゃないか」眉を少し上げたその顔には、いつもの不敵な調子が戻っていた。玲奈は視線を逸らし、黙って手を引き抜いた。そのとき、外から明の大きな声が聞こえてきた。「拓海、玲奈さん、焼けたぞー!」玲奈は「今行く」と返し、そのままみんなのところへ戻っていった。一瞬きょとんとした拓海だったが、すぐにそのあとを追った。バーベキューを食べ終えると、今度は皆でトランプを始めた。
拓海は一歩踏み出し、そのまま玲奈の目の前に立った。そして彼女の手を取り、自分の前へ引き寄せる。見下ろすそのまなざしには、隠しようのない心配があふれていた。玲奈は首を振り、喉を詰まらせながら答えた。「違うの。悪いのは私だから」拓海は、彼女が明らかに落ち込んでいることに気づいていた。だからなおさら問い詰めた。「何があった?俺に隠すな」玲奈は顔を上げた。充血した目は痛々しいほどで、見ているだけで胸がざわつく。「夜に話すわ」そう言うと、彼女は軽く自分の手首をひねり、静かに続けた。「須賀君、もう放して」その声に、拓海は名残惜しそうにしながらも手を離した。自由になると、玲奈はそのまま心晴のところへ向かった。二人は小さな椅子に並んで腰かけ、野菜を摘んだり、串に刺したりしながら手を動かしていく。けれど玲奈が上の空なのは、誰の目にも明らかだった。心晴は気になって身を寄せ、小声で尋ねた。「どうしたの?」玲奈は手を止め、心晴のほうを振り向いた。「そんなに、ひどい顔してる?さっきからずっと心配してくれるから」心晴は力強くうなずいた。「うん。してる」玲奈は戸惑うように訊き返した。「そんなにわかりやすい?」心晴はさらに大きくうなずいた。「すごくわかりやすいよ」それを聞いて、玲奈は小さくため息をついた。「心晴、ほんとに大したことじゃないの」それでも心晴は納得していない様子だった。なおも何か聞こうとしたが、玲奈はそれより先に話題を変えた。「そういえば、心晴は?最近どう?長谷川さんとは、もしかして……」明の名が出ると、心晴の視線は自然とそちらへ向かった。明は陽の光の中に立っていた。橙がかった日差しが全身を包み、彼をいっそうやわらかく見せている。いい人だ。あたたかくて、思いやりがあって、相手への気配りも忘れない。濁りのない、まっすぐな人だった。光の中に立つその姿は、見ているだけで人を惹きつける。けれど心晴の胸には、どうしても越えられない壁が残っていた。目を伏せたまま、彼女は玲奈に言った。「過ぎたことは、過ぎたこととして置いていくべきだと思うの。私は今ある景色と、大事にしたい人を大切にしたいだけ。長谷川さんは本当に素敵な人だけど……私
明と颯真が車を走らせ、一行は山頂の小さな別荘へとたどり着いた。山の上からの景色は見事だった。眼下を見渡せば、久我山の街が半分以上、一望できる。まだ昼間だというのに、遠くに広がる街並みはどこか幻想的な魅力を放っていた。山の空気は澄みきっていて、大きく息を吸い込むと、胸の奥まで清々しさが満ちていく。車を降りた玲奈は、それだけで少し気分が軽くなった。昨夜酒を飲んだせいで、まだ体にはうっすらと酒の匂いが残っていた。それに気づいた拓海が、訝しげに声をかけた。「朝から酒びたりだったのか?」相変わらず、口調は軽くて締まりがない。けれど玲奈は、ときどき思うのだ。こういう人でも、根のところでは案外いい人なのかもしれないと。智也とは違う。口は悪いし、ふざけたような物言いも多い。それでも、嫌悪を覚えるようなことは一度もしてこなかったし、むしろ何度も自分を助けてくれた。けれど、その優しさは本来、望月晴子へ向けられるはずのものだったのだと思うと、胸の内に言いようのない落ち着かなさが広がった。玲奈の表情が、さっきまでの和らいだものから、次第に不安げなものへ変わっていくのを見て、拓海は眉をひそめた。「どうした?俺に怒ってるのか?」そう言いながら、彼はゆっくりと距離を詰め、玲奈の黒い瞳をのぞき込んだ。玲奈はそっと手を伸ばして彼を押し返した。「荷物を運ぶの、手伝ってくる」そう言うと、拓海に囲い込まれるような空気から逃げるように、すぐその場を離れた。車のほうへ向かって荷物を持とうとすると、明がそれを止めた。「玲奈さんはいいよ。俺と颯真で運ぶから、向こうでゆっくりしてて」玲奈はあたりを見回してから、また言った。「じゃあ、先にテントを立てるね」言い終わるより早く、拓海が先にテントの入ったバッグを取りにいった。袋からテントを出し、広げようとしたものの、組み立てにはどうしても両腕を大きく使わなければならない。その動きが傷に障るのではないかと、玲奈は思わず気になった。彼女はすぐに駆け寄り、拓海を止めた。「私がやるわ」そう言って、その手からテントを取り上げた。ちょうどそのとき、明が車から最後の荷物を下ろし終え、その言葉を耳にした。顔を上げてこちらを見ると、彼は半ば冗談めかして笑った。
買ってきたおかゆを手に病院へ戻ると、愛莉は宮下のスマホで動画を見ていた。何か面白いものを見たのか、顔いっぱいに笑みを浮かべている。「愛莉様、奥様がお戻りです」宮下の声に、愛莉は慌てて画面を消し、ベッドから身を起こして呼んだ。「ママ!」玲奈の寝間着は、もうどこを見ても濡れていた。それでもおかゆを大事そうに抱え込み、冷めやしないか、こぼれはしないかと気を配っていた。差し出しながら言う。「宮下さん、これを愛莉に食べさせてあげて」全身びしょ濡れの玲奈を見て、宮下の胸にじんと痛みが走る。声を出すと、かすれた。「奥様......まずお着替えをなさってください」
玲奈の冷ややかな拒絶に、智也の瞳には暗い翳りが差していた。しばし沈黙ののち、彼は低く問い返す。「それをするのは、おまえのほうがふさわしいんじゃないのか?」――妻である以上、夫の服を整えるのは当然だろう、と。その意図は明白だった。玲奈は小さく鼻で笑い、しかしきっぱりと言い切った。「わたしは食事をするわ。自分でやるか、宮下さんに頼むかして。智也、わたしがあなたの服を熨すことはない」彼女が名を口にしなかったのは、分かっていたからだ。智也が沙羅をそんな雑用に使うはずがない、と。智也はしばらく玲奈を見下ろしていたが、強いることはせず、やがて無言のまま階段を上が
ワインを一口飲むと、玲奈の目から涙がこぼれ落ちた。鼓動が早い胸を押さえ、不安と混乱でいっぱいになる。そのとき、電話の着信音が鳴った。画面を見ると、表示されたのは兄の秋良の名前だった。まだ時間は早い。時刻は夜の十一時を少し過ぎたころだ。兄に気づかれまいと、玲奈は慌てて涙を拭い、気持ちを整えてから電話に出た。「兄さん」できるだけ平静を装ったつもりだったが、声にはかすかに不自然さが滲んでしまう。秋良はそれを指摘することなく、静かに言った。「もうこんな時間なのに、どうしてまだ帰ってこない?陽葵がずっと君を呼んでいるぞ」その言葉に、玲奈の胸がまた痛んだ。自
涼真は新垣家の末っ子であり、一番寵愛を受けて育ったため、性格もどうしてもわがままで横柄になりがちだった。そのせいで遠慮というものがなく、家の中で彼が恐れる相手は兄の智也ただ一人だ。だから清花に蹴られてもまるで気に留めず、顔を見ようともしなかった。おじいさんは孫の態度に眉をひそめ、杖で床を突きながら言い放った。「涼真、台所へ行って料理を運んできなさい」涼真はすぐさま言い返した。「じいちゃん、俺は召使いじゃないよ。義姉さんに運ばせればいいじゃん」「君の義姉も召使いではない!」おじいさんは声を荒げた。その剣幕に、さすがの涼真もようやく姿勢を正した。涼真は祖父が







