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第329話

Author: ルーシー
玲奈の怒りを帯びた声に、拓海は慌てて顔を背けた。

耳まで赤くしながら、しどろもどろに謝る。

「わ、悪かった......本当に......すまん」

玲奈は呆れたように鼻で笑い、短く言った。

「......出ていって」

拓海は一度窓の外に目をやり、

「用があって来たんだ。

話が済んだら帰る。

先に服を着ろ」と、そっけなく言った。

頭の中では、さっき見てしまった玲奈の背中の光景が、どうしても消えない。

それでも、必死に意識を切り替えようとする。

玲奈は、彼が背を向けている姿を見て、なぜか不思議なことに――そのまま信じてしまった。

そっとバスタオルを外し、寝間着に着替える。

「......もういいわよ」

そう告げると、拓海はおそるおそる振り返った。

視線を合わせることができず、彼は足もとを見つめながら短く言った。

「......うん」

玲奈は、拓海が夜中に勝手に窓から入ってくることに腹を立てていた。

こんなことは一度や二度ではなく、そのたびに彼に驚かされてきた。

しかも今回は、裸同然のところを見られたのだ。

その苛立ちを抑えながら、できるだけ落ち着いた声
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