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第6話

Author: 氷砂糖
光希は長い間、魂が抜けたように呆然としていた。耳元で騒ぎ立てる翠衣の声が、なぜか遠い世界の出来事のように響いて、少しも頭に入ってこなかった。

翠衣に何度も呼びかけられ、光希はようやく上の空で聞き返した。

「……なんだって?」

翠衣が泣きそうな声で同じ言葉を繰り返し、光希はやっと現場へ向かうことを承諾した。

彼が到着した時には、すでに事態は取り返しのつかないことになっていた。

翠衣は掘り返された墓に這いつくばり、身を裂くように泣き叫んでいた。

「光希、私のおばあちゃんなのに!どうにかしてよ!死人の尊厳をこんな風に弄ぶなんて、どこの人でなしがこんな残酷なことを……」

その言葉を聞いた瞬間、光希の心臓がドクンと嫌な音を立てた。

彼は思い出した。自分の子供も、全く同じ目に遭わされたのだと。

――これほどまでに、胸を抉られるほど苦しいことだったのか。

それなのに自分は、翠衣が目を真っ赤にして泣き叫ぶのを見て、ようやくその痛みを理解したのだ。

ならば、妻である穂香は、一体どれほどの絶望の淵に突き落とされたというのか。

彼が何の反応も示さないのを見て、翠衣がすがりつくように彼
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