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第4話

作者: リンゴ
律は楓の言うことを聞かなかった罰として、一晩で桜庭家と手を組んでいたすべての契約を打ち切った。

楓は激しいスマホの着信音に叩き起こされた。痛む体を押さえながら電話に出ると、悠真の声が聞こえた。

「楓……お前が頼んだ戸籍の手続き、もう提出した。でも、また問題を起こせば撤回する」

楓の体中の血が一瞬で凍りついた。「やめて。そんなのひどいよ。約束したじゃない……!」

あと一歩で全部終わるのに。ここで全てが無駄になるなんて絶対に許せない。

電話の向こうで、悠真は疲れきった声で言った。「なら、最後の一ヶ月は大人しくしていろ。律にちゃんと従え」

電話が切れると同時に、部屋のドアが突然開いた。

律が冷たく命じる。「美波がお前と仲直りしたいってさ。今からバンジージャンプに行くぞ。五分で支度しろ」

そう言い捨てて、ドアをバタンと閉めた。

本当はバンジージャンプなんて嫌いだし、美波と関係を修復したいとも思っていない。でも、また逆らえばどうなるか分かっている。

楓は無表情でそっと目を閉じた。

返事をする間もなく、五分後、ボディーガードがドアを蹴破り、楓を無理やり車に乗らせた。

リムジンの窓際で、楓は一人腕を抱えて目を閉じていた。

今日はまだ傷の手当てもできていない。痛みを我慢しながら、眠ればマシになると自分に言い聞かせ、やがて車の揺れの中で眠りに落ちた。

反対側の席では、律と美波がまるで他に誰もいないかのように親しげに寄り添っている。

前の座席で、運転手と秘書がひそひそと話していた。

「奥さま、かわいそうだな。あんなことされても怒りもしないなんて……」

「奥さまは律さまのことが好きなんだよ。離婚さえしなきゃ何でも我慢できるって聞いたことあって」

律はぼんやりと楓を見つめる。窓辺で縮こまる楓は、小さな猫のように従順だった。

彼も人間だ。この何年も、楓の思いやりや尽くし方を見ていなかったわけじゃない。

ずっとこうしてくれるなら、彼女に妻という立場を与え続けてもいい――ふと、そんなことまで思ってしまう。

でも、その陰で美波の目は鋭く光っていた。

どれくらい時間が経っただろう。車がようやく停まった。

どこまでも深く落ちていきそうな崖を見下ろし、楓は思わず歯を噛みしめ、震える自分を必死に抑えた。

美波が大きな目をぱちぱちさせて律に甘える。「律くん、久しぶりのバンジーだし、ちょっと怖い……一緒に飛んで?」

律は優しく美波の頭をなでて、ゆっくりと答えた。「いいよ」

律は美波の腰を抱き寄せ、そのまま目も閉じずに飛び降りた。女の叫び声と男の低い笑いが谷底へ吸い込まれていく。

二人は恋人同士のように、興奮の中で愛を確かめ合った。

「律くん!私、律くんのこと愛してる!」

「俺もだよ、美波」

運転手がちらりと楓を見て、同情の色を浮かべる。でも、楓は無表情だった。むしろ、このまま二人が永遠に幸せになればいいのにとさえ思った。

もう少しだけ耐えれば、この二人と自分は何の関係もなくなる。

スタッフが楓に装備を着せる。楓は眉をひそめてためらった。

「やっぱり今日はやめ……」そう言いかけた瞬間、誰かが強く背中を押した。

「悪いね。美波さんにとって、あんたは邪魔なんだ」

楓はぎゅっと目を閉じ、体が宙に投げ出される感覚に全身が凍りついた。冷たい汗が背中をつたう。

谷底に近づいたとき。

バンッ!

ロープの一本が突然切れた。

心臓が喉までせり上がる。「律、助けて!」

だが、律は彼女に背中を向けて、美波の後頭部にそっとキスを落としていた。

楓の視界の端で、美波が微笑みながら手に持ったナイフを振る。

……美波がロープを切ったのだ。

一本だけ残ったロープでは、もう体を支えきれない。楓が祈る間もなく、体は大きく振れて、鋭い岩肌に叩きつけられた。

頭が割れるような衝撃。生ぬるい血が目に流れ込む。

震える手で傷を探ると、固い骨に触れた。

ぼやけた視界の中で、律がようやく振り返り、崖の縁に駆け寄ってくるのが見えた。

楓はゆっくりと目を閉じる。

大丈夫だよ、律。あなたはただ、私を愛していなかっただけ。あなたは何も悪くない。私も、あなたが私を愛しているかどうかなんて、もうどうでもいい。

私が唯一憎いのは悠真だけ。「愛」という名のもとで、私をこの深い闇に突き落としたのは彼だから。
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