FAZER LOGIN英玲奈side
「英玲奈……まだそんな男と一緒にいるのか。人様の結婚式に乱入するなんて、常人ならとても思いつかない。気違い同士、随分と馬が合うんだな」
勝ち誇ったように嘲笑う陽向の暴言を破ったのは、私でも三越でもなく、父だった。
「陽向君……! そこまでにしなさい!!」
「えっ……社長!?」
今まで見たこともない大声で陽向を怒鳴りつける父。 三越は、そんな二人の醜いやり取りに一切の興
陽向side東洋メガバンクへの五十億円に及ぶ巨額融資の申請は、第一段階である書類審査を無事に通過したという報告を受けた。その日、俺と義父と社長室で固く握手を交わし、胸を撫で下ろしていた。「よくやった、陽向君! 書類審査が通ったということは、融資が決まったも同然だ。これでしばらくは南雲の資金繰りも安定して、今まで通り資金を投入できるぞ。今回得た融資で南雲の事業を巻き返すぞ」「ええ、お父様。私を信じて任せてくださり、ありがとうございます。今回の融資で役員や株主どもにも、ぐうの音も出せない成果を示せます」あれほど社内を揺るがしていた円安の嵐も、この一か月ほどは連日のような暴騰が止まり、一定のレートで落ち着きを取り戻しつつあった。 急激な原価の高騰によって前期の決算は大きな打撃を受けたがピークを過ぎたのであれば恐れることはない。(なんだ、急激な円安のせいで決算への影響は大きかったが、今後も同じようなレートで推移するなら最初からその為替レートを前提にして予算や原価を試算し直しておけばいいだけの話だ。大したことなかったじゃないか。もう大丈夫だろう……)AIで作った適当なスライド表と、今のレートを当てはめただけの修正案があれば、危機など乗り越えられる。この時の俺は、完全に経営を舐めきっていた。
陽向side何の具体策も打たないまま月日だけが過ぎ、新規事業部は日を追うごとに恐ろしい勢いで赤字を垂れ流し続けていた。だが、惨状はそれだけに留まらなかった。急激な円安の波と原価高騰の波及は、新規事業部だけでなく海外からの素材調達に依存していた南雲グループの他部門にもじわじわと広がり始めていたのだ。今の南雲には英玲奈のようにリスク管理を行い、調整や指揮を取ることができるほど力を持つ人間は不在だった。決算の数字が固まるにつれ、社内には重苦しい空気が立ち込めている。 南雲グループ全体が、初となる巨額の赤字へと転落しそうなのだ。「陽向君……!これは一体どういうことだ! 新規事業でグループを牽引するどころか、全社的な赤字に陥るなんて……! 役員たちや株主になんと言い訳をすればいいんだ!」あれほど俺を褒め称えていたにも関わらず、社長室で義父である厳一郎が顔を真っ赤にして怒声を上げている。俺は、役員会議で何度も言ってきた言葉を呪文のように繰り返す。「社長、お言葉ですが、今回の赤字は歴史的な円安という世界的な社会情勢が原因です。他社も同様に苦しんでいる以上、一概に解決策を取れるものではありません」「言い訳を聞いているんじゃない!南雲は新規事業の失敗で他
陽向side「南雲副社長、例の二期目における為替対策を含めた事業計画書ですが……提出の期限を過ぎておりますが、進捗状況についてお聞かせ願いたいのですが」副社長室で書類に判を押していた俺の元にベテラン役員が強気の姿勢で俺に歩み寄ってくる。この前の役員会議で皆の前で恥を書かせたあの役員だ。「分かっている……。私は南雲グループ全体の指揮を執っていて多忙を極めているんだよ。現場の経営判断というものは、拙速に行うべきではない。為替の動向や市場のデータを慎重に見極めているところだ」「……慎重に、ですか。ですが原価の高騰は待ってくれませんよ」「そんなこと言われなくても承知している。出来たら連絡するからそれまでは何も言うな」そう言って追い払ったものの、俺は内心冷や汗でヒヤヒヤしていた。 言い訳をして時間を稼いでいたものの、当然ながら俺の頭の中に解決策など一つも浮かんでいない。為替リスクヘッジ? サプライチェーンの再構築? 専門用語を聞くだけで頭が痛くなる。(クソッ……! なんで俺がこんな苦労をしなきゃいけないんだ。英玲奈みたいに勝手に動いてくれる奴さえいれば、こんなことにはならなかったのに&hel
陽向side部下である新規事業部の部長に丸投げして無理やり作らせた二期目の事業計画書。あの役員会議での醜態から一か月が過ぎ、「これでなんとか形にはなった」と俺は胸を撫で下ろしていた。 だが、そんな俺を嘲笑うかのように次々と悪夢が襲いかかる。わずか二か月の間に、為替相場は一気に1ドルあたり20円も暴騰したのだ。英玲奈がこの新規事業を立ち上げた当初には想定されていなかった歴史的な為替の激動だった。為替変動の影響というものは恐ろしい。 製品の売上や契約自体が消えるわけではないが、海外から調達している部材の輸入原価だけが、タイムラグなくダイレクトに響いてくる。製品を日本で取り扱っている我々は、契約を履行すればするほど、原価率が圧迫されて会社の手元に残る利益が削り取られていくのだ。そして、まだ事業を開始して歴が浅いこの部門は、原価率上昇に耐えられるだけの利益のプールなど何もなかった。このままの状況が続けば、新規事業部は期待の事業から一転して負債を生みだすお荷物事業として冷ややかな視線を浴びることだろう。世界情勢が原因で、俺のせいではないが、赤字事業を指揮するなんてイメージが悪い。「——というわけで、南雲副社長」緊急で開催された役員会議の場で、役員が冷ややかな目線を俺に向けて放った。
陽向side「事業計画書の事なんだが、事業の責任者は君だ。それに君は私以上に現場サイドの管理職や社員の声を把握できる立場にある。君には期待しているからこそ、この二期目の事業計画書の作成は君に任せたい。これは君にとっても、大きな成長の機会になるはずだ」数日後、再び俺の元に訪ねてきた事業部長に対して、包み込むような笑みを浮かべて語りかけた。「ありがとうございます。……ですが副社長、我々現場のデータだけでは、経営層としての判断基準や市場の将来予測までは……」「大丈夫、君ならできるさ」不安げに言い淀む事業部長の肩をポンと叩き、「俺は、部下の挑戦を応援したいんだ。上がってきた計画書は俺が確認するから、まずは思い切って作ってみてほしい。これが評価されれば、君の出世にも大きく影響するだろう。期待しているよ」「……はぁ。承知いたしました。全力を尽くします」事業部長はどこか納得のいかない様子ながらも、深く頭を下げて部屋を出ていく。その姿を冷めた目で見送っていた。(フッ……単純な男だ。『期待している』と一言添えるだけで簡単に仕事を引き受けてくれる。英玲奈がいなくても、こうやって
陽向side結愛が男の子を出産した翌月、株主総会の決議案が無事可決され、義父からの『出産祝い』として、俺と結愛への株式譲渡の割合が大幅に引き上げられた。これにより、南雲家における俺の立場と発言権は一気に強まっていったのだった。新規事業もうまくいっており、社内でも高評価を得ている。このままいけば、新たに『会長』というポジションを作って義父には勇退してもらい、俺が社長に昇格して実質的な経営権を手に入れ、名実ともにトップへ君臨する――すべては順調な『はず』だった。事業開始から一年が経過し、定期役員会議が終わった直後の出来事だった。 新規事業部の事業部長がどこか不安げで落ち着かない表情を浮かべて副社長室を訪ねてきた。「南雲副社長、お忙しいところ恐縮です。来期の事業計画についてですが、具体的な内容のすり合わせを行いたいのですが……」「すり合わせ? すり合わせも何も、事業開始時に作成した事業計画書があるだろう。何か問題でも発生したのなら都度対処して、それ以外は計画書の通りに進めればいいじゃないか」面倒くさそうに手を振る俺に対し、事業部長は困惑したように眉をひそめた。「それが……英玲奈元専務が策定されていた計画書にある『フェーズ1・導入ロードマップ』は、今月で全て完了する予定となっております。そのため、来月からは事業を本格的に拡大させ、自走を図る『フェーズ2・二期目運用』へと突入いたします。ですが……手元の計画書では、フェーズ2は年単位の数値のみが記載されており、具







