共有

第19話

作者: はる
智久は家にこもり、明純の写真をきつく抱きしめながら三日間酒をあおり続けた。

その瞳は虚ろで、何の感情も宿っていなかった。

部屋には強い酒の匂いが充満し、床には無数の空き瓶が転がっている。

頭の中は混乱を極め、見えざる手に心臓を鷲掴みにされたように息が苦しかった。

焼け付くようなアルコールを喉に流し込んでは、胃の腑を焦がしていく。

酒で神経を麻痺させ、明純のことを考えないように、付き纏う苦痛から逃れようとした。

だが目を閉じるたびに、彼女の微笑む顔や声が鮮明に脳裏に浮かび上がり、胸が張り裂けそうになる。

酒に飲まれて意識を失いかけた時、扉が勢いよく開かれ、数人の友人が部屋に飛び込んできた。

智久の惨めな姿を見た彼らは、慌てて酒瓶を取り上げ、切羽詰まった声で叫んだ。

「落ち着け!酒はもうやめろ!辛いのは分かるが、クロックタウンで明純を見た奴がいるんだ。あの子は生きているかもしれないぞ!」

その言葉に、智久の意識が一瞬にして引き戻された。

眼差しは鋭さを取り戻し、掠れた声で聞き返す。

「何だって?明純が……生きている?」

友人は頷き、興奮交じりに言葉を継いだ。

この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第22話

    病院のベッドに静かに横たわる智久の顔色は、真っ白なシーツに溶け込むように青ざめていた。この二日間、頭の中は明純のことで埋め尽くされており、体の痛みなど、彼女への想いに比べれば取るに足らないものだった。何とか上体を起こせるようになると、すぐにでもベッドから抜け出し、探しに行こうと逸る心を抑えきれなくなった。見舞いに来ていた友人たちはその様子に慌て、心配そうな顔で集まってきた。一人が肩を押し留め、説得にかかった。「今の自分の顔を見てみろよ。やつれ果てて、髭も伸び放題だ。そんな姿で会いに行っても、やり直すどころか怯えて逃げ出しちまうぞ」智久はようやく立ち上がり、重い足取りで鏡の前へ向かった。そこに映っていたのは、瞳が虚ろで酷く痩せこけた男の姿だった。髪は乱れ、無精髭が生え、まるで亡霊のようだった。自分の惨めな有様を目にし、智久は呆然とした。明純への想いと後悔に苛まれるあまり、身なりに構う余裕すら失っていた。深く息を吸い込み、気を取り直して洗面所へ入り、丁寧に身支度を整え始めた。まずは剃刀を手に取り、慎重に髭を剃り落とした。青ざめてはいるものの、かつての整った顔立ちがようやく姿を現した。次に櫛で乱れた髪を整えていった。そしてクローゼットを開け、明純が以前似合うと言ってくれた仕立ての良いスーツを選んだ。袖を通し、鏡の前で自分の姿を確認する。疲労の色は隠しきれないが、それでも少しはかつての威厳を取り戻すことができた。支度を終えるや否や病院を後にし、智久は繁華街へと向かった。街中を歩き回り、想いを伝えるための品を念入りに選び抜いた。宝石店の前を通りかかった時、精巧な作りのネックレスから目が離せなくなった。純真で美しい花を象ったデザインだった。明純の穏やかな微笑みを思い出し、これが誰よりも似合うだろうと考え、迷うことなく買い求めた。次に花屋へ入り、鮮やかに咲き誇る赤い薔薇の花束を選んだ。その燃えるような赤は、今の自分の熱烈で偽りのない想いそのものだった。街角の片隅で、たこ焼きの屋台が目に入った。その瞬間、足が縫い付けられたように止まり、かつての言葉が脳裏に蘇った。「たこ焼きを買ってきてくれれば、それでいいから」胸の奥にツンとした痛みが走り、目頭が熱くなった。智久は迷うことなく、たこ焼

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第21話

    智久は顔を上げ、決意に満ちた瞳で訴えた。「父さん、明純を見つける。絶対に見つけ出さなきゃならないんだ」昭人は怒りをあらわにし、有無を言わせず命じた。「帰るぞ!これ以上ここで恥を晒すな!」そう言って護衛の者たちを呼び寄せると、容赦なく言い放った。「気絶させて連れ帰れ!」護衛たちに腕を掴まれ、智久は身をよじって抵抗し、絞り出すような声で叫んだ。「放せ!明純を見つけるんだ!絶対に見つけ出すんだよ!」だがどれほど暴れても、男たちの拘束が緩むことはなかった。首筋に手刀を打ち込まれ、目の前が真っ暗になって気を失った。*次に目を覚ました時、そこは明石家の実家だった。智久は自分のベッドに横たわっていたが、手足にはまだ力が入らない。ベッドの傍らには昭人が立ち、竹刀を手にして氷のように冷たい顔で見下ろしていた。「もう一度だけ聞く。まだ明純を探すつもりか?」智久の眼差しは揺るがず、ベッドから降りて父の前に膝をつくと、決意を込めた声で答えた。「見つける。絶対に見つけ出してみせる」昭人の顔が瞬時に険しくなり、手にした竹刀が激しく振り下ろされた。鈍い音を立てて竹刀が体に打ち付けられ、骨の髄まで響くような激痛が走った。智久は痛みに息を呑んだ。「まだ口答えをするか!あんなに尽くしてくれた妻に見向きもせず、いなくなってから急に未練がましい真似をしおって!亡きお祖母様でさえ、明純がどれほどお前を愛しているか知っていて、離婚を許さないというのに!それなのに、お前は明純にどう接してきた!」怒鳴り声とともに、竹刀が次々と体に打ち付けられる。智久は歯を食いしばり、一言も発することなく、その痛みをすべて受け止めた。「もう二度と探さないと約束するなら、許してやる」有無を言わさぬ声が響いた。智久は唇を噛み切って血を流しながらも、絞り出すような声で答えた。「嫌だ……絶対に見つけ出す……絶対に見つけ出すんだ……」昭人はさらに顔を険しくし、再び竹刀を激しく振り下ろした。智久の体中はミミズ腫れと血の筋で覆われたが、それでも頑なに歯を食いしばり、決して屈しようとはしなかった。やがて昭人も打ち疲れたのか、竹刀の動きを止めた。息も絶え絶えになっている息子の姿を見て、複雑な感情が込み上げてきたようだった。「どうしてそ

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第20話

    智久はクロックタウンへ向かった。だが一足遅く、明純を見つけることはできなかった。ただ、明純によく似た女性の噂だけは耳にした。とても元気そうで、旅先で出会った人々に「世界中を旅している」と語り、写真をたくさん見せて回っていたという。噂の主からその写真を見せてもらい、智久の胸に言い知れぬ切なさが込み上げてきた。写真の中の明純は眩しいほどに笑い、その瞳には自由と喜びが満ち溢れていた。まるで別人のようで、かつて自分に尽くしてくれたあの従順な少女の面影はどこにもなかった。付近をあちこち探し回ったが、結局足取りは掴めなかった。そしてついに、親友である香瑠の存在に行き着いた。帰国するや否や香瑠の元を訪れ、智久は切羽詰まった声で尋ねた。「明純の居場所を知っているな?あの事故が偽装だってことはもう分かってるんだ。どこにいる?君になら話しているはずだ、教えてくれ」香瑠はすでに一連の出来事を知っていたが、彼女からすればすべて智久の自業自得だった。智久を冷ややかに見据え、嘲るような声で言った。「今になって探しに来たの?自分が何をしてきたか、胸に手を当てて考えてみなさいよ」智久は顔からさっと血の気を引かせ、哀願するように訴えた。「間違っていたことは分かってる……本当に馬鹿だった……自分の心に気づかず、あいつをあんなに傷つけてしまった。居場所を教えてくれないか?」香瑠は鼻で笑い、怒りを滲ませた声で言い放った。「間違いに気づいただって?何が間違っていたか分かってるの?明純がどれだけ尽くしてくれたか。それなのにあんたは美琴のことばかり!冷たくあしらい、無視して、明純が一番あんたを必要としていた時に、他の女を選んだじゃない!探す資格なんてあると思ってるの?」抑えきれずに智久の目から涙がこぼれ落ち、言い知れぬ後悔が胸に込み上げてきた。明純に対して犯した過ちは、謝罪の言葉一つで許されるようなものではないと分かっていた。「一生かけて償いたいんだ。それでも足りないことは分かっている。でも、俺はまだ明純に『愛している』と伝えていない。とうの昔に好きになっていたことも、一生を共にしたい相手はあいつだということも」香瑠は冷ややかに見据え、とりつく島もない声で告げた。「遅すぎるわ。今更そんなこと言ったって、なんの価値もないわよ。

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第19話

    智久は家にこもり、明純の写真をきつく抱きしめながら三日間酒をあおり続けた。その瞳は虚ろで、何の感情も宿っていなかった。部屋には強い酒の匂いが充満し、床には無数の空き瓶が転がっている。頭の中は混乱を極め、見えざる手に心臓を鷲掴みにされたように息が苦しかった。焼け付くようなアルコールを喉に流し込んでは、胃の腑を焦がしていく。酒で神経を麻痺させ、明純のことを考えないように、付き纏う苦痛から逃れようとした。だが目を閉じるたびに、彼女の微笑む顔や声が鮮明に脳裏に浮かび上がり、胸が張り裂けそうになる。酒に飲まれて意識を失いかけた時、扉が勢いよく開かれ、数人の友人が部屋に飛び込んできた。智久の惨めな姿を見た彼らは、慌てて酒瓶を取り上げ、切羽詰まった声で叫んだ。「落ち着け!酒はもうやめろ!辛いのは分かるが、クロックタウンで明純を見た奴がいるんだ。あの子は生きているかもしれないぞ!」その言葉に、智久の意識が一瞬にして引き戻された。眼差しは鋭さを取り戻し、掠れた声で聞き返す。「何だって?明純が……生きている?」友人は頷き、興奮交じりに言葉を継いだ。「最初からおかしいと思って、搭乗者名簿を調べたんだ。乗客は明純一人で、途中でパイロットはパラシュートで脱出していた。見つかった遺体の一部も偽造のものだったんだ!それに、あの便は香瑠っていう親友の会社の持ち物だった。事故そのものが偽装された可能性が高い!」智久の頭の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。言い知れぬ狂喜が湧き上がり、勢いよく立ち上がって震える声で叫ぶ。「クロックタウンへ行く!明純を見つけ出す!」そう言って飛び出そうとした矢先、美琴が部屋に入ってきた。顔色は青ざめ、髪は乱れ、皺だらけの服を着ており、かつての華やかな面影は微塵も残っていない。提携を打ち切られたため、梅沢家はすでに破産していた。資産も屋敷も差し押さえられ、美琴は今やどん底の生活を送っていた。智久が自分を見捨てるはずがないと信じた彼女は、この数日間、当てつけのように何人もの男と親しげに振る舞い、智久の嫉妬を煽ろうとしていたらしい。だが、智久が迎えに行くことはなかった。結局のところ、生活苦に耐えきれなくなった美琴は、ちっぽけなプライドを捨てて縋り付いてきたのである。彼女は哀願する

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第18話

    飛び交う嘲笑の声を耳にして、美琴は顔からさっと血の気を引き、声を震わせた。「智久、何を言ってるの……みんな、信じないで!違う、そんなんじゃないわ!」智久は冷ややかに見下ろし、嘲るような声で言い放った。「あの時なぜ逃げ出したのか、俺が知らないとでも思っていたのか?名家のしきたりに縛られた生活に嫌気がさし、自由や反抗心に酔ってチンピラに騙されたんだろう。逃げ出したあの日、明純は俺の面目を保つために自ら非難を受けた。すべての罵声を浴びながら、一言の恨み言もこぼさなかった。だが君は、人々の同情と憐れみをいい気になって受けていたじゃないか」美琴の目から涙が溢れ出し、崩れ落ちそうな声で叫んだ。「やめて……もう言わないで……私が悪かったわ……本当に反省しているの……」「反省だと?違うな。金持ちの暮らしが忘れられなくて、仕方なく頭を下げただけだろう。自由を満喫して、痛い目見て、それで戻ってきた。都合が良すぎると思わないか」「違う、違うの。私はそんな薄情で見栄っ張りな女じゃないわ!」智久は泣き言に耳を貸さず、マイクを通してさらに言葉を続けた。「今日ここへ来たのは、結婚するためではありません。私が愛しているのは妻の明純だということを、皆様に伝えるためです。最初から最後まで、私が愛していたのは明純だけでした。逃げられたあの日から、美琴への想いは完全に消え失せています。この式は向こうが勝手に企てたもので、私は一切承知していません!」会場は再びどよめきに包まれ、あちこちで非難めいたひそひそ話が波のように広がった。「相手の承諾も得ずに勝手に式を準備するなんて、無理やり既成事実を作ろうとしたってこと?」「梅沢家のお嬢様も、随分と図太い神経をしてるのね。笑い話にもならないわ」梅沢夫婦は、一瞬にして顔面を蒼白にさせた。慌てて歩み寄って智久の腕を掴み、哀願するように言った。「智久君、やめてくれ……美琴は君の婚約者じゃないか。どうしてこんな……」智久は冷たく手を振り払い、怒りを滲ませた声で言い放った。「婚約者?逃げ出したあの日、もう婚約者ではなくなった。俺の妻は明純だけだ」二人はさらに青ざめ、慌てふためいて言葉を繋いだ。「そんなこと言わないでくれ……両家には事業の提携があるじゃないか。そんなことをすれば……」智久は鼻で笑い、

  • すべてを手放して静かに幸せになるまで   第17話

    「じゃあ、どうして返事をしてくれないの?前はすぐに返信してくれたのに」美琴はまだ不安が拭い切れないようだった。「衣装や指輪の準備で忙しいのよ。急に決まった式だし、智久君はいつだって美琴のために最高のものを用意したがっていたじゃない」その言葉を聞いて、美琴はようやく落ち着きを取り戻した。まだ時間はある。ゆっくりと智久が現れるのを待てばいい。自分がどれほど愛されているか、美琴は微塵も疑ってはいなかった。だから何があっても、絶対にやって来るはずだと固く信じていた。やがて九時が近づき、招待客の間にもざわめきが広がり始めた。再び美琴の心に不安が頭をもたげたその時、大扉が重々しい音を立てて開かれた。顔を上げ、智久の姿を捉えた瞬間、美琴はパッと顔を輝かせた。漆黒のスーツに身を包んだ智久の顔つきは冷え切っており、その瞳には一切の感情が読み取れなかった。彼は大股でバージンロードを進み、居並ぶ人々に視線を巡らせた後、最後に美琴の顔を真っ直ぐに見据えた。智久が来た。本当に来てくれた!やはりあの人は自分を愛している。どんな願いでも叶えてくれる。美琴は慌てて駆け寄り、隠し切れない喜びを顔に浮かべて甘ったるい声を上げた。「来てくれたのね。さあ、式を始めましょう……」だが、智久は美琴には見向きもせず、司会者の前に歩み寄ってマイクを取り上げた。低く冷ややかな声が、スピーカーを通して会場全体に響き渡った。「皆様、本日はご列席いただき感謝いたします。ですが、式を始める前に、一言申し上げておきたいことがあります」会場は静まり返り、すべての視線が智久に集中した。美琴はなぜか不吉な予感を覚え、胸の奥から言い知れぬ恐怖が湧き上がってくるのを感じた。智久を止めようと歩み寄り、「もう時間が来ているから早く式を」と言いかけたが、彼から氷のような視線を向けられ、足がすくんでその場に釘付けになってしまった。智久は深く息を吸い込み、怒りを押し殺した声で語り始めた。「三年前、花嫁が入れ替わったことは周知の事実です。そして、私の妻は長年非難を浴びてきました。自ら名乗り出て、姉を追い出したのだと告げたからです。ですが今日、私はすべての真実を明らかにします。あの日の真実は、美琴が貧しい男に夢中になり、両家の縁談を承諾しておきな

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status