Share

第3話

Auteur: 木易 春
スタジオではアクションシーンの撮影準備が進んでいた。朝香は適当に隅のほうに座り、無意識のうちに祈人の姿を探していた。

だが、視線の先で祈人の向かいにいた夜音と目が合ってしまう。

夜音は美しい顔に、挑戦的な笑みを浮かべている。

わざとらしく下着のストラップを直し、こちらを挑発するような目を向けてきた。

そして芝居の流れを利用し、体をくにゃりと祈人の胸元に預けていく。

朝香が夜音と初めて会ったのは、一年前の病院だった。

真夜中の二時か三時頃、祈人が酔いつぶれた夜音を連れてやってきた。

夜音はまともに立てないほど酔っていて、額には血が滲む傷ができていた。

ちょうどそのとき、別の患者が急変し、院内は慌ただしくなっていた。

けれど祈人は、必死の形相で「どうしても夜音を先に診てほしい」と朝香に頼み込んだ。

その後、夜音は朝香の規則違反を病院に実名で通報する。

それが原因で朝香は職を失い、他の病院にも雇われなくなってしまった。

このとき、祈人はまだ朝香が現場にいることに気づいていない。

夜音が倒れ込んでくるのを、ごく自然な手つきで受け止めると、彼女の鼻先を愛しそうに指でなぞる。

周囲の視線も気にせず、夜音を腕に抱いてくるりと回り、祈人の瞳は星空のようにきらめいていた。

「ただの仕事相手」――そう言っていたはずなのに、祈人が夜音に向けるそのまなざしは、かつて自分に向けていたものと何も変わらないように思えた。

こんな場面は、以前も何度となくあった。

そのたびに朝香は悔しくて泣いて訴えたものだったが、今は静かに座ったまま、何も言わない。

祈人が驚いた顔でこちらを見ても、朝香は礼儀正しく手を振ってみせた。

その瞬間、祈人の顔はさっと青ざめ、反射的に夜音を突き放す。

「朝香、ここじゃ話せない。家に帰ったらちゃんと説明するから」

祈人は耳元でそうささやいた。声は誰にも聞こえないほど低い。

朝香は胸の奥がきゅっと痛み、無理やり笑みを作った。

自分はそこまで人目に触れさせたくない存在なのか――

外では恋人の存在を隠し、言い訳ばかり重ねられるこの関係が、なんとも情けなく思えた。

背を向けて涙をこらえ、振り返るときにはまた微笑みを装う。

「大丈夫、分かってる」

そう、小さな声でだけ答える。

自分で始末をつけて、静かにこの場所を去るつもりだった。

祈人に自由を返せば、もう苦しい言い訳を重ねなくて済む。

それが一番いいのだと、自分に言い聞かせる。

その後、祈人は撮影本番に呼ばれるが、朝香の顔色があまりにも悪くて、何度も近寄ってきては、小さな声で言った。

「朝香、俺の立場が安定したら、必ずお前と結婚する」

朝香は微笑みながら首を振る。

祈人が背を向けた瞬間、彼にというより自分自身に言い聞かせるように小さくつぶやいた。

「もういいの」

これ以上、祈人にしがみついていたくない。

日の当たらない恋も、もう呼びかけても目を覚まさない相手も、朝香をひどく疲れさせていた。

朝香は用意しておいた資料一式を由紀の前に差し出す。

そこには、これまで管理してきたファンコミュニティやSNSアカウント、祈人の日常の細かな習慣までが記されていた。

特に、祈人が頭痛を訴えたときの対処法については、三枚にもわたるリストを用意していた。

「朝香さん、まさか祈人さんのプライベートアシスタントだっただけじゃなくて、ファンのリーダーまでやってたなんて!

八年前のことまで知ってるなんて……まさか朝香さんが、祈人さんを八年間支えてきた人なんですか?」

――ただそばにいただけじゃない。

祈人は朝香にとって、最初の患者だった。

大学二年のとき、山で薬草を探していた朝香は、沢のほとりで倒れている祈人を見つけた。

業界の大物に逆らい、仕事を干され、失意の中でうつ病を患っていた祈人。

一番苦しかった三年間、朝香は雨の中で傘を差し、外からの攻撃をすべて防ぎ、

夜の闇の中でそっと寄り添い、笑顔を引き出し、朝まで話し相手になった。

祈人もまた、朝香を裏切ったわけではない。

朝香のために公務員を辞め、撮影現場に戻り、端役から這い上がった。

どんなにきつくても、どんなに汚れても、全部引き受けて働き、朝香の祖母の医療費を稼ぎ、彼女が大学院に進む費用も工面し、自分は毎日パンと野菜だけの質素な食事でやりくりした。

それでも学校に会いに行くときは、心配をかけたくなくて新品の服を着て行った。

あの頃の祈人は、本当に最高の彼だった。

電話越し、朝香が泣きながら「会いたい」と言ったとき、祈人も声を詰まらせてこう言った。

「泣くなよ、俺、今は抱きしめてやれないんだから」
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Latest chapter

  • すれ違う風の向こうに   第26話

    フォークとナイフがカチャカチャと触れ合う音だけが、静かな食卓に響いている。朝香は胸が詰まる思いで牛肉を一口飲み込み、どこか胸の奥に鈍い痛みが広がっていくのを感じた。神崎は、彼女を祈人のもとへ送り届けた。なんと、祈人が暮らしている場所は、朝香の小さな家からわずか三十分ほどの距離だった。こんなに近くにいたのに、なぜか遠く感じてしまう――そんな距離だった。朝香が戸を開けると、そこにいたのは、憔悴しきった祈人ではなく、まるで十代の頃の彼のような、静かな横顔だった。彼は初めて出会ったときと同じ服を着て、庭先でただぼんやりと座っている。庭に咲く花や草木は、朝香の家に植えてあるものとそっくりだ。唯一違うのは、庭に朝香と同じ背丈の人形が置かれていたこと――白いワンピースに高く結ったポニーテール。朝香は、夕風に揺れる人形の髪を見ていると、胸が締め付けられ、気づけば涙が溢れていた。その涙は地面にしみ込み、小さな花のように広がっていった。やがて祈人が振り返り、夢にまで見た朝香の姿を見つける。たった数歩の距離なのに、まるで二人の間には乗り越えられない海があるようだった。「ごめん、ごめん……」しゃがれた声で、祈人は子供のように繰り返し泣いた。どれだけ謝っても、もう届かない気がして――来る途中、神崎はこう話してくれた。一年半ほど前、祈人は実の母親に巨額の金を脅し取られそうになった。彼がそれを断ると、母親は「面倒を見る」と言って無理やり家に居座るようになったのだという。抑うつ症状で苦しんでいた時期、母親の言葉に騙されて、強いモルヒネ入りの薬を飲まされてしまったのだ。もっと早く十分な金を稼いで、朝香と静かに暮らしたい――そんな思いから、祈人は必死で仕事を詰め込んでいた。その一心で、無理に仕事を詰め込んだ結果、心も体も限界を迎えた。その後も、母親や夜音の巧みな誘導で、軽度の抑うつが重度になっていった。何事もないふりをしていたものの、実は薬なしでは夜を越えられないほど、心も体も追い詰められていた。祈人は、こんな結末になるとは思いもしなかった――ただ病気になっただけなのに、永遠に愛する人を失ってしまったのだ。涙を流しながらも、祈人はやっと言葉をしぼり出す。「……もう、元には戻れないのか?」

  • すれ違う風の向こうに   第25話

    夜音の仲間たちは、約束の時間から三十分後、様々な撮影機材を持ち込み、意気揚々と現場に乗り込んだ。大勢で押しかけ、ライブ配信まで始める徹底ぶりだった。狙いは、スキャンダルの「生中継」という刺激的な話題作り。勢いよくドアを蹴破り、ライトをつけ、意気込んでベッドの布団をめくると――そこにいたのは朝香ではなく、なんと夜音本人だった。しかも、彼女は泥酔していて、服も乱れていた。その姿は、瞬く間に複数の人気ブロガーのライブ配信に映し出された。「……何がどうなってるの……?」配信を止めようとした時には、すでに何万人もの視聴者が押し寄せていた。録画やスクショはあっという間にSNSに拡散され、あらゆるネットニュースを席巻した。――向かいの部屋の前で、朝香と神崎はこのドタバタ劇を冷ややかに見守っていた。ただただ、呆れ果てて笑うしかなかった。祈人が朝香をどこかに呼び出すことはあっても、図書館だけは絶対に選ばない。なぜなら、以前、朝香が読書に夢中になって図書館に閉じ込められ、祈人が大騒ぎして救出に走ったことがあるからだ。それ以来、祈人の中で図書館は、絶対NGになっていた。夜音は自分が巧妙な罠を仕掛けたつもりだったが、その裏で神崎は彼女の動きを把握していた。 実は図書館に入る前から、神崎が外で何度も朝香を誘導していた。監視車両も隠れていたつもりだったが、とうにバレていた。朝香は薬の入った水をわざと飲み、あたかも動揺しているフリをしただけ。全て、夜音の罠に引っかかったように見せかけていただけだった。――自分では抜け目がないつもりでいたが、夜音は神崎と朝香の罠にまんまとかかった。さらに、以前無理やり祈人に発表させた「婚約発表」も、今回の事件で彼女自身の首を絞めることとなった。神崎は少し安堵したように、朝香の手をそっと握った。「君が機転を利かせてくれたおかげで助かった。もし何も気づかず罠にはまってたら……考えただけでゾッとする」朝香は得意そうな顔で、目をぱちりと瞬かせた。「いやいや、あなたもちゃんと情報を掴んでたんでしょ?私がメッセージしたら、あっという間に全部段取りできてたじゃない」神崎は照れたように鼻をこすり、「実はずっと夜音の動向をマークしてたんだ」と小声で打ち明けた。朝香が

  • すれ違う風の向こうに   第24話

    春の午後、陽射しはまぶしく、春の日差しが雪の上に降り注ぎ、目を開けていられないほどの眩しさだった。夜音の声はしだいに嗚咽まじりになっていく。それに対し、朝香の表情はどんどん険しくなっていった。――まさか、こんなことになるなんて。頭の中では、これまでのささいな出来事が次々と蘇る。夜音が現れてからというもの、祈人は毎晩家には帰ってきていたものの、必ず部屋を別にして、朝香にはまったく触れようとしなかった。朝香はてっきり、祈人の心が離れたせいだと思っていた。でも――もしかしたら、発作で苦しむ自分の姿を見せたくなくて、わざと距離をとっていたのかもしれない。スマホのパスワードを変えたのも、朝香にカルテや受診履歴を見られたくなかったからだろうか――?それらを考えていると、朝香は胸が波打つように激しく高鳴るのを感じた。冷静を装ってはいるものの、その瞳には確かな動揺がにじむ。朝香は机の端を握る指が白くなるほど力が入り、ふと気がつくと、胸が締めつけられて息苦しくなっていた。まるで誰かに胸元を強く押さえつけられているようで、一瞬たりとも呼吸ができない――そんな感覚だった。「落ち着いて。とりあえず、水を飲んで」珍しく夜音が、柔らかい口調で声をかけてきた。動揺したままの朝香は、手を震わせながら水を口に含む。夜音の顔からは、やがて感情の色が消え、代わりに複雑な陰りがさしていった。その瞳の奥には、蛇のような冷たい光が静かに揺れている。「明日、祈人さんは海外に行くの。今夜が、彼に本当のことを伝えられる最後のチャンスよ」夜音はテーブルにカードキーを置き、ため息をついたふりをしながら続ける。「祈人さんは、まだあなたのことを忘れられずにいるの。でも私は、自分のお腹の子の父親が、他の女を想い続けたまま生まれてくるなんて、絶対に許せない。だから、お願い。今夜、ちゃんとけじめをつけて」夜音は愛想よく微笑んで「それじゃ、よろしくお願いします」とだけ言うと、すぐに席を立った。ドアを出る間際、わざわざ振り返り「ねえ、神崎さんには絶対に内緒にしてね」とくぎを刺すことも忘れなかった。腰をくねらせながら去っていく夜音は、すぐさま図書館の前で待っていたワゴン車に乗り込んだ。ドアが閉まるや否や、サングラスを外して鏡

  • すれ違う風の向こうに   第23話

    祈人の胸の奥には、悔しさと哀しみが静かに広がっていった。まるで冬の川が静かに水かさを増していくように、その瞳からは光が失われていく。かつて夜音と抱き合っていたとき、朝香が味わったあの胸を裂くような痛みを、今の彼は身をもって知ることとなった。猫を連れて朝香の後を追いかけていくと、冬の冷たい風の中、朝香と神崎が寄り添い歩く姿が見えた。神崎の手が朝香の手をしっかりと握っている。それは、祈人にはもう二度と手に入らない温もりだった。胸の奥が苦しくなり、息をするのもつらい。「朝香、猫はお前が受け取ってくれ。思い出として、そばに置いてほしい」そう言って何度も差し出す祈人に、朝香は決して受け取ろうとはしない。言い合いになっているうちに、危うく車にぶつかりそうになった朝香を、神崎がすばやく引き寄せた。とうとう堪えきれなくなった神崎は、祈人の顔面めがけて拳を振り下ろす。「人の話が聞こえないのか!?朝香が嫌がることを無理やり押し付けてばかりいるから、こうして大事な人を失うんだ」普段はおちゃらけている神崎も、このときばかりは容赦なく祈人に強烈な拳を叩き込んだ。祈人は転がるように倒れ、猫の入ったケージを抱えながら地面で苦笑いを浮かべる。「神崎、お前こそ自分のことで精一杯なのに、朝香を守れると思っているのか?」弱々しく立ち上がり、口元の血を拭うと、再び神崎に向かっていく姿は、まるで何かにすがりつくようだった。しかし、そのとき朝香が静かに口を開いた。「夜音さんがあなたに渡した鎮痛剤、もう飲まないで。その薬には依存性の強い成分が入っている。飲み続ければ体を壊すだけよ」祈人が倒れ込んで家で苦しんでいたあの日から、朝香は薬のことをずっと気にしていた。あるとき薬の瓶にラベルがなく、不審に思い、知り合いの検査機関に成分分析を依頼した結果、その薬には強いモルヒネが含まれていることがわかった。祈人の目の奥から、さらに光が失われる。朝香の言葉は、彼の胸を鋭く貫き、痛みだけが残った。冬の終わり、雪混じりの風が彼のマフラーをはためかせる。その姿は、どこまでも儚く、孤独だった。やがて、祈人の嗚咽が冷たい風に混じり、まるで迷子の子犬のようにかすかに響く。やがて撮影も終わりに近づく頃、祈人は突然SNSで夜音との

  • すれ違う風の向こうに   第22話

    夜音は、どうしても芸能界を去ろうとしなかった。結局、朝香と神崎が協力して彼女を警察に突き出したが、数日も経たないうちに、何事もなかったように現場へ戻ってきた。神崎が伝えてくれた確かな情報によると、夜音と共謀していた作業員が、突然証言を翻して自分ひとりの罪だと主張し、神崎に送ったチャット記録も「全部でっち上げで、有名人を脅すためだった」と認めたのだという。明らかに身代わりだが、決定的な証拠がなければ警察も夜音を釈放するしかなかった。神崎はドア枠にもたれて冷ややかに夜音を眺め、彼女がまるで花のように人混みを舞う様子に、かすかに口元をゆるめた。「もう手は打ってある。そのうち決定的な証拠が出るはずだ。……見ていて気分が悪いなら、しばらく休みを取れば?」そう言って、神崎は朝香に予備の薬を渡した。朝香は微笑んで薬を受け取り、小さな声でぼそりとつぶやいた。「こんなの大したことじゃないよ。前はあなたみたいに手がかかる人だって、私は全然平気だったのよ」神崎の耳がピクッと動き、顔まで赤くなった。朝香がこの街に来てから、ずっと海外在住を名乗る謎の患者がいた。毎日のようにSNSで朝香に「心理カウンセリングしてほしい」と相談を持ちかけてきて、いつしか朝香も、自分の話を打ち明けるようになった。ちょっとした心の慰めだったが、まさかその患者の正体が大スター神崎湊だったとは――。このところアクションシーンの撮影が続き、多くのエキストラたちがケガをしていた。朝香は順に手当をしていく。そんな時、夜音が騒がしく救護所にやってきた。「手を痛めたから、先に診てよ!」誰も相手にしないので、夜音は悔しそうに歯ぎしりする。「あなた、患者のことなんて全然気にしてないでしょ?院長に言いつけてやる!」警察に行っても何も学んでいないようで、相変わらず傲慢な態度だった。朝香は周囲に「大丈夫」と目配せし、穏やかな笑みで夜音に席を勧めた。「すぐに祈人と婚約するんだから、あなたなんか勝てるわけないでしょ」夜音はそう言い放つが、朝香は無視して、鍼治療の準備を始める。本気で相手にするのがバカバカしくて、神崎に目で合図する。神崎はすぐに意図を察し、朝香の前でおとなしくしゃがんだ。「夜音さん、まず俺で鍼治療を見せるから、心の準備

  • すれ違う風の向こうに   第21話

    年が明けて祈人の怪我もだいぶよくなってきたころ、なぜか彼は毎日のようにキッチンで料理に精を出すようになった。 そして、何日か経ったある晩、祈人はついに、見た目も香りも味も申し分ない夜食を作り上げた。その夜、朝香と神崎は外で花火を見ていた。 帰宅したのは、もうすぐ真夜中になろうかという頃だった。祈人は、二人が手をつないで帰ってくる姿を、ダイニングでずっと待っていた。 その光景を目にした瞬間、彼の目の輝きは一瞬で消える。だがすぐに気を取り直し、神崎がいつまでも朝香の手を離さないことには目もくれず、わざとらしく張り切ってスープを温め直す。「朝香、ちょっと待ってて。もうすぐ出来るから」いつもの柔らかな笑顔で、やさしくそう言う。祈人が温めたスープをテーブルに並べると、朝香は黙って席に着いた。 ただ、隣には図々しくも神崎が座り、平然とチキンスープを一気に飲み干す。朝香が箸もつけずにいるのを見て、祈人は焦って残りのスープを守るように両手で抱え込む。「こらこら。これは朝香のために作ったんだぞ。飲みたきゃ自分で作れよ」そう言って、もう一杯スープをよそい、やさしく息を吹きかけながら、ちょうど飲みやすい温度になるまで丁寧に冷ました。 朝香は断りきれず、仕方なくそのスープを受け取った。 その瞬間、祈人の唇がそっと緩み、瞳の奥には、淡い星がまたたくような輝きが浮かんでいた。「昔はいつも、お前が夜遅くまで俺の帰りを待って、夜食を作ってくれてたよな。 これからは、俺が帰りを待つよ。夜食も、全部俺が作る。……いいだろ?」顔を赤らめ、落ち着かない手つきで朝香の返事を待つ祈人。だが朝香は、どこか戸惑いと迷いの色を浮かべながら、湯気の立つスープをじっと見つめていた。 スープは澄んだ黄金色で、コクのある香りがふわりと漂う。 火加減も時間も、きっと何度も試行錯誤したのだろう――そんな祈人の真剣さが伝わってくる。けれど、朝香はそのスープを静かにテーブルに戻し、礼儀正しく、だがどこか遠ざかるように言った。「熱すぎるよ」祈人は反射的に「そんなはずは……」と言いかけたが、朝香が疲れたように眉間を押さえる姿を見て、言葉をのみこんだ。胸の奥に、重たい石が沈み込むように息苦しくなる。数日後、朝香が祈人の包帯を替えに部屋

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status