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第440話

Author: 雪八千
弘樹は鋭い視線を秀一に向け、遠慮のない口調で問い詰めた。もう取り繕う気など微塵もなく、言葉にも態度にもその本性があらわになっている。

秀一は黙ってその言葉を聞いていたが、表情はみるみる黒く沈み、弘樹に向ける目つきもさらに鋭くなる。

その空気に気づいた茂が慌てて間に入り、弘樹の肩を押さえながら嗜める。

「弘樹、適当なことを言うんじゃない。秀一くんは昔からまっすぐな性格だ、玲のことを心から大事にしてる。そんな人間が、玲を傷つける真似をするはずがないだろう」

しかし弘樹は、金縁眼鏡を指先で持ち上げ、冷ややかな笑みを浮かべた。

「藤原社長は玲を愛している、だからこそやるんだ。玲のためなら何でもできる男だからね。玲を苦しめた雪乃さんを恨んで、残忍な手を使ってでも、『代わりに復讐を果たしたい』と思っても不思議じゃない。でも、そういう極端なやり方をする人間が、本当に玲を幸せにできるだろうか」

言うまでもなく、弘樹は「秀一は愛ゆえに雪乃を殺した可能性がある」と遠回しに示唆していた。そして、そんな危険な男と、玲が付き合ってはいけないとも。

秀一はもう限界だった。雪乃の遺体が目の前でなければ、とっくに怒りを爆発させていた。だが弘樹はその自制心を嘲笑うかのように追い打ちをかける。

沈黙のまま秀一が弘樹へ向かって歩み寄った瞬間──そっと伸ばされた細い手が、彼の手を握った。それだけで、怒気に満ちた大柄な男は動きを止める。

玲だった。

彼女は秀一の前に立ち、弘樹をまっすぐ見据え、静かな声で言う。「弘樹、秀一さんは、母を殺した人じゃないわ。

母が亡くなった夜、私は偶然留置場にいた。でもそこで犯人に襲われて気を失い、車に縛り付けられ、そのまま殺されかけたの。

もし母の死が秀一さんと関係しているなら……彼の性格を知っているあなたならわかるでしょ?私が傷つくようなこと、まして妊娠している私を、彼が危険にさらすわけがない」

その一言で、場の空気は一瞬にして凍りついた。みんなは、玲の言葉が理にかなっていると思ったから黙ったわけじゃない。情報量が多すぎたのだ。

雪乃が死んだ夜、玲が犯人と接触したとは誰も思わないし、ましてや妊娠しているなんて……

弘樹は顔色を失い、呆然と口を開く。「そ、そんな……まさか……」

次の瞬間、茂を押しのけて前に出ると、信じられないものを見るような目で
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