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第6話

Author: ラフな子犬
あの日以来、秋彦が姿を見せることはなかった。

数日後、栞が退院の準備をしていると、またしても美月が現れた。

「お姉ちゃん、もう元気になったでしょ?ねえ、オークションに付き合ってよ」美月は見せつけるようにブラックカードを揺らしてみせた。

「お兄ちゃんは私のために海外へ限定バッグを買いに行ってるし、拓実さんはドレスのデザイン中、蓮さんは曲作り、秋彦さんは手術で忙しいの……」

彼女はパチパチと瞬きをして、可哀想な自分を演じてみせる。

「お姉ちゃん、私一人じゃ怖いの。一緒に行ってくれるわよね?」

「断るわ」栞は即座に拒絶した。

美月は意地悪く口の端を歪める。

「あら、じゃあ彼らに電話しちゃおうかな」

栞の脳裏に、彼らから罵倒される光景がフラッシュバックする。

またあの屈辱を味わうのか。

栞は美月の手からスマートフォンを奪い取り、渋々同意するしかなかった。

……

オークション会場に到着すると、美月は自分の番号札を栞に渡してきた。

「お姉ちゃん、私の代わりに札を挙げてね」

栞が警戒心を露わにすると、美月は強引にそれを握らせた。

「お姉ちゃん、これが欲しい!

あれも欲しい!」

十点出品された品物を、美月はそのすべてを落札した。

会場中の人々が、冷ややかな目で栞を見ていた。

オークションが終了すると、美月はブラックカードを取り出した。

「お姉ちゃん、支払いを済ませてきてくれる?」

美月の笑顔を見て、栞の背筋に冷たいものが走る。

嫌な予感がして手を伸ばせずにいると、美月が小声で囁いた。

「私、妊婦なのよ。もし私と赤ちゃんに何かあったら、彼らがどうするか想像つくでしょ?」

脅迫だ。もし自分の目の前で、美月やお腹の子の身に何かあれば、彼らは絶対に自分を許さないだろう。

彼女はブラックカードを受け取ると、別室へと向かった。支配人は、媚びへつらうような卑屈な笑みを浮かべて彼女を出迎える。

「お客様、素晴らしい買いっぷりでございました。合計で64億円になります」

栞がカードを渡すと、支配人はPOS端末に通した。

ビーッ!

エラー音が響く。支配人の顔色が変わり、もう一度通すが、やはり決済できない。

栞の額に冷や汗が滲む。

「待って……本人を呼んでくるわ……」

言い訳をして部屋を出ようとした瞬間、支配人が彼女の頬を思い切り張り飛ばした。

「このアマ!金もないくせに金持ちぶってんじゃねえぞ!」

口の端から血が流れる。栞が床に這いつくばりながらガラス戸の向こうを見ると、そこには勝ち誇った笑みを浮かべる美月の姿があった。

「美月、何を買ったんだ?」不意に、秋彦の声がした。ガラス越しに彼の姿が見える。

美月が一瞬で表情を変え、慌てた様子を見せる。「秋彦さん、どうしてここに?」

「お前と子供が心配でね」秋彦の影がガラスに映る。

「さあ、一緒に帰ろう。そういえば、栞は?一緒じゃなかったのか?」

「お姉ちゃん、気分が悪いから先帰るって」美月は顔色一つ変えずに嘘をついた。

その時、支配人の男が油断している隙を突いて、栞は猛然とドアへダッシュした。

「秋彦、私はここよ!」

だが、叫ぶ間もなく、太い腕が彼女の髪を掴んで引き戻し、大きな手が口を塞いだ。

「騒ぐんじゃねえ、このクソ女が!」

扉の外にいた秋彦は、微かに栞の声を聞いたような気がして、周囲の個室に鋭い視線を走らせた。

「本当なのか?」

「うん……」美月はうつむき、目の縁を赤く染めた。「信じられないなら、お姉ちゃんに電話して聞いてみて……ただ、ちょっとお腹が痛くて。でも、いいの。気にしないで先にお姉ちゃんを探してあげて。私は一人で帰れるから」

その言葉を聞いて、必死に抵抗していた栞の動きが、ふいに止まった。

数秒の沈黙の後、秋彦の声が聞こえた。

「……いや、いい。栞は昔から、自分のことは自分でできる女だ」

足音が遠ざかっていく。栞の中に残っていた最後の一縷の希望が、粉々に砕け散った。

「金がねえなら体で払ってもらおうか!」首が見えないほど太った支配人が、卑猥な笑みを浮かべて栞の服に手をかける。

栞は渾身の力で男の股間を蹴り上げた。

「ぐあああっ!」

豚が締め殺されるような悲鳴が上がる。

男が痛みにのた打ち回っている隙に、栞はドアへ走ったが、鍵がかけられていて開かない。

「クソ女が……ただじゃおかねえぞ!」

男が足を引きずりながら迫ってくる。

絶望の中で、栞の視界に窓が入った。彼女は歯を食いしばり、窓枠に足をかけ、そのまま身を宙に投げ出した。

ドスンッ!

鈍い衝撃音が響き、全身の骨が砕けるような激痛が走る。栞はあまりの痛みに意識が飛びそうになった。

すぐに野次馬が集まってくる。

「おい、飛び降りだ!見に行こうぜ!」

ちょうど車に乗り込み、美月にシートベルトを締めていた秋彦の手が止まった。

「秋彦さん、どうしたの?私たち見に行ってみる?」美月は彼を気遣うように、優しく声をかけた。

秋彦は我に返り、首を横に振った。「いや、いい。血生臭いものを見たら、お前と赤ちゃんに良くない」

彼はシートベルトを締めると、エンジンをかけて車を出した。

遠ざかる車の音を聞きながら、栞は限界を迎え、静かに瞳を閉じた。
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