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10・あなたが好き……

Author: 泉南佳那
last update Huling Na-update: 2025-07-12 06:55:01

 涙があふれて話が続けられなくなった。

 自分で思っていた以上にダメージを受けていたらしい。

 感情が高ぶって抑えが利かなくなった。

 ひっく、ひっくとしゃくりあげるわたしの背をゆっくりと撫でながら、今度は待子さんが穏やかな声で話しはじめた。

「婚約者にあなたの本当の気持ちをお話ししたほうがいいか、それはあなたが決めなければいけないことね。でもね、ひとつだけ言えるのは、他の人はごまかせても自分の心はごまかせないってことかしら」

 自分の心はごまかせない……

「もちろん、すべてあなたの胸に秘めたまま、周囲の事情を優先して波風を立てずに結婚することもできるでしょうね。でも……」

 待子さんはわたしの手を優しくさすった。

「心をごまかし続けていくうちに、綻びが出てしまうんじゃないかしら。そうしたら、あなただけでなく、旦那さんもその周りの人たちも不幸になってしまうわ。こういうときは、自分が楽になろうとしたらだめ。お相手にとってどうすれば一番いいのか考えないといけないわ。ふたりともよ。その婚約者の彼も、あのカメラマンさんのことも」

 自分のことでなく相手のことを一番に……。

 待子さんの言葉はわたしの心にじわじわと浸みこんでいった。

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     それが真っ当な答えであることはよく分かっていた。 たしかに、これまでだって、俊一さんを心のなかでいやというほど裏切っていた。 でも、実際に行動に移すことは、まるで次元の違う話だ。 たとえ心でどう思っていようとも、わたしに婚約者がいる事実は変わらない。 安西さんに会ってからのわたしは、ずっと目隠しをして崖っぷちを歩いているようなものだった。  堕ちてしまえばもう二度と後戻りはできない。 俊一さんと紗加さんの顔が何度も脳裏をよぎる。 ふたりに顔向けできないことをするつもりなの。 もうひとりのわたしがさらに追い打ちをかける。 でも、口から飛びだした言葉は、とうてい抑えきれない本心だった。「わたしも……同じです。安西さんと離れたくない」 「あやの……」 わたしの答えを聞いて、安西さんはわたしのほうに向いた。「好きで、好きでずっと苦しかった。なんども諦めようとしたけど無理でした。あの日の紗加さんと安西さんを見たときには、嫉妬で身も心も焼き尽くされてしまいそうで、つらくて……」 彼の、黒曜石のように美しい瞳が大きく見開かれた。 そうか。  わたしは崖っぷちを歩いていたわけじゃない。 安西さんとはじめて会った日。 この瞳に心を奪われたあの時。 とっくに深い谷底まで転がり堕ちていたんだ。  戻ることなんて、はじめから不可能だったんだ。 その後は言葉にならなかった。 彼の唇がわたしの唇に重なった。 噛みつくように激しいキス。  心のたががはずれ、想いが溢れだした。「お願い、わたしを攫(さら)ってください……」 息が苦しくなるほどの狂おしい口づけに翻弄されながら、うわ言のように彼の耳元でそうささやいていた。 

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