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15・3年後

Author: 泉南佳那
last update Last Updated: 2025-07-31 07:09:06

 そう言うと、今度はこれ以上ないほど真剣な表情に変わった。

「会いたかったよ。文乃がどう思ってるかわからないけど、おれは今でも文乃が好きだ。その気持ちは少しも変わっていない」

 もう、我慢できなかった。

 堰を切ったように涙が頬を伝っていく。

 店はほぼ満員だし、店員さんも近くにきそうだし、こんなところで泣いたらおかしいと、自分をいさめるのだけど、どうしても止まりそうになかった。

「ご、ごめんなさ……い、お、おかしいですよね……こんなところで」

 安西さんは優しい眼差しでわたしを見つめながら、ハンカチを差し出した。

 そして、「出ようか」と言った。

 それからすばやく立ち上がると、わたしをかばうように肩に手を回して歩き出した。

 表に出て、駐車場に向かう途中の壁際で抱きすくめられた。

「文乃……会いたかった……おれのあやの……」

 そう言って、わたしの顎をすくいあげる。

 懐かしい彼の唇の感触がわたしの心に灯りをともしていく。

「文乃は? おれを好きでいてくれた? 今も変わらない?」

 少し不安げにそう尋ねる彼の顔を、わたしは見あげた。

「……変わって……ません。ずっと……ずっと好きでした。ずっと、会いたかった」

 唇が重なる。

 深く、激しく。

 まだ、宵の口だし、誰か通りかかるかもしれない。

 そんな考えが、ちらっと頭をよぎったが、それでもかまわない。

 そう思った。

 名残惜しげに唇を離すと、彼は切羽詰まった声音でささやいた。

「もう、死んでも離さないから、覚悟して」

 
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  • たとえ、この恋が罪だとしても   エピローグ

    「あ……っ」 「こんなに感じてくれてるんだ……。嬉しいな。でも、そんなに固くならないでリラックスしてごらん」 少し掠れたぞくっとする声でつぶやく。「文乃が行ったことのないとこまで、連れてってあげるから」  それから、指と唇でさんざん弄られて…… もう声を抑えることなどできずに、わたしは快楽の波に翻弄されるまま、あられもない声をあげていた。 頭が真っ白になって、気が遠のいていきそうになったとき、安西さんがわたしのなかに入ってきた。   「……はあっ、あや……の」  彼も抑えきれない欲望に声をあげてわたしを突き上げる。 好きという気持ちが心から溢れだして、わたしの全身に漲っていく。  その想いを注ぎ込みたくて、わたしは自分から彼の唇を求めていた。   「す、き……あなたが……好き」    発火しそうなほどの熱い口づけで、彼はその想いに応えた…… *** ふと目を覚ますと、窓の外が白んでいた。 新聞配達のバイクの音が遠くから聞こえてくる。  その音さえ、まるで祝福の鐘の音のように聞こえる。 隣で眠る安西さんの安らかな寝息も聞こえる。 わたしはそっと、彼の背中に口づけ、また微睡(まどろみ)のなかに引き込まれていった……〈the end〉*お読みいただきありがとうございました😊

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  • たとえ、この恋が罪だとしても   15・3年後

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