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46話

作者: 団紡るう
last update 公開日: 2026-10-19 06:35:14

 「行ってくる」

 航生はネクタイを整えながら玄関を出た。愛音はいつもの位置に立ち、頭を下げる。扉が閉まり、鍵のかかる音が聞こえてから顔を上げた。

 洗濯カゴには前夜から航生のスーツが入っている。クリーニングに出す前にポケットを確認するのは日課だった。上着を持ち上げて内ポケットに指を入れると、折り畳まれた紙が一枚出てきた。広げると領収書だった。ホテルの名前と日付。その下に記された金額を目で追う。

 愛音は壁のカレンダーを見た。記載された日付には小さな丸がついている。あの日は航生が帰宅前に「今日は遅くなる」と連絡してきた日だった。領収書をもう一度見てから、愛音は洗面台へ向かった。紙を折り直さず、白い天板に伏せて置く。口元が一瞬だけ動いた。すぐにスーツへ手を戻す。

 午前中の掃除は寝室から始めた。掃除機のコードを伸ばし、ベッドの脇から床をなぞっていく。ヘッドをベッドの下へ差し込んだところで、硬いものにぶつかった。押しても動かない。愛音は掃除機を止めた。

 音が消えた寝室で、モーターの余韻だけが耳に残った。膝をつき、ベッドの下を覗く。床板の端に、小さな金属が引っかかって
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     夕食の支度を終えた愛音が廊下を通りかかったとき、書斎の扉が少しだけ開いていることに気づいた。中から航生の声が聞こえる。仕事の電話なら珍しくもない。けれど、いつもより声が低く、語尾に妙な柔らかさが混じっていた。「分かってる。今は無理だって。あとで連絡するから」 愛音は足を止めた。扉の隙間から見えた航生は、机に片手をついてスマートフォンを耳に当てていた。パソコンの画面には何かの資料が開かれているが、視線はそちらに向いていない。返事を待つように黙ったあと、航生の口元が少し緩んだ。「そんなに気にしなくていい。ちゃんと考えてるから」 仕事相手に向ける声とは違う。愛音がそう感じたのは、航生と長く暮らしてきたからかもしれない。家で電話をするときの彼は、相手が誰であっても要件を先に済ませたがる。忙しさを理由に話を切り上げることも多い。それなのに今は、相手の言葉を待つ時間さえ惜しんでいないようだった。 航生がふと廊下のほうへ顔を向けた。愛音は反射的に手にしていたタオルへ目を落とし、歩き出す。足音を立てすぎないよう気をつけるつもりはなかったが、自然と歩幅が小さくなった。「じゃあ、また連絡する」 背後で通話が切れる音がした。続いて椅子の脚が床を擦る。愛音は振り返らず、洗面所へ向かった。タオルを棚にしまい、蛇口をひねる。水が流れる音の向こうで、書斎の扉が閉まった。 誰と話していたのか。確かめようと思えば、今なら何か聞けるかもしれない。けれど、何を尋ねるというのだろう。仕事の電話だったと答えられれば、それ以上は追及できない。愛音が見たのは、航生が誰かと親しげに話していたという事実だけだった。 手を拭きながら、愛音の頭に別の声が蘇った。 航生の退院ではなく、隆二が退院した日。愛音がその報告をしようと電話をかけたとき、受話口の向こうから聞こえた若い女性の声。 ――航生さぁん、まだぁ? あの甘えるような呼びかけを聞いた瞬間のことは、今でも覚えている。愛音はその場で何も尋ねず、通話を終えたあとに手帳へ書き留めた。声。女。若い。『航生さん』。短い記録だったが、聞き間違いではないと忘れないために残したものだった。 愛音は濡れた手をもう一度タオ

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