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第3話

Author: ノブ
彼女は甘えた声で喘いだ。

「意地悪……」

私はドアの陰に隠れ、歯の根が合わないほど震えていた。

湯船には独特の生臭い匂いが漂い、白濁した液体が水面に浮いているのが見え、胃の中がひっくり返りそうだった。

結局、私は音を立てずにドアを閉め、彼らに気づかれることはなかった。

リゾートの部屋に戻り、座って三十分もしないうちにドアがノックされた。

「凛」

奏多だ。

私は答えなかった。

彼は勝手にドアを開けて入ってきた。その顔には、何をしてきたかという罪悪感など微塵もなかった。

「風呂、空いたぞ。お湯は残しておいたし、お前の好きな温度にしてある。入るか?」

私は彼を見たが、表情は動かさなかった。

空気にはまだ生臭い匂いが漂っているようだった。

私は冷たく言い放った。

「彼女に残しておいてあげれば。私にはその匂いは洗い流せないから」

彼はしばらく立ち尽くし、何か言い訳しようとしたようだったが、結局何も言わずに背を向けて出て行った。

私は視線をテーブルの上の書類封筒に向けた。本来なら、彼のために用意していた投資資料だった。

その横で、彼がさっき置き忘れたスマートフォンの画面が光っていた。

画面は送金完了ページのままだった。

金額は一億円。送金先は美山紬。

「プレゼント。お前の夢を応援する」という備考もあった。

私の視線は、その数字の羅列に釘付けになった。

彼は優勝賞金のすべてを、彼女に送金していた。

震えが止まらず、指先まで冷たくなっていく。

彼は忘れているようだ。彼のレーサーとしての夢のために、この十年間、私と祖母がどれだけ犠牲を払ってきたかを。

彼のトライアウト資金を貯めるために、私は大学時代から一日三つのバイトを掛け持ちし、睡眠時間は三時間も取れず、もう少しで卒業できなくなるところだった。

祖母も高齢なのに休むことを惜しみ、人の洗濯や畑仕事、階段掃除をし、冬には手にあかぎれを作りながらも文句一つ言わなかった。「うちの奏多が立派になれば、それでいいんだ」と。

一円単位で節約し、何もかも彼を優先とする。

十八歳の彼は私に言った。チャンピオンになったら、その賞金で私を嫁に貰うと。

しかし今、二十八歳になった彼は、賞金のすべてを別の誰かに渡した。

彼が結婚したい相手も、別の人になってしまった。

……

その夜、私は一人で家に帰った。奏多は一晩中帰ってこなかった。

翌日の昼十二時になってようやく彼が帰ってきたが、その後ろには紬が立っていた。

奏多は冷淡に私を一瞥し、紬を前に押し出すと、私に説明する素振りさえ見せなかった。

「紬が俺と一緒だと安心するって言うんだ。主寝室を片付けて、こいつに使わせてやってくれ」

そう言うと、私を置いて浴室へ入っていった。

私は動かずに立ち尽くし、紬が私に近づいてくるのを見ていた。

彼女は私の手にある荷物に目をやった。

「あら……出て行くつもり?」

私は彼女を無視し、うつむいてスーツケースのジッパーを閉めた。

彼女は私のそばに回り込んで座り、顔を近づけてきた。

「身の程を知ってるならいいけど。でも、あなたに『感服する』わ。犬みたいに十年間彼に付き従って、舐めてるうちに自分が女主人だとでも勘違いしちゃったのかしら」

私は弾かれたように顔を上げた。

彼女は相変わらず笑っていて、その口調は胸焼けするほど甘ったるかった。

「昨日の夜ね、奏多さんが言ったの。これが私たちの初夜だから、絶対に一緒にいてあげるって。

もうあなたもいい歳なんだから、奏多さんがあなたと結婚する気なんてないってわかるでしょ?ここで卑屈に過ごすより、どこかのおっさん見つけて嫁いだほうがマシよ」

私は熱くなる目頭をこらえ、低く言った。

「黙って」

「野良犬の分際で噛みつく気?まさか奏多さんにまだ未練があるんじゃないでしょうね?」

私がそれ以上相手にしないでいると、紬は目をくるりと回し、突然悲鳴を上げて後ろによろめき倒れた。

「きゃあっ!」

彼女はドアのそばの化粧台にぶつかり、口の端が切れ、血が唇を伝って落ちた。

浴室のドアが勢いよく開き、バスタオルを巻いた奏多が飛び出してきた。

紬が床に座り込んで泣いているのを見て、彼の顔色は瞬時に恐ろしいほど冷たくなった。

「凛!お前、頭おかしいんじゃないのか!?」

私はその場に立ち尽くし、声が枯れそうになった。

「彼女が自分で……」

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