ログイン「膣を広げる手術は、受けられますか。 夫のものが、その……大きくて。少し、つらいんです」 目の前にいる患者は、愛らしい顔立ちをしていた。 私、香取星乃(かとり ほしの)は少し面食らった。 手術を希望して診察に来る患者は少なくない。けれど、その多くは膣縮小術か、処女膜再生手術を望んでいる。 自分から膣拡張術を受けたいと言い出す患者は、めったにいない。 問診を終え、私は彼女を診察した。 狭窄気味ではある。けれど、手術を勧めるほどではなかった。 一度考え直してみてはどうかと伝えると、彼女は首を横に振った。 「夫のものが……本当に大きいんです。それに、私を傷つけるのが怖いみたいで、いつもすごく我慢してくれていて。 そんなふうに苦しんでいるところを、見ていたくないんです。先生、できるだけ早く手術をお願いできませんか」 その言葉を聞いた瞬間、私は反射的に御堂蓮司(みどう れんじ)のことを思い出した。 彼も、その点では驚くほどで、何度か私を傷つけたことがある。 頬が熱くなる。 私は慌てて余計な考えを振り払い、彼女の手術日を調整することにした。 そのとき、不意に診察室のドアが開いた。 ひとりの男が、大股で入ってくる。 声をかけようとした瞬間、彼女がその胸に飛び込んだ。 「あなた!」 抱き合う二人を目の前にして、私の身体から少しずつ血の気が引いていく。 彼女が口にしていた「あなた」は、私と結婚して二年になる夫でもあった。
もっと見る一か月が過ぎ、私は少しずつ、あの傷から立ち直り始めていた。折れた手首と指は、どれもどうにかつないでもらえた。けれど治療が遅れたせいで、もう二度とメスを握ることはできない。つらくないと言えば嘘になる。それでも、人は前に進まなければならない。だから私は、絵画教室に通い始めた。メスを筆に持ち替えたとき、自分が何を感じるのか試してみたかった。その日のレッスンを終え、イーゼルの上の絵を見つめる。胸の奥に、ふっと達成感が湧いた。けれど外へ出た直後、背後から聞き慣れた声がした。「星乃」その二文字を聞いた瞬間、体がひどくこわばった。私は手を握りしめ、振り返って蓮司を見る。声は、自分でも驚くほど冷たく落ち着いていた。「何しに来たの?」蓮司は手にしていた煙草をもみ消し、こちらへ歩いてくる。「迎えに来た。家に帰ろう」あまりにも馬鹿げた言葉で、笑えてきた。私は口元に皮肉な笑みを浮かべた。「家?あなたと夏目萌々の家のこと?私の記憶が間違っていなければ、今の私たちはもう何の関係もないはずよ。御堂社長、冗談はやめて。それから、私に近づかないで。もうこれ以上、理不尽な災いに巻き込まれたくないの」蓮司は私を見つめた。声の調子は、相変わらず静かだった。「俺とお前の家だ。婚姻届は、もう一度出せばいい。萌々はもう海外へ送った。これから先、俺は二度とあいつに会わない。お前を傷つける者も、もう現れない」彼の視線が、私の手首に落ちる。声が少し低くなった。「星乃、俺がお前に負わせたものは、全部、一つずつ償う」その瞬間、本当に笑いたくなった。そして私は、本当に笑っていた。目尻ににじんだ涙を拭いながら、ひどく皮肉っぽい声で言う。「御堂蓮司、まさかこれだけのことが起きたあとで、自分が私を愛していたことに気づいた、なんて言うつもり?」蓮司はまっすぐ私を見つめ、迷いなく認めた。「ああ。星乃、俺はお前を愛している」その言葉に、保っていた冷静さが一瞬で崩れた。「蓮司、私はあなたが憎い!本当に、死ぬほど憎い!私があなたを愛していたとき、あなたは私を愛してくれなかった。それどころか、夏目萌々が私を傷つけるのを許した。私をただの遊び相手のように扱って、私が信じていた結婚さえ偽物だった!なのに今さ
蓮司はたしかに、私を愛してなどいなかったのかもしれない。それでも、萌々が自分に隠れてこんなことをしたのは許せなかった。まして、ほかの男に私に触れさせるなど。かつて彼が萌々に惹かれたのは、彼女の無邪気さと、生き生きとした明るさのせいだった。けれど今、改めて萌々を見ると、可憐な顔の裏に毒を隠しているようにしか思えなかった。たとえ愛していない相手でも、数年もそばにいれば、それなりの情は湧く。萌々はうまく隠したつもりでいた。けれど、蓮司にこれほど早く知られるとは思っていなかった。彼女の顔に、一瞬だけ動揺が走る。すぐに前へ出ると、蓮司の腕に抱きついた。「蓮司、私、ただあなたのことが好きすぎただけなの。彼女にあなたを奪われるのが怖かったの。ごめんね。怒らないで、ね?」蓮司は冷たく彼女を振り払った。「彼女を罰したいなら、それは構わない。だが、どうしてあんなやり方をした?」萌々の目に涙が浮かぶ。「彼女は体ひとつで、二年もあなたのそばにいたのよ。あなたが彼女に慣れてしまうんじゃないかって、怖かったの……それに、私はあなたが言ったとおり、彼らに人体実験をさせただけ。あの人たちがあんなことをするなんて、私だって思わなかった……もう悪かったってわかってる。今回だけは許して。私、もう二度とこんなことしないから」可哀想な女を演じるのは、彼女の得意技だった。けれど今回は、蓮司には通じなかった。「ここでおとなしく傷を治せ。用もないのに出歩くな」そう言うと、蓮司は一秒も留まらず、そのまま出ていった。家に戻るなり、彼は苛立たしげにネクタイを緩めた。そのまま浴室へ入る。立ち込める湯気の中で、ふいに蓮司の脳裏に、あの日の私の目がよみがえった。壊れたような、絶望したような目。そして、濃い憎しみに染まった目……蓮司はきつく眉を寄せた。胸の奥に、抑えようのない感覚が生まれる。彼は、自分が私を愛しているとは思っていなかった。私を娶ったのも、ただ体の相性がよかったからにすぎない。そう思っていた。けれど今、言葉にできない何かが胸の奥にまとわりついて、どうしても離れない。蓮司はその違和感を押し殺し、バスタオルを巻いて寝室へ戻った。だが、誰もいない空っぽのベッドを見た瞬間、また抑えようもなく私の
数人は互いに顔を見合わせたまま、震えて口をつぐんでいた。彼らも馬鹿ではない。本当のことを話せば、自分たちの未来がそこで終わるとわかっていた。蓮司は、その考えを一目で見抜いた。彼が視線をひとつ送ると、背後にいたボディーガードがすぐに動いた。数人は殴られ、地面に膝をついて命乞いをした。そのうちの一人は顔中を血で濡らし、泣き叫びながら真っ先に口を割った。「さっき……さっき僕たちは、実習をしていました。手術の練習を……」蓮司の手がかすかに震えた。実習。手術の練習。本当に、ただの偶然なのか。「その練習台にされた人間は、誰だ?」数人は一斉に首を横に振り、涙をぼろぼろこぼしながら訴えた。「知りません。僕たちも手配されて来ただけで……本当に何も知らないんです」「そうです。僕たち、本当に何も知らないんです。どうか許してください……」蓮司は冷ややかに彼らを見下ろした。その目には、温度などひとかけらもない。視線を巡らせ、彼はそのうちの一人に狙いを定めた。「お前、さっき手術台の女も医師だと言っていたな?」名指しされた男は、全身を震わせた。口を開こうとした、そのときだった。萌々が突然やってきた。萌々はその数人を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。顔を青ざめさせ、蓮司の手を握って、不安げに口を開く。「蓮司、何があったの?この人たち、誰?」蓮司はそれを見て、振り返り、ボディーガードに目配せした。すぐに全員が外へ引きずり出される。「何でもない。少し聞きたいことがあっただけだ」蓮司は萌々を見つめていた。その瞳は、底の見えない黒に染まっている。胸の中には、すでにひとつの予感が湧き上がっていた。だが彼は、それが外れていてほしいと願っていた。一時間後、尋問を終えたボディーガードが戻ってきた。口を開こうとしたところで、助手から電話が入る。「御堂社長、確認が取れました。留置場で奥様を痛めつけるよう話を通したのは……夏目様です。それに奥様は今朝、留置場を出た直後、夏目様に連れていかれています。行き先は――病院です」そして、私が萌々に連れていかれた場所は、まさに先ほどの手術室だった。そのとき、別のボディーガードが、全身血まみれの男を押し込んできた。男の左脚はすでに折られ
手術台の上には、おびただしい血が広がっていた。蓮司は、先ほど研修医たちが口にしていた言葉を思い出した。胸の奥から、得体の知れない恐怖がせり上がってくる。ここにいたのは……誰だ?脳裏に、ひとつの名前がよぎった。けれど次の瞬間、彼はその考えを振り払った。ただの偶然に決まっている。蓮司はすぐに助手へ電話をかけた。「調べろ。星乃がどこへ連れていかれたのか」その時点で蓮司は、私が病院にいるはずがないと思っていた。萌々には、私を人体モデルにすると言った。けれど実際には、そんな命令は下していない。あれはただ、萌々の機嫌を取るための言葉だった。どうあれ、私は彼の女だ。蓮司の矜持が、自分以外の男が私に触れることを許すはずがなかった。それなのに、あの研修医たちの言葉だけが、いつまでも耳の奥にこびりついて離れない。蓮司は深く眉を寄せた。胸の奥で、苛立ちだけがじわじわと膨らんでいく。その声に、そばで眠っていた萌々が目を覚ました。彼女は起き上がり、蓮司の隣へ歩み寄った。手術台の血を目にしたとき、その目に満足げな色が一瞬よぎった。けれど次の瞬間には、口元を押さえ、怯えたように蓮司の胸へ逃げ込んだ。「きゃっ、これ、どういうこと?どうしてこんなに血が……?」蓮司は薄い唇をきつく結び、彼女をなだめるように背を軽く叩いた。「大丈夫だ。怖がらなくていい。人を呼んで片づけさせる」ほどなくして、助手から電話が入った。蓮司は数歩離れてから、通話に出た。「御堂社長、こちらの者は奥様をお迎えできておりません。ただ、奥様が病院へ向かわれたのを見た者がいます」「病院に何をしに来た?」そう問いかけたところで、蓮司は私の折れた手首を思い出した。目の奥を、何かの感情が素早くよぎる。「今どこにいるか調べろ」電話を切ったあと、蓮司は数秒、その場に立ち尽くした。何を考えているのか、自分でもわからなかった。彼は、私が折れた手首の処置を受けに病院へ来たのだと思っていた。少しすれば、家に戻ったという連絡が入るはずだとも。けれど三時間が過ぎても、助手は私の行方をつかめなかった。その代わり、別のものが見つかった。「御堂社長、先ほど留置場へ行き、奥様の状況を確認したところ……偶然、ある話を耳にし